時間の外 

気ままな雑記帳です。話題はあれこれ&あっちこっち、空を飛びます。本拠地は「時代屋小歌」というHPです。

泊まりがけワンダーランド・友人宅 (友人の家に泊まった翌日の朝)

2016年10月13日 | 懐かしい系、あれこれ

私が自分の意思で、誰かの家に、一人で泊まりにいった始まりは、小学校の頃だった。

それは、元々は親の友人の家であった。学校も違うし、住んでる街も電車に乗らないといけない、「少し遠い街」であった。

親に連れられてその人の家に行くうちに、その家の子たちと私は仲良くなり、やがて私は1人でもその家に泊まりに行くようになったのだった。

親にとっても、親戚関係にも似た親友の家だったので、安心して小学生の私を1人で行かせることができたのだろう。

だが、これはあくまでも、きっかけは親同士の良好な関係がベースにあったので、感覚的には、前述の通り「親戚の家」に遊びに行くようなものであった。

一応、電車に乗らないといけない場所だったが、乗り換えは無かったし、私の家の最寄りの駅から電車に乗れば1本で行けるので、決して迷うようなコースではなかった。

その人の家に行くのは、小学生だった私にとっては、まるでちょっとした冒険であり、ちょっとした1人旅のような気分だった。

電車は途中、大きな川を渡ったり、田園風景が豊富な町の中を通って行ったので、景色からも「小さな旅」気分を味わえた。

 

小学校の頃の級友は皆、近場に住んでいたし、わざわざ泊まりがけでいくほどの距離でもなかったから、級友の家に泊まるということは、考えたことはなかった。

夕方まで一緒に遊んで、そしてバイバイ・・であった。

だが親の友人宅は、電車に乗らないと行けない場所だったので、一度行くと「せっかくなら泊まろう」という選択肢になったのだった。

だが、やがて私は小学校を卒業し、中学生になると、私はその人の家にだんだん遊びに行かなくなった。

理由は・・・分からない。

自分の中で、ちょっとした「区切り」みたいなのを感じたからかもしれない。

中学に入っても、しばらくは、友人と遊んでも夕方・・もしくは夜には別れ、帰宅していた。

ところが、ある日。

特に仲が良かった友人が、引っ越してしまった。引っ越し先は、私の家の最寄りの駅から乗る電車の終点駅にある街だった。

その電車は、終点まで約30分くらいだったと思う。

片道30分なら、往復でも1時間だ。

今考えれば、それぐらいの距離、どうということはない。

だが、それまで、歩いていける近所に住んでた奴が、ある日、電車の終点駅のある町に引っ越した時は、けっこう遠く感じた。

しかも、その友の家は、駅からさらに歩いて20分くらいかかった。

となると、片道はだいたい1時間。

まあ、これまた、1時間なんて距離は、どうということもない・・というのが今の感覚。

例えば通勤にかかる時間としては、ありきたりだし、通勤ではその距離と時間を毎日移動しているわけだから。

だが、中学の時はそうでもなかった。

その友も、それまで皆と同じ街にいたのに、ある日いきなり自分だけ離れた街に引っ越してしまった寂しさもあったのか、仲の良い友人に

「俺んちに遊びにこいよ、泊まりがけで」

と言うようになった。

 

そこで、ある時私は、お言葉に甘えて、泊まりがけで遊びに行った。

すると、その友の家は、その友の部屋だけ「はなれ」みたいになっていて、その家の母屋の玄関とは別の独立した(?)出入り口から出入りできる作りになっていた。

つまり、そいつの親兄弟とは一切会わずに、ピンポイントでそいつの部屋に出入りできたのだ。

なかば、1人暮らしでもしてるかのようであった。

なので、来訪する者としては、遠慮がいらなかった(笑)。

それが分かってからというもの、私も、他の友も、頻繁にそいつの部屋に遊びにいくようになった。で、行けばたいがい「泊まり」であった。

 

とはいえ、なにぶん中学生。部屋で何をするかというと、決して酒を飲むわけではなかった。

では何をしていたかというと・・・

そいつのお気に入りの、「お勧めレコード」を聴き、時にはカップ麺を食べ、時には鍋をやり、時には「めちゃくちゃ録音(無意味に、友人同士の会話を、ラジカセで録音する)」をしながら、とりとめもなくおしゃべりをしていた。

 

で、そのおしゃべりは、明け方ぐらいまで続くこともあった。

今考えると、酒を飲んでるわけでもないのに、よくそんなにシラフのままおしゃべりし続けられたもんだ・・・・と思う。

だが・・それが不思議と出来たのだ。

きっと・・・ちょっとした「ミニミニ修学旅行」の夜・・・みたいな感覚で、気持ちがハイになっていたのかもしれない。

それに味をしめ、やがては定期的にそいつの部屋に遊びに行くようになった。

中学を卒業して、互いに別々の高校に通うようになっても。

まあ、そういうのがあったから、中学を卒業して散り散りになっても、長く付き合っていける友になったのだろう。

 

深夜までおしゃべりしてると、時には腹が減ることもあった。そんな時は、その部屋を抜け出し、近くの深夜も営業してるラーメン屋に行ったりもした。

また、おしゃべりしていて、急に盛り上がり、ラジオドラマみたいな音声ドラマを作ろう!ということになり、西部劇のLPをかけながら、アドリブでの会話劇(?)をして、それをラジカセに録音したこともあった。

 

また時には・・・占い大会みたいな展開になったりもしたし、女の子に関する話題もよく出た。

そいつは私にとって音楽仲間でもあったので、LPを聴きながらの音楽談義にも花が咲いた。

 

また・・ある時は、出来たばかりの自作曲を少しでも早く誰かに聞いてもらいたくなった私は、ギターを持って、そいつの部屋に行ったこともある。

 

ふと今思ったのだが、なまじ酒を飲んでなかったがために、途中で酔いつぶれて寝てしまうようなこともなく、おしゃべりだけで延々と深夜まで(時には明け方まで)話し続けられたのかもしれない。

酒なし、金なし、女なし。それでも夜が楽しかった。

 

そんな夜を過ごし、やがて寝落ちし、目がさめれば、たいがいもう昼ごろだった。

不思議なもので、前夜あんなに盛り上がったのに、夜が明けてみると、少しテンションが下がっていた(笑)。夜のようなハイテンションではないのだ。

迎えた朝・・・というか、昼は、けだるい世界であった。

当然その日は休日。だが、互いにその日にどこかに行く予定はないことが多かった。

飯は、当然のように、外食。だが、外食に出かけたら、特に予定が無い限り、そのまま別れて、私は自宅に向かうために駅に向かうことになることが大半。

なので、外食するためにそいつの部屋を出る前に、部屋で

「今日、この後、どうする?」

などという話をすることになる。

たいがい、答えは出ない(笑)。学校は休みだし、誰かとの約束がその休日にあるのならば、そもそも泊まりがけでそいつの部屋に遊びに来たりはしていない。そいつにとっても、その休日に誰かとの約束があれば、前夜泊まりがけで友人を呼んだりはしてないのでは。

だから、その日は、2人とも特に予定はないのだ。

 

あくまでも、その「泊まりがけ」のメインは、前夜ハイテンションで深夜まで続けた「おしゃべり」だったのだ。お楽しみは、前日の「夜」だったのだ。

なので翌日、目覚めてみると、ちょっとした「抜け殻」みたいな感覚だった。

 

でも、何も予定が無いその休日や、酒も飲んでないのにハイテンションで語り明かした前夜の「無駄さ」が、実は・・・・

とても幸せで、宝物のような時間であったことを思ったりするのだ。その「無駄さ」が。

 

やがて社会人になって時間に追われたりするようになって、そのことを思い出すと、特に。

 

ともかく、友人宅に泊まる楽しさを覚えた中学時代、それをきっかけに、色んな友人の家に泊まりがけで遊びにいくことが常になった。

小学校の頃は、級友の家に遊びに行く時は、日帰りであり、単なる「立ち寄り」であった。

だが、中学に進み、友人宅に泊まる楽しさを覚えてからは、友人宅に遊びに行く時は、たいがい泊まりがけになるようになった。

 

あなたも、中学時代などで友人宅に泊まる楽しさを覚えた時、それ以来、友人宅に遊びに行く時はたいがい泊まりがけになったりしなかっただろうか?

そして、酒など飲んでないのに、よくあんなに盛り上がれたものだ・・と、思ったりしないだろうか?

で、そんな時・・・・あなたはどんな話題で盛り上がっていたのか、覚えているだろうか。

 

 

ちなみに・・・社会人になってからは、友人宅に泊まることは少なくなった。

やはり翌日の仕事のことを考えてしまうと、どうしても学生時代のようにはいかなくて。

 

とりあえず、酔って終電がなくなってしまわない限りは(笑)。

 

 

 

 

 

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