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イミテーション・ゲーム

2015年03月24日 | 洋画(15年)
 『イミテーション・ゲーム エニグマと天才数学者の秘密』をTOHOシネマズ渋谷で見ました。

(1)本作(注1)が2014年のアカデミー賞作品賞にノミネートされた作品ということから(注2)、映画館に行ってみました。

 映画の冒頭では、「1951年 英国 マンチェスター」との字幕が出た後、アラン・チューリングベネディクト・カンバーバッチ)が、警察の取調室の中に置かれた机の前に座っている姿が映し出されます。
 そこに、取り調べをするためにノック刑事(ロリー・キニア)が入ってきて、チューリングの前に座ります。

 すると、場面は暗転してチューリングの声が聞こえてきます。
 「ちゃんと聞くか?注意を払ってないと、大事なことを聞き逃してしまうだろう。繰り返さない。君に主導権があると思うだろうが、主導権は私にある。君たちが知らないことを私が知っているから」。
 この声が聞こえているシーンの背景として、チューリングの自宅の模様が映しだされます。どうやら家宅侵入騒ぎがあったようで、警官が本部に「窓が割られ、室内は物色。刑事を寄こして欲しい」などと報告しています。

 チューリングの声が続きます。
 「約束して欲しい、注意して聞き、途中で私を批判しないこと。ここに残るなら、それは君が決めること。これから起きることは、私の責任ではなく、君の責任だ」
 この声の際には、一方で、「英国情報局 秘密情報部(MI-6)本部」にいるミンギスマーク・ストロング)の元に、「アラン・チューリング宅で盗難」との情報が入る映像が映しだされます。
 他方で、ノック刑事がケンブリッジ教授のチューリングの自宅に入っていきます。
 ノック刑事が「被害は?」と尋ねると、そばの警官が「何も盗まれていなようです」と答え、さらに「どうしてマンチェスターに?」と訊くと、「マシンの研究だとか」と応じます。
 さらに彼が家の中に入って行くと、しゃがみこんだチューリングがいます。
 ノック刑事が「昨夜盗難があったとか?」と尋ねると、彼は「下がっていろ、青酸カリだ」と言い、さらに「もっと上の人間が来ると思っていた。帰ってくれ」と答えます。



 追い返された家の外で、ノック刑事は「盗まれたことを認めない謎の教授。彼は何か隠している」とつぶやきます(注3)。

 ここから時点は1939年に飛び、チューリングの回想が始まります。
 さあ、チューリングにはどんな秘密があるのでしょうか………?

 色々なところで言及されることの多いチューリング・テストで知られるアラン・チューリングですが、先の大戦中にナチス・ドイツが使っていた暗号機エニグマが生み出す暗号の解読作業に従事していたとは知りませんでした。本作は、そのことを中心にチューリングの半生を実話に基づきながら映画化したもので、描き出される数々のエピソードは実に興味深いものがあります。ただ、彼が実際にどのような機構のマシンを作り出して解読したのかなどについては解説されないので、今ひとつ乗りきれないものがありました(注4)。

(2)上記(1)に記した本作の冒頭場面は、チューリングが同性愛行為によって逮捕される直前の出来事に関するものです(注5)。
 警察の取調室におけるチューリングの話は、ラスト近くの同じ取調室のシーンにつながります(注6)。
 チューリングの回想を聞いたノック刑事が「信じがたい話」だと言うと、彼は「判定を教えてくれ。私は何だ?マシンか人間か?戦争の英雄か犯罪者か?」と尋ね、ノック刑事が「私には判定できない」と答えると、チューリングは、「なら、君は私の助けにならない」と告げます。

 ここでチューリングがノック刑事に発する質問「私は何だ?マシンか人間か?」は、有名なチューリング・テストと同様のものです(注7)。
 そんなところから、映画全体の枠組みがチューリング・テストによっているように思われ、ひいてはなぜ「イミテーション・ゲーム」というタイトルが使われているのかがわかろうというものです(注8)。
 ただ、本作では、チューリングがノック刑事相手に一人でしゃべっているわけで、マシンか人間かを判定してくれと言っても、答えはわかりきっているように思われます(注9)。

 本作には、この他にチューリングと女性数学者のジョーン・クラークキーラ・ナイトレイ)との関係とか、ドイツ・ナチスの暗号機エニグマの作る暗号の解読など様々のエピソードが散りばめられていますが、クマネズミにはやはり上記のチューリング・テスト的なエピソードの描き方に興味を覚えました。
 それで、監督が「僕らはこの映画が一つのパズルになるようにしたかったんだ」と言っていることでもあり(注10)、それなら拙エントリ自体をチューリング・テスト形式にしてみたら面白いのではと思いました。
 ですが、そんなことは、大層素敵なブログ「detoured」のエントリ「イミテーション・ゲーム」においてとても真似することのできない高いレベルで行われてしまっていました!

 なお、本作では、エニグマの作る暗号の解読作業が中心的に描かれているものの(注11)、エニグマがどういう原理で解読不可能とされる暗号を生み出すことができるのか(注12)、そしてチューリングが開発したマシン(クリストファ:実際にはボンブ)によって(注13)、どうしてそれを解読できるのか、あの部品がくるくる回るマシンはどのような働きをするのか、などについてほとんど説明されないので(注14)、イマイチの感が否めません。
 尤も、そんなことを説明し出したらとても映画にはならないでしょうが!

(3)渡まち子氏は、「エニグマ解読に挑んだ天才数学者の苦悩を描く「イミテーション・ゲーム エニグマと天才数学者の秘密」。3つの時代が同時進行する脚本が緻密で見事」として80点を付けています。
 渡辺祥子氏は、「本格ミステリー調のドラマ展開に魅了されながら、カンバーバッチの深い洞察力を感じる繊細な演技に胸が締めつけられる思いを味わった」として★4つ(見逃せない)を付けています。
 相木悟氏は、「人間社会の業に圧殺された少数派の成すスケールの大きい貢献、葛藤を描いた感動作であった」と述べています。
 小梶勝男氏は、「時代にのみ込まれた天才の悲劇を、絶妙の語り口で、くっきりと浮かび上がらせた」と述べています。
 藤原帰一氏は、「文章にまとめるだけで気が抜けるような筋書きですけど、それがちゃんと映画になった。理由はたったひとつ、主演のベネディクト・カンバーバッチです」と述べています。



(注1)原作は、アンドルー・ホッジス著『エニグマ アラン・チューリング伝』(勁草書房:未読)。
 監督はノルウェーのモルテン・ティルドゥム、脚本は作家のグレアム・ムーア

(注2)アカデミー賞脚色賞を受賞しました。

(注3)以上は、このサイトに掲載されている冒頭映像に依っています。

(注4)俳優陣のうち、ベネディクト・カンバーバッチは、『8月の家族たち』や『それでも夜は明ける』、『アメイジング・グレイス』で、キーラ・ナイトレイは、『はじまりのうた』や『わたしを離さないで』などで見ています。また、マーク・ストロングは『善き人』や『キック・アス』などで見ています。



(注5)ノック刑事が、チューリングのことをあれこれ調査するものの、彼の軍歴などはすべて機密事項となっていて何一つわからず、男娼の客であることだけが判明して、チューリングは逮捕されてしまいます。

(注6)映画の中程では次のような会話がありました。
ノック刑事「マシンは思考しますか?」
チューリング「マシンは人間のように考えたりしない。違うように考えるのだ。人は思考に違いがある。なぜか。それぞれの脳が違うように働くからだ。マシンについても同じだ。マシンか人間かテストするか?」
ノック刑事「戦争中は何をしていたのか?」
チューリング「無線機器製造所にいた。………」。

(注7)例えば、戸田山和久氏の『哲学入門』(ちくま新書)には、次のように書かれています(P.38~P.40)。
 「チューリングは1950年に、機械が知性をもちうるか(オリジナルな問は、機械は考えられるか)、もちうるとしたらそれをどのように判定すればよいかを考えるために、あるゲームを考案し、それを「モノマネ・ゲーム(imitation game)」と呼んだ。いまではそれは「チューリング・テスト」という名前で通っている」。
 「そのゲームは次のようなものだ。二人の人間A、Bと機械を用意する。二人の前には、ディスプレイとキーボードからなる端末がそれぞれ置かれている。Aは審判役をつとめる。Aの端末はBの端末か、もしくは機械と接続している。だがAには、自分の端末が接続している相手がどちらかは見えない。Aは端末を通じてBか機械かのどちらかと会話を行う」。
 「Aは会話の内容だけを便りに自分の話し相手がどっち(機械か人間か)なのかを当てなければならない。このゲームで、Aがかなりの率で機械の方を人間と判定するならば、機械は知能を持っていると言ってよい」。

(注8)Wikipediaの本作に関する項の「タイトル」を参照。
 エニグマによる暗号を解読することだけが描かれているのであれば、「イミテーション・ゲーム(原題は「The Imitation Game」)」というタイトルを付ける意味合いがうまく理解できないところです。
 尤も、例えば、開発するマシンに昔の親友の名前を付けるということが、ある意味でイミテーションなのかもしれませんし、またエニグマが解読された後も、あたかも解読できていないように連合国が装ってドイツ軍を騙したことがイミテーション・ゲームと言えるかもしれません。それに、チューリングがジョーン・クラークと婚約したことも偽装と言えないこともないでしょう(ただ、その後婚約を解消しますが)。

(注9)ただ、「戦争の英雄か犯罪者か?」については、ノック刑事は、チューリングの話以外に客観的な情報を何も持ち合わせていないのですから、「判定できません」と答えるのも当然でしょう。

(注10)劇場用パンフレット掲載の「インタビュー」。

(注11)暗号解読チームを監督する海軍・デニストン中佐(チャールズ・ダンス)とチューリングとの確執、秘密情報部MI-6のスチュアート・ミンギス(マーク・ストロング)との関係など、なかなか興味深いものがあります。

(注12)Wikipediaの「エニグマ」の説明をクマネズミが理解できればいいのでしょう!

(注13)ブレッチリー・パーク内の研究所においてチューリングは「クリストファー」の開発に没頭しますが、その姿はとても「天才数学者」とは思えず、単なるエンジニアにしか見えません(総じて、本作におけるチューリングの姿から「数学者」は思い浮かびません。尤も、「数学者」が一般にどんな格好をしているのか、門外漢にはさっぱりわからないのですが!)。

(注14)他には、例えば、本作のラストで、チューリングは約1,400万人もの命を救ったとされていますが、具体的にどのような暗号を解読してそれをどのように使うことによってそんなにも沢山の人命を救うことができたのか、実行された作戦の一端でも明らかにしてくれたらなと思いました(尤も、当時の暗号解読作業にかかる情報は、大部分が現在でも機密事項なのかもしれません)。



★★★☆☆☆



象のロケット:イミテーション・ゲーム エニグマと天才数学者の秘密