敗戦国民が、何を言うか?

歌を忘れた「カナリヤ」はかわいいが、敗戦を忘れた国民に「浮世離れした民族」と言うのが正解か?

「教師と教諭」と相違ゆえに、事件性を帯びた行動をしても良いのか?

2017-07-27 | 日記
相模原市立中教諭を逮捕=同僚の財布窃盗容疑―神奈川県警
「教師と教諭」との相違は、「教師」は、門事、例えば「善悪」に関しても「教授する」という行為でありとか、「教諭」は、物事、例えば「善悪」に関し手も「分らない点を取り除く」という事らしい。
ゆえに、過去に「教師で聖職」と言われていたが、「教諭」とは、自分の事を棚にあげ「自分さえ良けれ」という行動だから、今回の様に、同僚からの強盗事件ができるのでは?
今回の「財布窃盗」も「覚せい剤使行為」も、あるいは、男女同権といえども女性教諭の児童に対する発言「オマエ、どこ看取るンじゃ~!」とか「おい、サッサトせんかい!」など「マナ-違反やル-ル違反は、法に触れるのか! 法に触れなかったら何をしても良いのでは?」と思える「教諭」の行動がみられる。
警官も「人のもの」や「覚せい剤、麻薬」におぼれる時代。 
いくら「教師の過重労働ゆえに教える」という事が手薄というなら、「総評や日教組」などの大会に出る時間があるなら、「受け持ち」とか「受け持ち」でなくても、「児童」にモット関心を持てば、「物事を幼児期に教授」できるのでは?
この文章を書いて思ったのだが、「先般の障がい者殺傷事件」も「今回の強盗事件」も、「神奈川県や相模原市」って、県民や市民は「石川五右衛門」ではないが、”浜の真砂が尽きるとも、悪の種は尽きマジ!”って言うように、「事件や騒動がお好き」と言うことか?
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