たそかれの散策

都会から田舎に移って4年経ち、周りの農地、寺、古代の雰囲気に興味を持つようになり、ランダムに書いてみようかと思う。

生きて死ぬ <声がでなけりゃミイラ 歌丸さん、病気すら笑いに>を読んで

2017-04-05 | 人の生と死、生き方

170405 生きて死ぬ <声がでなけりゃミイラ 歌丸さん、病気すら笑いに>を読んで

 

今朝も夜明け前に目覚め、高野の山々の頂が少しずつ薄紅色に染まってくる様子を眺めていました。多くの日本人は山を憧れの対象とも、黄泉の世界とも、考えてきた長い歴史をもっているのではないかと思うのです。

 

宗教学者・山折哲雄氏は、魂の行き着く先は山、しかも奥山というより里山といった近くの山ではないかと日本人が考えてきたのではないかといった話しをされたことがある記憶です。山折氏はたしか実家が浄土真宗のお寺ではなかったかと思いますが、長きにわたって世界の宗教を研究され、さまざまな著書で宗教哲学的な論究を行ってきたのではないかと思うのです。私自身は、私が長く関与していたある会に、山折氏が顧問となられ、何度も講演やパネルディスカッションに参加いただいたりする中、その平易な話しを通じて、柔らかな考え方、生き方をされている先達として、尊敬のまなざしをもってきました。

 

さて山折氏の話を唐突に出したのは、見出しのテーマを語るのに、ちょっと登場していただいてから、スタートを切るのがいいかなと思った次第です。実は、6時過ぎまで、忙しくしていて、そして最後は20分ばかり、なんども同じ説明をしてもなかなか理解していただけない方と、徒労に終わる話をしたこともあり、少々疲れてしまっていることもあります。

 

以前、このブログでも紹介した日本保釈支援協会の手続きというか、保釈制度や保証金制度、そして保釈支援制度といったものについて、直接関係しない人に説明するというのは簡単ではないです。勾留中の被疑者の場合は、留置施設でそういった情報を経験ある他の同房者から聞いてすぐに理解するのですが、一般の方は簡単に理解できるとは限りません。それに身内だと、中身はあまりよく分からなくても、助けたい思いが先に立って、弁護人の説明も完全に理解できていないかもしれませんが、積極的に協力する傾向にあります。でも赤の他人だとなかなか踏ん切りがつかないでしょうし、内容がすぐには理解できず、説明しても言葉だけでは混乱するかもしれません。電話での会話というのはそんなものかもしれません。それを利用していろいろな詐欺商法がはびこりますが、そういう電話を信じるのは分かっているから信じるというより、異なる精神状態に追いやっているから、詐欺犯の思いのままになるのではないかと思うのです。

 

また余分の話しをだらだらと書いてしまいました。今日もまだ腕、肩などに痺れ感があり、600字を目処にしたいと思います。

 

さて、見出しの桂歌丸さんの話し、芸人は死ぬ瞬間まで芸に生きるという、そして落語家は自分のすべてをネタにして笑いを誘う、その姿を示しているのかなと思い、取り上げてみたのです。

 

芸人の死、それ自体を見た経験はありません。しかし、直前まで芸をしていた人が亡くなったことは、その芸を見た一人として、さすがと思うのです。たとえば宇野重吉さんです。昔からその表情、声、姿、非常に癖のある、なんともいえない魅力のある役者でした。彼の最後の舞台、8712月三越劇場で自ら演出の『馬鹿一の夢』に主演したのを拝見しました。

 

当時病気続きで、とても舞台にたてれる状況ではなかったと思うのですが、舞台での宇野の演技は、気迫があり、声がよく通り、とても重いガン手術後とは思えないもので、手術がうまくいって元気になられたのかと思ったくらいです。しかし、翌年1月黄泉の世界に逝かれました。これぞ役者魂と思う次第です。きっと舞台で死ねれば本望と思うくらいにがんばっていたのでしょう。

 

で、桂歌丸さんですが、彼の演技は、先代円楽や柳家小三治、古今亭志ん朝など同時代を生きた優れた演技力に比べると、残念ながら少し器量が落ちるかもしれませんが、しっかりした演技はさすがと思わせるものと感じています。

 

その歌丸さんが、笑点の大喜利司会を降り、<酸素吸入器を付けて高座に上がっている>というのですから、それは見事な役者魂であり、生き様ではないかと思うのです。

 

彼は<「酸素がないと、声が震えて落語にならない。抵抗がありましたが、お客様がもし満足できなければ即引退しようと覚悟を決め、鼻に管を付けました。こんなに苦しいならと、引退も考えています」>とまでの思いで、高座に上がっているのですね。

 

私はむろん比較する器量も能力もありませんが、この指が動かなくなっても仕方がないと思いながら、タイピングしています。私にとってこのブログは芸でもなんでもありません。ただエンディングノートという生き様の一つを日々、書いています。別に今、死に直面しているわけではありません。しかし、死は生と隣り合わせにあると思いつつ、生きています。

 

私は、人にとって、あるいはヒトという生物が人になるために、必要なのは生き様、死に様であって、死んだ後、通夜・告別・葬式といった儀式をすることは、残された人がどう考えるかであって、死者としては必要がないと思っています。むろん墓地も不要です。のたれ死にしたとしても、その遺体や遺骨を探すことは無駄なことだと私個人は思います。むろん他の方それぞれの異なる思いは尊重し、大事にしたいと思います。

 

私にとっては、この中身のないブログが書き続ける中で、少しは意味のあるものになる、それが私の存在を示すものになりうるとしたら、それが唯一、大事なのかもしれないと思っています。いや、このように書き続けた後、何もない自分を死の床で自覚したとき、それが最高かもしれません。

 

歌丸さんの意気地というか、次の言葉も、私がもしかしたらこのブログを書いている意識の底にあるものに通底しているのかもしれませんが、それほどはっきりしているわけでなく、ただ日々の思いをまじめに書こうと思っています。

 

<芸歴66年のいぶし銀。「笑いが薄っぺらな時代になった。真の笑いとは言葉からくるものです。それを担うのが寄席芸だと思っています。芸人だけじゃない。日本語を大切にしてほしい。若い方は言葉を省略し、無理に変えてしまっている。日本人の根底にある日本語を取り戻さなければ、大変なことになってしまいますよ」と憤る。>

 

私は、落語が好きでした。小さい頃、よくラジオから聞こえてくるその抑揚や快活さ、筋書きの面白さに魅了されてきました。しかし、最近の笑いの番組をみることはありません。それは偏屈なんでしょうかね。

 

歌丸さんの次の言葉も、私にはカンフル剤になります。

 

<こうなったら、出ばやしと共に介護ベッドが起き上がってくるかもしれない。お客様も見舞いに来たと思えばいいんです、って。みっともないと言われたって、息絶えるまでやってください。最後まで落語にしがみついた人間、それでいいじゃないですか」>

 

そして最後がいいですね。<「実は欲の深いことを考えているんです。『桂歌丸 引退興行』といって各地を回っていこうかと思います。一体いつ引退するつもりだ、詐欺だと言われても、生涯ずーっとね」>

 

私も死と生は裏表、いつ死ぬか分からないといいつつ、いつまでもブログを書き続け、ぱたっと止まったときが最後かなと思ったりします。とりあえずは一日2000字(これはどうでもよい字数ですが)、ブログ千日を目処に日々綴っていこうかと思っています。

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