「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

天長節 御真影 奉安殿

2006-04-29 06:13:58 | Weblog
天皇誕生日は戦前までは天長節であった。新年、紀元節、明治節と
ともに四大節といって国民の四つの大きな祝日、この日は学校、職場
ごとに式を挙げ祝った。昭和天皇の誕生日は4月29日であった。

四大節を学校で祝った世代にとって、忘れられないのは、その式典の
長く、きつかったことだ。直立したまま、子供にはあまり判らない、
教育勅語、校長の話を聞くのは苦痛だった。たいてい一人か二人、
式の途中で倒れて衛生室(保健室)に運ばれたものだ。

モーニングなど礼服を着た先生が御真影(天皇と皇后の写真)と教育
勅語を奉安殿(御真影と教育勅語を奉納してある場所)から恭しく
捧げて式場に運んでくる。国歌とともに四大節の歌が歌われる。
天長節の歌は「今日のよき日は大君の生まれたまひし、よき日なり」で
始まる歌であった。

戦前、作家の久米正雄の父親は失火で奉安殿を焼いた責任をとって
割腹自殺をした。札幌の小学校では豪雪から御真影を死守するため
殉職した校長がいた。今の時代ではとうてい考えられない話だ。
あの時代の子供には、学校から紅白の饅頭を貰ったことが四大節の
唯一の楽しい思い出だ。


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