河童のジオログ  生きていることに感謝しつつ

当ブログは余暇を利用して
京都市内を駆け巡っております河童の日々雑感でございます。
河童敬白

旧東海道一人旅 静岡磐田

2017年03月20日 22時09分12秒 | ジョギング・トレランの部屋

 長期の禁欲(走)生活から自分を解放してまた旧東海道一人旅に出た。お天気の良いいのも精進の賜物であろう、神さんか仏さんわからんけど率直に感謝します。今回は静岡駅からの出発。取り敢えず駿府城址へ

参考資料はコピーして携行してきたものの極端に縮小してきたので見ずらい。お陰で旧街道のスタート地点を探すのに苦労した。札の辻を探すが解からない。あちこち聞きまわるも解からない。

でも行ったり来たりの効果か分からないが、参考資料にはなかったお屋敷(↑)を見た。札の辻と言えば京都ではお馴染みなので何とか行ってみたかったが諦めた。次はわさび漬けの店、昔の新幹線の車内販売で「静岡名産わさび漬けはいかがですか」とよく聞いたものであるが、このお店の名前だったかは定かではない。どうもここの前の道が旧東海道のようだ。よかった。よかった。

そこから西に向かい安倍川↓を渡る。

「えぇっいかん、いかん。ちょっと待て!」と地図をみる。これ↓(石部屋)を忘れるところだった!

安倍川もちを注文したつもりが、河童が陳列ケースの表示を見間違い、ほかのものを注文。残念でした。

丸子宿、てっきり「まるこ」と読むのだろうと思っていたが、「まりこ」(鞠子の表示もあった。京都には鞠小路があり読みは完璧ですが)のようだ。

 この旅で最も見たかった「丁字屋↑(ちょうじや)」と是非食べたいと考えた「とろろごはん」。右側の歌川の浮世絵とそのまんまだ。感動感動。昔にタイムスリップしたみたいだ。あとから写真をよく見てみたらバイクのおじさんがちょっと邪魔だったけど。「河童にものを見るだけの心の余裕がなかっただけさ!」、「準備中って?。仕方がないなぁー、急ぎの旅だし、先を急ぎます!(結果はそんなもんじゃなかったですけどね)」。次は宇津ノ谷。丁字屋の前が三叉路になっており、ちょっと心配になったので犬の散歩中の女性に「宇津ノ谷(たに)はこちらに行ったらいいですかね?」と尋ねると、「宇津ノ谷(たに)?、宇津ノ谷?知らないわ!もしかして宇津ノ谷(や)じゃない!。行ったことがないから知らないわ!」だって。「気を持たせやがって腹のたつ!」と思った。⇐これ作り話ではなく、本当の会話の忠実な再現です(大笑い)。谷(たに)と言うか谷(や)と読むかは知らなかったが、これから進んで行く道がどんどん登りなので不安になった。だから念のため聞いたんだけど!。宇津ノ山なら話が分かるが?。しかし、山に登れば確実に谷(くだり)もあるものだから河童の理屈も通らんのかもしれない。

 進んでゆくと「お羽織屋↓」があった。ここの家は秀吉に羽織をもらったのでその名がついているとのことだが、まん悪く本日休業。「えぇっ?土曜日なのに?」と思った。

宇津ノ谷峠を越えて岡部宿に到着。それにしても長い長い峠越えでした。

この辺りは標識が少なく、走ったり(今回の旅は歩きが多かったが)している時に標識をみないと道を間違ったかなぁ?と不安になります(効率よく見まわってしかも先を急ぎたいとの思いが強いのです)、そんな折、思わぬところで碑↓を見つけるとホッとします。「そうか、もうこんなところまで来ていたんだなぁ。へぇっ、道は間違っていなかったんだ!よかった。」と。

 路の看板。「なるほどおなり街道か?」と見入った。さてさて、走ってゆくと個人のおうちの前で大変立派な「おなり街道」の標識(看板)をまた見た。ひょっと表札をみてみると「○○」となっていた。河童の頭にあるストーリーが浮かんだ(笑い)。一人旅だから一人で考え、一人で笑う。これも一人旅の楽しさ!そんなことで遊んでるもんだからまた道をロストしてしまった(さて河童の描いたストーリはどんなものだったでしょうか?)。ロストしたら1号線を探してもとに戻ることにしている。今回の旅ではこれが多かった。どうもブログの題名を「旧東海道」から「東海道」に変更する必要がありそうだが?。1号線に戻り、しばらく行くとこれ↓にぶち当たった。「ラッキー!!」。国道1号線が日本橋の起点から丁度200K地点である。そこが藤枝市緑町。

江戸時代に編遷されたという宿村大概帳によると藤枝宿は195.8K(49里30町45間)とあり、道ロストの間に藤枝宿碑を見落としたようだ。

自信はないものの、また街道らしき道に入る。前方に背の高い松↓が見える。「間違いない。旧東海道だ」と確信し、うれしくなる。写真からの結果判断であるが、藤枝200Kと上青島一里塚間のようだ。

 次に、この旅一番の難関に差しかかった。「越すに越されぬ大井川」である。ラッキーなことに日没前であった。河童にとって得体の知れない敵と戦うには相手の姿が見れたほうがよい。

河童が敵を写真(↑:渡橋前)に収めようとしたとき、写真左側のドライバーが気を利かせて車間を取ってくれた。「ありがとう!」大きな声で手を上げて感謝した。

一目散に走った敵に打ち勝った。橋高も高くなく恐怖心なく渡れた。思い描いたものとは違い全然怖くはなかった。約1.1Kを8分かかった。多少踵を押し上げられてるような感覚で走ったが(錯覚だろうが橋が揺れてると感じて走ったが。車道とと完全に分離してあったので河童の感覚が正しいのかもしれないが?)。これで箱根八里と越すに越されぬと言われる大井川を攻略できた。やれやれだ。夜間走行だったら、恐怖が倍増し渡れなかっただろうし、ましてや渡橋後の道↓(大井川堤防の細い土手道)がこれでは道ロストは必然である。どこのどなた様か知らんけどいい渡橋タイミングを与えて頂いてに本当に感謝です。

 大井川を過ぎるとだんだん暗くなり、寒くなってきた。金谷駅でヘッドライトの装着やダウンジャッケトなど身支度を整えて進む。今日はたぶん宿無しになるであろうと感じた。端末のバッテリーは残り10%で、最悪の事態の供え、使わないと決める。コピーの地図は縮小版で見にくい上に、ヘッドライトでは更に焦点合わせが難しい。頼りない中で小夜の中山越えに挑む。心細い河童の心にふと光明が差した。何か店舗の自販機を利用しているバンの明かりだった。よく見ると「子育飴」屋さんだった。今回の旅の情報として事前にインプットしては来たところだけど、「ここだったのか!」と、急にうれしくなった。京都では「幽霊」が飴で子育てをするが(京都五条幽霊の子育て飴本舗で販売)、ここでは「久延寺の和尚」が飴で子育てをしたらしい。

 ここを過ぎるとまた真っ暗な世界。お昼にシーフードヌードルを食べてその後食べてない。あまり水も飲んでいない。走れない。距離が稼げない。今日はどうもないないづくしだと愚痴が出る。日坂(にっさか)の下りで終に心が折れ、座り込んだ。お尻が冷たくなる、動かないと寒い。仕方がないので、たまに通る車のライトで足の治療をしてべそを掻きそうな思いで前に進んだ(冷静に考えて泣いて楽になるんなら泣いたであろうと思う)。前方、真っ暗な中に河童のヘッドライトで「道の駅掛川」の標識が光った。この時間帯(八時前)ではもうやっていないだろうと半信半疑ながらも歩を速めた。遠目で赤々と明かりがあり、それに導かれるように街道を左折した。道の駅は赤々ながらも入口は締まっている。ぐるっと回ると一か所だけ開いていた、中には締めかかった食堂と、コンビニがあった。「助かった!。また、神さんか仏さんがいてはった。ありがとう」と感謝した。インスタントの日本そばをチーンしてもらい、ヘッドライトの電池を買い、交換をした。

 疲れと空腹で折れた心がまた復活した。また街道に戻り、進んでゆくと掛川市街地の標識があり、警察の前で運よく出動しようとするパトカーがいたので止めて駅への道を聞く。駅が近づくにつれて「この町なら泊まれる」と思って、ホテルに入るも、満室と断られる。二つ目も「本日満室でございます」と断られる。今度のホテルは最初のホテルと違って、「イベントが予定されており、この近辺のホテルはどちらも満杯ではないでしょうか?」と教えてもらった。次のホテルに行くと「お帰りなさい」と声をかけてくれた。「一泊したいのだか」と言うと、「予約されていますか」、「いいえ」、「お部屋は満杯です」と正に想定どおり(三度目のそうだろうなと思いつつやったので)になっちゃいました!。ほんまに笑うに笑えないお話でした。仕方がないので駅前のベンチで横になって寝ることにしました。丁度10時半ごろ。目を閉じてもなかなか寝付かれません。次第に寒くなりました。風邪をひいて京都に帰るわけにもいかないのでまた歩くことにしました。駅の構内の充電コーナーでアイパッドとGPS時計をちょっとだけ充電させてもらって元の道に復帰しました。この間約2時間半。駅の近くなら泊まれると読んだのが甘かったのか?。歩いて行くとガードレールにカーン・コーンぶつかって自分がふらふらして歩いているのが感じられます。「これじゃあかん。事故を起こす訳にもあかんで」と思い、地下道で休眠を取ります。なかなか眠れません。寒いのです。例によって歩くしか方法がありません。悪いことにさっき取り換えたはずのヘッドライトがチカチカしだしました。5時間くらいしか経っていないので電池切れってないはずなんですが?。ただ気になったのは普段買っているエボルバと違って非常に安い電池でした。「結構安いんだ!」と感心したくらいでした。完全に電池切れを興したらお陀仏なので旧道ではなく明るい1号線を進みました。ところが、どうでしょう。1号線を目当てに進んで行ったらバイパスに入っていました。バイパスと言えば単に回り道と思っていたので歩行者や自転車道があるものと思っていましたが、高速のように歩行者等侵入禁止もあるんですね。明るいし、路側帯も広いし、どんどん進んで行きました。ところが、前方が二方か三方かに分かれており、1号線に進むには横断しないといけませんし、その先、路側帯らしきものも見えません。暗い中で、歩行者等侵入禁止の標識を見落としたんだ(そうであったかどうかは定かではありませんが)と思い、引き返しました。お年寄りの高速逆侵入と変わらんことをしてしまいました。標識等を探しながら引き返しました。そして磐田と浜松への分岐点に立ち戻りました。さっきは暗い見附(磐田)宿方面はパスして、明るい1号線で浜松を目指すことにしたんですが、それが危険な行為に繋がりそうになったんだと気づきました。浜松まであと10k強のところで河童の今回の旅は完全に終わりました。朝の5時、この旅ではじめて見つけた屋根付きバス停。今度は寒くないよう体を丸めて横になり30分ほど休憩しました。その後、進んで磐田駅への標識を見つけ、ここで完全にやめる決断をしました。駅まで2.8Kと標識があり、この長さにも心を打ち砕かれました。予定では浜松以西にたどり着こうと決めていたんですけどね!。散歩中の地元民さんにあいさつしながら進んでいくと、見附宿跡方面の標識(ほぼ街道に復帰できたんです)を見てにっこり。「まぁいいか、ジュビロ磐田だし」、「次回のスターとポイントも分かったし」と元気は出てきました。が、足は完全に死んでいました。

 

 

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