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石子順造的世界

2012年02月05日 | 美術(12年)
 府中市美術館で開催されている「石子順造的世界」展(~2月26日)に行ってきました。

 府中市美術館は、比較的小規模な美術館ながら、ときどき実にユニークな展覧会が開催されますので、目が離せません。一昨年の春には「歌川国芳」展が開かれていますし、昨年の春は「江戸の人物画」展でした。
 としたところ、今回の「石子順造的世界」展。これは、これまでにもましてユニークな企画だと思われます。
 というのも、石子順造は、いわゆる芸術家ではなく美術評論家であって、美術館で展示される作品など一点も生み出してはいません。それに、1977年に48歳で亡くなってからすでに30年以上も経過しています(注1)。
 にもかかわらず、今回の展示物を見ると、彼が評論活動を通して作り上げた世界は決して過去のものではなく、今まさに拠り所の一つになるべきものではないかと思えてきます。

 この展覧会では、石子順造の世界を3つに区分けして、それぞれで、彼が関与し高く評価した作品をいろいろ展示しています。
 最初は、「美術」。
 例えば、石子順造は、紙幣を描いた赤瀬川源平の作品を高く評価します(注2)。


   「大日本零円札」(1967年)

 また、この展覧会では、石子順造が開催に深く関わった1968年の「トリックス・アンド・ヴィジョン展」の一部が再現されていて、例えば、中西夏之の「エマンディタシオン」(1968年)が展示されています。



 2番目は「マンガ」。
 ここでは、平岡弘史『それがし乞食にあらず』(青林工藝舎)、水木しげる『墓場の鬼太郎』(講談社)、林靜一『林靜一作品集』(青林堂)といった漫画本とか原画(「赤色エレジー」)が、所狭しと並べられており、さらには林靜一のアニメ(「かげ」)をモニターで見ることが出来ます。
 中でも一番目を惹くのが、本展覧会の目玉である、つげ義春『ねじ式』の原画の展示でしょう(注3)。何度読んでも茫漠たる印象しか持てないながら、それでいて決して忘れることの出来ない不思議極まる漫画が、実際に1人の人間の手で描かれたものであることが如実に分かり(注4)、一層不思議な感覚に囚われます(注5)。




 最後は「キッチュ」。
 「キッチュ」について、石子順造は、「芸術とはみなされていないが、生活と文化の両域にまたがって、その一様式とみなされてもいいような大衆的な表現一般の呼称だ、くらいにはば広く受けとっておくのが適当」と述べています(注6)。
 展覧会では、その一例として、大漁旗が展示されています(注7)。





 30年以上も前に石子順造が大いに評価した日本の漫画やアニメは、今や日本が世界に大きな顔をして提示できる数少ないものの一つになりましたし、また彼が評価する赤瀬川源平の紙幣を巡る作品は、実に精巧なコピーを容易に制作できるデジタル時代の到来を見越したものといえるかもしれず(注8)、評論家の論評は、それを書いた評論家が亡くなってしまうと忘れられてしまうのが世の常でしょうが、石子順造の場合は、これから世の中が彼の方を向いてくるのではないでしょうか?


(注1)石子順造が書いた評論を集めた『石子順造著作集』(3巻、喇嘛舎、1986年~1988年)も、既に絶版となっています。
 としたところ、驚いたことに最近、『マンガ/キッチュ 石子順造サブカルチャー論集成』(小学館、2011.12)が刊行されました(単行本未収録の表現論を集めたものです)。
 とはいえ、今回の展覧会に際して作成された300ページ近い充実したカタログ『石子順造的世界 美術発・マンガ経由・キッチュ行』は、何物にも代え難い画期的な出版物といえるのでしょう。

(注2)上記「注1」記載のカタログで引用されている論評において、石子順造は、赤瀬川源平は、「自分にとってタブーだと感じとれる領域に、あらあらしくふみこみ、それを白日にさらそうとする」、「彼は、絵画の絵づらより、絵画と呼ばれてきた事物のメディアとしての特性に注目していきだした」、「美術は、美術館の壁にかけられた額縁の中にあるのではなく、美術館や額縁もまた、ほかならず美術という不自由な約束事のなかのものにほかならないことを赤瀬川は感知した」などと述べています(P.42)。
 石子順造は、今回の展覧会が、ほかならず美術館で開催されていることをどう受けとめることでしょうか?

(注3)上記「注1」記載のカタログでは、「ねじ式」が雑誌「ガロ」の臨時増刊号に発表された1968年5月の直後の7月に、石子順造が雑誌「漫画主義」に掲載した「狂雲の翳り」が引用されていて、「ねじ式」を読んだ際の石子順造のものすごい興奮が読者に伝わってきます。

(注4)吹き出しの中の台詞が別印刷され、それが切り貼りされているのを見ると、その感を深くします。
 なお、その際に使われている書体が随分とまちまちなことも注目されます(アンゴチのものもあれば、コシック体だけのもの、明朝体のものなど)。

(注5)下記の「ねじ式」の冒頭の場面について、石子順造は、1970年の論評において「少年は、飛行機の黒い影の真下で波頭を分けて、今、海へ這いもどろうとしているのだ」、「少年は海から這い上がって来つつあるのではない」と述べています(『マンガ/キッチェ 石子順造サブカルチャー論集成』P.13)。
 なお、このサイトによれば、同じコマの吹き出しにある「メメクラゲ」に関しては、元は「××クラゲ」であったものを、編集の方で「メメクラゲ」とし、逆に後でつげ義春から、「かえってその方が作品に合っている」と言われた、というエピソードがあったようです。
 また、このサイトの記事によれば、「ねじ式」の中で異様にリアルなタッチで描かれているスパナを手にした人物には出典があるようです。
 色々なことが分かってくるものだなと思いました。

(注6)『マンガ/キッチェ 石子順造サブカルチャー論集成』P.303。

(注7)上記「注1」記載のカタログで引用されている論評で、石子順造は、「近年、郊外に講義する漁船のデモにしばしば大漁旗が立てられているが、あれを見るとぼくは、大漁旗そのものが、自分の生きる誇らしい時間と空間を求めて懸命にあらがっているように感じてならない」などと述べています(P.214)。

(注8)折よく、こんなサイトの記事が見つかりました。
 なお、同サイトが触れている毎日新聞の記事はこれです。
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