「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

敗戦初の日曜日 庶民の解放感

2016-08-19 05:34:56 | 2012・1・1

敗戦から初の日曜日であった昭和20年8月19日の亡父(1874-1968)の日記(写真)には紙面一杯、欄外まで使って次のように記している。
「戦争終了後最初の公休日である。外見にはまだ世相の変化はないが、自分の気持ちには相当違ったものがある。既に防空頭巾と捲きゲートルは廃止した。防空態勢から再起建設への第一歩のつもりである。よく気をつけると、街頭人の服装も国防色が減りつつある。只、困るのは無智都民のつまらぬデマ流布である。けふ(きょう)は床屋も湯屋(銭湯)も休みなので終日在宅」
「聖上陛下は、この日東久爾首相を召され、灯火管制を解き、街を明るくせよ。娯楽を復興せよ。文書の検閲を止めよとの御言葉を賜り、即、政府、臨時閣議を開き、直ちに実施」

中学3年生だった僕は、敗戦2日目の17日。学校から動員解除、20日まで休養を言い渡された。戦争が激化するまでは8月は夏休みであったが、この年はそれどころではなかった。亡父の日記によると、僕は早速、小学校時代の親友の疎開先の家、南多摩郡南村(現町田市)へ泊まり込みで遊びに出かけている。時代を思わせるのは。この時、僕は履いていた靴が小さくて靴ずれができ、それが腫れて寝込んでしまった。国民、誰にでも解放感が出てきたが、わが家では、電気もなくラジオも聞けないない日々であった。
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