幕末掃苔屋 公式ブログ

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サトウが通った店

2012年02月16日 | 幕末グルメ

萩原延壽先生の『遠い崖―アーネスト・サトウ日記抄』を読んでいると、食事会についての記述が頻繁に出てきます。

『帰国 遠い崖8』には以下の記述があります。
「十月一日 汐留の傍の船宿山崎屋から、会津の広沢、永岡、山田の案内で、深川の平清(深川土橋)に行く。前回会津の人々と遊びに行ったときといっしょだった芸者さいぞうも、われわれに同行した。酒席に来た深川の芸者は、おやす、こはな、おせん、それに『酌取』のおふたである。おふたは踊りがうまく、『権助』という、見事な物真似の沢山入った踊りを見せてくれた。」
「われわれは『熊いじめ』を少々と、『鬼ごっこ』を何度もして遊んだ。 午後九時ごろ帰宅した。平清には椅子とテーブルが用意されていた。全体としては、すばらしい料理屋である。」
「十一月三日 成田、ローレンス、ワーグマン、小野、大原と連れ立って、深川の料理屋平清にゆき、夕食をとる。芸者は、肌のきれいなおたけと、こきんである。こきんは、酒を大量に飲んだ。」
広沢は広沢安任で、永岡は永岡敬二郎で、山田は山田貞助のことです。
ワーグマンは、サトウの友人のチャールズ・ワーグマンです。
平清に行ってみたいと思いましたが、明治時代に閉店してしまったそうです。

アーネスト・サトウの日記に登場する店の中には、現在でも食事をすることができる店もあります。
その一つが、今年百四十周年を迎えた上野精養軒です。
『西南戦争 遠い崖13』には以下の記述があります。
「七月十四日 ドイツ公使館の書記官フォン・グートシュミットが来日中のリヒテンシュタイン公およびモンテヌオーヴォ公と、それに外交団を招いて、上野の精養軒で夕食会を催し、その後池の端の日本料亭での日本風の宴会に我々を案内した。」
『離日 遠い崖14』でも、上野精養軒で行われた佐佐木高行主催の昼食会に参加したことが書かれています。

精養軒には、岩倉具視、木戸孝允、伊藤博文、井上馨、板垣退助、大隈重信などといったそうそうたる面々も訪れていたそうです。
幕末明治に活躍した人物たちが訪れた店に、平成を生きる自分も行くことができるというのは、嬉しいものです。


※写真は精養軒のハヤシライス

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