前回の日記で、
20世紀の歴史は、
共産主義を広めたいと考えたソ連 VS 資本主義を広めたいと考えたアメリカ
の歴史であり、ソ連は最初は武力で広めようとして、アメリカは最後に武力で広めようとしたという話を書いた。
また、最後には恐怖による支配しかなくなるという話は、今度書こうと思う。ある程度、恐怖による支配がないと、犯罪者が支配する世の中になるという意味では、最近のイラクでは、アメリカ軍によって、イラクに存在した、善悪のシステムが崩壊してしまったために、いまだに、電気や、下水道が通ってない地域が多数あるのだそうだ。そういうことってあると思う。
アラブのことわざ:無法地帯よりも、独裁のほうがいい場合がある。
ということで、本題に入ると、タイトルに書いたように、唐、宋、明は、資本主義だったんじゃないか論となります。
なぜか?最近一部で話題の、平清盛ですが、宋と貿易して、宋銭(今で言えば米ドルと同じ国際基準通貨)を得て、当時の日本からすれば、近代風の生活をして、えらぶっていた。だから、源氏としては許せなかった。奢る平家ひさしからず。となったわけだが、
逆に言うと、宋という国は、世界で始めて、紙幣が使われたり、宋銭という、はるか日本まで使われるようになった国際通貨を持っていた。
って、国際通貨って、米ドルと、どこか違うのか?
○それって、資本主義なんじゃね?
はい。ということで、宋は、資本主義だった。資本主義的競争が激しかったので、なんと、火薬まで発明された。超最先端だった。だけども、商人王朝だったので、武力は、あまり重視してませんでした。そこで、恐ろしい征服者に、征服されてしまいました。
世界最初の資本主義を征服したのは?
モンゴル帝国です。元です。なんと、火薬を使って日本侵略も考え、西はドイツまで侵略して、エジプトのほうまでいってしまった。
だけども、ここで話したいのは、そっちではなく、、
宋が資本主義だった話です。だけども、中国で科挙(民主主義:試験に受かると政治家になれた)が登場するのは、唐の時代だったので、世界最初の民主主義も、中国が最初だった。
実は、日本でもやってました!
聖徳太子は、こう思った。「おお!試験で政治家になるとは、すばらしい制度である。わが国でもやってやろう。日の出の国から日のいる国へ挑戦状!」
だけども、いつのまにか、なくなってしまった。恐らく、聖徳太子の時代に起きた、政変も、そういう、近代化に対する、抵抗運動だったんだと思えます。
そして、平清盛に戻ると、世界最初の本格派中華、、資本主義を、米ドルならぬ、宋銭を導入してみたものの、やっぱり、そういう近代化には、ついていけない人たちが出てきて、反乱が起きた。平家は、壇ノ浦の戦いで滅ぼされました。
中国の場合は、
民主主義の唐は、ペルシア人「安」による反乱で崩壊させられてしまい、安氏の乱、ですが、
資本主義の宋は、モンゴル人によって、滅ぼされてしまった。
というのが、新しい歴史の見方になるだろう。既に世界レベルの歴史家は、こういう話をするようになった。アメリカ政府の頭脳である、キッシンジャー右大臣やブレジンスキー左大臣は世界レベルの歴史家を自認しており、であるからこそ、「日本は、もっと中国の歴史的役割を認識すべきである」などと、説教しはじめたのです。
では、タイトルに書いた。明王朝は、どういう特徴があったのか?唐と宋の時代には、イスラム教は、まだ東洋に入ってきてませんでした。唐を滅ぼした、ペルシア人安は、ペルシアが、当時の新興宗教イスラムによって、マホメッド直属の軍隊に滅ぼされて、中国に大量に逃げてきた移民の子孫だったのではないかとにらんでいる。当時、楊貴妃という美人がいたそうだが、西洋人のような顔つきだったのではないかとにらんでいる。このときに、ペルシアの食べ物である、胡瓜(きゅうり)、胡桃(くるみ)、スイカ、など、胡が名前にある食べ物が中国に出回るようになった。ペルシア系の女性は、珍しい容姿だったので、「胡蝶の舞」として、ダンスを見物するのが、流行したりもした。
明王朝では、その、唐から既に、何百年もたってから、イスラムが、海のルートを通って、開封まで、来ていた時代で、当時のイスラム冒険家である、イヴン・バットゥータは、開封の町には、ユダヤ人が住んでおり、商売を行っている、とか、開封に行く途中に立ち寄った、インドのカルカッタでも、ユダヤ寺が存在しており、ユダヤ人が住んでいると書いてある。ポルトガル人や、スペイン人や、オランダ人になる前から、来ていたようだ。
であるからして、明王朝も、国際通貨を持った、資本主義であったと考えるのが妥当である。ところが!である、明王朝は、鄭和の大艦隊と呼ばれる、コロンバスの船の10倍くらいの大きさの宝船で、アフリカ遠征までしていたのだが、内紛が起こり、モンゴル人征伐に忙しかったために、財政が傾き、「海の鎖国」を決定し、イスラム系商人や、開封のユダヤ人なども、歴史の中に消えていった。
唐の時代には、キリスト教が流行したことがあったが、そのときは陸路でキリスト教が入ってきた。だけども、明の時代にイスラム教徒が、海のルートで入ってくるようになった。
明朝が、悩んでいた、もうひとつの問題は、倭寇であり、日本や朝鮮の海賊が、豊かな国、明を目指して、沿岸部を略奪していたので、海賊退治も、大変だった。北には、モンゴルの残党が残っており、南からは、イスラム商人がやってくる。
鎖国したくなった気持ちわかります。でも、アメリカ大陸発見に関する、ヨーロッパ人の動きに、乗り遅れてしまった。ポルトガル人が、アフリカ遠征を行い、スペイン人が、アメリカ大陸を発見するのは、明朝の宝船の10分の1の大きさの船を使ってだったが、100年後であり、この100年に、宋朝が発明した、火薬も、イギリスまで伝わって、イギリス人や、イスラムの技術改良により、火縄銃や、大砲となって、変化して、彼らのほうが、レベルが上になってしまった。
したがって、正しい歴史は、
明朝までは、社会制度や、軍事技術も、航海技術も、東のほうが上だったが、海のイスラム商人が、それを西側に伝え、数百年たって、改良され、ポルトガル人が日本に来るころには、彼らのほうがレベルが高くなっていた。
がしかし、日本人は、そういう、中国において起こっていた、近代化の輸入を拒んできたために、ポルトガル人の火縄銃を最先端と勘違いしたというか、あんまり良く分かってなかったというべきか、まあ、そういうことなのである。
だけども、恐らく、重要な点は、モンゴル人王朝である、元や、清、北魏などは、恐らくだが、共産主義っぽかったのではないかと思う。資本主義は、商人王朝であるからして、あまり、武力に重点は置かない。農民主体であった、漢民族は、遊牧主体であったモンゴルには、「機動力でかなわなかった」。モンゴル人には、資本主義や、民主主義は、理解できなかったことが多かったが、満州族の清王朝だけは、中国の習慣を認め、髪の毛だけは、モンゴル風に、三つ編にさせたけども、中国の民主主義である科挙(試験に受かれば政治家になれる)も、認めたし、資本主義的な制度(清王朝は、銀本位制だった。アヘン戦争では、銀が、アヘンの支払いに使われ、財政が傾いた)も、受け入れた。他のモンゴル人王朝は、そうではなかった。
追記復習)
清帝国 :銀本位制(貿易代金は、銀で支払う)
大英帝国 :金本位制(貿易代金は、金で支払う)
大米帝国 :ドル本位制(貿易代金は、ドルで支払う)
ユーロ第四帝国:ユーロ本位制(貿易代金は、ユーロで支払う)
世界初の資本主義を生み出した後に、モンゴル人に征服された、宋の詩人、李白は、こう言った。
モンゴル人は、紙幣を印刷しすぎである。。。
本当の話です。既に、紙のお金が登場していたのです。これは、宋が資本主義であったという意味であり、宋銭を日本の平清盛が輸入して、資本主義を導入しようとしたが、無理だった。。平家滅亡。。
祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり、諸行無常の響あり沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらはす驕れる者久しからず ただ春の夜の夢の如し。
ということで、地獄少女。。じゃなくて、銀河鉄道999.なぜ、宇宙戦艦ヤマトと、銀河鉄道999.両方あるのか?銀河鉄道999には、双子の美人姉妹が出てきて、少年テツローを導く。双子のうち、1人は、海賊エメラルダス。もう一人は、銀河鉄道に乗っている。
ロンドンに行くには、二つの方法が、ある。海から行く場合と、陸で行く場合だ。朝鮮半島から、鉄道で、ロシアを通って、ロンドンへいけるだろうか?
恐らく、これが、21世紀。もしかすると、今後数百年の問いになるかもしれない。海のユダヤ人、陸のユダヤ人。
鉄道に乗っているメーテルは、ロシア系ユダヤ人であり、海賊ハーロックは出島オランダ人の子孫のイギリス人であり、女海賊エメラルダスはクジラに乗ったオーストラリア人なのです。このイメージが大事です。
このイメージが大事かもしれない。さよなら銀河鉄道999のシーン。
銀河鉄道999ーー宇宙戦艦ヤマトーー銀河鉄道999 とつながる演奏by次の世代の演奏家
わかってほしいと思うのは、歴史が示すとおり、日本には、資本主義は無理なのです。共産主義も無理であり、民主主義も無理であり、もう一回、アヘン戦争の前に戻るしかないのです。かといって、鎖国を意味しません。もう一度、考え直すと言っているのです。ここで、間違えると、また、泥沼にはまります。
追記)実はメーテルさんは、ドイツ系ユダヤ人で、アメリカ人だったりする。。
20世紀の歴史は、
共産主義を広めたいと考えたソ連 VS 資本主義を広めたいと考えたアメリカ
の歴史であり、ソ連は最初は武力で広めようとして、アメリカは最後に武力で広めようとしたという話を書いた。
また、最後には恐怖による支配しかなくなるという話は、今度書こうと思う。ある程度、恐怖による支配がないと、犯罪者が支配する世の中になるという意味では、最近のイラクでは、アメリカ軍によって、イラクに存在した、善悪のシステムが崩壊してしまったために、いまだに、電気や、下水道が通ってない地域が多数あるのだそうだ。そういうことってあると思う。
アラブのことわざ:無法地帯よりも、独裁のほうがいい場合がある。
ということで、本題に入ると、タイトルに書いたように、唐、宋、明は、資本主義だったんじゃないか論となります。
なぜか?最近一部で話題の、平清盛ですが、宋と貿易して、宋銭(今で言えば米ドルと同じ国際基準通貨)を得て、当時の日本からすれば、近代風の生活をして、えらぶっていた。だから、源氏としては許せなかった。奢る平家ひさしからず。となったわけだが、
逆に言うと、宋という国は、世界で始めて、紙幣が使われたり、宋銭という、はるか日本まで使われるようになった国際通貨を持っていた。
って、国際通貨って、米ドルと、どこか違うのか?
○それって、資本主義なんじゃね?
はい。ということで、宋は、資本主義だった。資本主義的競争が激しかったので、なんと、火薬まで発明された。超最先端だった。だけども、商人王朝だったので、武力は、あまり重視してませんでした。そこで、恐ろしい征服者に、征服されてしまいました。
世界最初の資本主義を征服したのは?
モンゴル帝国です。元です。なんと、火薬を使って日本侵略も考え、西はドイツまで侵略して、エジプトのほうまでいってしまった。
だけども、ここで話したいのは、そっちではなく、、
宋が資本主義だった話です。だけども、中国で科挙(民主主義:試験に受かると政治家になれた)が登場するのは、唐の時代だったので、世界最初の民主主義も、中国が最初だった。
実は、日本でもやってました!
聖徳太子は、こう思った。「おお!試験で政治家になるとは、すばらしい制度である。わが国でもやってやろう。日の出の国から日のいる国へ挑戦状!」
だけども、いつのまにか、なくなってしまった。恐らく、聖徳太子の時代に起きた、政変も、そういう、近代化に対する、抵抗運動だったんだと思えます。
そして、平清盛に戻ると、世界最初の本格派中華、、資本主義を、米ドルならぬ、宋銭を導入してみたものの、やっぱり、そういう近代化には、ついていけない人たちが出てきて、反乱が起きた。平家は、壇ノ浦の戦いで滅ぼされました。
中国の場合は、
民主主義の唐は、ペルシア人「安」による反乱で崩壊させられてしまい、安氏の乱、ですが、
資本主義の宋は、モンゴル人によって、滅ぼされてしまった。
というのが、新しい歴史の見方になるだろう。既に世界レベルの歴史家は、こういう話をするようになった。アメリカ政府の頭脳である、キッシンジャー右大臣やブレジンスキー左大臣は世界レベルの歴史家を自認しており、であるからこそ、「日本は、もっと中国の歴史的役割を認識すべきである」などと、説教しはじめたのです。
では、タイトルに書いた。明王朝は、どういう特徴があったのか?唐と宋の時代には、イスラム教は、まだ東洋に入ってきてませんでした。唐を滅ぼした、ペルシア人安は、ペルシアが、当時の新興宗教イスラムによって、マホメッド直属の軍隊に滅ぼされて、中国に大量に逃げてきた移民の子孫だったのではないかとにらんでいる。当時、楊貴妃という美人がいたそうだが、西洋人のような顔つきだったのではないかとにらんでいる。このときに、ペルシアの食べ物である、胡瓜(きゅうり)、胡桃(くるみ)、スイカ、など、胡が名前にある食べ物が中国に出回るようになった。ペルシア系の女性は、珍しい容姿だったので、「胡蝶の舞」として、ダンスを見物するのが、流行したりもした。
明王朝では、その、唐から既に、何百年もたってから、イスラムが、海のルートを通って、開封まで、来ていた時代で、当時のイスラム冒険家である、イヴン・バットゥータは、開封の町には、ユダヤ人が住んでおり、商売を行っている、とか、開封に行く途中に立ち寄った、インドのカルカッタでも、ユダヤ寺が存在しており、ユダヤ人が住んでいると書いてある。ポルトガル人や、スペイン人や、オランダ人になる前から、来ていたようだ。
であるからして、明王朝も、国際通貨を持った、資本主義であったと考えるのが妥当である。ところが!である、明王朝は、鄭和の大艦隊と呼ばれる、コロンバスの船の10倍くらいの大きさの宝船で、アフリカ遠征までしていたのだが、内紛が起こり、モンゴル人征伐に忙しかったために、財政が傾き、「海の鎖国」を決定し、イスラム系商人や、開封のユダヤ人なども、歴史の中に消えていった。
唐の時代には、キリスト教が流行したことがあったが、そのときは陸路でキリスト教が入ってきた。だけども、明の時代にイスラム教徒が、海のルートで入ってくるようになった。
明朝が、悩んでいた、もうひとつの問題は、倭寇であり、日本や朝鮮の海賊が、豊かな国、明を目指して、沿岸部を略奪していたので、海賊退治も、大変だった。北には、モンゴルの残党が残っており、南からは、イスラム商人がやってくる。
鎖国したくなった気持ちわかります。でも、アメリカ大陸発見に関する、ヨーロッパ人の動きに、乗り遅れてしまった。ポルトガル人が、アフリカ遠征を行い、スペイン人が、アメリカ大陸を発見するのは、明朝の宝船の10分の1の大きさの船を使ってだったが、100年後であり、この100年に、宋朝が発明した、火薬も、イギリスまで伝わって、イギリス人や、イスラムの技術改良により、火縄銃や、大砲となって、変化して、彼らのほうが、レベルが上になってしまった。
したがって、正しい歴史は、
明朝までは、社会制度や、軍事技術も、航海技術も、東のほうが上だったが、海のイスラム商人が、それを西側に伝え、数百年たって、改良され、ポルトガル人が日本に来るころには、彼らのほうがレベルが高くなっていた。
がしかし、日本人は、そういう、中国において起こっていた、近代化の輸入を拒んできたために、ポルトガル人の火縄銃を最先端と勘違いしたというか、あんまり良く分かってなかったというべきか、まあ、そういうことなのである。
だけども、恐らく、重要な点は、モンゴル人王朝である、元や、清、北魏などは、恐らくだが、共産主義っぽかったのではないかと思う。資本主義は、商人王朝であるからして、あまり、武力に重点は置かない。農民主体であった、漢民族は、遊牧主体であったモンゴルには、「機動力でかなわなかった」。モンゴル人には、資本主義や、民主主義は、理解できなかったことが多かったが、満州族の清王朝だけは、中国の習慣を認め、髪の毛だけは、モンゴル風に、三つ編にさせたけども、中国の民主主義である科挙(試験に受かれば政治家になれる)も、認めたし、資本主義的な制度(清王朝は、銀本位制だった。アヘン戦争では、銀が、アヘンの支払いに使われ、財政が傾いた)も、受け入れた。他のモンゴル人王朝は、そうではなかった。
追記復習)
清帝国 :銀本位制(貿易代金は、銀で支払う)
大英帝国 :金本位制(貿易代金は、金で支払う)
大米帝国 :ドル本位制(貿易代金は、ドルで支払う)
ユーロ第四帝国:ユーロ本位制(貿易代金は、ユーロで支払う)
世界初の資本主義を生み出した後に、モンゴル人に征服された、宋の詩人、李白は、こう言った。
モンゴル人は、紙幣を印刷しすぎである。。。
本当の話です。既に、紙のお金が登場していたのです。これは、宋が資本主義であったという意味であり、宋銭を日本の平清盛が輸入して、資本主義を導入しようとしたが、無理だった。。平家滅亡。。
祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり、諸行無常の響あり沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらはす驕れる者久しからず ただ春の夜の夢の如し。
ということで、地獄少女。。じゃなくて、銀河鉄道999.なぜ、宇宙戦艦ヤマトと、銀河鉄道999.両方あるのか?銀河鉄道999には、双子の美人姉妹が出てきて、少年テツローを導く。双子のうち、1人は、海賊エメラルダス。もう一人は、銀河鉄道に乗っている。
ロンドンに行くには、二つの方法が、ある。海から行く場合と、陸で行く場合だ。朝鮮半島から、鉄道で、ロシアを通って、ロンドンへいけるだろうか?
恐らく、これが、21世紀。もしかすると、今後数百年の問いになるかもしれない。海のユダヤ人、陸のユダヤ人。
鉄道に乗っているメーテルは、ロシア系ユダヤ人であり、海賊ハーロックは出島オランダ人の子孫のイギリス人であり、女海賊エメラルダスはクジラに乗ったオーストラリア人なのです。このイメージが大事です。
このイメージが大事かもしれない。さよなら銀河鉄道999のシーン。
銀河鉄道999ーー宇宙戦艦ヤマトーー銀河鉄道999 とつながる演奏by次の世代の演奏家
わかってほしいと思うのは、歴史が示すとおり、日本には、資本主義は無理なのです。共産主義も無理であり、民主主義も無理であり、もう一回、アヘン戦争の前に戻るしかないのです。かといって、鎖国を意味しません。もう一度、考え直すと言っているのです。ここで、間違えると、また、泥沼にはまります。
追記)実はメーテルさんは、ドイツ系ユダヤ人で、アメリカ人だったりする。。









