たそかれの散策

都会から田舎に移って4年経ち、周りの農地、寺、古代の雰囲気に興味を持つようになり、ランダムに書いてみようかと思う。

子と親その環境は <待機児童対策 新プラン 場所確保、都市部に難題・・>を読みながら

2017-06-14 | 日記

170614 子と親その環境は <待機児童対策新プラン 場所確保、都市部に難題・・>を読みながら

 

今日も朝ぼらけの中、目覚めて、ついつい昨日の続きで、中島紀一著「有機農業の技術とは何か」を一時間余り読みました。今日は各地で有機農業を実践している農家の多様な取り組みを中島氏が取材した結果が具体的に書かれていて、とりわけ興味をひきました。

 

一つ一つ例を挙げるのは避けて、記憶に残った表現をかみしめています。草は草、虫は虫、菌は菌、それぞれで自然の叡智で対処する、それを手助けするのが人の役割といたことでしょうか。このことは以前、自然農を試行的に実践していたときfbにも書きましたが、実際、痛感したのです。草は刈り取らないのが基本。土は耕さないのが基本。耕作放棄地では、長年の間に自然状態が回復し、自然にミミズなどが成育し間隙のある土壌を形成させていたり、根が張りやすいように菌類が成長して土壌生態系を再生しているのです。

 

これは川口由一さんの受け売りですが、草は刈らずにそのままにしていても、かえって日陰になったり、有害な虫の天敵の虫が生息し、退治してくれるのです。草ぼうぼうの中で水田稲作をやっていると、通りかかった人は一体なにをやっているんだといぶかしげに見たり、尋ねてきたりします。

 

肥料も農薬も殺虫剤も使わないわけですが、専業農家で知り合いの人が私の作っていた稲穂を見て、きれいにできていると褒めてくれました。むろんお世辞ですが。それでも耕さなくても、作物は育つのだと実感しましたし、害虫にやられることもなかった作物の強さも感じました。

 

朝はそのころ4時前には出ていたと思います。種が育つまでは草に遮られるおそれがあったので、草刈りをしていました。どろんこになりながらやっていましたが、土と戯れる感じでなかなかいいものです。そういえば、首都圏で仕事をしている頃日弁連調査の一環で、霞ヶ浦を中心にアサザプロジェクトという自然再生計画を実践している飯島さんに案内してもらい、田んぼの中に踏み入れたときのことを思い出しました。わが子を連れて田んぼの中にはいったのですが、うまく歩けないけど、土の暖かみを感じました。

 

余談はこの程度にして、今日は和歌山まで行って来たため、事務所に帰っていろいろ処理していたら、もう5時半を過ぎていました。テーマは思いつかないものの、これまでなんどか取り上げてきた待機児童対策について、毎日記事があったので、その新プランや現状にどうも釈然としない思いがあり、取り上げることにしました。

 

それは<政府が2日に発表した、保育所などに入所できない待機児童対策の新計画「子育て安心プラン」>です。そのポイントは

 

<・20年度末までに22万人分の保育を整備し、待機児童をゼロに。22年度末までにさらに10万人分追加

・都市部で高騰した保育所の賃借料を補助

・大規模マンション建設時に保育所設置を促進

・都市公園や学校の空き教室などを活用

・幼稚園で2歳児の受け入れなどを推進

・「保育コンシェルジュ」の出張型に新たに補助

・市区町村ごとの待機児童解消の取り組みをきめ細かに公表

・保育人材確保に取り組む市区町村に費用を支援

・認可外保育施設に事故報告を義務付け>

 

なんとしてでも量の確保、待機児童0という成果をあげたいという意欲は感じられます。しかし、毎日記事で指摘されているように<量優先で質にムラ>というかひどい状況になっていないかと思うのです。

 

<2013年に「待機児童ゼロ」を発表して注目を集めた横浜市>では、ニーズに押されて作られた仮設の保育所の<園舎は住宅密集地の狭い道沿いにあるため保護者の自転車での乗り入れ、立ち話も禁止。仮の園庭は園舎から離れた場所にあり、プール遊びなどに使おうにも、道路から丸見えだ。運営法人は、市が提案した仮園庭を見て「ここまでして保育所をつくろうとしているのか」と、立地や狭さに衝撃を受けたという。>

 

このような環境に大勢の幼児が集められて保育されたとしても、豊かな情操が育つのでしょうか。自由闊達な子どもの成長を阻害するものになっていないのでしょうか。わが家は保育所の経験がないため、その影響がどのようなものかわかりませんが、通っていた幼稚園には割合広い運動場や木々が周りあり、木登りが盛んだったことを覚えています。私の子どもの頃のように自然いっぱいの環境ではなかったですが、それでも都会の中ですくすくと育ってくれたと思います。

 

母親が働きたい、それを支援するのは当然ですし、その前提として、母親だけに責任を課すような状況を避けるべきでしょう。他方で、首都圏の保育所がこのような悪条件でしか設置できないのであれば(なお、私が業務で関与した保育園は広場もあり、ゆったりしていますし、強いて言えば保育園バスの駐車場探しに若干、大変だったくらいでしょうか)、親としてそのような環境に子を預けてまで首都圏で仕事を選ぶ責任を感じて欲しいと思うのです。

 

他方で、企業も首都圏に集中するメリットばかりに注目しないで、社会的な責任をも意識して、地域での立地を検討する必要があるのではないかと思うのです。このような考えを持って成功している企業は少なくないと思います。たとえばコマツですね。

 

両親も、企業も、仮に拠点を首都圏に置くとしても、必ず出社しないといけないというのではなく、インターネットを活用して、自宅ないしは郊外で仕事ができる環境を整備する検討を是非ともやってもらいたいと思うのです。

 

女性が仕事に、子育てに、家事に、迅速かつ的確にやりとげる能力をもつことも意味があるとは思います。しかし、毎日記事にあるような保育所に子どもが預けてまで、仕事を選ぶといういのは疑問を感じます。それは妻だけの責任ではなく、夫の責任でもあると思うのです。

 

毎日が保育士の現状を連載していましたが、きわめて劣悪な条件ですし、その悪影響で中には保育士がまともな保育を行っていない場合があることも指摘されていました(その連載記事をすぐには見つけられそうもないので別の記事をとりあげます)。

 

たとえば、<保育士 理不尽な処遇(その1) 月給13万円に子の保育料重く>や<保育士 理不尽な処遇(その2止) 事業者・自治体、奪い合い激化>はとても安心して預けられないのでと思うのです。その意味で、政府の新プランがほんとうに子どものこと、その若い両親のこと、働き方改革となるものか、疑問を感じてしまいます。

 

ところで、地方ではどんどん人が減少しています。仕事がないからとか、若者が楽しめる場がないからとか、理由はいろいろあるでしょう。そういうところでは、若い夫婦、子育て中の夫婦のIターン、Uターンなど積極的な支援策を提供しています。その環境は子育てにとってとても恵まれているように思うのです。教育はという心配をする人もいるでしょう。現在はネットを通じて多様な教育を受けられる機会もありますし、自然自体が真の教育の場でもあると思うのです。昔からそういうチャレンジをしてきた人がいました。しかし、今は条件が相当整備されてきていてチャレンジというほどでもないと思うのです。

 

むろん地方に住む人たちの心構えも、変わらないといけないかもしれません。現代的な地域共同体として生まれ変わったところでは、若い人たちも住みやすくなり、定着するのではないかと思うのです。相互の努力が必要でしょう。

 

さて、そろそろ一時間です。今日はこれでおしまいです。

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