「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

「父の日」に50年前亡くなった父を想う

2017-06-18 06:20:14 | 2012・1・1
6月の第3日曜日は「父の日」である。と、いっても僕には「父の日」に改まって父に感謝し祝った記憶がない。当然なことだ。「父の日」がリンドン.ジョンソン大統領によって米国の正式な国の祝日になったのは1966年、まだ半世紀ほど前の事。日本のコマシャリズムがこれに便乗して「父の日」と騒ぎ出したのはその後である。69年に他界している父の時代にはまだなかった。

父母は遅い子持ちで、父が48歳、母が39歳のと帰の誕生である。9歳上の姉がいたが、両親、特に父にとっては初めて生まれた男児だったので、僕は寵愛の中で育った。父が残した「わが家の記録」には、その模様が書かれている。僕の誕生当日の事から宮参り,初節句、初めて座れた日、這い這いした日、口がきけた日など克明に記されている。そして、誕生日ごとに近くの写真館で記念の写真を撮ってくれている。

父は明治17年生まれで、昭和44年、84歳で亡くなっている。実は今年は50年回忌の年だ。幸い、父の没年齢より長く生きられた。父の残した「わが家の記録」によると、父は僕が生まれた年の昭和6年、僕にとっては祖父の33回忌の法要をしているが、50回忌は戦後の混乱もあってしていない。どうやら,僕は50年回忌法要が出来そうだ。

他国のお祭りにならっての「父の日」だが、一年に1回でもよい。亡くなった父親を想い出すのは好いことだ。わが家のベランダからみる「父の日」の花、赤いバラは真っ盛りである。今宵は亡父の好きだった酒を仏壇に供え、”養老の酒”にしたい。
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