映画的・絵画的・音楽的

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エル(ELLE)

2017年09月12日 | 洋画(17年)
 『エル ELLE』を渋谷シネパレスで見ました。

(1)主演のイザベル・ユペールがこの作品で様々な賞を受けているとのことなので、映画館に行ってきました。

 本作(注1)の冒頭の舞台は、パリ郊外の高級住宅地。
 主人公のミシェルイザベル・ユペール)が、黒猫を家の中に入れようと庭に出るドアを開けたところ、突然黒いマスクをした男が侵入してきてレイプされてしまいます(注2)。
 その様子を黒猫が見ています。
 ミシェルは倒れたままながら、男は起き上がってズボンを上げて、外に出ていきます。
 ミシェルはゆっくりと起き上がりしばらく呆然としていますが、気を取り直すと、床に散らばっている壊れた食器をホウキとちりとりでかき集め、ゴミ箱に捨てます。



 さらに、着ているものを脱ぎ捨て、これもゴミ箱に捨てます。
 そして、バスタブに浸かった後、ベッドに座りながら携帯でスシ(注3)を注文します。

 そこに、息子のヴァンサンジョナ・ブロケ)が、「ご免、遅れた。残業だった」と言いながら家の中に入ってきます。
 ヴァンサンは、ミシェルの顔の傷を見て、「その傷は?」と尋ねますが、ミシェルは「自転車で転んだの」と答えます。それに対して、ヴァンサンが「自転車は汚れていないけど」と言うと、ミシェルは「どんな仕事なの?」と話をそらします。
 ヴァンサンは、「まだ応募しただけ(注4)。でも、昇進が望めるんだ」と答え、「プレゼントがある」と言いながら、彼女との2人の写真が入った写真立てをサイドボードの上に置き、「ジョジーアリス・イザーズ)は妊娠している」と付け加えます。
 ヴァンサンは、「子供が生まれたら、新しい写真を持ってくるよ」と言うのですが、ミシェルは取り合わずに、「家賃はどうなの?」と尋ねます。
 ヴァンサンが「援助なんて要らない」と答えると、ミシェルは「訊いただけよ」、「彼女は常識はずれ」「不潔な地域で育った人」と言います。
 ヴァンサンが「アーチストが多いところだ」と言うと、ミシェルは「3ヶ月分の家賃を支払うから、アパートを見せて」と応じます。

 次の場面では、ミシェルは引き出しから金槌を取り出し、ガラス窓から外を見ます。
 部屋の明かりを消し、ベッドで横になりながらTVを見ます。
 TVはつけっぱなしのまま、手に金槌を握りしめて寝てしまいます。

 さらに、ミシェルの会社の場面。
 ミシェルらは、怪物が女を襲うシーンのあるゲームをディスプレイで見ています。
 ミシェルが「オーガズムが弱すぎる。セックスを怖がっているみたい」と言うと、カートリュカ・プリゾール)が、「問題は他にある。リアリズムを求めても意味がない」「コントローラーに問題がある」「あなたが文芸部の出身だから、プレーヤーのことを考えていないんだ」と反発します。
 これに対し、ミシェルは、「多分、私とアンナアンヌ・コンシニ)は別の分野で会社を起こしたほうが良かったのでしょう」、「でもこの会社の社長は私」「とにかく、半年、遅れている」「ヤツの内蔵をえぐるのなら、血が流れていないと」と答えます。
 そして、皆に「良いわね」と言って仕事を続けさせます。

 こんなところが本作の始めの方ですが、さあ、物語はここからどのように展開するのでしょうか、………?

 本作は、小説を実写映画化したエロティックサスペンスで、主人公の女性の家に、ある日突然覆面の男が侵入し、彼女をレイプして立ち去ってしまうところから物語が始まります。主人公は犯人を突き止めようとしますが、思いがけないことが次々と起こりますから、130分の長尺ながら、最後まで見るものを飽きさせません。それに何より、主人公を演じるイザベル・ユペールが、とても64歳とは思えないみずみずしい演技を披露していることも、本作の面白さを倍加させていると思います。

(2)本作では、主人公のミシェルには、実に様々なファクターが盛り込まれています。
 まず、父親が39年前に大量殺人を犯して、終身刑で服役中(注5)。
 母親・イレーヌジュディット・マーグル)は、若い恋人と再婚しようとしています。
 自身は、夫・リシャールシャルル・ベルリング)と別れて、一人で広い大きな家で暮らしています(注6)。
 息子のヴァンサンがいますが、どうもしっかりとせず、妊娠している恋人のジョジーと暮らそうとしますが、ミシェルはジョジーを酷く嫌っています。
 また、親友のアンナとビデオゲーム会社を設立しているところ、ワンマン経営者振りを発揮して社員との関係がうまくいっていない感じです(注7)。
 その上、アンナの夫のロベールクリスチャン・ベルケル)と肉体関係を持っています。

 こんなミシェルが、上記(1)に書きましたように、自宅で何者かにレイプされてしまいます。
 ミシェルは、その件を警察に通報せずに(注8)、自分で探し出そうとしますが、自分の会社の社員とか隣人のパトリックロラン・ラフィット)まで含めると、怪しい人間は随分いそうです(注9)。

 それだけでなく、被害者であるミシェル自身が、どうも常識から逸脱している感じがします。
 例えば、元夫・リシャール、アンナ、その夫のロベールと一緒に食事をした際に、いともあっさりと「実は、襲われたの。自宅でレイプされた」と喋ってしまうのです(注10)。
 また、上で見たように、親友の夫・ロベールと肉体関係を持っていながら、このところは彼を避けるようになってきていて(注11)、むしろ前の家に住むパトリックの方に色目を使い出しています(注12)。
 なにより、自分をレイプした男に再度襲われた時に、犯人の顔を見てしまうのですが、ミシェルは取り立てて何もしないのです。

 こんなに様々のことが一人の人物の中に盛り込まれているのですから、普通だったら、酷くグロテスクでまとまりのつかないことになってしまうでしょう。
 ですが、主役をイザベル・ユペールが演じていることによって、ミシェルは、むしろとてもユニークで興味深い人物として浮かび上がってきます。



 イザベル・ユペールについては、最近作の『未来よ こんにちは』で見たばかりながら、同作でも、本作と同じような雰囲気を醸し出していたように思います(注13)。
 同作で、ユペールは哲学の高校教師・ナタリーを演じているところ、思索的というよりもむしろ行動的であり、いつもせかせかと動き回ります。
 夫から、「愛人ができたので家を出ていく」と言われても、ナタリーは、それで思い悩むというわけではなく、「馬鹿みたい」と言って態度を切り替えてしまいます。
 本作のミシェルも、レイプされた後、そのことにつきクヨクヨするわけでもなく、すぐに元の姿勢を取り戻して、息子と会ったり、翌日は会社に出社したりします(注14)。
 普通だったら大きくブレーキがかかるような出来事に遭遇した場合、『未来よ こんにちは』のナタリーにしても、本作のミシェルにしても、何事もなかったようにそれを素通りさせてしまう感じなのです。
 これは、主に、2人の登場人物に扮するユペールの顔の独特の表情から、そう感じるのかもしれません。そして、彼女の確かな演技力が(注15)、そうしたものを背後から支えていることも確かでしょう。

 次の出演作の『ハッピー・エンド』(注16)がとても楽しみとなりました。

(3)渡まち子氏は、「本作のヒロインに感情移入するのは難しいが、イザベル・ユペールの非凡な才能なしには成立しない逸品なのは確かだ。年齢を重ねるごとに魅力が増すフランスの大女優に脱帽である」として70点を付けています。
 中条省平氏は、「絡みあった挿話にはそれなりに必然的な結末が示されるが、最終的に物語を牽引(けんいん)するのは、ミシェルという人物の不可思議な精神の屈折なのだ。そこを面白いと感じるかどうかは観客の判断に委ねられるだろう」として★3つ(「見応えあり」)を付けています。
 秦早穂子氏は、「進んで挑戦するユペールは特異な彼女(エル)の性癖を表現するだけでなく、監督の思惑を遥かに超え、普遍の女の本性まで抉り出す。抑制された演技、知的で新しい」と述べています。
 毎日新聞の木村光則氏は、「既存の価値観に斜めに切り込むような場面が次々と続き、その度に見る側は幻惑されていく。「どう生きるかは人に任せず自分で考えろ」と、老監督にハンマーで頭をたたきつけられるような衝撃作である」と述べています。



(注1)監督はポール・ヴァーホーヴェン
 脚本はデヴィッド・バーク。
 原作は、フィリップ・ディジャン『エル ELLE』(ハヤカワ文庫:なお、同文庫版では、作者名はフィリップ・ジャン←Philippe Djianの『Oh... 』)。
 原題は「ELLE」。

(注2)ミシェルは、アンナたちと食事をした際に、「木曜日の午後3時だった」と話します。

(注3)ミシェルは、ハマチとかホリデー巻き(例えば、こういったものでしょう)を注文します。
 なお、この記事の中では「スシ宅配専門店」が触れられています。また、この記事も参考になります。

(注4)どうやら、ヴァンサンは、ファーストフードの店員に応募したようです。

(注5)父親・ルブランの大量殺人事件が39年前とされ(ルブランから出された保釈申請の審理に関するTVニュースの中で、39年前の1976年12月に起きた事件のことが言及されます)、ミシェルがその当時10歳であったともされていますから、本作の現在時点でミシェルは49歳なのでしょう。

(注6)リシャールは、ジムで体操のインストラクターをしている若いエレーヌヴィマラ・ポンス)と関係があるようです。

(注7)ミシェルはアンナに、「カートだけでなく、他の社員も私を嫌っている」と言います。

(注8)39年前の父親の事件に際して警察がとった態度から、ミシェルは警察に対して不信感を募らせているのでしょう。

(注9)ミシェルは、母親・イレーヌが「再婚したらどうする?」と訊いた際に、「殺す」と答えていましたから、イレーヌがつきあっている若い男もミッシェルに良い感情を持っていなかったでしょう。

(注10)ですが、ミシェルは、他の3人の反応を見て、すぐに「言わなきゃよかった」と呟き、「いつ?」の質問には答えたものの(上記「注2」)、その後の「警察は?」などの質問には一切答えず、「この話はおしまい。注文しましょう」と話をそらししてしまいます。

(注11)ミシェルは、関係を迫ってくるロベールに、何度か「友達関係でいましょう」と言います。

(注12)ミシェルは、自分の家に、前の夫・リシャールとその彼女のイレーヌや、息子のヴァンサンとジョジーをディーナーに呼んだ際、前の家のパトリックとその妻のレベッカヴィルジニー・エフィラ)をも招待するのですが、食事の最中、テーブルの下で、ミシェルはパトリックの足に自分の足を絡ませたりするのです。

(注13)イザベル・ユペールは、『未来よ こんにちは』では、実年齢(64歳)より5、6歳若い50代後半の高校教師の役を演じていましたが、本作のミシェルは49歳ですから、実年齢よりも15歳位若い役を演じていることになります(尤も、本作撮影時点は、今よりも1、2年ほど前でしょうが)。

(注14)ユペールは、このインタビュー記事の中で、「ミシェルは、思い切った行動に出る女性で、つかみどころのない、複雑な人物です」と述べています。

(注15)ユペールでは、このインタビュー記事で、「脚本は作品の情報を俳優に知らせる材料ですが、撮っていると、脚本にない、誰も知らない何かが降ってくることがあります。偶然の光、音、リズムなどがイメージになり、ミラクルを作る。だから演者は、すでに知っていることを演じるより、やがてミラクルが起こると信じ、それを待つのが仕事なんです。すべて波まかせに進む船に乗り込むかのようです」と述べています。
 また、このインタビュー記事でも、「画家の(ピエール・)スーラージュが『探すことで、自分が探しているものが見つかる』と言っていますが、演じているうちに、意識せずとも役がおりてくる。映画がその人物像について教えてくれます」と述べています。
 本作においても、ミシェルを演じるユペールには、必ずや“何か降りてくる”ものがあったことでしょう。

(注16)関連情報はこちらで。



★★★★☆☆



象のロケット:エル ELLE