なんというおどろおどろしいタイトル。
これから三十回くらいに渡って、栄養とはなんなのかを徹底的に追求していきたい、と思ったが、やる方も読むほうもしんどいことこの上ないし、そもそもタイトルを思いついただけに近いので、肩と鳩尾の凝りを抜いて、果物でも食べながら、いや、ながらはいけない。読み終わったら食べてください。
というわけで、ちょっと余談を。
先日、ある方に、前に書いた文章を誉められた。
何件か前の、野良猫が死んだ話を書いたところの最後のほうの一行について、「小説の一節のようでした」という風に。
何やらよくわからんことをよくわからんままに書いて、お節介にもその状況について事細かに書くよろしくない癖があるので、今までに貰った賛辞は「無駄に長い」である。
その賛辞の後は惨事に繋がったようなので、こちらとしてはそれもまた栄誉であると考えることにした。
話が逸れたが、その一言だけで書いた甲斐があったと感じるしだいである。これからもトンチンカンがチンプンカンプンなことを書き散らすと思うが、ご愛顧のほどを。
では、本題へ。
現代で主流の栄養学は、大体こういう事を述べている。
曰く「一日三十品目を、主菜、副菜を中心に、一日三食バランスよく食べるべし」と。
その三十品目をつらつら挙げるほど愚かしいことはないので略するが、その中には勿論、肉、魚、及び乳製品が含まれる。
何故三食摂取するのか、というと、その三食で二千キロカロリーを摂ると前提して、朝食べたら昼に丁度空になるはずだから、ここでこれだけ食べたら次まで持つ、というような話であろうと思われる。違うかもしれないが。
ちなみにアメリカの話だが、あちらで一日三食が始まったのはエジソンがトースターを売り出してから、という話である。それまでは二食だったそうな。その辺りは「犬も歩けば棒に当たる」、と言わんばかりに転がっている。知的訓練だと思って、肩と鳩尾の力を抜いてやってみてもらいたいものである。
さて、ここからはあなたにも経験があるであろう話しである。無い人もいるだろうが、そこは想像力という奴で補ってもらう。
あなたは仕事だか学校だかで一日動き回って(ベンチウォーマーでした、というのでも)くたびれている。今日は昼飯が少なかっただとか、忙しくてちょっとお菓子つまんだくらいだったとか、部活で激しく動き回ったので空腹になったとかで、歩くのもやっとである。
サァ!我が家に帰り着いた。食事の時間はこれからである。玄関を開けると、台所から匂いがする。これは・・・好物の○○(お好きな名詞を挿入してご想像ください。しかし、そこで「冷奴」とか「刺身」とか言われたら文脈としてはアレだが)だ!
あなたは無我夢中で(冷奴を無我夢中で食べる人は見たことはないが)食べる。お代わりもするほど(冷奴を以下略)。アァ満足だ。元気になったぞ!ちょっと休憩したら日課のアレやらコレやらをやるかな、という風になったりする。余りにも満腹で眠くなったりもするだろうが、その辺りは一旦、想像の埒外に置いて戴くとする。
さて、例の栄養学が提唱するところは、「毎日一日三十品目を三食バランスよく食べないと不健康になる」と言っているわけだ。
そのドグマからしたら、昼が少なかったり抜けたりして、晩飯まで食べずに過ごしたというならば、栄養が空になっていて、車ならガソリンが無くなった状態である、と言うはずである。
車にガソリンを入れるならすぐ動く。しかし、人間はV6エンジンを搭載していたなどとは聞いたことが無い。実はディーゼルでした、というわけでもない。
ある程度その栄養学的に言うとするならば、体に蓄えられたエネルギー(脂肪やら血糖やら)を消費してやり繰りした結果に過ぎないので、これまた不健康である、と結論付けて来そうではある。
あんたらは人を健康にしたいのか不健康にしたいのかよくわからんぞと。説に則らないものを罰するかのような上記の物言いには、何やら信仰箇条めいたものを覚える。
「上の例え話は気のせいじゃないのかね」と言われるかもしれない。だが、食べ物を燃料にするには、体の中で原油を精製するかのような手間が掛かっている。
腹に収まった時点では何物でもなく(敢えて言うならガソリン車にとっての原油である)、異物である。異物が胃に詰まって何故元気になるのか。
そもそも、「疲れて歩くのもやっと」というのに、食べて元気になって、尚且つ体内の「精製プラント」は活発化している。一説には、消化には体内のエネルギーの九割以上を差し向けているという。
先ほどから述べている栄養学云々の話は、ある程度こちらの推測で(一日の消費カロリーの宗旨、じゃなくて収支の話は特に)語ったが、その想像通りだとすると、破綻していると言わざるを得ない。
つまり、人は食べ物の栄養によって健康になっているのではなく、食べることそのものによって健康になっている、という考えが成り立ちうるのである。
「人はパンのみによりて生くるにあらず」と、どこかのユダヤの人が言っていたそうだ。
言い得て妙である。パンを胃に詰めるのは手段であって、目的ではないのだと。
と、ここまで書いたが、また話がこじれていく。こじらしたつもりは無いが、こちらとしては腹をよじれさせたいところである。
学術的に、人間の本来の食べ物はこれである、という話が出てきているそうだ。
後、そちらで紹介されている書籍の内容について触れている、同ブログの箇所。
左の「ブックマーク」のうち、上から二番目の「おデブ脱出計画♪」より。
ところで、一つ謝罪しておきたいことがある。ちょっと私信に関わるところがあるが。
上記ブログの執筆者、きみしぐれさんと以前、メールのやりとりをしたのだが、ご自分のブログを「あやしげ」だとかおっしゃられていた。
とんでもない。ちゃんと典拠を示して話をされている。こちらなんか、怪しげにも「たしかこんな話を読んだ」とかいう風に、トンチンカンに書いている。
そのトンチンカンが調子に乗って、左記のブログ紹介と相成ってしまっている。こちらとしては、あの紹介文は受け狙いをやり過ぎた感があるものの、気に入ってはいる。申し訳ない。
ダメ!と言われたら取り下げる腹積もりなので、遠慮なく申し出ていただきたい。
さて、人間という動物は本来、熱帯で暮らしていたという。
今も熱帯で暮らしている人々は、人間の原型を留めているといえるわけだ。
人の細胞の中には、ミトコンドリアというものがある。これは、母から子へと受け継がれていくという。母から子だけの遺伝であり、その子が女子であるならば、さらにその子もまた同じミトコンドリアを持つという。
そのミトコンドリアを遡ると、一人の女性に行き着くそうである。その女性はアフリカにいたと言われている。仮名として、「ミトコンドリア・イブ」と呼ばれている。どうやって調べたのかは、科学についての知識を一片も持たぬこちらとしては知る由もない。
さて、人は本来熱帯にいて、そこから地球上を彷徨って今に至ったというわけだが、ある動物も、想像しづらいだろうが、最も原型に近い存在が熱帯にいるそうな。
その動物は「アザラシ」。まさかぁ、と思われるだろう。流氷の上でビッタンビッタン這ったり、ゴロゴロ転がっているやつのどこが、と。
「ハワイモンクアザラシ」というのがいる。毎度ダジャレで申し訳ないが、クレーマーではない。
上記のリンクにあるプロフィールにはないが(改めて読むと、他にも二種類、暖かい場所に生息するものがいるそうな。片方は断絶)昔、テレビを見ていたときに、某国営放送局の番組でこのアザラシの話をやっていた。その番組曰く、「骨格が一番古い」という。
といっても、海を泳いでいるので果物は食べてはいないだろう。「豚もおだてりゃ木に登る」とはいうが、「海豹おだてりゃよく転がる」というのが関の山である。
関係なかった。
氷の世界に生きているイメージの大きい動物ですら、原型が熱帯にいるというわけである。
地球はかつて暖かかったから、原型がその当時に近いところにいるといえる。
地球が温暖化しているという話がいつ頃からかある。(温暖化は定説ではなく、多分に政治的な背景が絡んでいる。要するに嘘っぱち)
寧ろ暖かくなってくれたほうが本来に戻れるというもの。暑い暑いとモンクを言っている場合ではないのである。
さて、本来食うべきものは果物である、という話だった。
まだ地球は寒い。長期的には寒冷化に進むという説も説得力を持って提出されているようだ。寒いのが慣例化されたらこちらとしてもたまったものではない。
温暖なところで豊富に採れる果物は、やはり暑さに対応するためにあるとはいえる。体を冷やすと。本当にそうなるのかは判らんが、現今主流の話ではよく聞く。
フルータリアン(果実食主義者、と訳すればよい)を奨励したいところだが、茨の道を突き進んでみたい方は、体内の「精製プラント」を増設及び改良するという方法もある。
そんなご無体な、と思う人が普通なので、そんな胡散臭い話を聞くよりは素直に果物を食べる道をお選びいただきたいところである。
ところでフルータリアンを実践している人。多く見聞したわけではないが、「一般の食事より少量で済む上に腹持ちがよく、体調も向上した」という方ばかりであった。
こちらはこちらで、まだ「普通」の食事をしたりするのだが、これがまた少量で腹持ちがよく、体調も向上しているのである。
まだ若いからに違いない、と言われるが、「若いから」で説明できない事が多い。
数年前、さらにはもっと前でこれをやってたらぶっ倒れていたに違いない。仙人どころか即身仏である。
「普通」の食事と書いた。この二日何を食べたか。どこが仙人か、と憤られるかもしれないが、お笑い種として。
昨日、土曜の夕方から夜勤で、五時に仕事場、二時間ほどしたら夕食となる。もりそばを食べてきた。そこから夜勤明けまで、お茶数杯とタバコを吸っていただけ。早朝に仮眠が数時間。
朝、帰る前に缶コーヒーを貰ったので試しに飲んだ(良い子も悪い子も真似はしないように)。それから電車で一時間弱移動。で、昼にまたもりそばを食べ、約一時間歩いて帰り、近所の川原でしばらく日向ぼっこをしていた。
本当はこの猫
を探しに行ったのだが、いなかったので代わりに日向ぼっこ。
で、帰宅してコレを書いていると。昼のもりそばと一緒に一杯やってたのだが、まったく眠くならなくて困った。きっと肝臓が即身仏なのだろう。
その前の日、金曜日まで遡ると、昼にイタリアンでほんとに「普通」の食事をして(量は少ないといわれる店ではある)、上記と同じ要領で歩いて帰り、豆大福を買って帰り、夕方茶と共に戴いた後、その土曜日の夜まで食べず。
お分かりいただけただろうか・・・。仙人とは名ばかりであることが・・・。
いやまあその、以前にも書いたが「健康に良いらしいから、たまに断食っぽいことやってる。今日も半日以上食べてないぞ」と言ってたら、「まるで仙人ですなぁ」とからかい半分で言われただけである。
ただ、その時(去年言われた)よりも食べる量が少なく、その上次に食べるまでの間隔が一日近く開いても問題なくなってきている。正直、今日の昼も「食べてみるか」という程度だったので、本当に食べなくてもよくなっているのかもしれない。水を飲むのも、タバコをちと立て続けに吸ったときに湿らす程度で問題なくなり、茶を飲むのが苦痛になってきている。
そろそろ仕事場で晩飯の時間になったら、食べに行く振りして散歩でもしてようかと考えている。都心の街は歩いていて心地の良いものではないが。
気のせいだろう、そのうちおかしくなる、と言われそうだがもう何ヶ月もこれよりちょっと多いくらいだったので、もうおかしくなっているのかもしれない。この一日が二日となり、三日四日と延びていってまだなんともなかったら「気」のせいだ、と答えることにする。
自慢するほどのものでもなく(寧ろ叱責される)、これくらいのことはもうすでにきみしぐれさんがすでにやってきていた道である。しかもヴィーガンとしてである。
ただ、「穀物だと空腹になりやすい」ということだったのだが、その実感がここ一週間くらいから、とんと湧かない。
気のせいなのかもしれないが、気のせいでなんともないなら、やはりなんともないのだろうということにしておく。
ただ、本人の体の健康だけでなく、他の事を考えるなら、「普通」の食事は摂るべきではないのである。というわけで、果物、お一ついかがですか?
これから三十回くらいに渡って、栄養とはなんなのかを徹底的に追求していきたい、と思ったが、やる方も読むほうもしんどいことこの上ないし、そもそもタイトルを思いついただけに近いので、肩と鳩尾の凝りを抜いて、果物でも食べながら、いや、ながらはいけない。読み終わったら食べてください。
というわけで、ちょっと余談を。
先日、ある方に、前に書いた文章を誉められた。
何件か前の、野良猫が死んだ話を書いたところの最後のほうの一行について、「小説の一節のようでした」という風に。
何やらよくわからんことをよくわからんままに書いて、お節介にもその状況について事細かに書くよろしくない癖があるので、今までに貰った賛辞は「無駄に長い」である。
その賛辞の後は惨事に繋がったようなので、こちらとしてはそれもまた栄誉であると考えることにした。
話が逸れたが、その一言だけで書いた甲斐があったと感じるしだいである。これからもトンチンカンがチンプンカンプンなことを書き散らすと思うが、ご愛顧のほどを。
では、本題へ。
現代で主流の栄養学は、大体こういう事を述べている。
曰く「一日三十品目を、主菜、副菜を中心に、一日三食バランスよく食べるべし」と。
その三十品目をつらつら挙げるほど愚かしいことはないので略するが、その中には勿論、肉、魚、及び乳製品が含まれる。
何故三食摂取するのか、というと、その三食で二千キロカロリーを摂ると前提して、朝食べたら昼に丁度空になるはずだから、ここでこれだけ食べたら次まで持つ、というような話であろうと思われる。違うかもしれないが。
ちなみにアメリカの話だが、あちらで一日三食が始まったのはエジソンがトースターを売り出してから、という話である。それまでは二食だったそうな。その辺りは「犬も歩けば棒に当たる」、と言わんばかりに転がっている。知的訓練だと思って、肩と鳩尾の力を抜いてやってみてもらいたいものである。
さて、ここからはあなたにも経験があるであろう話しである。無い人もいるだろうが、そこは想像力という奴で補ってもらう。
あなたは仕事だか学校だかで一日動き回って(ベンチウォーマーでした、というのでも)くたびれている。今日は昼飯が少なかっただとか、忙しくてちょっとお菓子つまんだくらいだったとか、部活で激しく動き回ったので空腹になったとかで、歩くのもやっとである。
サァ!我が家に帰り着いた。食事の時間はこれからである。玄関を開けると、台所から匂いがする。これは・・・好物の○○(お好きな名詞を挿入してご想像ください。しかし、そこで「冷奴」とか「刺身」とか言われたら文脈としてはアレだが)だ!
あなたは無我夢中で(冷奴を無我夢中で食べる人は見たことはないが)食べる。お代わりもするほど(冷奴を以下略)。アァ満足だ。元気になったぞ!ちょっと休憩したら日課のアレやらコレやらをやるかな、という風になったりする。余りにも満腹で眠くなったりもするだろうが、その辺りは一旦、想像の埒外に置いて戴くとする。
さて、例の栄養学が提唱するところは、「毎日一日三十品目を三食バランスよく食べないと不健康になる」と言っているわけだ。
そのドグマからしたら、昼が少なかったり抜けたりして、晩飯まで食べずに過ごしたというならば、栄養が空になっていて、車ならガソリンが無くなった状態である、と言うはずである。
車にガソリンを入れるならすぐ動く。しかし、人間はV6エンジンを搭載していたなどとは聞いたことが無い。実はディーゼルでした、というわけでもない。
ある程度その栄養学的に言うとするならば、体に蓄えられたエネルギー(脂肪やら血糖やら)を消費してやり繰りした結果に過ぎないので、これまた不健康である、と結論付けて来そうではある。
あんたらは人を健康にしたいのか不健康にしたいのかよくわからんぞと。説に則らないものを罰するかのような上記の物言いには、何やら信仰箇条めいたものを覚える。
「上の例え話は気のせいじゃないのかね」と言われるかもしれない。だが、食べ物を燃料にするには、体の中で原油を精製するかのような手間が掛かっている。
腹に収まった時点では何物でもなく(敢えて言うならガソリン車にとっての原油である)、異物である。異物が胃に詰まって何故元気になるのか。
そもそも、「疲れて歩くのもやっと」というのに、食べて元気になって、尚且つ体内の「精製プラント」は活発化している。一説には、消化には体内のエネルギーの九割以上を差し向けているという。
先ほどから述べている栄養学云々の話は、ある程度こちらの推測で(一日の消費カロリーの宗旨、じゃなくて収支の話は特に)語ったが、その想像通りだとすると、破綻していると言わざるを得ない。
つまり、人は食べ物の栄養によって健康になっているのではなく、食べることそのものによって健康になっている、という考えが成り立ちうるのである。
「人はパンのみによりて生くるにあらず」と、どこかのユダヤの人が言っていたそうだ。
言い得て妙である。パンを胃に詰めるのは手段であって、目的ではないのだと。
と、ここまで書いたが、また話がこじれていく。こじらしたつもりは無いが、こちらとしては腹をよじれさせたいところである。
学術的に、人間の本来の食べ物はこれである、という話が出てきているそうだ。
こちらの記事をどうぞ。
後、そちらで紹介されている書籍の内容について触れている、同ブログの箇所。
左の「ブックマーク」のうち、上から二番目の「おデブ脱出計画♪」より。
ところで、一つ謝罪しておきたいことがある。ちょっと私信に関わるところがあるが。
上記ブログの執筆者、きみしぐれさんと以前、メールのやりとりをしたのだが、ご自分のブログを「あやしげ」だとかおっしゃられていた。
とんでもない。ちゃんと典拠を示して話をされている。こちらなんか、怪しげにも「たしかこんな話を読んだ」とかいう風に、トンチンカンに書いている。
そのトンチンカンが調子に乗って、左記のブログ紹介と相成ってしまっている。こちらとしては、あの紹介文は受け狙いをやり過ぎた感があるものの、気に入ってはいる。申し訳ない。
ダメ!と言われたら取り下げる腹積もりなので、遠慮なく申し出ていただきたい。
さて、人間という動物は本来、熱帯で暮らしていたという。
今も熱帯で暮らしている人々は、人間の原型を留めているといえるわけだ。
人の細胞の中には、ミトコンドリアというものがある。これは、母から子へと受け継がれていくという。母から子だけの遺伝であり、その子が女子であるならば、さらにその子もまた同じミトコンドリアを持つという。
そのミトコンドリアを遡ると、一人の女性に行き着くそうである。その女性はアフリカにいたと言われている。仮名として、「ミトコンドリア・イブ」と呼ばれている。どうやって調べたのかは、科学についての知識を一片も持たぬこちらとしては知る由もない。
さて、人は本来熱帯にいて、そこから地球上を彷徨って今に至ったというわけだが、ある動物も、想像しづらいだろうが、最も原型に近い存在が熱帯にいるそうな。
その動物は「アザラシ」。まさかぁ、と思われるだろう。流氷の上でビッタンビッタン這ったり、ゴロゴロ転がっているやつのどこが、と。
「ハワイモンクアザラシ」というのがいる。毎度ダジャレで申し訳ないが、クレーマーではない。
上記のリンクにあるプロフィールにはないが(改めて読むと、他にも二種類、暖かい場所に生息するものがいるそうな。片方は断絶)昔、テレビを見ていたときに、某国営放送局の番組でこのアザラシの話をやっていた。その番組曰く、「骨格が一番古い」という。
といっても、海を泳いでいるので果物は食べてはいないだろう。「豚もおだてりゃ木に登る」とはいうが、「海豹おだてりゃよく転がる」というのが関の山である。
関係なかった。
氷の世界に生きているイメージの大きい動物ですら、原型が熱帯にいるというわけである。
地球はかつて暖かかったから、原型がその当時に近いところにいるといえる。
地球が温暖化しているという話がいつ頃からかある。(温暖化は定説ではなく、多分に政治的な背景が絡んでいる。要するに嘘っぱち)
寧ろ暖かくなってくれたほうが本来に戻れるというもの。暑い暑いとモンクを言っている場合ではないのである。
さて、本来食うべきものは果物である、という話だった。
まだ地球は寒い。長期的には寒冷化に進むという説も説得力を持って提出されているようだ。寒いのが慣例化されたらこちらとしてもたまったものではない。
温暖なところで豊富に採れる果物は、やはり暑さに対応するためにあるとはいえる。体を冷やすと。本当にそうなるのかは判らんが、現今主流の話ではよく聞く。
フルータリアン(果実食主義者、と訳すればよい)を奨励したいところだが、茨の道を突き進んでみたい方は、体内の「精製プラント」を増設及び改良するという方法もある。
そんなご無体な、と思う人が普通なので、そんな胡散臭い話を聞くよりは素直に果物を食べる道をお選びいただきたいところである。
ところでフルータリアンを実践している人。多く見聞したわけではないが、「一般の食事より少量で済む上に腹持ちがよく、体調も向上した」という方ばかりであった。
こちらはこちらで、まだ「普通」の食事をしたりするのだが、これがまた少量で腹持ちがよく、体調も向上しているのである。
まだ若いからに違いない、と言われるが、「若いから」で説明できない事が多い。
数年前、さらにはもっと前でこれをやってたらぶっ倒れていたに違いない。仙人どころか即身仏である。
「普通」の食事と書いた。この二日何を食べたか。どこが仙人か、と憤られるかもしれないが、お笑い種として。
昨日、土曜の夕方から夜勤で、五時に仕事場、二時間ほどしたら夕食となる。もりそばを食べてきた。そこから夜勤明けまで、お茶数杯とタバコを吸っていただけ。早朝に仮眠が数時間。
朝、帰る前に缶コーヒーを貰ったので試しに飲んだ(良い子も悪い子も真似はしないように)。それから電車で一時間弱移動。で、昼にまたもりそばを食べ、約一時間歩いて帰り、近所の川原でしばらく日向ぼっこをしていた。
本当はこの猫
で、帰宅してコレを書いていると。昼のもりそばと一緒に一杯やってたのだが、まったく眠くならなくて困った。きっと肝臓が即身仏なのだろう。
その前の日、金曜日まで遡ると、昼にイタリアンでほんとに「普通」の食事をして(量は少ないといわれる店ではある)、上記と同じ要領で歩いて帰り、豆大福を買って帰り、夕方茶と共に戴いた後、その土曜日の夜まで食べず。
お分かりいただけただろうか・・・。仙人とは名ばかりであることが・・・。
いやまあその、以前にも書いたが「健康に良いらしいから、たまに断食っぽいことやってる。今日も半日以上食べてないぞ」と言ってたら、「まるで仙人ですなぁ」とからかい半分で言われただけである。
ただ、その時(去年言われた)よりも食べる量が少なく、その上次に食べるまでの間隔が一日近く開いても問題なくなってきている。正直、今日の昼も「食べてみるか」という程度だったので、本当に食べなくてもよくなっているのかもしれない。水を飲むのも、タバコをちと立て続けに吸ったときに湿らす程度で問題なくなり、茶を飲むのが苦痛になってきている。
そろそろ仕事場で晩飯の時間になったら、食べに行く振りして散歩でもしてようかと考えている。都心の街は歩いていて心地の良いものではないが。
気のせいだろう、そのうちおかしくなる、と言われそうだがもう何ヶ月もこれよりちょっと多いくらいだったので、もうおかしくなっているのかもしれない。この一日が二日となり、三日四日と延びていってまだなんともなかったら「気」のせいだ、と答えることにする。
自慢するほどのものでもなく(寧ろ叱責される)、これくらいのことはもうすでにきみしぐれさんがすでにやってきていた道である。しかもヴィーガンとしてである。
ただ、「穀物だと空腹になりやすい」ということだったのだが、その実感がここ一週間くらいから、とんと湧かない。
気のせいなのかもしれないが、気のせいでなんともないなら、やはりなんともないのだろうということにしておく。
ただ、本人の体の健康だけでなく、他の事を考えるなら、「普通」の食事は摂るべきではないのである。というわけで、果物、お一ついかがですか?
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