まるさんかくしかく〇△☐Ⅱ

雑感・雑記・日記

0715 富山の知人、立ち寄る

2014-07-15 22:22:47 | 日記

息子さんのお宅へ行く途中、わが家に立ち寄ってタマネギとジャガイモをどっさり置いていってくれた。

18時半、すぐ行くからと、立ち話。
20時半にカミさんも仕事から帰って来て立ち話に加わり、さよならは21時半。
なんとまあ、3時間!

胃に癌が見つかって全摘した(0127)ことを、飄々と話してくれた。
孫が神経芽腫と分かった(0211ころ)とも。
4月から長男坊の子が小学校入学、次男坊の子は入園だそうだ。

0720には横浜市で尺八の伴奏をつける大会みたいのがあるので、しばらく息子さん宅に泊まる様子。

富山へどうぞ、とカミさんにも誘いの言葉をいただく。
今度また、富山にお邪魔するようかな?

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0714 ヤマユリ

2014-07-14 12:48:43 | 季節的な

このごろあまり見かけることがなくなっていたヤマユリ。

昔、丹沢を歩いたたときは沢山見た。強烈な匂いを放っていた。

神奈川県の県花でもあるこの花が、公園で咲いているのをみかけた。懐かしさもあって、うれしかった。

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0704

2014-07-04 16:55:13 | 日記

2014年
近くのドラッグストアに行ったら、「骨の丈夫さ」を測ってくれた。無料だという。
骨密度とは違うらしいのだが、D判定、「少し不安」な状況と出た。
カルシウムは日本人にとって不足気味とは聞くが、Caサプリを進められることもなく、運動をすすめられた。
日光浴も必要だし、小松菜などの野菜をとるときは、肉やビタミンCなどもご一緒に、とのことだった。

毎月のように何かしら行っているようだ。8月の予定プリントを貰って帰った。また行ってみよう。

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0702 梅雨時のカビとか眠りとか

2014-07-02 10:51:28 | 季節的な

掃出し窓を開けていて、急な雨が吹き込むことが梅雨時にはある。網戸もレースのカーテンも濡れてしまう。

もちろん冬場の結露が主因なのかもしれないが、サッシやカーテンがカビている。今日は日差しがあるので、フローリング掃除用のドライシートに防菌用のスプレーをして、拭った。カーテンにもCMでやっている汗と細菌退治用のスプレー。気休めか?

昨夜は窓を開けたまま、毛布を掛けて朝までグッスリ眠れた。この時期は、寝間着と寝具の組み合わせが、とても難しいが、上手に組み合わせれば、熟睡も可能だ。

暑くなれば、より積極的に汗(塩分や老廃物も)を流したりして、昼間の活動量を増やして体を多少疲れさせる。
あまり高い寝具は、買えないかな~。以前、ディプ○○ーとかいうのを買ったことがあるが、聞かされたほどの効果は私にはもたらされなかったし、第一、アイ’ム ビンボー!

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0701 光を追って水が、水を追って光が

2014-07-01 01:58:07 | 季節的な
2014-7-1
山開きだという。もう山に足を運ぶことが無い。真夏の鋭い陽射しが針葉樹林帯を焼き、強い匂いを放つ中を進む喜び(苦しみ)も、冬、岩につく雪の凍て寒さに苦しむ(楽しむ)こともない。
年寄りの運動としては、体にも心にも贅沢過ぎるほどの感動もある。けれど、ベテランになったような気持ちが芽生えても、それは自己満足であり、絶対的な全体としての自然は時として容赦がない。
命と隣り合わせで歩くような感覚は、自然のフィールドではよく、容易に感じられるものだと思うが、どう考えても体力気力は低下しており、判断も「固執」または「ブレる」が若い時以上に度合いが増している。固執やブレは年齢に関係ないかもしれないが、しかし、山は、、、自分としては閉山。自分は単独で歩くことが多かったからなおさらだ。ただ、団体での登山はむしろ危険なことがある。

いつかテレビで沖縄出身の芸能人女性が、『泳げません。』と言うのに対して、「だって周りじゅう海だらけでしょ?!」とツッこむと、他の男性が『海は入るものじゃない、あれは見るもんだ。』と言っていたのが笑えた。

まあ、そんな心境ではある。

これから梅雨明け前の「集中豪雨」期間を経て、南高北低となるサマースタイルの気圧配置は、昔でいえば「梅雨明け十日」の安定した晴れ間が続いたが、昨今は、亜熱帯みたいな日本の気候は、予断が許さない。

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2013-06-22
中学か高校のときか忘れた。国語の教科書に浦松佐美太郎の「たったひとりの山」という題の文章(多分抜粋)が載っていた。それがなぜかスケッチブックに手書きで書き写したものがあったので、よほど気に入っていたのだろう。

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夏、八月。残雪をいただく山々はすぐそこからそそり立っている。

谷を登りつめた槍沢は深い残雪の雪渓に埋められている。

雪の下から走り出た水は、山ふところの雪の神秘をまだ大事にじっと抱いているのだ。

凍るような水の冷たさは、山の雪がどんなに近いかを思わせるものだ。

水の光は、山の雪がまだ消えやらぬ姿をそこここにとどめているからだ。

光を追って水が、水を追って光が、岩を乗りこえ乗り越え、梓の谷を落ちてゆく。
~~

このあとも、手が切れるように冷たいとか、まだまだ続いたような気もするし、抜け落ちた語句もあるだろうが、ちょっと懐かしくて、山小屋のランプの灯りのようなものが胸に滲み出してきた・・・。

登山など縁がなかった当時の自分にも、峻厳で鮮烈なイメージが強く感じられた。私が上高地に入ったのはずっとあとのことだし、私の山といえば縦走だったが、この文章は山の景色と空気と水に憬れる気持を私に芽生えさせた。もうとっくに山には行かなくなったが、「たったひとりで歩く山」を若いときには結構楽しませてもらった。

教科書に載っていた文章の題は「梓川」だったような気がしてきた。 (平成25年6月30日)
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