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妻への家路

2015年03月27日 | 洋画(15年)
 中国映画『妻への家路』を日比谷のTOHOシネマズシャンテで見ました。

(1)評判がいいのを耳にして映画館(注1)に行ってきました。

 本作(注2)の舞台は、1974年のある都市。
 先ずは、線路脇で眠るホームレス風の男。実は、西域にある強制労働所から逃亡してきたルー・イエンシーチェン・ダオミン)なのです。
 次いで、舞踏学校で革命的なバレーを皆に混じって練習するタンタンチャン・ホエウェン)の姿。先生から、「来月は主役を決めます」と言われます。

 その次のシーンは、党が入っている建物の一室でしょうか、母親フォン・ワンイーコン・リー)と娘のタンタンが椅子に座っていると、男が「党から通達がある、ルーの件だ。あの右翼が隙を突いて逃亡した。絶対に会ってはならん。匿えば大変なことになる。娘のためにもよく考えろ」と言います。
 タンタンの方は、「党の指示に従います」と言うのですが、ワンイーは、娘に促されてしぶしぶ「はい」と答えます。

 夜になると、イエンシーは密かに屋根伝いからアパートの自宅に近づき、ドアをノックするのですが、そして中にいるワンイーはそれが夫であることに気付くものの、ドアは開けられず、仕方なくイエンシーは「明朝8時に駅で待つ」と雑紙に書いてドアの下から投げ入れます。

 翌朝、ワンイーはいろいろな荷物を持って駅に行くのですが、会う前に夫は追手に捕まってしまいます(注3)。

 次いで舞台はその3年後の1977年。文化大革命が終結して、20年も西域の強制労働所に送られていたイエンシーが故郷に戻ってきます。
 ですが、出迎えたのは、一人娘のタンタンだけ。



 愛するワンイーの姿がありません。
 実は、3年前の出来事が引き金になって、ワンイーの記憶からイエンシーの姿が消えてしまっていたのです。
 さあ、イエンシーはどうするのでしょうか、………?

 中国の反右派闘争で西域に送られた人々の実に厳しい状況は『無言歌』で詳細に描かれていましたが、本作はその後日譚といった趣があります。ですが、本作からは、政治的な意味合いがあまり感じられず(無論、見る人が見れば逆かもしれませんが)、むしろ、夫婦愛の物語といえるのではと思います。それも、妻が夫を識別できないことによって、かえって二人の愛が強められている感じがして感動的です。

(2)こうした作品は、素直に見て感動すればそれだけで十分と思いますが、ひねくれ者のクマネズミはつまらないことにコダワリたくなってしまいます。
 例えば、1977年にイエンシーは50歳過ぎ、ワンイーは45歳位ではないかと推測されますが、どのようにして収入を得ているのでしょうか?あるいは、イエンシーは元の大学教授に復職したのかもしれませんが、何も働いていなさそうに見えるワンイーの方はどうやって生活しているのでしょう(注4)?

 また、『無言歌』で描かれるような場所で20年も暮らしていたら、主人公のイエンシーの方こそ、必ずや心身ともにボロボロになってしまっていると思われるところ、故郷に戻ってきた彼は、逃亡事件を引き起こした3年前とそれほど変わらず、いたって普通の感じです。



 尤も、3年前には妻ワンイーは夫イエンシーと会えなかったわけで(注5)、1977年の再会は別れてから20年ぶりとなり、彼女が夫の顔を判別できなかったのも無理はないかもしれません。
 でも、強制労働所に送られる前と比べて、外見は老けこんでいるとしても、それほど変わってはいないのではないかという感じを観客の方では受けてしまいます(注6)。
 そんなこともあり、本作では、3年前の事件をキッカケにワンイーが心因性記憶障害となって(注7)、夫を識別できなくなったとしているのでしょう。

 とはいえ、心因性記憶障害だとしても、ワンイーは夫のすべてを忘れてしまったのではなく、友人の家にたまたま残っていた古い写真を見せると、夫を識別できるのです。



 また、イエンシーが強制労働所で書き貯めた手紙を読むと、ワンイーは大変な興味を示します。夫が西域に送られていることもよくわかっています。
 それと、3年前の事件がキッカケだとしても、その際に大きな役割を果たした娘のタンタンについては、ワンイーは十分に識別できていて、なおかつその時タンタンがしたことを今でも許していないのです(注8)。どうして夫のイエンシーだけ認識できなくなってしまったのでしょう?

 ここで注目されるのが、イエンシーをワンイーが「ファン(方)さん」だと言い張る点です。
 ファンとは、逃亡の罪による銃殺刑から夫が逃れることができるように懇願した相手(党の幹部なのでしょう)とのこと。
 なんだか、その見返りとしてワンイーはファンと関係を持たされてしまい(注9)、イエンシーが家に戻ると関係が明るみに出てしまうおそれがあるために、心因性記憶障害になってしまったのではとも思えるところです(注10)。
 仮にそうだとしたら、イエンシーが頼った医者が言う治療法(注11)よりも、むしろ過去のトラウマに面と向かうような方法(例えば精神分析のような)の方が、ひょっとしたら記憶を取り戻せるかもしれません。

 とは言うものの、毎月5日になると、夫の名前(陸焉識)を墨でしたためたプラカードを持って駅の陸橋のところまで行って(注12)、夫の帰りを待つという儀式を行うワンイーの感動的な姿からすれば、それらの細々とした事柄などどうでもいいでしょう。

(3)渡まち子氏は、「文化大革命を背景に切ない夫婦愛を描くヒューマンドラマ「妻への家路」。静かな作品だがイーモウとリーの黄金コンビで珠玉の出来栄え」として65点を付けています。
 宇田川幸洋氏は、「社会的な告発よりもメロドラマ的な展開のうまさのほうがつよいが、チャン・イーモウ作品らしい、あきらめずにつよく生きていく人間像が感動をよぶ」として★4つを付けています。
 小梶勝男氏は、「政治的に微妙な題材を扱って、実に映画的な作品に仕上げたイーモウ監督の力量に圧倒された」と述べています。
 秋山登氏は、「この作品を深いところで支えているのは、文革のせいで、あたら青春を空費したチャン監督の怨念に相違なかろう。すなわち、真の主題は中国現代史の暗部の告発にほかなるまい。これはまた中国社会の現状批判でもあろうか。「待つ」ことの意味は深い。ここには、粛然たる感動がある」と述べています。



(注1)この新聞記事によれば、「シャンテ」は2018年には閉鎖されるようで、その名前が消えてしまうのは寂しい限りです。

(注2)原作はゲリン・ヤンの『妻への家路』(角川書店)。原作は未読ながら、このサイトの記事が参考となるように思います。
 監督は、『初恋のきた道』(2000年)のチャン・イーモウ
 原題は「帰来」、英題は「COMING HOME」。

(注3)実は、アパートの階段でタンタンはイエンシーに遭遇し、彼から「明朝8時に駅にきてくれ」という母への伝言を言付かっており、母からは「今回だけは父さんのことを考えて」と懇願されていたのですが、アパートを見張る党の者に父のことを密告してしまうのです。

(注4)あるいは、紡績工場で働く娘のタンタンが仕送りしているのかもしれませんが(なお、下記「注7」を参照)。

(注5)指定された陸橋で、ワンイーは、遠くからイエンシーの姿を認めることができたにせよ。

(注6)何しろ、3歳の時に別れたままのタンタンが、逃亡してきたイエンシーと階段で遭遇した時に、すぐさま父親だとわかったくらいなのですから。

(注7)ワンイーは、イエンシーを追いかけている時に陸橋で転倒し、頭から出血しています。あるいは、それが原因なのかなとも考えましたが。
 なお、ワンイーの自宅に入ると、いろいろな指示事項が紙に書いて貼ってあります。
 まるで、『博士の愛した数式』(2006年)における博士(寺尾聰)のように、一定時間経過すると記憶が消えてしまう障害にかかっている感じです(それとも、ワンイーはまだそれほど老けてはいないと思われますが、認知症にでもかかっているのでしょうか?)。

(注8)上記「注3」で触れた密告をワンイーは許さず、タンタンを家から追い出したため、彼女は街の紡績工場の寮で暮らしています。

(注9)ある時、寝室で寝ているワンイーにイエンシーが近づくと、気が付いたワンイーが「出て行け!」と狂乱状態になります。タンタンに事情を聞いたイエンシーは、お玉を持ってファンの自宅まで出かけていきます(ファンがお玉で母親を殴っていたとのこと)。しかし、家の者から、ファンが当局に逮捕されて家にいないことを聞いたイエンシーは、復讐を諦めてその家を後にします。

(注10)ワンイーは、潜在的には、帰ってこない夫を待ち続ける貞淑な妻という役割をいつまでも演じ続けていたいのではないでしょうか?

(注11)医者が「デジャヴ」の活用を勧めるので、イエンシーは、昔の写真を見せたり、思い出の曲をピアノで弾いてみたりします。

(注12)ただ、毎月5日にワンイーが駅に出迎えに行くというのも、イエンシーが「5日に帰る」という手紙を新たに書いてワンイーに見せたからです。 だったら、もう一度イエンシーが「もうここに戻っている」という手紙を書いてワンイーに見せれば、駅への出迎え自体はしなくなるように思えるのですが。



★★★☆☆☆



象のロケット:妻への家路


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2 コメント

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2つの好意的(?)な疑問 (milou)
2015-04-09 20:31:30
どこを見ても娘が密告とあり、台詞でも娘本人が台詞で密告したのは私だという。しかし、いつどこで何を密告ししたのだろう。

画面では見張りをしている党の男と個人的に親しいかのように近寄って話すのはバレーで主役を降ろされた話。男は理不尽だ主役に戻してやるとか話すところで窓からのロングになり後の話は分からない。当然上から見ている父親は密告されたと思うかもしれないが、この時に密告したとは考えられない。

なぜなら、もし明朝8時に駅で会うことを密告したなら公安は事前に駅で見張っているはずだし、密告がなかったとしてもアパートまで見張っているなら異常に大きな荷物を持って妻が出かければ会うかもしれないと簡単に分かり尾行するはず。
つまり好意的に考えて(?)その異常を察した男がバス停まで尾行し大きな荷物を持って駅に向かったと公安に電連絡し公安があわてて駅に捕まえに行った。
あるいは悩んだ娘が朝になって決心して母が出かけてから密告した。そう考えれば娘の台詞も納得できる。
少なくとも“密告をワンイーは許さず、タンタンを家から追い出した”というのは間違い。そうであれば“密告したのは私”“分かっていたよ”という後の会話が成り立たない。母が絶対許さないと言ったのは父親の写真をすべて消したことだと思う。

もう1つの疑問は方さんと母親の関係。
娘は、お玉で母を殴っていた、と言うが、それが事実だったとしても夫の命を救った見返りに関係を持たされた、とは考えられない。
なぜなら、夫と再会した最初の時、妻は男を方さんと認識し、嬉しそうにお茶の用意をする。“「出て行け!」と狂乱状態”になる場面で妻は(正確ではないが)“命を助けてくれても、それだけは”と激しく抵抗する。それは、お茶の場面よりずっと後で、夫(あるいは方さん)と親しくなってからであり過去に暴力的に関係を持たされた記憶だとは思えない
もっとも精神状態が正常ではない妻の行動を論理的(?)に解釈しようとするのは間違いかもしれないし、むしろ映画のミスかもしれないが、どうみてもお茶の場面は“見返り”で嫌々相手をしているとは思えない。

お茶の場面で、お茶缶のフタを持って少し眺め、そうか缶のフタだったと思い出すほど短い時間の記憶(むしろ認知症?)がないこともあるが、夫のことも、いつも方さんと認識するわけではなく調律の人だったり手紙を読む人だったりもするが、翌日には忘れている。
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Unknown (クマネズミ)
2015-04-09 21:53:58
「milou」さん、ご懇切な(?)コメントをありがとうございます。

ただ、第1点目に関しては、イエンシーの追手は時間になると直接駅に向かいますし、また、「父親の写真をすべて消したこと」くらいで母親が娘を家から追い出すなどということはクマネズミには考えられません。それに、「milou」さんにしたら何の意味もないでしょうが、劇場用パンフレットの「Story」にも、「(ワンイーが)娘と住まないのは、密告を許していないから」と記載されています。そんなあれこれもあって、クマネズミは、「密告をワンイーは許さず、タンタンを家から追い出した」という点が“間違い”とは思っておりません。
なお、「そうであれば“密告したのは私”“分かっていたよ”という後の会話が成り立たない」と述べておられますが、どうしてでしょう?タンタンが「見張りをしている党の男」と話しているのを「上から見ている父親は密告されたと思」ったからこそ、「“密告したのは私”“分かっていたよ”という後の会話が成り立」つのではないでしょうか?
また、タンタンが「明朝8時に駅で会うことを密告」したからこそ、もはや党の方で「アパートまで見張っている」必要はなく、従って「尾行」もせず、見張りが「(妻が)バス停まで尾行し大きな荷物を持って駅に向かったと公安に電話連絡」することもなかったのではないでしょうか?
さらに言えば、「もし明朝8時に駅で会うことを密告したなら公安は事前に駅で見張っているはず」という点ですが、事前に見張りが駅のアチコチに立っていたら、イエンシーが警戒して姿を見せないおそれがあると党の方では考えたのではないでしょうか?
ともあれ、「悩んだ娘が朝になって決心して母が出かけてから密告した」とは、クマネズミは考えません。

また第2点目については、イエンシーを居間で儀礼的に出迎えた時の態度と、寝室という私的な場所でイエンシーを見出した時の態度があまりに違っていることもあって、クマネズミがそのように推測してみただけのことであり、「milou」さんにはそのように「思えない」し「考えられない」にしても、クマネズミにはそのように思えたのですから見解の相違であり、議論してみても仕方がありません(「milou」さんは時間の要素を重視され、クマネズミは空間的なファクターに注目したということになるでしょうか)。
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