「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

防空壕避難世代と弾道ミサイル演習

2017-07-16 05:35:44 | 2012・1・1
富山県高岡市の小学校の学童が弾道弾ミサイルの飛来に備えて避難訓練している写真が産経新聞の社会面に載っていた。政府(内閣府官房国民保護センター)が地方自治体とが共同で実施している「弾道ミサイル落下時の行動」計画の一環だが、戦時中、空襲を体験し防空壕に避難した僕ら昭和1ケタ世代にとっては、なんとも言いようがない気持ちだ。

高岡の子供たちが両手で首を抑え蹲っている写真を見て、僕は75年前の昭和17年4月18日のド―リットルによる本土初爆撃直後の事が想い浮かんできた。ドーリットル隊長率いる太平洋上の空母から飛来したB-25爆撃機16機が本土に飛来し、東京、横浜、名古屋、大阪などの主要都市を爆撃、機銃掃射で87人が犠牲になっている。東京では葛飾の国民学校生徒が弾を受け死亡している。

当時、僕は国民学校6年生だったが、この空襲直後から本格的な防空演習が始まった。教室の窓ガラスに目張りし、教室内には机と椅子がうず高く積まれ、警報発令と同時に僕らはその下に避難した。昭和17年4月と言えば、銃後では緒戦の勝利で酔っていた頃で、敵機の襲来は想定外。町会の婦人会による防空演習、バケツリレーもはじまっていなかった。B-29による本土爆撃が本格化したのは19年11月だが、緒戦の頃、政府が力をいれた防空演習がほとんど役に立たないことを国民は知った。

弾道ミサイルについての知識がないが、正直言って政府が推奨する落下時の行動で、身の安全が図れるとは思えない。しかし、今や戦争を知らない世代が大半である、戦争の怖さを実際に知らないと同時に、国防についての意識もない。その意味で政府の「弾道ミサイル落下時の行動」は、国民の国防意識の喚起には役立つのではないだろか。
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