石ころ

もろもろの支配と権威との武装を解除し、キリストにあって凱旋し、彼らをその行列に加えて、さらしものとされたのである。

抗がん剤投与四日目、五日目

2014-08-30 18:43:15 | Weblog



 主人は以前の痛みはまったくなくなったけれど、時々刻々と体調はめまぐるしく変化する。
食べてしんどくなったり元気になったり・・、だから「これ食べても大丈夫かな?」と聞かれたとき、笑いながら「わからん」としか答えられない。データーの取りようもないのだ。

昨日美味しく食べて何事もなかった葡萄が、今日は気分が悪いという・・。同じ食べ物でもこうだから見当も付かない。
それでも、食べたものは力になるだろうし、恐れて食べないものの栄養は取れないのだから、「まあ、具合が悪くなっても時間が経ったら治まるのだから、食べたほうがいいと思うけど・・」と曖昧な言葉で勧めている。

 本当に少量だけれど、それでもきちん食べてお薬を飲むように頑張ってくれている。だから、半分は捨てることになるとわかっていても作る。
かって今ほど食べ物を捨てたことはないけれど、今はしかたがないと毎食目をつむって捨てる。

古いものを食べさせることは危険だし、同じものを出しても食べないことはわかっているから・・。冷凍できるものは初めに小分けにして、冷凍するようにしているけれど、それでもかなり捨てることになる。

 主人が食欲を無くすと私も食べたくなくなり、食べるのが1~2時間遅れても平気で付き合うようになった。
以前、病気の叔母が「お父さんが『お前が食べないから俺も食べられへん。』って、意地悪言うねん。」って愚痴をこぼしていたけれど、今はどちらの気持ちも良くわかる。

主人がだるいと言うと私もそうなる。前は私が風邪気味の時に主人も同じように言うのがうざいと思ったけれど、今はそれは嘘ではなかったとわかる。夫婦ってこんなことまで似てくるものなのか・・困ったものだ。


 ヨブが自分自身の格言を語っているとき、「私」を連発している。29章45回。30章54回、31章54回!そこでやっとヨブの言葉は終わった。まあ、「私の格言」なのだから当たり前だけれど・・。

ヨブに取って代わって、エリフも自分の宗教を語る。やはり「私」の連発。神さまの言葉に似ているけれど、そこには愛が不在であった。キリストがいなかった。

 父なる神さまは、御子イエスの十字架の愛があるからこそ、どんなに厳しい言葉も、どんな理不尽も救いに至るのであり、すべて真実で正しいと信じることができるのだ。
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抗がん剤三日目

2014-08-29 14:25:37 | Weblog




 ただしい言葉で責める友人に、「あなたがたは恐ろしいことを見ておびえる。」(ヨブ記6:21)とヨブは言っている。
ヨブの友人は、彼がどんなに正しい人であるかを良く知って居ただろう。だから七日七夜彼の側を離れずに慰めようとしたのだろう。

それでも、ヨブの上に助けの来なかったとき、彼らは恐れたのだ。彼らの恐れたものは自分の信仰である。
この理解できない恐ろしい出来事を見て、彼らは自分の信仰を守ろうとしたのだ。それはヨブの信仰に欠点を見つけ出すことで、神を自分の理解の内に置き、自分の信仰に誤りがないことを確信したかったのだろう・・。

信仰を脅かすような試みの時、私たちはどのようにして信仰を守ることができるのだろう・・。
今、新約の時代にある私たちは、ただ、キリストの信仰によって守られるようにと、困難な中にいる友と共に、主に祈り求めることができる。「助けてください」と、「私たちの信仰をお守りください。」と共に叫ぶことができる。


 主人は淡々と過ごしている。散歩をしたり、起きて少しテレビを見たり・・。ただ、悲しいことに「三門忠司」は飽きられたみたい・・すでに放置されている。
体調は細かくはコロコロ変わるけれど、おおむねどうってことはない。二人で「こんなもんだろう」って言っている。

今日は涼しいから、私は久しぶりにウオーキングコースを回ってきた。夏草が茂り、高砂百合が満開で、キバナコスモスは盛りを過ぎてしまっていた。
桜の木の下で鼻の穴を膨らませて深呼吸。いままでのように早足では歩けなかったけれど、青い栗の実を見上げ、逞しい大豆畑を覗き、畑の人とちょこっと挨拶をしたり・・。

肌に心地よく吹き抜ける風を楽しみながら歩いた。
今は何事にも頑張らない。頑張らない。ガンバリズムを発散しないことにしている。
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抗がん剤二日目

2014-08-28 16:13:58 | Weblog




 ヨブ記を読んでいて、私もヨブの友人のような話し方をする者だと・・痛く反省させられた。彼らは黙って七日七夜土に座り、付き添うた上で言っているのだ。
何もしてあげていない者が、神のみこころも知らずに正義を語るのは恐いことだと・・。

人がどうして、きよくありえようか。女から生まれた者が、どうして、正しくありえようか。(ヨブ記15:14)

 イエス様は女から生まれてくださった。今日はこの事実に衝撃を受けた。
もし、イエス様が木や石から生まれたのなら、旧約から現在に至るまで、人にとってイエス様を信じることが遙かに易しかったのではないかと思った。神にとっては石ころからアブラハムの子孫を起こすことさえできると書いてある。

神の御子が、罪の血筋にある人間の女から生まれた。その、人としての完全さの故に人は躓くのだろう。
しかし、女から生まれた者の罪を負うには、女から生まれた「人」でなければならないのだ。
神がたとえ十字架で死んでくださったとしても、人とはなんの関係もないのから・・。人の罪は、完全なる人によって完璧にあがなわれたのだ。

 神の備える奇跡は、なんとありふれた中に隠されてあることだろう・・ 。どうして人がその日常の中に神のわざを見つけ出すことができるのだろう。

「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい。
これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。
御霊を消してはなりません。」(Ⅰテサロニケ5:16~19)


絶えず御霊によって主を見上げるとき、日常に小さな奇跡を見せてくださるから、みことばが生きていることを知る。
だから喜びは常にあり、祈りは心の内に絶えず、感謝が溢れてくるのである。
人生最大の奇跡は、人の子として来てくださったイエス・キリストを知ったことなのだけれど・・。


 主人の抗がん剤投与の第一日は何と言うこともなかった。ちょっと拍子抜けするくらい・・。
物心が付いて現在に至るまで、白内障の手術以外に、家で寝込むという経験がない主人だから、こんなふうに昼間から三門忠治を聞いたり、歌ったり、眠ったり、起きたりしたことすべてが初の体験なのだ。そんな病気療養も今は痛みもなく、それなりにリラックスしてくれている。
今日は、車でスーパーまで連れて行ってくれたほど・・。

三度三度食事の量は少ないけれど、ちゃんと食卓で食べてきちんと薬を飲んでいる。
私はこの食事のことで知恵が与えられるように祈らなければならない。条件は難しいから・・。お腹が腫瘍で膨満感があり空かないから、ある程度好きで口に出来るもの、刺激が少なく、安全で、量が少なくてもバランスのよいもの・・。

昨夜は私も緊張がとれてぐっすり眠れた。
二人で祈ることができることこそ、なにより平安なことある。

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抗がん剤投与始まる

2014-08-27 07:40:22 | Weblog


 昨日は主人と医大へ行く。主人が運転できることがありがたい。タクシーで行くことも有りか・・なんて昨夜は考えていたので・・。
しかし、今朝は痛みもなく「大丈夫、どうってことない。」ということでホッとした。そのようにコロコロと様子が変わるのでわからない。

昨日は私も覚悟を決めて行った、主人の状態からどうしても血液内科の診察が必要だと思ったから・・。
予約がなかったので、再診受け付けて頼み込んで時間は掛かったけれど診て頂くことができた。

悪性リンパ腫は増大していて、初めとは性質が変わったようだと医師が言われ、幸い胃カメラで撮った生検の結果も出ていて、抗がん剤を投与された。
医師は「薬が効いてきたら、痛みもなくなり楽になります。これなら、80歳の年寄りであっても大丈夫だと思います。」ということで2週間分の飲み薬を処方してくださった。

すべてにタイミング良く備えられていて、半月ほど早く治療が始まったことは、主人を力づけてくれた。
「一年半通って、始めて薬を頂いたね。」なんて待って居る間主人と話した。きっと、放っておかれるような不安があったのだろう・・。
それに入院が嫌だったので、飲み薬から始まったことで安心したみたい。
主の憐れみの内に最善に備えられていることを、帰ってから感謝をもって二人でお祈りした。


 先日から時々ある痛みの時に、主人の好きな三門忠治をユーチューブで聞かせてあげると、うなっていたのに歌い出すことがあって思わず笑ってしまった。
音楽は何であっても癒しになったり力づけたり、辛いことから気を反らせる働きがあるのだ・・そんなことを経験した。

先日注文したcd「三門忠治全曲集」が今日届くはずである。
食欲が少なくなっているけれど、一応食べることができのがありがたい。お昼は何を作ろうかなぁ・・、といっても残るのでそれは捨てざるをえないのだけれど、今はそれも仕方がない。
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音の楽しみ

2014-08-25 14:59:45 | Weblog




 早くに買ったコンサートのチケットを持っていた。妹と一緒に行く予定だったが、主人が胃カメラ以来痛みを覚えているのでとてもそんな気分ではなかった。その日が迫ってきても、思いは行かないが90パーセントだった。

しかし朝、主人を置いて礼拝に出掛けて行く途中でハッと気付いた。
痛みは食べたものが傷を通過するときの限定的なもので、その時間が過ぎれば普通にしているから付きっきりの必要もなく、二人で痛みの井戸をのぞき込んでいるのは如何なものか・・ということに。

主人の夕食を準備して、「行っても良い?大丈夫?」と聞くと、「長い間待って居たのに行ってこい。行ってこい。駅まで送ってやるから・・」ということで、本当に出掛けることになった。
妹は一緒に行けることをとても喜んでくれた。


 久しぶりのクラシックコンサート、チェロの美しい音色に触れた時すべてを忘れた。管弦楽器の調べのなかでも、際だって繊細なのびやかな音色に、目を閉じてゆったりと味わった。
ドボルザークの美しくも華やかな音の流れ・・軽やかに・・青い音の海をたゆとうように・・ゆだねて我を忘れた。
昔からクラシックを聴くととても懐かしくなる。いったいこれは何時の記憶なのだろう・・。

 休憩の間もぼんやりと余韻に浸っていた。こんなとき妹とは気兼ねなくて良いのだ。だから一緒に行くのだけれど・・。
しかし、チャイコフスキーの交響曲第4番・・これ、ファンファーレとか初めはすごく違和感があってちょっと付いて行けなかった。

とまどっている内に、何時しかその盛大な音の海に引き込まれてしまっていた。コントラバスやバイオリンのつま弾き(ピチカートとかいうらしいけれど・・)が主旋律として続くなんてめずらしく、そのリズミカルな音色も素晴らしくて、いつしかその賑やかさを楽しんでいた。
小さな一個のトライアングルの冴えた音が聞き分けられたとき、まだ私の耳は大丈夫だなんて嬉しかったり・・。

 拍手の嵐の中ですべてが終了した。ゆっくりと立ったつもりでも足元が揺れて動けない。私はクラシックを聴きに行くと音に酔う・・それが例えではなく、実際に酔ってしまうのだから・・困ったものだ。でも、どんなに困ることになっても、大好きなのは変わらないけれど・・。
と~っても心満たされて、主のくださった楽しい時に深くふかく感謝!
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ヨブの子供 

2014-08-22 16:20:11 | Weblog




 赤信号にバイクを止めてふっと空を見上げた。行き会いの空が広がっていた。筋雲、鱗雲、モクモクとした夏雲・・
肌に触れる風は気持ちよくて、ああ、もうすぐ秋なんだ・・って、少し救われるような思いがした。
忙しい夏だった・・気の抜けない重苦しい夏だったから・・。

 
 今、ヨブ記を読んでいる。しんどい箇所である。今は特にそう感じる。
まず、ヨブの子供たちのことが心にかかった。

主はサタンに仰せられた。「では、彼のすべての持ち物をおまえの手に任せよう。ただ彼の身に手を伸ばしてはならない。」そこで、サタンは主の前から出て行った。(ヨブ記1:12)

子供たちは、ヨブの持ち物として扱われている。そうして、牛や羊と同じようにサタンの手に渡されていた。
旧約聖書にしても、そのように子供達が扱われる箇所は他にはないように思う。これはいったい何なのだろうと・・思った。

 ヨブは子供たちのために執り成し、彼らの罪をあがなうために捧げ物を捧げていた。しかし、その子供たちの名は一人も書かれていない。
例え、ヨブのように正しい信仰を持った親によって、執り成しをされていようとも、それは親の信仰であり、子は自分で神の御前に出て、自分で信仰の歴史を築いてゆくことが必要なのではないか・・。
そうでないと単に親の持ち物に過ぎず、親の祝福として共に祝福されるけれど、神の前にひとりで立つことはないのではないか・・。

結局信仰とは、親の信仰に拠って立つことのできるものではなく、親が代わりに成し遂げてあげられるものでもないってこと。
ひとり主の前に立って、その名を御手に刻んで頂く他ないのではないか・・
自分の選択によって、神さまとの愛の歴史を築いて行くことなのだ。人は誰でも、自分で主の愛を一つひとつ経験して行く必要があるのだ。

「女が自分の乳飲み子を忘れようか。自分の胎の子をあわれまないだろうか。たとい、女たちが忘れても、このわたしはあなたを忘れない。
見よ。わたしは手のひらにあなたを刻んだ。あなたの城壁は、いつもわたしの前にある。(イザヤ49:15~16)


 親は子供のために何をしてあげることができるのだろうか・・。
今、新約の恵みの時代に居る私たちであれば、「わたしの愛する子」と言われた神のひとり子を賜ったことを知って居る。
それゆえ、私たちも自分の子を神の御手にお委ねることなのだ。親心を誰よりも知っていてくださる愛なる神さまに信頼して、恐れることなくお任せすることなのだ。

しかし、神の御子が来て、真実な方を知る理解力を私たちに与えてくださったことを知っています。それで私たちは、真実な方のうちに、すなわち御子イエス・キリストのうちにいるのです。この方こそ、まことの神、永遠のいのちです。(Ⅰヨハネ5:20)
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8月19日

2014-08-19 14:41:01 | Weblog



医大へ十二指腸の胃カメラ検査を受けるために行く。
検査中に主人が聞いていた医師の会話は「大したことはないですね。」と言った言葉だったと言う・・

酷い状態の映像が目に焼き付いていた私はとてもホッとしたけれど、すべてが「アレッ?」の連続であり、これからのことが予想も想像もできない。
検査前に「俺はもう、全部イエス様に任せているよ」って言っていた主人。その言葉は信仰告白だから、それこそが大きな安心であり拠り所。

今は、血圧も肝臓の点滴も一切の薬を止めており、すべてイエス様にお任せの時間である。
そのことは、私の願っていたことであるけれど、私が説得でしようとしても出来なかったことが、今では自然にそうなっている。
まさに「主です、主がされます。」とイチゴさんが教えてくださった通りであった。

カンカン照りの下、高齢トラックがなんの問題もなく走る。ただ、冷房を入れたまま長い坂道を登るとき、「ちょっと、切ってくれ」って主人が言う。
「そうだね、もう歳だし無理はできないね。」ってご老体を労ってあげると、少しも負けずに車列について走ってくれる、まだまだ頼もしい奴。
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夫の涙

2014-08-18 00:00:03 | Weblog




今朝は主人に起こされた。「礼拝に行かないのか・・しんどかったら無理せんでもええけど・・」
こんな事は始めてだ。昨夜はめずらしくぐっすり眠れた。そうしたら、今朝は起きられなかった、どっと疲れが出たって感じで・・体が鉛みたい、それも超おもくて・・。
「今、何時」
「もう、9時過ぎたで」
びっくりしたけれど、何時ものように飛び起きる事ができなかった。

息子が入れてくれていたいたコーヒーをチンして、食パンを流し込んだ。何も無理に食べなくてもよいのだけれど・・、此処が頭の固さで、きちんと朝食を取らなければならない。という決まりに従ってのこと。

主人の運転するおんぼろトラックに乗って、二人で教会へ出掛ける。
今まで何度か車を変えないのかと言われたけれど、「動かなくなるまで、絶対に変えるつもりはない。」とはっきりと答えてきた。幸い主人も乗り換えるに積極的ではないから言えるのだけれど・・。

歳を取って車を変えることに私は反対なのだ。オンボロとはいえ自分の体のように馴染んでいる車をわざわざ変える必要を感じない。
それに、この車の強い味方があるから・・。今日もちょっとブレーキの効き方に不安を感じた主人が電話で相談した所、すぐに駆けつけてくれた修理のプロ。彼は、「まだまだ大丈夫だ」と今日も太鼓判を押してくれた。すべて感謝に備えられている。

聖餐式の時に、主人がガサガサしているので「どうしたの」と聞くと、「涙が出てきて・・」という。「大丈夫。私もそうだったから」と小声で伝える。
終わってもハンカチで拭いていた。
車の中で「あんな事があるのか・・」ってちょっと戸惑っていたので、「聖霊に触れられたのだよ」と伝える。

そう、私はもっと激しく号泣してしまったっけ・・。宣教師先生はきっと引いてしまっただろうなぁ・・。でも、このことは良く知って居る。理屈ではなく、理由もなく、何が分かった訳ではないけれど・・涙が魂を洗い清める時があるのだ・・。

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8月14日

2014-08-16 14:11:52 | Weblog




 先日、直近で予約を頂いた血液内科へ行く。
信仰においては完結したけれど、主人の治療はすべてはこれからであった。

血液内科の先生は以前、「何か変化があったら、夜でもよいからすぐに来るように」と言われていたのに、変な流れで報告が後回しになっていた。
医学に対して私たちが協力的でないという自覚はあるし、それは申し訳ないことで、わがままとも言えることである。

最初に生検を拒否したとき、「悪化した時には緊急的に、生検なしで抗がん剤を使う」とも言ってくださっていた。
なのに、一度は頭越しに外科で手術の約束をしてしまったことも、きっと不快に思っておられるだろう・・と想像できたので、待ち時間が長いことよりも、診察が迫ってくる方が恐くもあった。
ただ、なぜか主人があっけらかんとしていたので、私も落ち着くことができたけれど・・。

 先生は、ルールとしては生検が欠かせないと再び話された。私はどうなることかと、心の中でひたすらイエス様を呼んでいた。
結局、十二指腸の検査をして、悪性リンパ腫であることが証明されたら、すぐに抗がん剤を使うと言ってくださり、主人の顔をのぞき込んで「抗がん剤が効くと消えることもあり、死にませんよ。」と言ってくださった。

主が取りなしてくださったと心から感謝して、診察室から出たとき緊張が解けて倒れそうだった。
「死にません」その言葉は、人から聞いてもそれは嬉しい。
私だって少しは調べて、悪性リンパ腫には抗がん剤が効くことを知って居る。だから悪化したら使うといわれたことは、大きなよりどころでもあった。

「勝手なことばかり言って申し訳ありません。」と謝った時、「外科でも、嫌やと言う者を切れませんから」と言われた。
後でこの言葉を思い出して、やはり自分の命のことは自分で判断しても良いのではないか、嫌なことははっきりと嫌だと伝えても良いのでは・・と思った。
そうすれば、誰をも恨まず後悔もないだろう。究極の自己責任ではあるけれど・・。

しかし、キリスト者の自己責任という重荷は、イエス様が負っていてくださる。だから私たちの荷は軽い。命に関しても不動の望みがあるからこそ、勇気を持って生きることができるのだから。


 家に帰って、ほっと・・話が途切れたとき、遠くの方でツクツクボウシが鳴いていた。
ああ、お盆だった・・季節が変わったのだ。そのことに気付くと、扇風機の風も心なしか涼しく感じられた。
そうして、庭の高砂百合が何本かつぼみをつけていることにも始めて気付いた。
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嵐のような日々

2014-08-13 14:13:37 | Weblog


2日(土)
掛かり付け医の指示によって、主人の検診に行き十二指腸潰瘍が在ることがわかった。私は潰瘍の映像を直接見て動転した。

4日(月)
朝、主人を診てくださった医院よりお電話を頂く。「連絡をしてあるので、明日医大の消化器外科へゆくように。本人でなくても良いので、今から書類を取りに来てください。」と言われ、すぐに電車に飛び乗って医院へ行き、先生にお会いして説明を受け必要な書類を受け取る。

5日(火)
主人と医大へ行く。消化器外科では「十二指腸潰瘍は悪性リンパ腫に押されているものです。以前お話しした悪性リンパ腫の生検をします。」といわれた。
狼狽していたので何も考えられず「はい」と言って帰る。

しかし、よく考えるとこれで良いとは思えず、何よりも医師が十二指腸のことについてほとんど触れられず、以前に「それは大変な大手術」と聞いていた生検をすると言われたことが不安だった。
夜も寝付けず、ウトウトとしても目が覚めると再び思い悩んでいた。ただ、孫達が帰ってくると言う嬉しい連絡があって、その準備に幾らか気が紛れることは救いだった。主の備えてくださった私の避け所だと思った。

9日(土)
息子の家族が帰ってくるのを待っているが、本当に台風が大丈夫なのだろうかと気が気ではない。
昼頃「台風は大丈夫?」と電話をすると、「もう浜松だよ。こちらは陽が出てる」と快調な返事が返ってくる。

しかし、ニュースでは心配なことばかりが伝わってきて、事実長い旅の始まりとなった。
ついに、三重県で道路封鎖。
「高速が封鎖されているので、一般道を通るからちょっと遅くなるよ」と連絡があった。「くれぐれも気をつけて走って。絶対無理をしないで・・」と伝える。

「静まりて、我の神たるを知れ」私の洗礼の時に、信仰の先輩から贈られたみことば。此処にいようと思った。

夜、「どこも封鎖されている。今夜はウロウロしないで、コンビニの駐車場に居るから安心するように」と落ち着いたようすで連絡あった。
私は、一晩中まんじりともできず・・自分の不信仰を知る時となる。

10日(日)
特別警報が発令されている中、「どの方向にも動けない。今日は三重を楽しむから・・」というような連絡有り、彼らの様子が声で伺えてちょっと落ち着く。
しかし、夕方になっても道路はなかなか解除されない。何度も、何度もインターネットで情報を見る。

やっと、「高速が開いたから、これから帰る」という嬉しい連絡が入る。私たちも急にお腹が空いてきて、お先に夕食を取ることにした。
彼らは元気に帰ってきた!いっぱい詰まった冒険談を持って・・。

後にあかりは「昨日はね、車中泊だったのでお父さんもお母さんも疲れているんだよ。私たちは寝ていたけれど、寝ていないと思うので・・。」なんて、おしゃまなことを言って、ちょっとお昼寝をしている両親をかばっていた。

嫁さんは、「眠っている間も車が激しく揺れて、子供達が起きないかと心配だったけれど、二人ともぐっすり眠っていた。」と笑って話してくれた。彼女も今は笑っているけれど、恐かったことだろう・・。
「あのような時には、落ち着いて待つのが良いから・・。」という言葉が頼もしい。夏休みの冒険は、普通では味わえない経験を家族ぐるみで味わったみたいだ。

「閉じ込められて、二度と三重はゴメンだと思うでしょう」
「いえ、いえ、なんか泊めて貰ってお世話になったって感じで、三重に親しみを覚えているよ。
コンビニには食べ物もあって、明るいし、トイレも奇麗で助かった。コンビニの駐車場に居たことは良かったと思う。」など・・楽しい話は尽きなかった。
主は、心配の後にはひとしお大きな喜びをくださった。感動は深く、小さな死から生き返えって来たような嬉しさ。
確かに嵐の中で、私たちは主にお出会いしたということだ。

11日(月)
胃カメラを受けた医院に、大腸検査キャンセルの電話をいれる。そのとき、胃カメラの生検の結果が出ていると知らされて、急遽息子の車で行く事にする。
家は嫁さんがすべて取り仕切ってくれるということで、食事の準備の心配もない。
本人でなくてもよいということで、主人は嫁さんと孫達で川に出掛けて、小魚を網で捕って楽しんだという・・良かった。

医院はものすごく混んでいて、長い間車の中で息子と話すことができた。主人の体のことなど聞いて貰った。そのとき彼が言ったひとこと、
「人に会うとき、緊張することは良いことだよ。緊張するとアドレナリンが出て、頭が冴えるから・・」
「え~、私は話すのが苦手だから、頭が真っ白になるけど・・」なんて言っていたけれど、心の中では、「そうだ、漫然と恐れているだけではいけないなぁ・・、ちゃんと集中して緊張するが大切だなぁ。」と感じていた。

先生は温かいお人柄の年配の方で、息子にも胃カメラの映像を見せてくださった、私の訴えにも辛抱強く耳を貸してくださった。そのときの先生の応対は、私が主人を守るために着けている鎧を溶かされるようだった。

結局主人の潰瘍から、癌というはっきりとした結果はでなかった。それは、悪性リンパ腫であるかもしれないと言われた。
私が「生検なしで直接抗がん剤を使って欲しいと考えて居ます」とお話しすると、「年齢から考えてもそれが良いでしょう」と言ってくださった。
主人の病を負うことのしんどさの中で、先生の一言にホッとした。

12(火)
朝、雨だったので部屋で家族写真の撮影をして、京都の旅へと出発して行った。私は主人と医大へ行く。
先日決められた入院手術というコースには、どうにも乗れなくて、もう一度医師に出会ってよく話したいと思ったからだ。

しかし、予約がないと言うことで受け付けてもらえなかった。こう言うこともあるだろうと思っていた。まずは、出来ることである血液内科に行き直近の予約を頂いた。本当は外科に行きたかったのだけれど・・駄目だった。

主人とスターバックスのコーヒーを飲んでゆっくりと帰る。主人はココアが美味しいといったので、「今度来た時も飲ませてあげるね」と約束をして笑った。それほど・・この時なぜか気持ちにはゆとりがあった。
きっと、息子や嫁さんや孫達に、楽しさと優しさをいっぱい貰ったからなのだろう・・。すべては神さまの備えてくださったこと。

帰宅すると、次男が洗濯をしてくれていた。みんなに助けられていろんなやっかい事さえも甘くなる。
しかし、すぐに医大の外科から電話があった。

「入院の日が14日と決まりました。手術は18日です。」と告げられた。
「まって、待ってください。恐くて、決心ができないでいるのです。14日に入院することはできません。」ということで、ちょっとした遣り取りがあった後、
「14日に血液内科に行く事になっています。そのときに外科にも行きましょうか、」と聞くと「来て頂く必要があれば、こちらから連絡します」ということで切れた。

その後担当の医師から電話があった。受話器を取る前から重い予感がして受話器を取ることが恐かった。
そのとき「緊張することは悪いことではない。」息子の言った言葉を思い出した。心の中で「イエスさま」と叫んで受話器を取ると言葉が自然に出て来た。

ゆっくりと話しを聞いてくださった。
「危険な手術だと聞いています。本当に恐いのです。それに、今はとっても元気で食事もよく食べるし、畑仕事もできます。歳を取っていて少し物忘れなどはあるのですが、私たちにはこのような日々がとってもとっても大切なのです。
今、手術をしてベットに寝たきりになったら、すべてが崩壊してしまうようでそのことも恐いのです。」そのようなことを丁寧に訴えていた。

こんなに人を信じて話す経験は今までなかった。コミュニケーションは苦手なのだ。書き言葉なら自分のペースで進めることができるけれど、言葉のキャッチボールをするには、私は短気ですぐに絶望したり、かんしゃくを起こして逃げ出す者だった。

でもその時、先生は時々「それは、わかります」と同意してくださる事もあって、じっくりと聞いていてくださった。
「今回の手術はキャンセルということにします。悪性リンパ腫のことは、今後は血液内科の先生とよく相談して決めて行ってください。今後、何かお役に立てることがありましたら、その時はお世話させていただきます。」

私には、驚くような優しい言葉を聞いて電話は切れた。
それまで、思い悩み眠れぬ夜を続けてきた緊張が、崩れて行くようで体も心も震えた。

主人が、感動て涙ぐみ「これで、俺は本当にイエス様がわかった。信じ切れなくて悪かった。」と主に告白した。
「あんたは、自分の肝臓が治ったことではなく、人と心が通じたことで分かったの」なんて泣き笑い・・。

病気が治ったわけでもないけれど、すべてが終わったのだと思う。
「これでもう、何があっても俺は満足や。俺はみんなに良くしてもろうて幸せや。」この主人の言葉が私の一番の幸せ。

信仰がひとつになって、なぜ十二指腸潰瘍が存在するのか・・、その問いに答えてくださった主の、良いご計画を知ることができた。
夫婦で共に主を信頼できることはとても嬉しい。

人は必ず死ぬ。それは主にあっては最高のゴールなのだ。その前に主の御名をあがめるチャンスを準備してくださったことが、とても感謝である。
信仰の戦いにずっ支えられてあったみことばは、

「あなたがたはこの、おびただしい大軍のゆえに恐れてはならない。気落ちしてはならない。この戦いはあなたがたの戦いではなく、神の戦いであるから」(歴代20:15)
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