つれづれ婆ぁばの 手ぶれ野鳥と草と花と

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画像と記事 一部消えています…涙

シメ イカル…

2017-01-11 19:44:27 | 公園
        
         カワセミ…昨日の貼り忘れ(汗)



    
     一瞬 シメが…!   遠くてトリミングして…




        
         イカルが来ました~~



    




       




    



シメは本当に久しぶり…今季初かも。
イカルもお久しぶりです(微笑)

猛禽に追われたツグミのいた所が気になって行ってみました。ツグミはまだ帰って来ていません。余程怖かったのか、どこへ逃げて行ったんでしょう。
小さな鳴き声が気になって、しばらくその丘に留まっていたら、シメが目の前の木に…。一瞬でした。証拠を写していたら、飛んで行かれて…。
入れ替わりのように来たのは、イカル。綺麗な声で鳴いているのも居ました。顔は怖いけど、鳴き声は結構美しいです。

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1月10日 産経新聞朝刊から

「新元号 平成31年元日から 皇室会議経て閣議決定へ」

    
     譲位関連法案 5月上旬にも提出
                      という記事が上がっていました。

天皇陛下が在位30年を節目として譲位されていることを受け、政府は、平成31年1月1日(元日)に皇太子さまの天皇即位に伴う儀式を行い、同日から新元号とする方向で検討に入った。と見出しにありました。

皇室会議とは、皇位継承や婚姻、皇籍離脱など皇室に関する重要な事項を合議する国の機関。皇室典範に定められる。
       首相が議長を務め、皇族(2人)、衆参両院正副議長、最高裁長官、宮内庁長官ら10人で組織される。…産経新聞から。

この皇族会議の議員に皇太子さまは2003年以降、入っていらっしゃいません。秋篠宮殿下は議員のおひとりです。
私も詳しいことは知りませんが、皇族議員のもう御一方は、常陸宮妃の華子さまだと思いますわ。

皇太子さまは選挙で落選されたのか。信頼されない何かがお有なのでしょうね。

この記事が出て、各新聞にもこういう記事が出て、テレビでも流れていました。が、これは本当のことでしょうか。

菅官房長官は、報道を否定していますしね。

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産経新聞のこの記事の載っていた朝刊の2面に、興味を引く記事がありました。

「光格天皇 あるべき姿模索」
         
      天皇陛下、似通ったご研鑽

という記事で、東大名誉教授 藤田覚(さとる)氏(70)の指摘なさったことについて書いてありました。

藤田覚氏は、光格天皇をはじめとした近世皇室史を研究し「幕末の天皇」などを著した方です。譲位を希望される天皇陛下と光格天皇の共通点を指摘した。と記事の最初にあります。

産経新聞から、一部抜粋させていただきますね。

光格天皇と現在の天皇陛下には似通った部分があるように思います。

それは「あるべき天皇像」を自らの手で描かざるをえなかったという特別な境遇です。

直系のご先祖の光格天皇は、傍系の閑院宮家から即位。その為、「天皇になるための教育」を受けていない。
このため「天皇はどうあるべきか」「どうあるべきでないか」を試行錯誤を繰り返しながら、模索せざるをえなかった。

光格天皇は、江戸幕府と激しく対立しながら、簡素化されていた新嘗祭を古来の形式に戻すなど、朝廷の儀式や儀礼を再興させた。
天皇の政治的な発言はあってはならないこととされた江戸時代にあって、飢饉に苦しむ民への米の放出を幕府に申し入れ、実現させたこともある。
この強靭な意思は「あるべき天皇像」を強烈に意識せざるを得なかった境遇と無縁ではないはずだ。

「象徴天皇」として即位した初めての天皇である天皇陛下も、同様の模索を重ねられてきたのではないか。
光格天皇がそうであったように「あるべき象徴天皇像」を手探りで作り上げてこられたのではないか。

避難所での慰問で、天皇陛下が膝をつき、住民と同じ目線で声をかけられる場面があったが、それまでの天皇像からすれば考えられない。
国民になるべく近くで寄り添い、苦しみをやわらげる…これが新しい天皇像であるというのが天皇陛下のお考えだと思う。
昭和天皇の崩御前には、幼稚園の運動会まで延期や中止になるような「自粛ムード」が起きた。国民に寄り添う象徴天皇として、こうした状況をふたたび招いてはならないとお考えなのではないか。
・・・ここまで抜粋・・・

藤田覚氏は、譲位に賛成のお立場です。

「天皇陛下が譲位の制度化をお望みなのであれば、そのご意向に従うほかないと思います。象徴天皇という新しい天皇像をお一人で作り上げられた陛下がおっしゃっているわけですから。幕末に光格天皇が主導した神事や儀礼の復古は、天皇の政治的・思想的な権威強化につながり、明治以降の近代天皇制へと引き継がれました。
天皇陛下の「お気持ち」表明も、将来は歴史上のエポックメーキングな出来事として振り替えられるはずです」と結んでおられました。


光格天皇…(1771~1840年)代119代天皇。現在の天皇家の祖にあたる。御桃園天皇の崩御に伴い、傍系の閑院宮家から即位。幕府と衝突しながら
      中世以来途絶えていた神事の再興や朝権の回復に努め、「天皇」の称号を900年ぶりに復活させた。
      1779年から1817年まで天皇に在位し、仁孝天皇(第120代)に譲位後は上皇として君臨した。…産経新聞より 転載…




さて、素人婆の感想です。
産経新聞はまともな記事を書かれますが、皇室記事に関しては疑問に思うことが良くあります。秋篠宮家をないがしろになさっていると感じています。
皇太子ご一家に関しては、無条件に持ち上げていますけど。そういう立場をお取りなのだと思います。

光格天皇が「天皇像」を模索してこられたのは、とても納得がいきました。
恐らく今上陛下が「象徴天皇」を模索されたであろうことも、納得いたします。
それは、多感なころ異教徒のバイニング夫人が、家庭教師についたことが大きく影響していると思います。
それまで将来は天皇になるお方と教育されていらしたのに、「今日からあなたはジミーよ」と呼ばれ、何を決定するにもそれまでの考えを否定してこられたのではないだろうか。恐らくアメリカ仕込みの「民主主義」ってやつ?
さらに、クリスチャンであらせられる美智子さまとのご婚姻も、新しい「象徴天皇像」の模索に一役買われたと思います。
膝をついて、国民の近くに、苦しみや悲しみを共にする…こういうお考えに、美智子さまの思想が大きく作用したと思います。
膝をつくのをお勧めになったのは、他ならぬ美智子さまだと伺っておりますので。
今上陛下が、お一人で「象徴天皇像」を模索なさったとは思えません。そこには必ず皇后美智子さまのお考えもあったはずでしょう。
だから、バイニング夫人の教えから外れることができなかった。お考えを修正なさることができなかったのではないかと、素人婆は不遜にも考えております。

譲位を認めることは、違憲です。陛下の憲法違反を認めてしまえば、我が国は法治国家ではなく、人治国家になります。あの半島の金家と同じ。
中国共産党の国と同じということです。

光格天皇は途絶えていた神事や儀礼を復活なさったと言うことですが、今や今上陛下はせっかく復活された神事・儀礼を簡略化され、人任せになさっているというではありませんか。
ところで、光格天皇が幕府と対峙したことは、今上陛下と同じですね。陛下も官邸と対立なさっておいでのようですから。
そういうところと、上皇になって支配なさりたいのは光格天皇と同じなようですね。

光格天皇が上皇になられて、新天皇と対立することはなかったのでしょうか。それとも、新天皇は上皇の言いなりであったのか。
さらに調べてみたいと思いました。
明治時代になって、上皇が廃止されたのは、上皇派と天皇派と対立し、世論も二分する恐れがあったからだと聞きました。
上皇が天皇を操るなら、上皇は必要ないと思います。むしろ害ですよね。しかも、生涯天皇であることも明治に決められたのです。譲位や退位をすると、政治的に利用される恐れがあるためです。
熟慮されたうえでの上皇廃止を、何故今上陛下は復活なさりたいのでしょうか。



>昭和天皇の崩御前には、幼稚園の運動会まで延期や中止になるような「自粛ムード」が起きた。国民に寄り添う象徴天皇として、こうした状況をふたたび招いてはならないとお考えなのではないか。

・・・これも婆には理解不能なのです。

上皇になれば崩御なさっても、国民は自粛しないであろうとのお考えなのでしょうか。でも、日本人の感覚として、こういう時に普通の生活で良いとは思えないのですけど。婆の理解力が無さすぎなのでしょうか?

藤田覚氏のお考えを拝読したのですが、婆には理解できないのでした。
そして不遜に、あれこれ考えてみたのです。



       



 
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