たそかれの散策

都会から田舎に移って4年経ち、周りの農地、寺、古代の雰囲気に興味を持つようになり、ランダムに書いてみようかと思う。

脅威と備え <防衛相 「イージス・アショア」導入を本格検討>を読んで

2017-05-16 | 日記

170516 脅威と備え <防衛相 「イージス・アショア」導入を本格検討>を読んで

 

今朝も夜明け前早く目覚めぼっとしながら、目を閉じると、いろいろな画像がまぶたの裏に現れてきました。時折現れる現象ですが、勝手に画像が停止したり、次第に焦点があったり、ズームしたかと思うと、別の画像に移るのです。それもカラーです。まるでピカソのようなわけの分からないデザインも多いのです。もしかして天才画家の中にはこういう潜在的な意識の外に現れる画像を記憶に残し、キャンバスに描くことが出来るのかもしれません。作家は神が身体に宿ると勝手に筆が動き出すという人もいますが、なんとなく分かる気がします。むろん私の場合はそういうおぼろげな記憶だけ残り、画像はさっぱり覚えていません。

 

少し明るくなった早暁すぎに、まだ起きるには早いので、ちょっと本を読みました。宮本常一著作「イザベラ・バードの旅」です。宮本常一という民俗学者のことはさまざまな書籍でよく取り上げられるのですが、初めてその著作と対面しました。これがとても面白いのです。いや、もちろんイザベラ自体がこれまでもなんどかこのブログで取り上げていますが、素晴らしい女性ですから、内容自体面白いはずです。でもその文章が生き生きしているのです、表現も的確で、引用もすばらしい。これはうならせます。柳田門下ですが、被差別民や性を扱ったりしたため、長く冷遇されたそうですが、その表現力は私には柳田以上に惹かれました。

 

さて、今日のブログを始めようとしたらとっくに5時を過ぎていて、テーマが見つからない。でも千日ブログを思い立った以上は続けないと、とそれほど肩肘張りませんが、ま、テーマはなんでもありですから、今日は見出しのものにしました。そういえ午後のニュースで今ちょうど千日回峰行の大回りをされている叡山の僧侶がいるそうですね。それと比較するのは恐れ多いですが、この狭い社会ですので、千日ブログくらいの名称は勘弁していただこうかと思います。

 

もう6時になりました。7時までには終わりたいと思いますので、簡潔に難しいテーマに触れてみたいと思います。

 

今朝の毎日記事(大阪版)は<稲田朋美防衛相「イージス・アショア」導入を本格検討>とは少し表現が異なる<ミサイル防衛強化検討 防衛相 地上配備型新システム>というタイトルでしたが、記者は同じ木下氏です。不思議なのは、重要な何が新たな脅威かを明確にすべきところ、二面には<北朝鮮「新エンジン使用」弾道弾発射 実験継続恐れ」とその記事が掲載されていましたが、ウェブ情報では探したものの見つかりません。それでやむなく朝鮮日報の記事<新型弾道弾を発射した北朝鮮「米国本土も打撃圏内」>を援用させてもらいます。毎日も14日の記事では<北朝鮮ミサイル最長飛距離、グアム射程圏か>とその脅威の一端に迫っていました。

 

さて、金正恩氏がトップになってからというもの、北朝鮮は核大国の一員として認めさせることこそ、唯一の対米戦略と考えているかのように、国連決議や、中ソの意向も無視して、繰り返しミサイル発射など脅威を高め、ゴーイングマイウェイですね。

 

この軍事的意図、それにたいする日米韓の対抗措置を見ていますと、まるで終わりのない軍備拡大構造の負のスパイラルにはまり込んでしまったかのように思ってしまいます。たしかにプライムニュースなどに登場する軍事専門家や元自衛隊幹部の話を伺っていると、適切な抑止力を行使することが戦争回避のためにも不可欠だと言った解説も、軍事的な観点からはさすがに説得力があるようにも思えます。

 

今回の防衛相がイージス・アショアというミサイル防衛強化策を検討するというのも攻撃に対して隙間のない防御という観点で言えば、合理性があるのでしょう。

 

でもそれは軍事的に言えば、北朝鮮がさらなる強化策をとれば、それに応じてまた防衛力強化を図らないといけなくなるのではないでしょうか。ま、軍事産業的には合理的な競争であり、事業拡大のチャンスでもあるでしょうね。逆に言うと、<イージス・アショアの導入費は1基700億~800億円の見通しで、イージス艦建造費約1700億円よりは低い。>というのですが、固定配置のようですので、一体何基あればいいんでしょう。2~3基でイージス艦一隻と同等ですね。10基あっても足りるのでしょうか。その分、福祉予算を含め多くの予算が削減されざるを得ませんね。それでよいのでしょうか。

 

少し観点を変えてみますと、北朝鮮という国はどういう民族で構成されているのでしょうか。少なくとも朝鮮という国が日本を襲ったことは一度としてなかったのではないでしょうか。たしかに新羅が唐と連合して、百済を滅ぼしたため、わが国が百済復興に加勢して闘い、白村江で完敗した後、連合軍がわが国に攻めてくるという脅威から、山城を九州・瀬戸内と構築し備えたことがありました。しかし、それは杞憂に終わったのではないでしょうか。7世紀後半以降他国と闘うことなく、わが国独自の文化形成を成し遂げたのではないかと思うのです。

 

たしかに元寇がありました。このときもかなり前から準備し、備えを十分にしていたこともあり、また、神風というか台風のおかげもあり、二度にわたってその攻撃を撃退することができました。たしかにこのとき元の指示でそれに敗れた高句麗軍が先陣をきっていたともいわれていたかと思いますが、戦意は高くなく、また、あくまで元の指令であって自らの意思で攻撃してきたわけではありません。

 

では高句麗という国はひ弱な民族であったでしょうか。紀元前には朱蒙という英雄が漢という大国とも対峙して決して軍門に落ちませんでした。また、隋の時代は50万人という巨大軍隊が2度も攻めたにもかかわらず、小国は軍門に降らず、2度とも撃退し、隋自体の滅亡を招いています。力が強い相手であっても決して弱音を見せないすごい民族だと思います。結局は、唐と新羅の連合軍により一旦は敗れますが、すぐに渤海という大国に返り咲いていますね。

 

それに対し、わが国は、秀吉の明討伐というなんの正当性もない闘いのため、朝鮮を陵虐したといってよいのではないかと思います。その代わり、徳川政権が江戸時代に朝鮮通信使を通じて謝罪の姿勢を示し、長い期間にわたって友好関係を築くことにより、修復が図られていったのかなと思うのです。

 

そして韓国併合以降は、わが国にも一定の斟酌される余地があるものの、朝鮮民族に対してはやはり負い目があると思うのです。朝鮮戦争におけるわが国の役割も問題を残しているように思うのです。

 

これらの歴史はもう少し丁寧に議論すべきと思いますが、少なくとも、抑止力という名の下で、軍備の拡大を続けるのは、その「脅威」に対して適切な対応であると、私自身思えないのです。「脅威」自体をどう理解するか、それへの対応をどうするか、より議論を重ねてもらいたいと思うのです。

 

今日はこれでおしまいです。

 

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