「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

何故、今、”寛容”と”和解”なのか 安倍総理のパーフォーマンス

2016-12-28 09:34:55 | 2012・1・1
安倍総理がオバマ大統領と共に真珠湾のアリゾナ記念館で慰霊の式典に臨む姿をテレビ中継で見た。75年前の昭和16年(1941年)12月8日早朝(日本時間)僕は、大本営発表の臨時ニュースで、日本軍が真珠湾を攻撃、英米に宣戦布告したことを、子供ながらにはっきり覚えている。あれから75年、僕は戦後生まれの日米指導者が献花する模様を万感の想いで見た。

安倍総理は式後の所感演説の中で世界平和にとって、”寛容”と”和解”の必要性を強調した。そして、その中で例として米国が焼跡の日本に対して”寛容”の心で援助してくれたと述べた。”寛容”とは何なのか。多分、餓死者さえ出るといわれた食糧難の日本に、緊急食糧援助したのを指すのだろう。僕も当時、米に代って米国から小麦やチーズが配給になったのを憶えている。

しかし、一方では僕は市ヶ谷の国際裁判で、勝者側が戦時中の東条英機首相らに死刑を宣告、処刑したのも覚えている。今、高野山の金剛寺奥ノ院には、ABC戦犯裁判で処刑された1180名の「昭和殉難者」の慰霊碑があり、毎年4月29日には、式典が行われているが、靖国神社同様、国家指導者が参列したことがない。

昭和39年、安倍総理の大叔父に当たる佐藤栄作内閣の時代、政府は東京大空襲や広島原爆投下を指揮した米国のルメイ大将に対し、航空自衛隊創設に功績があったと勲一等旭日章を授与している。”寛容”を絵に描いたようなものだ。

今、何故”寛容”と”和解”なのか。慰霊式典の後、安倍総理が膝まづいて、生き残りの老兵と懇談していた。謝罪としか見えない。75年の歳月の中で僕はすでに、日本は”寛容”の心で”和解”に努めてきたと思う。それなのに、。今、また何故また”寛容”と”和解”が必用なのか。安倍総理のパーフォーマンスは「近隣諸国」に誤解を与えるだけだ。

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2 コメント

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嫌な気持ち (chobimame)
2016-12-28 16:27:18
安倍さんの原稿は、いったい誰が考えたのでしょうか?
アメリカの評価は知りませんが、嫌な気持ちになるスピーチでした。
オバマさんは、スピーチが上手いと言われていますが、安倍さんは何が言いたいのかさっぱりわかりません。
どんなに謝罪しなかったと言っても、謝罪にしか聞こえませんでした。
また、あのスピーチはトランプに向けてだと言われていますが、寛容な気持ちで日本と同盟を続けてくれと懇願しているのでしょうか。
真珠湾に行った事が、どんな作用になるのか、意味があったのか、わかるのはトランプ大統領になってからでしょうか?
戦後ではないのに、何故慰霊 (kakek)
2016-12-29 09:52:09
chobimame さん
昭和31年の”もはや戦後ではない”は、経済白書でしたが、気分的にも日本人は戦後は終わった、感覚でした。平和条約は結ばれ、賠償も始まりました。当時は「従軍慰安婦」もなく「南京虐殺」もありませんでした。真珠湾にしても過去の事で、まったく問題にはなっていませんでした。
稲田防衛相が、靖国神社を参拝したと、マスコミが騒いでいます。彼女の心の問題として、この時期に参拝したものでしょう。真珠湾攻撃でも、国のため特殊潜航艇乗組員を初め50数人の命が失われ、コタバルその他の南方地域でも数百人が、命を落としています。稲田さんの靖国参拝の時期は別として、帰国後すぐの靖国への想いは理解できます。

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