永江朗のオハヨー!日本語 ~広辞苑の中の花鳥風月

短期集中web連載! 手だれの文章家・永江朗が広辞苑を読んで見つけた自然を表す言葉の数々をエッセイに綴ります。

といなみ【とゐ浪】

2013年08月31日 | た行
うねる波。


「トヰ」は「撓む(わたむ)」の「タワ」と同じ語源なのだそうだ。用例として挙げられているのは万葉集の一節。

 昔の人は、波を見て、「海がたわんでいる」と感じたのだ。そのセンスに感心する。
「うねる」の項を見ると「波頭も立たない大きな波が寄せてくる」と書かれている。圧倒的な量感だ。

「うねり」はたんなる大きな波ではない。周期の長い波だ(まあ、たいていの大きな波は周期が長いのだろうけど)。しかも「台風・低気圧によって海に起こる大きな波。台風より早く進むので、その前兆となる」とも「うねり」の項には書かれている。昔の人は、波が台風を連れて来るのだと思っただろうか。

 コッポラの『地獄の黙示録』のなかに、戦場でサーフィンする兵士たちが出てくる。ベトナム戦争の狂気を象徴するシーンだが、サーファーは大きな波を見ると身体がむずむずするらしい。どんな状況でも「あの波に乗りたい」と思うのだそうだ。

 古代の日本にサーファーはいただろうか。ぼくはいたと思う。大きな波を見て、「乗りたい。波に触れたい」と思う人は必ずいたはずだ。


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てんか【天火】

2013年08月30日 | た行
落雷によって起こる火災。雷火。


「てんぴ」と読むと、オーブンのこと。「西洋料理用の加熱調理器具」とある。そういえば、日本料理にオーブンを使うものはない。日本料理と西洋料理のいちばんの違いは、オーブンの有無かもしれない。

「てんか」だと落雷による火災。

 京都や奈良の古いお寺を参拝すると、過去に雷で焼けたことのある建物が多いのに驚く。

 たとえば東寺の五重の塔はこれまで4度も焼けている。ロームのサイトを見ると、落雷そのもので発火するのではないらしい。雷が塔に落ち、電気が柱を伝わって地面に流れようとする。木材の柱は電気が流れようとするとき高温を発してしまう。それで燃え出し、火事になる。現在は避雷針を塔の先端につけ、そこから伸ばしたアースを地上に垂らしている。雷が落ちても、電気はアースを通って地上に抜けるという仕組みだ。一般の住宅でもつければいいのに。

「天火日」は「天に火気の甚だしいとされる凶日」。棟上げや屋根葺きを避けるのだそうだが、それよりも一家に一本、避雷針ではないか。

テトロドトキシン【tetrodtoxin】

2013年08月29日 | た行
フグ毒の主成分。


 フグの属名がテトロドン。小百科事典でもある『広辞苑』には、言葉の意味以上のことが書いてある。

「呼吸や感覚の麻痺を起こす。海生の微生物に由来し、フグの体内に蓄積される。鎮静薬として神経痛の治療に用いることがある。ある種のカエルなどにも見出される」

 ほかの百科事典を見ると、冬から春にかけての、産卵期の卵巣に多く含まれていること、水に溶けること、中毒すると呼吸困難に陥って死ぬこと、などが書かれている。

 こんなに恐ろしい魚なのに、人類はずいぶん昔からフグを食べていた。日本列島でも縄文時代から食べていたそうだ。危険を冒してでも食べたいくらい美味いということか。

 現代でもときどきフグ中毒で死ぬ人がいる。60代以上の人なら、八代目坂東三津五郎の中毒死事件を覚えているだろう。1975年、三津五郎が京都の料理屋で中毒死した。免許を持っているプロの板前が、それも一流店で、中毒死事故が起きる。それくらいフグの肝料理は危険なのだ。

 たしかにフグは美味いけど、あの美味さには「もしかしたら死ぬかも」というスリルも含まれているのだろうか。


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ていぼく【貞木】

2013年08月28日 | た行
葉が四季を通じて色を変えない樹。ときわぎ。常緑樹。


 代表的な樹として、松や杉がある。松がおめでたいところで使われるのは、一年中、葉をつけているから。

「貞」は貞淑の貞。『全訳漢辞海』によると、形容詞としては「純正なさま」「節操を守り、意志が堅いさま」「ものが堅固なさま」「女性の操が正しく一筋であるさま」という意味がある。

 また、白川静の『常用字解』で「貞」の項を見ると、「卜(ぼく)」と「貝(ばい)」を組み合わせた字だとある。「卜」は亀の甲羅を焼いてできたひびわれの形で占いの意味。「貝」は鼎(かなえ)を使って占いで神意を問うこと。その占いで出た結果なので「ただしい。よい。まこと」という意味になるのだそうだ。

 常緑樹は貞操堅固で正しい樹、ということか。

 植物は気象条件に合わせて形を変えている。とくに、寒い季節や雨の少ない季節をどうしのぐか。あるものは葉を落とし、あるものは葉を細く厚くする。どちらも生き延びる戦略だ。貞節を守る人も、時に応じてパートナーを変える人も、どちらも生き延びようとすることでは同じ?


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でいせん【泥線】

2013年08月27日 | た行
海底に泥が沈殿しはじめる線。


「外海に面した海では深さ20メートルのところにあり、これより浅い所では、波や潮流が激しくて泥は沈殿しない」のだそうだ。

 へえ、そうなのか。どうりで、浜辺の海がいつもにごっているわけだ。前から不思議だったのだ。

 すべての海がにごっているわけではなくて、澄んでいる海とにごっている海がある。漠然と、にごった海の近くには工場があったり、住宅からの生活排水が流れ込んでいるのだろうと思っていたけれども、冷静に考えると今どきそんなことが許されるわけがない。あれは汚れているのではなくて、沈殿しない泥が海水に混じっているのだ。

 そういえば澄んだ海は、サンゴ礁があったり、深い入り江になっていたりする。澄んでいるのは波や潮流がおだやかだからなのだ。澄んだ海がきれいで、にごった海は汚いというのは、間違った認識だったのだ。

 ネットで調べていると、泥線のもうひとつの意味を見つけた。シロアリがつくる仮の通路も泥線というのだそうだ。泥線を見つけたら、すぐに駆除したほうがいいかもしれない。


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