勝点80以上 25勝以上 2018明治安田生命J2リーグ優勝か準優勝でJ1復帰を決めたいアルビレックス新潟

清水エスパルスを道連れにしてJ2リーグでオレンジ色ユニフォーム5チームを現出させたい

ユース監督時代の片渕さんのサッカー

2016年10月01日 06時00分00秒 | アルビレックス新潟育成チーム
1シーズンにつき約10試合は現場で応援していたから、合計で40試合程度、或いは50試合くらい片渕浩一郎監督が率いるアルビレックス新潟ユースを儂は観てきました。
当時の新潟ユースの布陣は、4バック、ダブルボランチ、ツートップの「4-4-2」が基本。
これは片渕さんの好みなのか、それとも当時の鈴木淳監督が指揮していたトップチームの「4-4-2」に合わせていたのか?
あのときはユース選手がJリーグサテライトリーグによく抜擢されていたし、何よりトップチームに選手を送り出すことが使命ですから、後者の事情も多分に働いていたと思います。

指向するサッカーは、我々がよく知るもの。
それは、反町-鈴木-黒崎監督時代のトップチーム的なサッカー。
激しく強く奪いにいく守備を仕掛けて、カウンターで得点を奪う。
全国大会では自陣に固いブロックを敷いて、我慢して粘って耐久して、そして少ないチャンスに懸ける作戦。

高円宮杯U-18プリンスリーグ北信越では、あの頃はまだ突出した存在ではなく、パスを繋いで繋いでという技巧的なスタイルは、あまり観られませんでした。
Jクラブのアカデミーチームにしては、武骨で泥臭いサッカーに針が振れていたものでした。
これは、トップチームのスタイルもそうだったからでしょうし、足元の技術が格段に上手い選手があの頃のユースにはあまり在籍してなかった背景もあるでしょう。

1対1で仕掛ける、1対1で守りきりにいく、そんな個の勝負を重視もしていました。
これは入江監督になっても脈々と受け継がれている伝統ですが、そうやって個人の力を上げて高めて、成長させていく哲学です。

片渕さんのこのサッカーで徐々に結果を出せるようになりました。
ようやくのプリンスリーグ制覇、日本クラブユースサッカー選手権大会でのベスト4、高円宮杯U-18全日本ユースサッカー選手権大会では大迫勇也がいた鹿児島城西高校サッカー部に完勝して16強。
鈴木淳監督の下で着々と強さを増すトップチーム、奥山達之監督に率いられて飛躍していたレディース、この2チームと軌を一にしてユースも勝てるチームに成長。

さて、片渕さんは2011シーズンでユース監督を退任しています。
監督職は5シーズンぶり。
この5季を経て、片渕さんのサッカー観はどう変わったか?
監督就任会見の言葉を読み解くと、骨格はユースのときと不変な印象を受けます。
果敢に、前へ縦へ、身体を張って、走って、歯を食いしばって、という。
だから、きょう10月1日(土)のヤマハスタジアムでのゲームで御披露目されるサッカーに、勝敗を別にして、純粋にわくわくする自分がいます。
勝ちたい、負けたくないって願望と同時に、また片渕さんのあのサッカーが観られるかもしれないって楽しみが湧いています!
ジャンル:
サッカー
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