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エッセンシャル・キリング

2011年08月10日 | 洋画(11年)
 『エッセンシャル・キリング』を渋谷のシアター・イメージフォーラムで見てきました(注1)。

(1)シアター・イメージフォーラムでは、『倫敦から来た男』とか『シルビアのいる街で』、『再生の朝に』というような、どちらかといえば一筋縄ではいかないような作品を見てきましたので、いくら「怒涛のノンストップ・アクション」などと公式サイトで謳われていても、単なるアクション物ではないのでは、と思っていましたら、案の定でした。

 ストーリーはそれほど複雑ではありません。アフガニスタンの谷間で、偵察行動をしている米軍兵士に見つかってしまったムハマンドヴィンセント・ギャロ)は、偶々入手したバズーカ砲でその3人の兵士を蹴散らし、走って逃亡しようとしますが、上空のヘリコプターに追われ、結局は応援に駆け付けた大勢の兵士によって捕まってしまいます。
 収容所では、ムハマンドは、他のテロ事件への関与を尋問されますが、終始無言を通したことから酷い拷問を受ける羽目になります。ですが、それにも耐えていると、今度は大型輸送機に乗せられて別の場所に移り、そこからトラックで移動しているときに、乗っていた車が崖から転落します。
 崖を落ちるトラックから遠くに投げ出されたムハマンドは、幸運なことに無傷で、かつ手錠の鎖も切れているのです。捜索する兵隊に見つからないように隠れながら、機会をうかがって、逆に、車を運転していた民間人(のように見える)2人を殺し、車の中に見つけた鍵を使って手錠を外すとともに、奪った車を運転して、現場を立ち去ります。
 ここからは、ヘリコプターと犬を使いながら彼を捜索する米軍(と思われます)と、逃げるムハマンドとの必死の攻防が続きます。
 やっとのことで、追跡を振り切ったものの、生きて家族のもとに帰還するには、まず食料が必要ですし、また現在の位置をも知らなくてはなりません。果たしてうまくムハマンドは逃げ切ることができるでしょうか、……。

 一人の男が何とかして逃げ延びようとする様を描き出すだけの映画にもかかわらず、罠に足を挟まれることとか、食べ物が何もないためアリとか木の革でも齧ってしまうこと、見とがめた樵を仕方なく殺してしまうこと、など随分とリアルな場面が連続していて、83分を飽きさせません。

 とはいえ、まず、この映画でムハマンドは、初めから終わりまで一切口を開きません。むろん台詞なしの映画ではなく、アフガニスタンで逃げ回っているときに、ヘリコプターから発射されたミサイルがごく近くで爆発したために、聴力(一時的に?)を失ってしまったためでもあります。



 そのまま彼は、終始無言を押し通すため、元々なぜアフガニスタンの谷間に隠れていたのか、なぜ追跡から逃げようとしたのか、などその背景は全く明らかにはなりません〔森の中を逃げ回るなかで、綺麗なチャドルを着た女性(妻なのでしょう)を夢に見たりしますが〕。
 ただ、時折、コーランの章句が読み上げられたり、モスクの場面などが回想シーンのような映像で映し出されますから、敬虔なイスラム教徒と思われますが(そうするとタリバンでしょうか)、バズーカ砲を入手するまでは武器を携行していませんでした(注2)。

 さらに、ムハマンドが輸送機で移送された場所がどこなのかも説明されません。なにしろ、彼が捕まったのは、荒涼とした中近東の谷間にもかかわらず、逃亡を図るのは一面の雪景色の森の中なのです。その二つをつなぎ合わせるのは容易なことではありません(注3)。
 〔以前、キューバのグアンタナモ米軍基地内の収容所が大問題となりましたから、あるいはキューバなのかなとも思いましたが、いくらなんでもキューバで雪景色というのはあり得ないでしょう!〕




 また、ラスト近くで、森の中に一軒家を見つけ近づくものの、ムハマンドは負傷しているためにドアのところで気を失ってしまいます。家の中にいた女性(エマニュエル・セニエ)が気がついて、見ず知らずのよそ者にもかかわらず、家の中に入れてあげ、負傷の手当てまでします。
 この女性が、ムハマンドが逃亡中で味わえた唯一の暖かさといえるでしょう。
 偶然でしょうが、この女性は聾唖者なのです。そうした障害を持っていることもあって、自分に必死に助けを求める男を親切に取り扱ったのかもしれません。ですが、旦那が戻ってくるといけないので、負傷のせいで体力がすっかりなくなっているムハマンドを、馬にまたがらせて家を立ち去らせます。



 なお、女性が聾唖者であることから、結果的には、ここでもムハマンドは何もしゃべらずに済んだわけです。

 単に逃げるだけの男が描かれている作品ながら、次々起こる緊迫した出来事に引きつけられ、また主演のヴィンンセント・ギャロの渾身の演技もあって、随分と見応えのある作品になっていると思いました。

(2)映画の冒頭、ムハマンドが3人の兵士をバズーカ砲で吹き飛ばす場面の背景となる谷間は、まるで『127時間』で見たユタ州のキャニヨンのようです(そのシーンは、イスラエルでロケ)。
 とはいえ、実際には、『127時間』の方は、岩に右手が挟まってしまって身動きが取れなくなった若い男・アーロンについてのもので、この映画のように森の中を縦横に逃げまわるムハマンドとは正反対のように思われます。
 ですが、よく考えてみると、ムハマンドの場合、何ら拘束は受けずに広大な大地に足を付けていると言っても、自分が何処にいるのかサッパリ分かっていませんし、もとより自分をサポートしてくれる人間とのコミュニケーションの手段など一切持っておりません。
 そうなると、むしろ、『127時間』のアーロンと状況が酷似している、と言うことも出来るのではないでしょうか?アーロンも、街にいる知人などと連絡を取ることが可能でありさえすれば、あの過酷な状況から簡単に脱出出来たでしょうから。
 要すれば、他の人間とのコミュニケーションが確保されているかどうかが一番の問題であって、それがなければ、いくら身体を自由に動かせるとしても、意味がないように思われるところです(ムハマンドの場合は、アーロンに比べて、動ける範囲がチョットだけ広いというだけのことではないでしょうか)。
 確かに、『127時間』と同じような状況を描いている『リミット』の場合は、携帯電話による外部とのコミュニケーションは確保出来ていますが、通信したい肝心の相手は、主人公のポール・コンロイの置かれている状況をマッタク理解しようとはしませんし、彼をそうした状況に置いた相手はテロリストなのですから、通信手段があるとしても実際には無用の長物になりかかっています。

 とはいえ、ムハマンドの場合、仮に携帯電話を持っていてそれで国元の家族と連絡が取れたとしても、東欧か北欧と思われる雪に埋もれた森林地帯から砂漠のアフガニスタンにまで戻るのは、並大抵のことではないでしょうが!

(3)福本次郎氏は、「孤独と絶望、寒さと飢え。男はこれらの精神的肉体的困難と直面しながらひたすら逃げる。地図もコンパスもなく、自分がどこにいるのかもわからない。それでも生きのびるために歩き、殺し、隠れる」、「戦争の悲劇を皮膚感覚で伝える作品だった」として70点を付けています。
 また、朝日新聞の8月5日の夕刊に、映画評論家の山根貞男氏の論評が掲載され、「実にシンプルな映画だが、波瀾万丈の展開を繰り広げる」、「受動性が人間の生の本能をかきたて強靱にする。ここで描かれるのはその過程にほかならず、映画としての刺激と挑発をもたらす」云々と論じています。



(注1)このサイトに掲載されているインタビュー記事においては、監督・脚本・制作のJerzy Skolimowskiは、「Does the title refer to Gallo’s character’s necessary killing in order to survive or could it mean ‘the essence of killing’?」との質問に対して、「It works both ways, and actually ‘The Essence of Killing’ was the alternative title, and at the last moment I chose Essential Killing. 」と答えています。

(注2)劇場用パンフレットに掲載されているインタビュー記事において、Jerzy Skolimowskiは、主役のヴィンセントが「しゃべらないのにも訳がある。言葉を発するとその瞬間に彼がどこの国の人間でどのような文化的背景を持っているかが容易に推測出来てしまう」、「要するに、どんな人間なのか分からないのだ」と述べています。

(注3)上記注2のインタビュー記事において、Jerzy Skolimowskiは、ポーランドにあるCIAの秘密収容施設に言及していますから、ポーランドの森が想定されているのではと思われます(雪の森の中で逃亡するシーンのロケは、ポーランドとノルウェーで行われたとのこと)。




★★★☆☆




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2 コメント

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Unknown (mig)
2011-08-11 10:55:15
こんにちは☆クマネズミさん
コメントありがとうございました、

>敬虔なイスラム教徒と思われますが(そうするとタリバン

そうそう、一つだけ読んだインタビューで監督はギャロの顔がアメリカ人や~人という雰囲気がなく無国籍な雰囲気があるとか言ってましたけど
まさにそんな所もハマっていたんですよね。

生きる為の林の中での行動に目が離せませんでした~。
先入観 (クマネズミ)
2011-08-11 22:02:31
migさん、わざわざTB&コメントをありがとうございます。
おっしゃるように、「ギャロの顔が、アメリカ人や○○人という雰囲気がなく、無国籍な雰囲気がある」ことは、映画の舞台となっている場所が何処かもハッキリしないことなどと相俟って、この映画が「生きる為の林の中での行動」だけを取り出して描き出そうとしていることに大きく寄与しているのでしょう。
でも、従来からの物の見方に囚われて抜けきれないでいると、どうしても主人公の国籍・身分とか、舞台となっている場所の特定をしたくなってしまうのですが、監督に言わせれば、そんなことはまったく無意味なのでしょう!

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