バンビの独り言

バンビことけーちんの、あくまでも「独り言」デス☆

目からウロコの、永野むつみ語録、その1

2010-09-07 23:41:01 | おやこ劇場/芝居
9/2、豊田おやこ劇場の主催で「永野むつみさん」講演会がありましたー。



参加した誰もが「ドキューン 」となった、永野むつみさん語録をまとめます。

◯「ひぽぽたあむ」の人形劇は高さが150cmある。これは通常、小さな子にとっては高すぎるけれど、人形劇をする人が楽なように高さが決められている。
なぜか?
おばあさんになってもやり続けるためには楽な体勢で演じることが大事。
無理して頑張ってしまうとどこかに恩着せがましくなってしまう。
(例えば、気合いを入れて作ったご飯を「美味しいでしょ~?残しちゃダメよ~」って言ってしまうように)

◯大人が子どもに話す時は「◯◯はダメよ」ではなく「△△の方がいいよ!」
 子どもも一人の人格として接する。

◯お芝居を見る前に、子どもに指示、命令などしない。
 (せっかく、これから気持ち良い、温かい作品を見るのに、台無しになってしまう)

◯親は我が子に一番前の席でお芝居を見て欲しいと思うものだが、叩いたり叱り飛ばしてまで見せるべきお芝居なんてない。
友達を蹴散らしてまでして良い席を取った後で、友達と心通わせるお芝居を見ても仕方ない。

◯子育てにつまづいたら、自分の子ども時代に立ち返る。
 「されて嫌だったことはしない」「されて嬉しいことをすればいい」

◯親にとって大事な日に、子どもは熱を出す。
その「いよいよ」の日に向けて親は非日常の生活を送り、子どもは必死についてきているが、親にとっての「いよいよ」は、子どもにとって「いよいよ限界」の日。

◯お芝居を見ないと良い子に育たないのか?
本を読んでもらってない、芝居を見せてもらっていなくても、普通に幸せになれる。
私たち親の多くは、芸術なんかに触れずに育って来た。
(一番大事なことは「母は幸せよ!母をごらんなさい!」と道しるべになること)
ではなぜ、私たちは、芸術に触れずして大人になれたのか?
今と昔の違いは何か?

私たちが子どもの頃は、「ぼうぼうとした時間=学校から帰って来て何もすることがない、たっぷりとした時間、自然や人間とたっぷり関われる時間」があった。
「ままごと」と聞けば、手に、目に、鼻に、わぁ~!っと思い起こす感覚、体験があった。
おもちゃなんてなくても、自然の中でたくさん遊べた。
(永野さんは)家に帰り、土と花と草のにおいが体中に立ちこめる中で夕飯を食べていた。

今、そんな子どもはいるだろうか?

今「ままごと」と言えば、マジックテープがついていて「ザクッ」と切るおもちゃ。
赤ずきんで花を摘んでいるシーン。花壇でしか花を見たことない子は野草を摘んだ経験がないから「花を取っちゃだめ」と言われて育っている。

「ばばばあちゃん」があれこれ、家の中から外に物を出してくるシーンを「不快」に感じる子ども。
なぜか?
「一つ出したら一つお片づけよ」と言われているから。

昔は家の中では遊んでいなかった。
だから「遊びっぱなし」にして良い場所がいっぱいあった。
でも、今は「車」という危険があるため、子どもを一人で遊びに行かせられない。
公園に連れて行くのは親。
本来、「遊び」とは勝手に自由に始まるものなのに、「遊び始め」と「遊び終わり」を親が決めている。
「暑いから」「時間がないから」と言った理由で公園に行くか行かないか決まる、つまり、親の都合で外遊びが始まる。

今は家の中で満足してもらうために、おもちゃをたくさん用意しないといけない。
子どもが片付けられる能力を超している。
アパートのような住居では、「食べる」「寝る」「遊ぶ」が同じ部屋だから片付けざるを得ない。

こういう生活が「一つ出したら一つお片づけ」せざるを得ず、「ばばばあちゃん」の世界を楽しめない。

「非子ども的」になった子どもたちを作ったのは大人だ!

◯ケンカした時、親が落とし前をつけるのは「大けがをした時」「お金が絡んでる時」の2点だけ。
親は「ごめんね」を言わせたがるけれど、「ごめんね」を言うことが大事なんじゃない。
ケンカはなぜするのか?
「絶対に分かり合えない存在がある」ということを知る。
「土俵の違い」を知る。
私たちは相容れない人とつきあっていかなくてはいけない。
だから、一緒に歌ったりする。
昔は親がここまで子どもの世界に干渉しなかったから「落とし前をつける」チャンスが与えられていた。

◯子どもを3時間以上、放ったらかしにすることが大事。
 もめごと、大いに結構。
 おしっこをどこまで飛ばせられるか、など、子どもに好きなように外遊びさせることが大切。

◯子育ては「大らかでゆっくり」という側面と「急がなくちゃいけない」側面がある。
たっぷりとした時間に芸術を用意することが大事。
「童謡」からは、人間や人間の生き方、価値観を知る。
芸術を観ることは、人間性を観ること。
コミュニケーションには「伝える側」と「受け止める側」の両者が必要。
そういった「受け止める力」は芸術に触れることで身に付く。
(男の子にこそ芸術を♪)

◯公共の場で子どもを叱る時、子どもにメッセージを届けたいならば小声で話せばいいのに、親は大声で叱る。
なぜか?
周りの大人に声を届けたいから。
それは「私はちゃんと育児してるのですよ」というメッセージだったり、「そんな嫌な顔しないでよ。あんただって子どもを産んだらこうなるのよ」って嫌みのメッセージだったり(笑)。
言葉は「中身」ではなく、声の大きさとベクトルで決まる。

◯私たちは今まで生きて来た長い人生の中で知った語彙を使って巧みに表現することができるが、小さい人は語彙が少ないから、その中で一番近い言葉を使う。
幼児期は音声言語だから、笑顔なのかしぼんでいるのかの中に、子どもの言葉は潜んでいる。
忙しい朝、母親の背中には「話しかけないで」と書いてある。
本当は話したいことがある、聞いて欲しいことがある。そういう時、かまって欲しいから、子どもはワガママを言う。
だから、子どもの言葉をストレートに受けるのではなくて、何を言わんとしているかに耳を傾けることが大事。
「おかあさん」と呼んで「なぁに?」って優しく応えてもらうだけで、子どもは満足する。

◯男の人に備わっているもの
 •ファイト
 •根性
 •頑張れ!
 •攻撃こそ最大の防御
 •沈黙こそ金
だからこそ、男の子に芸術に触れさせることで「コミュニケーション能力→受け止める力」をつけたい。

「うさぎとかめ」の話で、「負けたうさぎ」を良しとしたい。
「誰かのために命を捨ててでも」が美談になっているが、「自分の命を大切にする」という在り方、「たくさん疲れる前に、ちょっと休もうよ。逃げてもいいじゃない?」と価値観でありたい。

◯ドラマを観て「気持ち分かる~」というのは、受け止める力があるということ。
足を踏まれたことがなければ、足を踏まれた人の痛みは分からないが、髪を引っ張られたことがあれば「痛みが分かるような気がする~」と気持ちを推し量ることができる。
「経験、体験、知識=受け止める力」となる。

◯大人にとっての1日は「365日×年齢ぶんの1日」だけど、6歳の子どもは「365日×6年ぶんの1」。
つまり、子どもにとっての1日は「すごいこと!」。
なのに、大人の「初めてなんです~」は許されるのに、子どもの初挑戦に大人は厳しい。
子どもにとって「経験、体験、知識」量は少なくとも、比重は大きい。

◯子どもは本質を見抜く力がある。
生まれてくる時に、親の顔色を見る力が備わっている。
「おっぱいが欲しい」「おなかがすいた」「眠たい」「抱っこして欲しい」etc…。
誰かに何かをして欲しい時、愛おしい顔&愛おしい声がする方を振り向き、求める。
(そうして寝返りもするし、ハイハイもするようになっていく)
小さい子は、お母さんの顔色を見て「やっていいこと」「やってはいけないこと」を知る。
言葉より語るもの、真意をつかみ取る。

◯子育ての何がしんどいのか?
「あなたは何者なのか?」と子どもに見つめられている、その視線がつらい。
ほめるべき?叱るべき?ここは見守るべき?
それにいちいち応えなくちゃいけないが、自信がないから不安になる。

その手がかりになるのが芸術、絵本、お芝居。
「子どもとは何か」「何を愛して何を憎むか」…
つまづき、悩み、痛みを解決するために芸術は有効。

芸術、絵本、お芝居を観た後、大人も子どもも背中に背負った「文化の棚」に一つづつしまっていく。
「人より先に何かを覚えること」(=早期教育)は大したことじゃない。
対話はコミュニケーション。
共通の体験、共通の言葉の方がずっと大事。
「自分を表現する言葉」「一つの言葉に込められた思い」
そういう、言葉のリアリティをたっぷり持って、思春期を迎えられるといい。

◯大人は、ものを判断するときに「基準」を作ってしまっている。
「這えば立て、立てば歩めの親心」のように、親は子どもに「もっともっと」と期待して、何をやっても「よし!」と言ってくれない。
自分の子と他人の子を観ていると、他人の子は良い子に見えてしまう。
おやこ劇場は、だからイイ!
自分を「良い子」だと思ってくれる大人にたくさん認めてもらえる場所。

子どもは、「友達といる時」「親といる時」「親以外の大人といる時」など、相手によって変容するもの。
(お母さんだって、赤ちゃんには高い声、だんなには低い声、好きな男の前では猫なで声に変容する)
豊かに育つためにはいろんな自分との出会いが必要。

◯子どもが嘘をつくのは「お母さんを困らせたくないから」「喜ばせたいから」「お母さんが悲しむ顔を見たくないから」

つづき(思春期編)はこちら。
http://blog.goo.ne.jp/banbiblog/e/e21fbfe0b261246637c4603958530804
ジャンル:
きいて!きいて!
この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« お茶は家で沸かしましょう。 | トップ | 「ミツバチの羽音と地球の回... »
最近の画像もっと見る

あわせて読む