御姿

2016-10-13 | Weblog
なんかうまくいかないとき問題の箇所が見つかればもうだいたい解決したようなもの


という名言を放ったのは誰だったかな
(俺だったかな?)




ということはそこが駄目だと全然駄目だということ。

学校でもいましたよね

「分からないとこありますか?〇〇君大丈夫?」
「えーっと、分からないところが分かりません」

ってやつはかなり手強いということです。


五里霧中状態


この状態のなにが手強いかというと外部から援助があまり望めないという、他力懇願な人種にはそれはそれは過酷な状況だということです。


「ま、いっか」


と、逃げれるのはこの日本が先人様お役人様政治家様のおかげで豊かだからでありまして、貧乏なとこにいたらきっとそうはいきません。


もちろん、なぜ事実と違う貧乏な状況を想定したことをベースに言われなきゃいけないんだということになるでしょうし、いわゆる貧乏(貧困)だったら分からないところが分からないって状況にそもそもならない気もします。
生きることが生きる目的になりますから。


「食料を得て自分の生命を維持しできたら子孫を残す」


つまりこれはなんだというと、動物ですな。
動物のフツーの状況です。


生まれて生きて死ぬだけです

死んだら子孫がいるかどうかすら関係ないですから生まれた瞬間みなさん同じ状況でございます。


よかったね!



悩みはすべて贅沢病

生きてるだけで素晴らしい


それでいいじゃないですか。




まぁ、下を見て安心するようになったら人間終わりですけど。

でもそれは人間様ではなく動物として生きるを選択したということでその選択に絶対的善悪などないから自由です。

定義上絶対に人間ですしその人

むしろ無敵状態やろ



意外といわゆる聖人系の人はこういうことなんじゃないか?

『「生きて死ぬ」を当たり前に受け入れているような、動物状態だけど人間』

そんな人。


でも、キミタチと違うところは下を見て安心していないということだろうね。


生きて死ぬだけだから上も下をも善いも悪いも無い

つまり安心もない

生きてるだけで素晴らしい とも思ってない


そういう架空の設定を信じ込まないと宗教なんてやってられないし成り立たないわけです。


ちなみに「信じる」って「少なくとも完全には信じてない」ときに発動するやつですからね。


「神様の存在を信じてます」は信じてない人の発言で

「神様の存在」を「1+1=2」くらいの感覚で捉えてる人はまともな人もしくは聖人かキチガイくらいでしょうか


ちなみに僕は「神様の不存在」を「1+1=2」くらいの感覚で捉えてる紳士ですが、存在と不存在をそのように捉えることはほぼイコールという構造にもなるんです。



これが正体です。
(なんの?)



おっぱい





ジャンル:
ウェブログ
この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« トレンド係数 | トップ | 記事のタイトルを入力してく... »
最近の画像もっと見る

あわせて読む