半澤正司オープンバレエスタジオ クリスタルルーム

18年間 世界中で踊り抜いた、プロフェッショナル 半澤正司が見せる!
これが、バレエ・・・
世界に通ずるバレエです!

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ブルーカーテンの向こう側…(男バレエダンサーの珍道中)第14話

2017-02-22 09:39:43 | ブルーカーテンの向こう側…(男バレエダン
皆さん、バレエ教師の半澤です!よっしゃ~っ、レッスンしましょう~っ!!
http://hanzanov.web.fc2.com/top.html (ホームページ)
http://hanzanov.web.fc2.com/index-J.html(オフィシャル ウエブサイト)
皆様、12月23日 天皇誕生日の祭日に私の発表会があります。
もし、良かったら出演してみませんか?バリエーションでも良いですし、
グランパドドゥでも良いですよ!もちろんコンテンポラリーでも
良いですし、オペラでも舞台で歌います?
どうぞ、どんどん出演してください。
私のメールアドレスです。
rudolf-hanzanov@zeus,eonet.ne.jp

連絡をお待ちしてますね!!

朝は11時から初中級レベルのレッスン、夕方5時20分から初級レベルの
レッスン、夜7時から中級レベルのレッスンがあります。
皆さま、お待ちしております!

Dream….but no more dream!
半澤オープンバレエスタジオは大人から始めた方でも、子供でも、どなたにでも
オープンなレッスンスタジオです。また、いずれヨーロッパやアメリカ、世界の
どこかでプロフェッショナルとして、踊りたい…と、夢をお持ちの方も私は、
応援させて戴きます!
また、大人の初心者の方も、まだした事がないんだけれども…と言う方も、大歓迎して
おりますので是非いらしてください。お待ち申し上げております。

スタジオ所在地は谷町4丁目の駅の6番出口を出たら、中央大通り沿いに坂を下り
、最初の信号を右折して直ぐに左折です。50メートル歩いたら右手にあります。

日曜日のバリエーションはドン・キホーテより3幕のキトリの友人の
ヴァリエーションです。ブライデス・メードと呼ばれております。
ポールドブラの複雑さが非常に楽しい踊りです。
ではクリスタル・ルームでお待ちしておりますね!
連絡先rudolf-hanzanov@zeus.eonet.ne.jp

ブルーカーテンの向こう側…(男バレエダンサーの珍道中)
1980年 (16歳)最愛の人
第14話
ショージは小学校1年の時から高校生になるまで
新聞配達をしていた。中学生になってからは、朝の
新聞配達の他に、夕方になると近所にある「スカイ
ラーク」と言うレストランで皿洗いのアルバイトも
していた。自分の手で金を稼ぐ事は母親を助けること
にもなるからだった。

ショージは母親の勧めでピアノと日本舞踊を幼少の
折からずっと続けて来た。舞踊を習うために2時間半
も掛けて東京の新宿まで毎日のように通ってもいた。
だが高校生になった時から、段々と舞踊を習う事が
重荷になって行った。そして悩んだ。「僕にとって
これから先も続けて行く事に意味があるのか、この
道が本当に僕に合っているのか、それとも僕のまだ
知らない全く違う世界があるのか…」と。しかし
この悩みに終止符を打つ日が来た。

ショージの意思で辞めなくても辞めざるを得ない
出来事が生じてしまったのだ。高校に入って暫くした
時に最愛の母親が突然、水臓がんと言う恐ろしい
病気で亡くなってしまったのだ。しかしショージには
この事実を受け止める事がどうしても出来なかった。

人間はあまりにも悲し過ぎる事が起きると涙さえ
零れなくなる。ショージにはこれから先、一体誰を
頼りに生きて行ったらいいのか解からなかった。
母親は今までショージにピアノと踊りを習わせるために
寝る時間も惜しんで必死に働いた。働きまくって
挙句の果てに水臓の中に赤ん坊の頭と同じ程の
大きさの腫瘍が出来てしまったのだ。それでも母親は
子供たちの事を心配した。病院の一室で母親は自分の
死が近いと悟ったのか息子をベッドの傍まで呼び寄せた。

もう喋る事さえ出来ないほど弱りきっていた母親は
ショージに紙と鉛筆を持って来させた。震える手で
紙に書かれた文字はぐにゃぐにゃに曲がってしまったが
母親は必死に書いた。「あなたは踊りを生業として
生きて行きなさい…ただ妹の事が心配でならない…
まだ小さな女の子なのに…私が死んでしまったら…」
と書いてあった。ショージは母の両手を握りしめ、
どうして良いのか分からないほどの悲しみに耐えていた。

ほどなく母親が亡くなった。ショージは母の存在の
大きさを改めて感じた。だが、折角母がショージの
ためにいつも言っていた「芸は身を助けるのだからね…」
と諭してくれたピアノや踊りまでも辞めてしまったのだ。 
「これからは自分で生活の道を切り開いて行かねば
ならない、生きて行かなくてはいけないのだ…」
と決心した。
(つづく)
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