ウヰスキーのある風景

ロックアイスがないので代わりにビー玉でも

反栄養的考察

2012-05-27 | 雑記
なんというおどろおどろしいタイトル。


これから三十回くらいに渡って、栄養とはなんなのかを徹底的に追求していきたい、と思ったが、やる方も読むほうもしんどいことこの上ないし、そもそもタイトルを思いついただけに近いので、肩と鳩尾の凝りを抜いて、果物でも食べながら、いや、ながらはいけない。読み終わったら食べてください。


というわけで、ちょっと余談を。


先日、ある方に、前に書いた文章を誉められた。


何件か前の、野良猫が死んだ話を書いたところの最後のほうの一行について、「小説の一節のようでした」という風に。


何やらよくわからんことをよくわからんままに書いて、お節介にもその状況について事細かに書くよろしくない癖があるので、今までに貰った賛辞は「無駄に長い」である。


その賛辞の後は惨事に繋がったようなので、こちらとしてはそれもまた栄誉であると考えることにした。



話が逸れたが、その一言だけで書いた甲斐があったと感じるしだいである。これからもトンチンカンがチンプンカンプンなことを書き散らすと思うが、ご愛顧のほどを。




では、本題へ。



現代で主流の栄養学は、大体こういう事を述べている。


曰く「一日三十品目を、主菜、副菜を中心に、一日三食バランスよく食べるべし」と。


その三十品目をつらつら挙げるほど愚かしいことはないので略するが、その中には勿論、肉、魚、及び乳製品が含まれる。


何故三食摂取するのか、というと、その三食で二千キロカロリーを摂ると前提して、朝食べたら昼に丁度空になるはずだから、ここでこれだけ食べたら次まで持つ、というような話であろうと思われる。違うかもしれないが。

ちなみにアメリカの話だが、あちらで一日三食が始まったのはエジソンがトースターを売り出してから、という話である。それまでは二食だったそうな。その辺りは「犬も歩けば棒に当たる」、と言わんばかりに転がっている。知的訓練だと思って、肩と鳩尾の力を抜いてやってみてもらいたいものである。


さて、ここからはあなたにも経験があるであろう話しである。無い人もいるだろうが、そこは想像力という奴で補ってもらう。



あなたは仕事だか学校だかで一日動き回って(ベンチウォーマーでした、というのでも)くたびれている。今日は昼飯が少なかっただとか、忙しくてちょっとお菓子つまんだくらいだったとか、部活で激しく動き回ったので空腹になったとかで、歩くのもやっとである。


サァ!我が家に帰り着いた。食事の時間はこれからである。玄関を開けると、台所から匂いがする。これは・・・好物の○○(お好きな名詞を挿入してご想像ください。しかし、そこで「冷奴」とか「刺身」とか言われたら文脈としてはアレだが)だ!

あなたは無我夢中で(冷奴を無我夢中で食べる人は見たことはないが)食べる。お代わりもするほど(冷奴を以下略)。アァ満足だ。元気になったぞ!ちょっと休憩したら日課のアレやらコレやらをやるかな、という風になったりする。余りにも満腹で眠くなったりもするだろうが、その辺りは一旦、想像の埒外に置いて戴くとする。


さて、例の栄養学が提唱するところは、「毎日一日三十品目を三食バランスよく食べないと不健康になる」と言っているわけだ。

そのドグマからしたら、昼が少なかったり抜けたりして、晩飯まで食べずに過ごしたというならば、栄養が空になっていて、車ならガソリンが無くなった状態である、と言うはずである。

車にガソリンを入れるならすぐ動く。しかし、人間はV6エンジンを搭載していたなどとは聞いたことが無い。実はディーゼルでした、というわけでもない。


ある程度その栄養学的に言うとするならば、体に蓄えられたエネルギー(脂肪やら血糖やら)を消費してやり繰りした結果に過ぎないので、これまた不健康である、と結論付けて来そうではある。


あんたらは人を健康にしたいのか不健康にしたいのかよくわからんぞと。説に則らないものを罰するかのような上記の物言いには、何やら信仰箇条めいたものを覚える。



「上の例え話は気のせいじゃないのかね」と言われるかもしれない。だが、食べ物を燃料にするには、体の中で原油を精製するかのような手間が掛かっている。

腹に収まった時点では何物でもなく(敢えて言うならガソリン車にとっての原油である)、異物である。異物が胃に詰まって何故元気になるのか。


そもそも、「疲れて歩くのもやっと」というのに、食べて元気になって、尚且つ体内の「精製プラント」は活発化している。一説には、消化には体内のエネルギーの九割以上を差し向けているという。


先ほどから述べている栄養学云々の話は、ある程度こちらの推測で(一日の消費カロリーの宗旨、じゃなくて収支の話は特に)語ったが、その想像通りだとすると、破綻していると言わざるを得ない。


つまり、人は食べ物の栄養によって健康になっているのではなく、食べることそのものによって健康になっている、という考えが成り立ちうるのである。


「人はパンのみによりて生くるにあらず」と、どこかのユダヤの人が言っていたそうだ。

言い得て妙である。パンを胃に詰めるのは手段であって、目的ではないのだと。



と、ここまで書いたが、また話がこじれていく。こじらしたつもりは無いが、こちらとしては腹をよじれさせたいところである。



学術的に、人間の本来の食べ物はこれである、という話が出てきているそうだ。




こちらの記事をどうぞ。


後、そちらで紹介されている書籍の内容について触れている、同ブログの箇所。

左の「ブックマーク」のうち、上から二番目の「おデブ脱出計画♪」より。


ところで、一つ謝罪しておきたいことがある。ちょっと私信に関わるところがあるが。

上記ブログの執筆者、きみしぐれさんと以前、メールのやりとりをしたのだが、ご自分のブログを「あやしげ」だとかおっしゃられていた。

とんでもない。ちゃんと典拠を示して話をされている。こちらなんか、怪しげにも「たしかこんな話を読んだ」とかいう風に、トンチンカンに書いている。

そのトンチンカンが調子に乗って、左記のブログ紹介と相成ってしまっている。こちらとしては、あの紹介文は受け狙いをやり過ぎた感があるものの、気に入ってはいる。申し訳ない。

ダメ!と言われたら取り下げる腹積もりなので、遠慮なく申し出ていただきたい。



さて、人間という動物は本来、熱帯で暮らしていたという。

今も熱帯で暮らしている人々は、人間の原型を留めているといえるわけだ。

人の細胞の中には、ミトコンドリアというものがある。これは、母から子へと受け継がれていくという。母から子だけの遺伝であり、その子が女子であるならば、さらにその子もまた同じミトコンドリアを持つという。

そのミトコンドリアを遡ると、一人の女性に行き着くそうである。その女性はアフリカにいたと言われている。仮名として、「ミトコンドリア・イブ」と呼ばれている。どうやって調べたのかは、科学についての知識を一片も持たぬこちらとしては知る由もない。


さて、人は本来熱帯にいて、そこから地球上を彷徨って今に至ったというわけだが、ある動物も、想像しづらいだろうが、最も原型に近い存在が熱帯にいるそうな。


その動物は「アザラシ」。まさかぁ、と思われるだろう。流氷の上でビッタンビッタン這ったり、ゴロゴロ転がっているやつのどこが、と。


ハワイモンクアザラシ」というのがいる。毎度ダジャレで申し訳ないが、クレーマーではない。

上記のリンクにあるプロフィールにはないが(改めて読むと、他にも二種類、暖かい場所に生息するものがいるそうな。片方は断絶)昔、テレビを見ていたときに、某国営放送局の番組でこのアザラシの話をやっていた。その番組曰く、「骨格が一番古い」という。


といっても、海を泳いでいるので果物は食べてはいないだろう。「豚もおだてりゃ木に登る」とはいうが、「海豹おだてりゃよく転がる」というのが関の山である。


関係なかった。


氷の世界に生きているイメージの大きい動物ですら、原型が熱帯にいるというわけである。


地球はかつて暖かかったから、原型がその当時に近いところにいるといえる。



地球が温暖化しているという話がいつ頃からかある。(温暖化は定説ではなく、多分に政治的な背景が絡んでいる。要するに嘘っぱち)

寧ろ暖かくなってくれたほうが本来に戻れるというもの。暑い暑いとモンクを言っている場合ではないのである。



さて、本来食うべきものは果物である、という話だった。

まだ地球は寒い。長期的には寒冷化に進むという説も説得力を持って提出されているようだ。寒いのが慣例化されたらこちらとしてもたまったものではない。


温暖なところで豊富に採れる果物は、やはり暑さに対応するためにあるとはいえる。体を冷やすと。本当にそうなるのかは判らんが、現今主流の話ではよく聞く。

フルータリアン(果実食主義者、と訳すればよい)を奨励したいところだが、茨の道を突き進んでみたい方は、体内の「精製プラント」を増設及び改良するという方法もある。


そんなご無体な、と思う人が普通なので、そんな胡散臭い話を聞くよりは素直に果物を食べる道をお選びいただきたいところである。


ところでフルータリアンを実践している人。多く見聞したわけではないが、「一般の食事より少量で済む上に腹持ちがよく、体調も向上した」という方ばかりであった。

こちらはこちらで、まだ「普通」の食事をしたりするのだが、これがまた少量で腹持ちがよく、体調も向上しているのである。

まだ若いからに違いない、と言われるが、「若いから」で説明できない事が多い。

数年前、さらにはもっと前でこれをやってたらぶっ倒れていたに違いない。仙人どころか即身仏である。


「普通」の食事と書いた。この二日何を食べたか。どこが仙人か、と憤られるかもしれないが、お笑い種として。

昨日、土曜の夕方から夜勤で、五時に仕事場、二時間ほどしたら夕食となる。もりそばを食べてきた。そこから夜勤明けまで、お茶数杯とタバコを吸っていただけ。早朝に仮眠が数時間。

朝、帰る前に缶コーヒーを貰ったので試しに飲んだ(良い子も悪い子も真似はしないように)。それから電車で一時間弱移動。で、昼にまたもりそばを食べ、約一時間歩いて帰り、近所の川原でしばらく日向ぼっこをしていた。

本当はこの猫を探しに行ったのだが、いなかったので代わりに日向ぼっこ。

で、帰宅してコレを書いていると。昼のもりそばと一緒に一杯やってたのだが、まったく眠くならなくて困った。きっと肝臓が即身仏なのだろう。


その前の日、金曜日まで遡ると、昼にイタリアンでほんとに「普通」の食事をして(量は少ないといわれる店ではある)、上記と同じ要領で歩いて帰り、豆大福を買って帰り、夕方茶と共に戴いた後、その土曜日の夜まで食べず。



お分かりいただけただろうか・・・。仙人とは名ばかりであることが・・・。


いやまあその、以前にも書いたが「健康に良いらしいから、たまに断食っぽいことやってる。今日も半日以上食べてないぞ」と言ってたら、「まるで仙人ですなぁ」とからかい半分で言われただけである。



ただ、その時(去年言われた)よりも食べる量が少なく、その上次に食べるまでの間隔が一日近く開いても問題なくなってきている。正直、今日の昼も「食べてみるか」という程度だったので、本当に食べなくてもよくなっているのかもしれない。水を飲むのも、タバコをちと立て続けに吸ったときに湿らす程度で問題なくなり、茶を飲むのが苦痛になってきている。

そろそろ仕事場で晩飯の時間になったら、食べに行く振りして散歩でもしてようかと考えている。都心の街は歩いていて心地の良いものではないが。


気のせいだろう、そのうちおかしくなる、と言われそうだがもう何ヶ月もこれよりちょっと多いくらいだったので、もうおかしくなっているのかもしれない。この一日が二日となり、三日四日と延びていってまだなんともなかったら「気」のせいだ、と答えることにする。


自慢するほどのものでもなく(寧ろ叱責される)、これくらいのことはもうすでにきみしぐれさんがすでにやってきていた道である。しかもヴィーガンとしてである。


ただ、「穀物だと空腹になりやすい」ということだったのだが、その実感がここ一週間くらいから、とんと湧かない。

気のせいなのかもしれないが、気のせいでなんともないなら、やはりなんともないのだろうということにしておく。

ただ、本人の体の健康だけでなく、他の事を考えるなら、「普通」の食事は摂るべきではないのである。というわけで、果物、お一ついかがですか?
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人間の「事象」化について

2012-05-25 | 雑記
ジョルジュ・バタイユがその主著『宗教の理論』で、人間とは、物=客体(オブジェ、とルビが振られている)を、事物にするのが人間である、という風に書いている。


かなり噛み砕いた言い方であるが、大体そんな感じだった。不意に思い出して読み返してみたが、読んだ方が混乱しそうだったし、ちょっと別の話が紛れ込んだ感じで、半ばわし独自の発想になっていたように思う。


それはそれとして、話を進める。


物=客体というのをこれまた噛み砕けば、例えば自然そのもの、野生動物が野生動物のままであること、というわけだ。


物=客体のままでは、人間にとっては「何の役にも立たない」ものである。それを認識によって事物に作り変えてでないと、人間は何も取り込むことが出来ないのである。


事物にするとはつまり、農産物を作る、動物を家畜にする、さらにはそれを作り変える(つまりは「料理」する)こと。



物=客体であるということは、認識によらない状態であるといえる。肉食獣が草食獣を捕食するとき、認識によって事物に作り変えて食べているわけではない。

それは一つの流れと言うか、一まとまりというか。バタイユはこう表現する。「世界の内にちょうど水の中に水があるように存在している」と。(下線部は原文では傍点)


と、改めて読んでみたらちょっと考えていたものと違ったのと、恐らく使われてなかった用語がこちらの頭の中に浮かんだので、この先はバタイユは関係ないものとしてお読みいただく。



思い浮かんだ言葉はこうだった。


物=客体(他にもそれに類する言葉はあったが、目に付いたのがそれだったので)をありのままのものと言うなら、それを「存在」と呼ぶ。

その「存在」を認識によって人間側に引き寄せた物を「事物」。

そしてもう一つ。その事物をさらに認識によって作り変えたものを「事象」と呼ぶと。



てっきり、バタイユがこう言ってたと思い込んでいたが、ちょっと違った。が、気にしない。


少し向こうに寄せて考えるなら、こちらが「事象」などと呼んでいるものは、事物の中にあると言えなくもない。



さて、人間はかつて「存在」であったと考えられる。要するに、野生動物だったと。

如何にして得たかは判らねど、認識と言う道具を得るに至った。


そこから全ての「存在」を「事物」にする、という以前に、己を「人間」という事物にするということから出発したと言える。


全てを「事物」と捉え、さらに「事象」へと作り変える。

事物、を「事物」と「事象」へと分けて考えると、さらに人間は「事象」から「事物」を見出すということもやってのける。例えば、木の椅子がある。壊れて役に立たなくなったその椅子が、薪になるという「事物」を見出せる、と言った風に。


認識の力に万能感を抱いたであろう人間は、「存在」を全て「事物」へと変える事に成功した、という自負を持つに至ったと思われる。



それはつまり、「事物」と「存在」を履き違えたのだと。



「存在」に立脚し、「事物」を見出し、「事象」へと成す。半ば自然、半ば不自然であることを認識しているのが人間の「自然」であったと。



「存在」と「事物」の間に認識があり、「事物」と「事象」の間にまた認識があり、それぞれの橋渡しをしている。


「存在」と「事物」の間に掛かる認識の橋を作り出した労力は、恐らく、「事物」と「事象」の間に作られた舗装道路より粗末で稚拙であったろうが、とても力強いものであったろう。


だが、われわれはその最初の橋の「事物」側の岸に看板を立てた。「この橋渡るべからず」


「では、真ん中を歩こう」では一休さんだが(真面目にやらんかい)、ともかく、その橋を渡ることが危険なのか、それとも彼岸が危険なのか判らないまま、風化したその看板は以前、効力を発揮している。



バタイユに負うところから論を展開している、然る精神科医がいる。


彼の著作で、こういう論があった。


動物性から抜け出した人間は、反動物性の存在であると。だが、故郷たる動物性に郷愁を時折強く抱く。例えば、統合失調症になるなどして。

だが、その動きは、反・反動物性という色合いとしてであり、動物性そのものに至ることがないという。発作が過ぎて廃人になってしまったり、あるいは自死するほどの郷愁を抱く。


言い換えるなら、人間が人間のまま動物に立ち返ろうとすると、人間とも動物ともつかない、危うい境地に達するというわけだ。




「事物」と「事象」の「世界」のみに認識の力があると思い上がり、(フェアシュティーゲンハイト、とかいう精神病理学の用語があてはまりそうだ〔日本語では「頽落」と訳されている。ハイデガーが使用したようだ〕)、「事物」たる己が存在をも「事象」へと劣化させる。


恐らく、それに耐え切れない「人間」が、反・反動物性を帯び、その看板を蹴倒そうとするのだが、それを人間は強く禁じてきた。

「われわれはそのようなモノではない」という魂の叫びは、彼岸に届くことは稀であった。



われわれがその看板を引っこ抜き、その橋を渡れるかどうか、また、渡るべきかどうかは判らない。


その看板、いや、看板はともかく、その橋とその先のものに背を向けただけならまだしも、その「存在」という存在を忘却しているのが、「事象」へと落ちていく現代の人間であると痛感している。



「われわれはあの橋から渡ってきた」という「認識」に立ち返り、「存在」と「事物」の間の橋を「われわれは自由に行き来してもよいのだ」と、渡るか渡らないかは別として再認識することを、もしかしたら「覚醒」と呼ぶのかもしれない。



時折、橋を眺めていたら、看板を避けて「真ん中」を歩いて向こう岸へいく人が現れるだろう。もし戻ってくるなら、その人と世間話をしてみるのも一興である。





と、最初想像していた話とはちと変わってしまったが、ここでまた「正坐せよ!」などというとふざけているようにしか聞こえなかったが、敢えて言う。


「彼岸と対峙する気概を持とうとするなら正坐せよ!」



たぶん、根気が必要と思われる。たまには胡坐をかいて一服していただいて結構である。では、また。
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日輪の威光

2012-05-23 | 雑記
金環日蝕であった。タイムリーな話をタイムリーにやれないのは、偏に私の不徳の致す所でありまして・・・。

まあ、長く太くやっていこうかと考えている。短くても別に構わない。



キンカンキンカンというから、ミカンの仲間かと思ったのだが、日蝕というと怪奇な皆既だったり、これまた怪奇な部分だったりするのしか覚えがなかったせいである。キンカンについては冗談である。


「金環日蝕、あなたの地域ではこんな感じでしょう」とかいう気象庁だかなんだかのページを前の日に見たのだが、何が金環なのかそこで漸く腑に落ちた。



月が太陽の大きさより一回り小さく太陽を塞ぐので、月を丸く縁取った部分が金色になるから「金環」だと。その時そのページを見ながら「環の色がミカンのようだなぁ」とすっ呆けてたのはナイショである。



さて、テレビで日蝕の映像をごらんになっていた方もいらっしゃるはず。こちらとしてはテレビも仕事場でつけられた時しか見ない(見たくないが目に入る場所にある)ので、じっくり日蝕なんぞ観察することも叶わなかった。


それに、In Deepさんの言に従って、その日はカーテンを閉め切ってブログを書いていた。書き終わったら「そういえばそろそろ始るんだった」という程度の認識ではあったが。



テレビで日蝕を見ていたら月のように立ちはだかられた、という人はいるだろうかいないだろうか。そもそも、そのような方々はこちらと元の話をご覧になっていることはないであろうが、気にしない。


そこで敢えて、「月のように立ちはだかられた」もしくは、「度々立ちはだかられた。恐らくこれからも立ちはだかるであろう」という方々への打って付けの処方箋を案内したいと思う。



さて、あなたは金環日蝕の映像をご覧になっている。そこへあなたの骨肉が「月のように」立ちはだかる。


あなたがオットでその骨肉がツマなら、あなたはこう言うべきである。


「月がきれいですね」



今宵の月が真っ赤になれば成功である。真っ赤に燃えたのは太陽だが、我が家では月が真っ赤なのである、と。



そんな骨肉の著しい変化を気取るのなら、あなたはテレビなどという似非の金環に興味など持つ必要は無いのである。目の前に燃え上がるような輝く月を見るはずなのだから。



そして、テレビを消せば宴をするがよい。まだ望には遠いが(金環の日は朔である)、こう唱えるのだ。


「この世をば わが世とぞ思ふ 望月の」



続けて骨肉が「欠けたることも なしと思へば」と言うならば、この世はあなた方のものである。



さて、いくら今宵の次が見事な望を見せても、立ちはだかられた時に言うべきではないことがある。単純に順序の話だが。


サァ、今宵も月が上ったぞ!ええ、なんていうんだっけか。



「望月の欠けたることもなしと思へば」




これが小倉百人一首なら問題はないのだが、目の前の望月に言ってはならぬ。

日輪の逆鱗に忽ち触れることになるであろう。


「逆鱗に触れたのに襲い掛かってきたのは虎だった」などと言おうものなら、日の目を見られなくなるやもしれぬ。努々注意なされよ。



さて、骨肉が逆の場合も言っておく。


今宵も月が上ってきたぞ!なんだか立ちはだかっているようだ。ええっとこういう場合は・・・。



「月がきれいですね」




しかし、月は冬空で輝くかのように蒼ざめてしまった!



あなたは常々気にかけている、望月の欠けたることを不意に見てしまったのである。努々注意なされよ。



いやはや、わしも「月がきれいですね」と言う相手が欲しいところである。しかし、「望月」と相対してそう言えるかどうかは、今のところ判らない。では、また。
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日常

2012-05-21 | 雑記
たまには、というよりわしにとってはどれもこれも日常であり得るのだが、一部ではそう受け取ってもらえそうにないので、今日はささやかな、言ってしまえば塵世の楽しみを少しご紹介しようかと思う。


昨日、いつものお店(こればっかり書いている気がする)で飲んでいたら、おそらく初めて会ったであろう常連さんがいた。

いつものことだが、こんな格好である。店の兄さんは、よく冗談半分で、「武道の先生なんですよ」などと人に紹介する。


ちょっと世間話ししつつ飲んでいたら、その常連さんのお知り合いがやってきて(電話していたので、その時落ち合う約束をしていたようだ)、さっきそこの古着屋でTシャツ買ったんだ、などという。


そういえば以前、あの店の前を通りかかった時、入り口からすぐ見えるところに、夏向けの帽子が置いてあるのを思い出した。



店を出てから、あのバーに一杯だけやりに行こうかどうか歩き始め、家に向かうかそのままバーのほうへ向かうかの分岐に差し掛かる。さっきの店から歩いてほんとにすぐのところだ。


迷わずバーのほうを目指すことになった。ただ、分岐に差し掛かるまではちょっと悩んでいた。


話に出た古着屋のほうを目指すのを強く意識してたわけではないが、結果、そっちの方に行くことになった。店はまだ閉まってなかった。帽子もある。


通り過ぎてから横断歩道を渡り、その店に引き返す。


店番は、店主の息子なのだろう。小学生くらいの子がいた。帽子を物色している位置からでは見えなかったので、レジに立ってから判ったことだったが。


「ちょっと待ってください」と言って、電話をかけ始めた。二階から女性が降りてきて、会計をしてもらう。なんだか妙に家庭的な感じで面白かった。


帽子を袋に入れようとしてたので、「そのまま被って行くんで、タグとか切っておいてください」と頼み、袋も辞退した。


で、ついでに被ってみて、「似合いますかね?」と聞いたら「着物とよく合う」と言われた。

もうお決まりパターンのようなところがあるが、「着物はお仕事ですか?」とやはり問われる。

いやぁ、仕事は関係なくて休日だけ着てますやら、こいつはデニムなんですよ、などと話する。


というわけで、こんな帽子を買ってきた。





遠めには判り難いが(元の大きさの写真だとそうではなかった)、透けるくらいの網目になっている。ちゃんと確認していないが、去年買ったハンチングと同じメーカーだったと覚えている。


さて、帽子の上に何か乗っかっているのが判るだろうか。

これは帽子とは関係ない。


羽織紐である。着物の構造を一々説明するのは手間だが、要するに前を閉じないコート状のもの(羽織という)があって、腹の前で紐を結ぶ。古式ゆかしいのは、文字通り紐状になっていて、それをTPOに合わせて結び方を変えたりする。一体化してるものは普段着向けなのだろう。簡単に結んだりしているのが、昔の人の写真などで見受けられる。

乳(ち)といって、引っ掛ける部分があるタイプのものは、こういう、変わった物を取り付けたりしておしゃれができるというわけである。

本当は、以前持っていた飾りつきの羽織紐(真ん中にドーナツ状の石がくくりつけてある)を、間抜けなことをして千切ってしまった。紐の部分を交換出来ないかと、市内の呉服屋を訪ねたのだが、仕立てたものらしいので、買うのと変わらないことになるだろうと。


それならば新しくお買い求めになってはどうか、と勧めてくる。


面白そうだったので買ってしまったというわけである。ただ、最近は着物着て遊び(飲み)に行くときはケータイ電話を家に放り出していく。

だから、着てる写真はないのである。上記のリンクは以前の写真であり、昨日着ていたものそのものではないことをここに記しておく。


気が向いたら写真を撮るかもしれないが、電話は嫌いである。荷物自体持ちたがらないので(財布とキセル、あとは暑くなってきたので扇子があれば特に)仕事以外はカバンも持たない。

そんなカバンも実は、風呂敷を結んで肩掛けにしたものだったりする。店の人に「おしゃれだ」などと言われるのは営業トークかもなと一歩引いて聞いてはいたが、ある日、近所のインド料理屋で食後(たまたま昼の仕事帰りに立ち寄った)、帰ろうとしたら他のお客さんから声をかけられる。

「風呂敷ですか?」
「ええ、結んであるだけなんで、いつでも解けます」
「へぇー、おしゃれですね」

風呂敷を結んで肩に掛けているだけで「おしゃれ」といわれることがあろうとは夢にも思わなかった。その時は和装ではなく、洋装である。ジーパンにTシャツ。

ちなみに、気取ってやってるのではなく、仕事以外でカバンを持つ気がないのと、その仕事もちょっとした着替えがあれば済むため、カバンなんぞ買う気にならん、という投げ遣りな動機からである。


そうしようと思い立って、風呂敷の結び方を調べ、肩掛けにする方法を見つけたのはいいのだが、キャッチコピーが「エコバッグ代わりにスーパーで買い物する時なんかにどうでしょう」だったりする。

うーん、そういうのは普段のカバンにするにはよくないのだろうか?と考えたが、考えてもカバンはない。それからもう凡そ一年かそこいらか、風呂敷が肩にぶら下がっている。


これからはしばらく、この新しい羽織紐がぶら下がることになるのであろう。着物の時は、風呂敷は肩に掛ける部分を短く結びなおして手提げに切り替えるので、ぶら下がらない。


どうもこういう話は久しぶりすぎて勝手がわからない。帽子買ったり羽織紐買ったりおしゃれだとか似合うだとか言われるのは面白いなぁ、と感じるのだが、やっぱりどこかで「それがどうした」と思っているところがあるのだろう。

腹が立つことも悲しいことも、確かにその時はその時でとても感情を揺さぶるものである。ただ、揺さぶるのはその時の話でしかない。


また野口晴哉の話を持ち出してしまい恐縮だが、こういう話がある。

十日前だか十年前だか、強盗にあって死ぬほど怖い目にあった、と来客が野口氏に語る。もうそれはそれはひどく蒼ざめて。

野口氏は「別にこちらがその強盗なわけじゃないんだから、そんなに蒼ざめるんじゃあない」とかいう風に語りかけるのだが、来客は強盗にあった時の話を思い出してずっと蒼ざめていたそうな。


人の記憶、つまり意識というものが、その時の感情をそのまま今に呼び起こしてしまって、まるでその強盗に今あっているかのような状態に陥れてしまうのである。

勿論、記憶というのは人間以外の動物にもあるくらい、普遍的なものである。ただ、人間は意識に過剰に引き摺られるのである。

ああいっている野口氏というのは別に人間としての記憶をなくせとか言っているわけではない。でなけりゃ来客と話も出来ないし、上記のエピソードも出ない。

意識だとか記憶だとかいうものを絶対的に見るのが今の社会である。それを相対化せよ、というところなのだろう。

上の強盗の人の例で言えばこういうところか。「いやぁ、十年前に強盗に会いましてね、あん時は生きた心地がしませんでしたよ、あっはっは」という感じになれと。空元気でそうやるのではないが。


「全生」という思想を、野口晴哉は打ち立てる。野口整体の考えを示したものというのだろうか、読んで字の如く、生を全うするということであるのだが、意識や記憶はどこまで行っても過去のこと。「生きて」はいない。生を全うするとは、今を生き切ること、といえる。

本来、あなたを縛るものは何もないのである。ただ「過去」があなたを縛っていると思っているだけである。無論、現実に起こっていることがあり、それに影響されるだろう。解決しない問題も山積しているだろう。だからせめて、一日の終わりに、その日あった、辛いことも悲しいこともそして楽しいことも含めて、「それがどうした」と一蹴してみるのもよかろう、と思うのである。では、また。
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ある野良猫の死

2012-05-21 | 雑記
ついうっかり飲んできてバッタリと行ったら、朝早く目が覚めてしまった。まだ暗いので朝早いというレベルでもなかったが、豆腐屋の朝レベルであろうか。

飲みに行くのが仕事みたいなもので(嘘です)そこであーでもないこーでもないと話をしていたりする。

いわゆるインボーロンとかいうものの話を知っているバーテンさんとひどく話が盛り上がるので、どうもそこばっかり行くのである。ついでに他の客やらも巻き込んで。


さて、話は変わって、前回の話について、書いた後で気になったことをちょっとやろうかと。長くなければタイトルの話に行く・・・はず。


最近お知り合いになってコメントまでくれるようになった方は、ローフルータリアンからブリサリアンを目指すそうである。

ちょっと前までは所謂完全菜食主義、ヴィーガンという立場を貫かれていた。


現行の栄養学というものは嘘である、というのは結構前から指摘されていたが、悲しいかな、理解する人は戦後の教育といい限られた中でしか知られてなかったというのもあろうが、逆立ちしても多くは見えない。

そう、「人はこれ(現行の栄養学が推奨するところの食品)を食わなければ生きていくことはできない」というのが大嘘であると。


で、それを本来の人の食事である、果物を主食とする生き方をするというのである。いきなりこんな話をされてもチンプンカンプンだろうが、このブログはトンチンカンがチンプンカンプンなことを書いているので、チンプンカンプンなままでよい。


とりあえず、そのブログをご紹介することにする。その名も「おデブ脱出計画♪」。


「無駄に長」くなりそうなので、急ぐ。


というのも、前回の話を読めば、その人の解釈によるだろうといってしまえばそうだが、「何食っても生きられるから何でも食え」に聞こえる(野口晴哉も「胃袋があるなら胃袋を使え!」と言っていた)し、インスリン注射で体のインスリン分泌機能が怠ける、という話は、人間本来の主食である果物という、ある意味体に優しいものを食べることで、寧ろ本来ある力が弱体するであろう、という指摘に聞こえたのではなかろうかと。


というわけで、これをどう解釈しようか、という補足という名の蛇足である。


思うに、このローフルータリアンというのを突き詰めていくと、恐らく、五年のカリキュラムでブリサリアンになる、というやり方と似ていくのではないかと。

これは言わば、「体の外」からの働きかけで本来の状態を目指していくのだと。「ちゃんとした」モノを食べることによって、眠らされた力を呼び覚ます方法であると。


では、前回の内容。伝わりにくいところが多かったと思うが、言ってしまえば、「修行」して超人化する、という感じである。その修行(修行ってのは比喩だが)は、「普通」の生活をしていながらに進むといえる。進むかどうかは当人によるだろうが。

つまり、「体の内」から眠った力を呼び覚ます、己自身に拠る、自発的な働きかけによる方法であるといえる。


どちらも本来はブリサリアンを目指す考えではないのだが、突き詰めれば同じところに辿り着きそうだと考えている。


飛行機で東をまっすぐ飛んでも、西へまっすぐ飛んでも、そのまままっすぐ飛んでたらまた同じところに戻ってこれるのだろう。同じところじゃおかしく聞こえるが、目的地は同じだと。

とんでもない話に聞こえるが、何やら確信めいた予感を覚える今日この頃なのである。



はい、じゃあ野良猫の話。


ブログ更新停止宣言もあったのでやる機会がなかったのだが、一週間ほど前だったろうか。上で書いたバーテンさんがいるところで飲んできて(行くときは大抵、はしご酒)、家の近くの住宅街のいつも通る道を歩いていた。


大通りから曲がって歩いてすぐの小さな交差点。なにやら真ん中に置いてある。近づくと、猫が倒れている。

元々こちらに顔を向けていたのか呼びかけたせいで向けたのか忘れたが、つい、こう呼びかけてしまった。「おい!お前どうした!?」


ずっともがいている。恐らく、バイクか車に撥ねられたのではなかろうかと。血や内臓が出ているといった、遠めに見て判る外傷はなかったが、半身の毛皮が何かで擦ったように荒れている。


そのままではまた轢かれかねない。死んでたとしてもそうなったら惨たらしい。ちょっと嫌がる猫を持ち上げて、交差点角の自販機の前に腰を下ろした。

暴れているので、置くときに落っことす形になったが、猫は立ち上がることが出来なかった。

これは助からないかもしれないな、そう感じて、しばらく撫でていることにした。猫にはいい迷惑だったかもしれないが。


撫でながら思い出したのが、愉気法(ゆきほう)という、これまた野口整体の技法。技法というと難しく聞こえるが、要は手当てのアップグレード版である。だが、難しい。


撫でながら猫に「ひどいことをするやつがおるもんやなぁ」とか「人間には手当てってのがあってなぁ、意外と効果があるらしいんやぞ」だとかいいながら、時折、手を当てたまま瞑目したりしている。不審者である。


しばらく時間が経ったが、猫はまだまだもがいている。愉気とは本来、無心でやるべきところを、「治って欲しいな」だとか余計な気持ちを入れるとダメになるそうで(こういう意識から自由になるというのが野口整体の要点でもある)そういう影響なのか中途半端でどうしようもなかったのだろう。大怪我を一瞬で治すようなものではないし。



などと思っていたら、自転車で通りかかった男性が「どうしたんですか?」と声をかけてきた。

すぐそこの家の人らしく、事情を話した。「もしかしたら死ぬかもしれないから、せめて最期まで見てやろうかと」。


「こちらは明日も仕事が早いもんで何もできませんが・・・」と言って、こちらも「お仕事頑張ってください」とお別れを言ったら最後にこうきた。

「こんな状態で言うのもなんですが・・・格好いいですね」と、羽織袴で胡坐かいて死にかけた猫を撫でている不審者にお褒めの言葉を頂戴してしまった。


またしばらくして、猫はもがき続けていた。そろそろ家に戻って、猫を運ぶ何かを持ってこようかと歩きかけたら、さっきの人が(すぐ見える範囲の家だった)がやってきた。


「猫は相変わらずなんで、家にとりあえず運ぼうかと思って」と話をしてたら、なにやら差し出してきた。「家にこれくらいしかなかったんですが、よかったら」と、発泡酒をもらった。

それと、電話番号と名前を書いたメモを頂戴した。何かあったらご連絡をという。とりあえず、死んだら死んだで連絡を入れるつもりで受け取ることにした。


また猫の傍らに座り込み、今度は発泡酒を飲みながら、あーでもないこーでもないと喋っている。不審者の度合いが傍らに置いた発泡酒で鰻登りになっているに違いないが、夜中だったので、誰も通らない。


少しまだ冷える感じがするので、半分ほど飲んで捨てて、家に戻ることにした。猫に向かってこういう。「十分ほど待つんだぞ」と。


下駄履いて走ったのは初めてだったが、意外と走れるものであった。雪駄ほど速くはないのは仕方ない。


洗濯籠が丁度空だったのですぐさま取って引き返したが、猫はやっぱり同じ状態でいる。



持ち上げても同じようにもがいているが、洗濯籠に入れて少し早歩きで来た道を帰った。


猫の顔がこっちを見る形になっていて、途中、猫の様子を伺うと、目が合ったような感じになったので、またも不審なことをする。「とりあえず、わしの家で寝かせておくけど、かまわんか?」と。

ただ、その猫の片方の目は瞳孔のある部分が見えなくなっていた。まぶたが開ききっていなかったのもあるが、予想以上に重症だったのかもしれない。


寝かせた猫は、それでももがき続けていた。こちらも次の日は夜勤であったので、しばらくごろごろしたりしてから布団に入ったが、静かな家のこと、猫がガサガサやっているのが聞こえる。

まだ生きてるか、と安心するのと同時に、あのまま動き続けるのは衰弱を早めるのではなかろうかと心配になって、前脚を両方掴んで「お前、じっとしとかんと死んでしまうぞ。お願いやからゆっくりせぇ」などと言ってみたが、猫は聞く耳もたず、また足を動かし続けていた。


病院も調べてはおいたが、あまりノリ気ではなかったのだろう、昼過ぎに起きた。


ジタバタこそしてはいないが、どうやら虫の息というやつであろう。浅く短い呼吸をしていた。


「すまんな、仕事行ってくるからな。生きてたらまた会おうな」と、頭に触れると、まだ反応はするのか、耳が動いた。



帰ってきたら、案の定、冷たくなっていた。



清掃業者を手配し、しばし待つことにした。しばらく横になっていたら、時折、物音がした気がして、猫の方を見ることが数回あったが、うっかり居眠りしてしまった。

清掃業者の方に電話番号を伝えてあったので、電話で起こされ、引き渡す。



部屋も寒かったし、止めを刺してしまったのかなぁ、などと思ったが、理不尽が形を成した社会とやらの作った理不尽なものに理不尽な殺され方をしたとはいえ、あいつは自由になれたのかもしれない、などと思い直すことにした。


その後、暗くなってから、着替えていつもの店に行った。上述のバーではなく。たまには座敷で飲もうかと思い、座敷で構わないかと問うと、兄さんはこう聞く。「結婚式ですか?」と。

「いやぁこいつぁ結婚式には着ていっちゃならんことになってるんだ」などと行って、席に着いた。もしかしたら、何やら気取られたのかもしれない。


一般に言えば告別式だが、スピリチュアル的に言えばお祝いかもしれんなぁ、などと飲むのだが、やっぱりちょっと泣けてきた。


なるとはあまり思ってなかったが、元気になったら刺身でも食わしてやろうかな、などと考えていたが、好きかは不明のままである。

代わりに、こちらが肉でも食べてやろうかと思ったのだが、大抵肉抜きで頼むのもあり、今回もその機転を利かしてくれたようで、肉はなかったが、かまぼこが入っていた。


店を出て家に向かう途中、出かけには吹いてなかった強い風が吹いている。心地の良い風だった。いつもの道の例の交叉点を過ぎたところで、たまに窓から吼える子犬がいる。キャンキャンやっていた。


自宅のすぐ近くの家には、大きな秋田犬が飼われている。昼間は車の出入り口になる門扉の前で寝てたりするのだが、夜はいないはずなのに、何ゆえか判らないが、そいつ(アンちゃんという)がいた。人が来ると吼えることの多い犬だが、昼間、自分がちょっと近づいても吼えなくなっていたのに、珍しく吼える。

「おう、アンちゃん」と、立ち止まって一緒に吼える真似をしてたら、飼い主さんが出てきた。

顔見知りだったのでちょっと立ち話をすると、今日は珍しく、暗くなっても家に入りたがらなかったという。「いい風が吹いてますからね、気持ちがよかったんでしょう」とコメントした。

飼い主さんが来たと思ったら、アンちゃんは何事もなかったかのように家に入ろうとし始める。一瞬、飼い主さんもキョトンとしていたように窺えた。



犬というのはよくわからない。最近では不審であるとも思っている。まだ「一般的」な感覚で言えば、なにやら気取って、こちらを元気付けてたんじゃなかろうか、といえるだろうが、そうも思えないというわけだ。

まあ、近所の誼である。そういうことにしておこう。



変な話だがもう一つ。


その猫と出会う直前に、たまたま久しぶりに出会った知り合いと飲んでいて、猫はいいねぇ、だとか話をしていた。

飼うなら猫だなぁと。一般的には「飼う」というところだろうが、こちらの感覚としては、一緒に過ごす、という感じであるが、なんというか、いい結末とは言えなかったのだが、一晩とはいえ、本当に猫と過ごすことになってしまったのである。


それはさて措き、道の真ん中で動けなくなっていた猫。恐らくは撥ねられたであろうそいつは、一歩も動けなかった。

轢いた野良猫を助けてやれ、などとまで言う気は無いが、せめて、もう轢かれないように車の来ない角にでも置いてやれなかったのだろうかと。

轢かれたかどうかは実際のところ不明で、その時はまだ動けたという可能性もあるが、その猫をそのままにしていったという行為、それを唆すのが「世界」という名の理不尽なのだろうと。では、また。

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