ダイソン球建造中!

ぼんくら工学部生は、立派な研究者になれるや否や。徒然なる苦闘と雑記

   

頭を撃たれるらしいぞ

 町山智浩さんの所で見かけた。
国際警察長協会(IACP)の指針によると、自爆テロリストは頭部を撃って即死させるらしい。そうしないと自爆されるから。
 で、テロリストの特徴は…
1)暖かい日なのにコートを着ている。
2)大きくふくらんだバッグやリュックサックを持っていて、そこから何かコードが出ていたりする。
3)落ち着きがなく挙動不審で、人の目を見ようとしない。
4)汗をやたらとかいている。
5)なにか祈りの言葉らしきものをぶつぶつつぶやいている。
アワワ ヽ(´Д`;≡;´Д`)丿 アワワこんな人周りに一杯いるよ!てか、ヲタそのものだよ!
 いや、これ本当に怖いよ。法が保証する所によれば、公の場では服装も行動も自由な筈です。ここは均質な社会ではなく、様々な人が様々な事情で往来しているから。あまりに不審であれば職質されるかもしれないが、それも犯罪の積極的な疑いが無い限り拒否出来る。しかし、この方針は「ヤバそうな奴はテロリストだ」と言ってる様なもの。ヒステリーにしか思えない。そもそも、本物は逆に世間にとけ込もうとするんじゃないか?見るからに怪しい格好はしないと思うぞ。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 1 )

素晴しき図書館

ビブリオマニアである私にとって、大学で最も重要な施設は図書館である。確かに東大全体で200万冊を超える蔵書を読むのは不可能だが、本の山に埋まって、自由に読めるというのは堪らない娯楽である。
 しかし、いったい幾らかかっているのか?公開資料によると、本郷の総合図書館は2003年度で1億円ちょっとだそうである。全学では、17億円。まあ、学生数を考えるとこんなものか。なんと文学部は総合図書館より使っているではないか。これは酷い。
 金銭感覚が狂っている?しかし、理系の研究室が使う機器の総額を考えれば安いだろう。
 理系だからと古い文献が役に立たない訳は無い。戦前の本でもそれなりに面白い。ついでに雑多な読書から思わぬ所に興味が飛ぶ事もある。総合大学の真の魅力の一つは、広い範囲の蔵書だろう。
ここが市民図書館でない以上、そうした充実した体制の維持は学生にも責任があるのだろうな。一応専門家扱いなんだしなあ。そう考えると、やっぱりハリポタ頼む様な馬鹿は粛正だね。
 そして何より重要なのは図書館職員の方々である。感謝してもしきれない。無茶な質問にもちゃんと答えてくれる。実に頭が下がる。
コメント ( 3 ) | Trackback ( 0 )

Musical Baton

mixiでも書いていたのだが、こちらにも回って来たので少し変えて。
@Total volume of music on my computer:
[今パソコンに入ってる音楽ファイルの容量]
5.53GB、但し操作に慣れていなかった頃取り込んだ物は、重複している物も多い。

★Song playing right now:
[今聴いている曲]
中島みゆきの「小石のように」良い曲です。

★The last CD I bought
[最後に買ったCD]
新品では覚えていない。中古なら鬼束ちひろの「 育つ雑草」。

★Five songs I listen to a lot, or that mean a lot to me:
[よく聴く曲、または自分にとって特に思い入れのある5曲 ]
ながい、そう面白くないぞ。 こっちは全曲ネタで。
1)「死ね死ね団のテーマ」 
 「愛の戦士 レインボーマン」で、敵の死ね死ね団が歌っている名曲。原作の川内康範が作詞を担当し、既に伝説となっている。いや、リンク先で歌詞を見てくれ。ここまで悪し様に言われると逆に元気が湧いてくる。

2)「タチムカウー狂い咲く人間の証明」 筋肉少女帯
 コロンバイン高校の事件を聞いた時、この曲が頭に浮かんだ。みんな考える事は同じなのか。
この曲、カラオケで歌うと周りがみんな引く。萌え電波ソングなんて目じゃないね。

3)「討匪行」 藤原義江
自衛隊だと未だに雨中行軍で歌われるらしい。歌っていると気が滅入る歌詞が特徴。高校時代、部室では軍歌がかかっている事が多かったからなあ…
 
4)「ABAYO FLY BYE」 山形ユキオ
ああ、俺はヲタだよ!何が悪い!全部アニソンでも良かったんだが。
「銀河旋風ブライガー」最終話で、主人公たちが太陽系外に飛んでいく(正確には加速しすぎて戻れない)シーンで使用。J9シリーズでも屈指の名曲だと思う。

5)岩男潤子の全曲、というか彼女の声
 昔は声優ファンだったんだよ。女性の最もセクシャルな部分は声だ!いやもう昔は萌え狂っていた訳ですよ。

★Five people to whom I'm passing the baton:
[5人にこのバトンを送る]
回す相手がいねえよ。
コメント ( 1 ) | Trackback ( 0 )

恐怖のコピペ

このコピペの出所が知りたい。本当に怖い。

小学生の頃、クラスにWさんという女子がいた。彼女は先天的な病で体がただれていて、
声もうまく発声できなかった。大人しい子でいつも本を読んでいた。
男子の友人はいなかったが、女子の友人は不思議と多いようだった。
修学旅行で旅館に泊まった時、友人が女子の部屋に遊びに行こうと言い出した。
俺も同意して、どうせだからこっそり行って驚かせてやろうってことになった。
そしてクラスで一番人気のあった女子のいる部屋に行く事となった。
こっそりドアを開けると(どのように鍵を開けたかは忘れた)恐ろしい光景が。
体育座りで座り込むWさんを円になって囲むようにクラスの女子全員が立っていた。
そして、Wさんに対して「豚」「火傷野郎」などと罵声を浴びせていた。
さらにクラスで最もかわいかった子が「じゃあ、カツラはずしまーす」と笑いながら言ってWさんの頭に手を伸ばした。
次の瞬間、Wさんの髪の毛が全部その女の手にあった。Wさんは頭皮も病気で、髪の毛が生えないためカツラをしていたのだ。男子は誰もそれを知らなかった。
ショックで何が何だかわからない俺の前で女子はWさんを蹴飛ばしたり
カツラをライターであぶったり。Wさんはかすれた声でうめく。
助けを呼びたくても呼べないのだ。俺と友人は無性に怖くなって見つからないように逃げた。
次の日、Wさんもクラスの女子も何事も無かったように京都を観光していた。

それが一番怖かった。

時がたって同窓会が開かれた。Wさんはすでに亡くなっていた。
俺は思い切って女達に修学旅行でのことを聞いてみた。
すると例の一番かわいかった女の子が「あんなの別に死んだっていいじゃん」といった。

趣旨がちょっと違うかもしれないが、これが俺の経験した最も怖い話です。

ググってみると2002年位までは遡れる。私が見たのは喪男板だったが、本来は怖い話として流通しているらしい。確かに強烈に怖い。
 優しいと言われる人を見るたび、この人は私にも優しいのだろうかと怯えてしまう。杞憂ではない。人は残酷に振る舞うことの方が遥かに多いから。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

誤解されます

 SFが好きだというと、「スターウォーズとか?」といわれる事は結構多い。アメリカ人にも言われたので、普通人のSF認識など大体そんな物なのかもしれない。
 反論する気にもならないが、あれは少しも面白くない。先日エピソード1を見てその思いを強くした。何より殺陣が酷い。まるで約束組手のようで、斬り合いの緊張感がない。「マッハ!!!!!!!!」でも観てしゃきっとしろ。他にも兵士の動きなど、基本的な所が鈍い。あれでも警備兵か?
 まあ、映画としての評価は色々あるでしょうが、やっぱりSFとしては不誠実である。ファンタジーには守らなければならないルールが一つある。自分で作った「世界」の法則を変えない事だ。SFにはもう一つ加わる。「それが、たとえ疑似科学であっても、説明されている事」。
 既存の科学法則に反するもの(時間移動など)を出す時は説明を捻らないといけない。もちろん、50年経ったら笑っちゃう事にはなるとしても。さらに、それは再現性がなくてはならない。どのキャラクターがやっても手順さえあっていれば実行出来るものしか出せない。これ現実世界と同じである。
 常に守られるとは限らないが、これが大枠である。故に宇宙人が食用に人間を飼うような作品はコメディーかにしかなりえない。身体組成がそれほど近ければ牛か豚の方が効率が良い。
 SFは決して自分勝手なルールで出来ている訳ではない。自分の頭の中で、整合性のある世界観一つ生み出さなければ面白くならないのだから、大変である。対してSWの世界は歴史的な人間社会のメタファーでしかない。設定がいかに細かかろうと、「スキズマトリックス」の様な人間そのものの変質を見せてはくれない。ついでに戦闘シーンも、宙戦なのに距離感が無い。
と、いうことで皆さん、航空宇宙軍史を読みましょう(結局これが言いたかった)。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 1 )

神軍平等兵の死

奧崎謙三が死んだ。血栓溶解法をもってしても120まで生きるのは無理だったらしい。そもそも刑務所に27年もいて80過ぎまで生きている方が異常なのだが。きっと彼は、安らかに眠れまい。
 初めて彼を見たのは「ゆきゆきて神軍」だった。手製の街宣車で走る彼は、数少ない「剥き出しの異形」である。一歩間違えば、葦原将軍となっていたかもしれない程の。天皇をパチンコで撃ち、悪徳金貸しを殺し、「人の法が許しても神の法が許さない」と叫び続ける、話の通じない男だった。又吉イエスなんて目じゃないぜ。
 ドキュメンタリーは決して真実ではない。カメラの存在はそれだけで世界を歪ませる。編集は都合の良い面を切り出す。監督の原一男が撮る過程で何を言ったのかは分らない。それでも画面は緊張感に満ちている。奧崎は政治的な人間ではない。どう見られるかなど気に留めず、カメラがいてもためらいも無く殴る。かつての上官、今は寝たきりの老人、を殴る。泣きわめく家族も、警官も「リアル」である。
 彼が殺人未遂を起こし、刑務所から出た後作られた「神様の愛い奴」は更なる衝撃だった。彼はこの中で傍若無人に振る舞い、スタッフはそれをなだめながらとんでもない事をやらせる。風俗嬢と絡み、AVに出演し、ひたすら「血栓を溶かす」と体を震わせる。ああ、きっと衛生博覧会とはこういう物だったのだろう。
 
狂人すら矮小化した今、彼を超える人間は、生まれてこないだろう。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 1 )

チラシの裏にでも書いとけ

政治ネタはPVが増えるらしい。こんなに関心が高いなら、何故投票率はかくも低いのか。まあ一部が騒いでるだけなのかもしれない。
 憂国な人々のブログを見ていると皆さん何を目的に必死になって中国や韓国への罵詈雑言を書き連ねるのか、疑問だ。
 「チョンは諸悪の根源」というのは勝手だが、それで何がしたい?
 良く見逃される事だが、自分が正しいと思う事や相手の欠点を滔々と並べ立てても相手はこちらの要求には応えない。相手の行動は相手が決める物である以上、これは当然である。
 日韓乃至は日中(のネチズン)は、お互いの言う事を聞く気もなければ相手を説得する気もないのではないか。中韓に関しては直接読んでも分らないので詳しい人に聞きたいが、伝聞する限りかわされる言葉の多くは罵倒のようだ。「小日本」とか。
 日本側でいえば、やはり罵倒を繰り返す者も多い。内田樹先生言うところの「ショービニスト」であろうか。彼らは他人の愚かしさを指摘する時、実に楽しそうである(いつも思うのだが、自身美しい行為だと思っているのだろうか)。時には相手を劣等と呼びながら、事実を指摘しているから差別ではないと公言する。これで相手は行動を改善するだろうか?
 靖国はそうした人々にとって理想の問題である。小泉首相は必ず参拝するだろう。支持を集める最も簡単な手段だから。政治家は自分の利益のために行動する(でなければ困る)のだから当然だ。中国側は抗議するだろう。何も言わなければ大騒ぎになりかねない。結果は予測可能であり、そしてその過程で燃料はいくらでも投下される。
 そう、お互いにとって簡単で、深刻な利害のない事だからもめるのだ。
 海底資源の問題ならテクノクラートの話し合いで決着がつくだろう。なにしろもめていてはお互い資源を利用出来ない。資源量を予測し、コストを見積もり、お互いの妥協点に落ち着くはずだ。あとは監視し合うだけとなる。
 靖国はそうではない。実に愉快だ。他人をけなすのは楽しいからね。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

確かに不快だ

青山学院高校の入試問題に抗議が来たという話を聞いて、酷く不愉快になった。自信が悲惨な体験をしたからといって、他人に何を言っても良い訳ではない。
 原文はここに出ていたが、読む限り単純に「退屈だった」といった事でないのは明らかである。むしろ、ここで書かれている事は語り部たちが真摯に受け止めなくてはならない事だと、思う。これが高校入試にふさわしいかどうかはやや疑問だが(ちょっと政治的に過ぎる)。
 言葉は時にとても曖昧で、弱い。そして被害者の声が絶対に「正しい」物ではない。大石英司氏が指摘するように、自分の思いが届かないのは相手が悪いのではなく、伝える力がこちらになかったのだ。
 彼ら彼女らが伝えたい事は何なのか。ただ「悲惨な事がありました」では怪談話と同列ではないか。退屈する者がいて当然である。ガマを見せるのも、体験を語るのも「こういった事がおこらないようにしたい」からだろう?それならば、そう思わせる見せ方が必要になる。
 当人は分っているのだろうか?戦争の悲惨さを知るのは決して反戦とつながる訳ではない。中国の施設のように、憎悪を煽り立てる事も出来る。広島に行ったら「被爆者の方々の無念に報い、ニューヨークにピカドンを叩き込む所存であります!!」と考える方が自然じゃないか。
 人に何かを伝えるのは良きにつけ悪しきにつけ洗脳である。文句を言う前に、自分の手法を見直すべきだ。
コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )

俺を縛るしきたりは人が勝手に決めた物

 「倫理的である」事は、今のご時世酷く困難である。ある種の人々には簡単に写るだろう。そう、例えば「諸君」でも読んで「シナ人は救い難い」と慨嘆したり、反戦ビラを配っていたりする方々には。彼/彼女は何が正しいのか、という前提を持ち合わせているのだから。
 しかし、多くの人間にとっては不可能である。裏が見えてしまっているからだ。
 最も分りやすい正義体系である新興宗教にはまる人口は減ってはいないのだろうが、それでも人口の1〜2割を超えまい。また、日本最大の宗教団体である某学会は宗教組織としての体を成していない。オウムの影響は大きかったと思う。世界を救うと言いながら、実態はあんなもんだったのである。いかに神がかった体験をしようが、その裏があれでは萎え萎えだ。
 おそらく「道徳」や「倫理」を掲げられる人は、そうしなければ耐えられない事情があるのだろう。
 宮台真司氏がまともに生きようとするからうまく生きられないのか。うまく生きられないからまともに生きようとするのかと書いているが、後者の方が圧倒的ではないのか。
 2ちゃんの喪男板で槍玉に挙げられるのは圧倒的に「性的モラルの無いDQNとクズ女」である。この事にはどちらかというと共感するが、じゃあもし彼らが「モテて」いたら、そんなに倫理的であり得るだろうか?
 喪男と呼ばれる人は多様だが、ただ「モテない」以上に社会不適応者が多い。サイコパスまがいもいるが、大半は「特に悪い事もしないのに社会から弾かれる」人々である。彼らにとってただ一つ優れていると思えるのは、倫理だけなのか。
 なんだかこのまま行くと「タクシードライバー」のトラヴィスを大量に生み出しそうだな。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

適切な暴力

暴力には適切な段階がある。DQNに胸ぐらを掴まれたら、手首を取って極める位は問題ないだろう。しかし腕を折ったら問題だし、おもむろにナイフで首を切ればポリス沙汰である。
 正当防衛の範囲は現在の日本で認められている通り、「危機を避ける」最小限度が適切であろう。これは、「出来る限り逃げる」ということとセットである。余程テストステロン過剰でない限り、この考え方には賛同するはずだ。
 しかし、逃げようのない場所、ないしは自宅で不審者と出会った場合どうするか。
 アメリカでは多くの州でそうした場合の射殺を認めている。また、護身用の銃器を装備することも多い(皮肉なことに、ほとんどの暴力事件は家族や知人の間で発生し、そうした場合銃は危険を増すだけとなる)。家を城だと考える向きは増えており、それは車にも影響を及ぼしている。心理学者のクロテール・ラパイユはSUVの隆盛を「アメリカ人が"サバイバル用の自動車"を求めるからだ」と説明している。
 それでは公共の場所では?フロリダ州では、自分が「主観的に」危険と判断すれば発砲しても良いそうである。そもそもなんで携帯しているんだという気もするが、いやあさすがジェブ・ブッシュの地である。恐ろしいねえ。
 対象が明白に犯罪を犯していればともかく、これではかえって誤認・差別による殺人が増加しかねない。
日本人留学生が射殺された事件でも、結局の東洋人に対する差別意識が根底にあったそうだし。
 銃に寛容な社会とはいえ、規制の動きは当然ある。もっとも、銃自体を規制するとはいかないので銃に安全装置をつけることになる。代表的なのはこれ。手に埋め込んだチップを認証に利用する。しかし、どう頑張っても内部の機構は変更出来ないので、犯罪者は改造して使うことになるだろう。盗めば良いんだし。本質的な解決ではない。
 日本でも登録制で拳銃の所持を許可すべきとの意見もあるが、これはやっぱりまずい。銃の存在が、「適切と見なされる」暴力のレベルを引き上げかねないからだ。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« 前ページ