「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

政府建立海外慰霊碑での追悼式典は

2017-08-16 06:10:00 | 2012・1・1
昨日、終戦の日、政府主催の全国戦没者追悼式典が天皇.皇后両陛下ご臨席で東京の武道館で催された。僕もNHKのテレビ中継を見ながら亡くなられた310万人の英霊に対して、テレビの前で1分間、黙祷を奉げた。全国各地で、同じような追悼式典が催されたが、海外にある政府建立の慰霊碑では、どうだったのであろうか。

日本遺族会のHPによると、政府が建立した海外の慰霊碑などの施設は次の10か所ある(順不同 場所、建立年、戦没者数)①マレーシア ボルネオ.ラブアン島 1982年 12,000人)②東太平洋 マーシャル群島 1984年 23,700人③比島 ルソン島カリラヤ973年 約50万人)④ 中部太平洋 サイパン島マッピ 旧日本兵43、000人民間人12,000人)⑤南大平洋 パプアニューギニア.ニューブリテン島 1980年 127,600人)⑥ニューギニア ウェワク 1989年 127600人⑦ビルマ ミャンマー.ヤンゴン 162,500人)⑧日本人戦没者 ロシア.ハバロフスク 1995年 52,790人)⑨樺太千島 ロシア.サハリン 1996年 8,800人)⑩日本人戦没者 モンゴル.ウランバートル 2001年 1700人)(このほか沖縄の糸満市と硫黄島にも慰霊碑がある)

昨年、天皇皇后両陛下が慰霊の旅に訪れたフィリピンのカリラヤ慰霊碑では毎年8月15日、マニラの日本大使館主催で戦没者慰霊碑がが行われているが、激戦地の一つであったインドネシア(西部ニューギニア)では、82、600人の戦没者を出しながら、政府建立の慰霊碑は一つもない。したがって追悼慰霊祭も行われていない。ロシア領の二つの慰霊施設でも追悼式典が催されたのであろうか。寡聞にして知らないが、靖国神社に玉串を奉納する以前の問題である。昭和31年に政府の遺骨収集船が訪れた際、インドネシアのビアク島など4か所に建てた慰霊碑(仮設)の所在はどうなっているのか厚労省はご存知なのであろうか。
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2 コメント

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してない (chobimame)
2017-08-16 09:27:17
朝日新聞が、安倍首相がアジアへのお詫びが無かったと書いています。
どうして解決済みの話をいつまでも蒸し返すのか?
国内よりも中韓ばかりを意識する。
こうした新聞が堂々と営業し、それを読む人がいる限り、戦没者にスポットが当たる事は、程遠いのではないかと思います。
また、日本政府もしかりです。
戦後は、ひたすら米国の顔色を見て、戦争に関わる全ての歴史を消してきました。
何という愚策。
慰霊を尽くさない限り、本当の終戦はきません。
100万のご遺骨 (kakek)
2017-08-16 10:01:59
chobimsme  さん
ご意見の通りです。戦後72年になるのに海外の戦地に100万人を超すご遺体がとり残されたままというのは異常です。今もテレビで千島の島で旧日本兵のご遺体三体が発見されたと伝えていました。慰霊碑を作り、年、いくばくかの維持管理費を送ってコト終われりでは、あんまりです。現地の公館から年に一度です。慰霊碑に参り、霊を慰めるのは当然です。
靖国神社に参拝すると同時に、議員立法でご遺骨収集と慰霊碑参拝を義務化する法律化すべきです。

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