
渋谷シネセゾンで「スラムドッグ$ミリオネア」を見ました。
平日に行ってみたところ、驚いたことに各回とも満席状態で、こんなことは前代未聞です!とはいえ、予告編からはTVクイズ番組を巡るお伽噺に過ぎないのでは思っていたところ、この映画の実際の出来栄えは素晴らしいものがあり、観客が多いのも十分に頷けるところです。
特に、インドの厳しい社会的現実が巧みに映画のストーリーの中に取り込まれており(昨年末のムンバイのテロ事件で垣間見られたインドにおけるイスラム教徒とヒンズー教徒との対立などなど)、さらにはインドが米国にある様々の会社のコールセンターになっているなどの状況をよく踏まえており、それに加えて大がかりなラブストーリーも展開され、またインド映画(ボリウッド)特有の楽しいラストシーンまで用意されているのですから!
特に、ブラジルの貧民窟・ファベーラを知っている者にとっては、ムンバイの大規模なスラム街の描かれ方には大いに興味を引かれました(以前見た「ナイロビの蜂」では、首都ナイロビの郊外に広がるスラム街キベラの様子が描き出されていました)。
日本映画の落ち着いた調子もそれはそれで大好きなのですが、様々な要素がドロドロして蠢いているエネルギッシュな世界というのも、また活気があって、実に面白い映画を作らせてしまうのだなと思った次第です。
なお、この映画につき「これはまるっきりのファンタジーである。だいたい、クイズの質問が総じて易しすぎるし、答弁者がたった一人で、クイズ形式が単純である。最後の決定的な質問が「三銃士」の三番目の男の名前である。それも、四つの選択肢がある。あんな程度の内容のクイズに、視聴者の誰が夢中になるのだろうか。スポンサーが巨額の金を出すのだろうか」との意見があります。
確かにそういう側面は存在すると思います。ただ、私は、クイズ番組で不正があったとして容疑者を拷問するというあたりから、いくらインドでもそんなことまでするだろうかと少し警戒しながら見るようになり、次第に、クイズと回答者の過去とが密接に連動しているようだとわかり始め、結局はラストの楽しい「インド踊り」を見て、この映画が壮大なお伽噺(「ファンタジー」)であることに納得してしまいました。
特に、「三銃士」の話が、冒頭とクイズのラストとでわざわざ対をなして登場することからも、この映画は、クイズ自体を描き出すことにあまり重きを置いておらず、むしろスラム街で暮らす主人公たちの愛と冒険の話を紡ぎ出すための単なる装置としてクイズを使っているに過ぎないのでは、クイズの形式とか質問内容自体は二の次では、と思えました。
言うまでもなく、4,000万円もの賞金がかかったクイズ番組ならば、ラストの質問が、たとえ「「三銃士」の三番目の男の名前」を直接答えさせるものであったとしても、易しすぎるでしょう(ダルタニヤンが「三銃士」には入っていないことなども、巷間よく知られています)。
ですが、その程度の容易な質問でさえ、スラム街出身者には回答不能だと思われます(読書など考えられない環境でしょうから)。それで4択問題にしたのでしょうが、だとしても難問です。そこで冒頭で、ラティカを仲間に入れる際に「三銃士」の話を少年たちが持ち出すシーンを描いたのでしょう。
しかしながら、フランスの小説について、スラムの少年が知っているのも考えられないでしょうから、途中の学校のシーンでこの話を習うところを描き出したのだと思われます(とはいえ、そんなフランスの昔の物語をスラムの学校でわざわざ教えるでしょうか?)。
そして、クライマックスにおいて、3番目に彼らの仲間にはいったラティカにジャマールがライフラインの電話をかけて、まさに3番目の銃士の名前を尋ねるというのは、随分と凝った仕掛けを施したものだと思いました。この問題が与えられたとき、ジャマールは微笑みますが、“神”にも守られていることを実感したのでしょう!ラティカが電話に出ないはずはないと確信できましたから。
その後は、ラティカを自分の手に取り戻すまでの展開であって、クイズのことなどどこかにすっ飛んでしまいます(4,000万円はどうなったのでしょうか?)。
ブラジルのスラム「ファベーラ」に住む青少年たちの生き生きとした姿を描いた「シテイ・オブ・ゴッド」や「シティ・オブ・メン」に連なる作品として、この映画を楽しんだ次第です。
平日に行ってみたところ、驚いたことに各回とも満席状態で、こんなことは前代未聞です!とはいえ、予告編からはTVクイズ番組を巡るお伽噺に過ぎないのでは思っていたところ、この映画の実際の出来栄えは素晴らしいものがあり、観客が多いのも十分に頷けるところです。
特に、インドの厳しい社会的現実が巧みに映画のストーリーの中に取り込まれており(昨年末のムンバイのテロ事件で垣間見られたインドにおけるイスラム教徒とヒンズー教徒との対立などなど)、さらにはインドが米国にある様々の会社のコールセンターになっているなどの状況をよく踏まえており、それに加えて大がかりなラブストーリーも展開され、またインド映画(ボリウッド)特有の楽しいラストシーンまで用意されているのですから!
特に、ブラジルの貧民窟・ファベーラを知っている者にとっては、ムンバイの大規模なスラム街の描かれ方には大いに興味を引かれました(以前見た「ナイロビの蜂」では、首都ナイロビの郊外に広がるスラム街キベラの様子が描き出されていました)。
日本映画の落ち着いた調子もそれはそれで大好きなのですが、様々な要素がドロドロして蠢いているエネルギッシュな世界というのも、また活気があって、実に面白い映画を作らせてしまうのだなと思った次第です。
なお、この映画につき「これはまるっきりのファンタジーである。だいたい、クイズの質問が総じて易しすぎるし、答弁者がたった一人で、クイズ形式が単純である。最後の決定的な質問が「三銃士」の三番目の男の名前である。それも、四つの選択肢がある。あんな程度の内容のクイズに、視聴者の誰が夢中になるのだろうか。スポンサーが巨額の金を出すのだろうか」との意見があります。
確かにそういう側面は存在すると思います。ただ、私は、クイズ番組で不正があったとして容疑者を拷問するというあたりから、いくらインドでもそんなことまでするだろうかと少し警戒しながら見るようになり、次第に、クイズと回答者の過去とが密接に連動しているようだとわかり始め、結局はラストの楽しい「インド踊り」を見て、この映画が壮大なお伽噺(「ファンタジー」)であることに納得してしまいました。
特に、「三銃士」の話が、冒頭とクイズのラストとでわざわざ対をなして登場することからも、この映画は、クイズ自体を描き出すことにあまり重きを置いておらず、むしろスラム街で暮らす主人公たちの愛と冒険の話を紡ぎ出すための単なる装置としてクイズを使っているに過ぎないのでは、クイズの形式とか質問内容自体は二の次では、と思えました。
言うまでもなく、4,000万円もの賞金がかかったクイズ番組ならば、ラストの質問が、たとえ「「三銃士」の三番目の男の名前」を直接答えさせるものであったとしても、易しすぎるでしょう(ダルタニヤンが「三銃士」には入っていないことなども、巷間よく知られています)。
ですが、その程度の容易な質問でさえ、スラム街出身者には回答不能だと思われます(読書など考えられない環境でしょうから)。それで4択問題にしたのでしょうが、だとしても難問です。そこで冒頭で、ラティカを仲間に入れる際に「三銃士」の話を少年たちが持ち出すシーンを描いたのでしょう。
しかしながら、フランスの小説について、スラムの少年が知っているのも考えられないでしょうから、途中の学校のシーンでこの話を習うところを描き出したのだと思われます(とはいえ、そんなフランスの昔の物語をスラムの学校でわざわざ教えるでしょうか?)。
そして、クライマックスにおいて、3番目に彼らの仲間にはいったラティカにジャマールがライフラインの電話をかけて、まさに3番目の銃士の名前を尋ねるというのは、随分と凝った仕掛けを施したものだと思いました。この問題が与えられたとき、ジャマールは微笑みますが、“神”にも守られていることを実感したのでしょう!ラティカが電話に出ないはずはないと確信できましたから。
その後は、ラティカを自分の手に取り戻すまでの展開であって、クイズのことなどどこかにすっ飛んでしまいます(4,000万円はどうなったのでしょうか?)。
ブラジルのスラム「ファベーラ」に住む青少年たちの生き生きとした姿を描いた「シテイ・オブ・ゴッド」や「シティ・オブ・メン」に連なる作品として、この映画を楽しんだ次第です。
















