石ころ

もろもろの支配と権威との武装を解除し、キリストにあって凱旋し、彼らをその行列に加えて、さらしものとされたのである。

日曜日はイエス様のお話を聞く  2006.2.25

2007-02-26 19:17:48 | Weblog

saltさんのメッセージ 「復活」 
 「人が死ぬ」ということは、万人にとって確実な共通の未来です。どのような偉人も天才も間違いなく死にます。それは変えることの出来ない「宇宙の法則なのだ」と思っています。言い換えれば「自然なこと」なのだと。
 とすれば、なぜ人はこれほどに死ぬことを恐れ、死について考えることや口にすることさえ避けようとするのでしょうか。

 それは、死ぬことが、決して「自然なこと」ではないからです。
「罪から来る報酬が死」(ローマ6:23)である以上、罪がなければ死もなかったのです。現在私たちの住む世界は、創造6日目の非常によかった状態(創世記1:31)とは大きく異なっています。
 
 「あなたが妻の声に聞き従い、食べてはならないと命じておいた木から食べたので、土地はあなたのゆえにのろわれてしまった。あなたは、一生苦しんで食を得なければならない」(創世記3:17)とみことばは言っています。

 つまり、花が枯れることも、人間以外の動物が死んでしまうことも、それは人の罪の影響なのです。されに日々の苦しい労働も、私たちが自分探しだの、生き甲斐探しだのに必死になるのも、すべては神様から離れた結果なのです。

 今があまりにつらい為に、現実から逃避したい一心で死を望むこともあるでしょうし、実際に死を選ぶこともあるでしょう。しかし、それは死そのものの甘美さのゆえではなく、あくまでも生を拒否した結果としての死です。そう言う間違った選択をする人たちは、「死後は無になる」と信じており、「自分の選択は責められないこと」を前提にしています。しかし、実際はそうではありません。

 今日はイエスさまのよみがえりについて分かち合いますが、「復活」を受け入れるかどうかは、歴史上の唯一の例外を認めることです。それは科学の常識ではとうてい考えられないことであり、理性的な判断によっては決して受け入れることが出来ません。従ってイエスさまの人格的な強い影響力が、その様に錯覚させているのだとか、弟子たちが見た幻や不思議な体験が伝承されたのだ、と考えられるようになるわけです。


 実際に福音書を見ていきますが、イエスさまを慕っていた女性たちも弟子たちも、誰ひとりイエスさまがよみがえるとは思っていなかったことが分かります。(ルカ24:1~12)
 週の初めの明け方早く、女たちは準備しておいた香料を持って墓につきました。日曜日の早朝のことです。イエスさまをもっとも慕っていた女たちは、安息日が明けるのを待ちわびていました。おそらく十字架の直後から、お互いに申し合わせていたのでしょう。まだ暗いうちにそれぞれ家を出たに違いありません。彼女らは少しでも早く、自分たちに出来ることをしてあげたいと思ったのです。ここでも弟子たちは遅れをとることになります。

 墓に着いてみると、入り口を塞いでいた大きな石はわきにころがしてあって、入ってみるとイエスさまの亡骸はありませんでした。彼女らはどう思ったでしょうか、イエスさまは約束通りよみがえられたと喜んだでしょうか。当然、誰かが盗んでいったのだと思ったはずです。だから「途方に暮れていた」と書いてあります。そこに、まばゆいばかりの衣を着たふたりの人が、女たちの所に来ました。御使いが人間のような姿で現れたのです。

女たちは恐ろしくなって地面に顔を伏せました。すると、「あなたがたはなぜ生きている方を死人の中に捜すのですか。ここにはおられません。よみがえられたのです。まだ、ガリラヤにおられたころ、お話になっていたことを思い出しなさい。人の子は必ず罪人らの手に引き渡され、十字架につけられ、三日目によみがえらなければならない、と言われたでしょう」(ルカ24:5~7)とその御使いたちに言われて、ようやくみことばを思い出したのです。

 4つの福音書の復活の記事を読むならば、細部にわたっては、一致しない点がいくつかあることに気が付かれるはずです。そういうことをつついて、みことばの真実を曲げようとする主張も出来なくはありません。実際その様な批評や批判が数多くなされてきました。しかし、その不一致の中にある最も重要な真実を見落とすことは愚かです。

 すなわち、弟子たちは本当に空っぽになった墓を見、そして、間違いなくよみがえったイエスさまにお会いしたのです。御使いが何人居たとか、誰が先にイエスさまを目撃したとか、そんなことはどうだってよいことです。

 4つの福音書は弟子たちが書いた記録です。それはマタイとマルコとルカとヨハネという、私たちと同じ人間が書いたのです。そこには、4人の思い出や感情が入っています。経験や知性が色濃く反映されています。相談してねつ造したのでも、優れた教理を生み出そうとしたのでもない。彼らは単純に、「見たこと聞いたことを伝えないわけにはいかない」と思って書いたのです。そこに聖霊が働きました。

だからこそ「弟子」が必要だったのです。弟子は交換可能なアルバイトやエキストラではありません。イエスさまは弟子たちとの人格的なつながりや気持ちを非常に大事にされます。誤解を恐れずに言いますが、聖霊は人の意志や能力を超えて働かれることはありません。

 御使いはまばゆいばかりの衣を着ていましたが、よみがえられたイエスさまはごく普通でした。マグダラのマリヤは、御使いを恐れてひれ伏していますが、イエスさまを園の管理人だと思って話しかけています。(ヨハネ20:15)
イエスさまは人の心に土足で上がり込むようなことはされないのです。このような奥ゆかしい御方が、スタジアムに人を集めてイリュージョンを行ったり、経営戦略よろしく、TVコマーシャルや無料冊子を配布を喜ばれるでしょうか。

 マリヤはどうして、この園の管理人がよみがえられたイエスさまだと分かったのですか、「マリヤ」と自分の名前を呼ばれたからです。彼女はそのいつも聞いていた覚えのある声の主が誰であるのか直ぐに分かりました。復活の証人となるために、教理の理解が必要ですか。聖書学校や神学校に行くべきですか。そんな必要はありません。マリヤは不器用でしたが、イエスさまを誰よりも愛し、そしてイエスさまを見たのです。個人的な絆、人格的なつながりが、イエスさまの復活を確信させたのです。


 聖書はキリスト教ではありません。同時に多くのキリスト教は正しく聖書を伝えていません。聖書はさまざまな教団が要項をまとめるような方法では書かれていないのです。
 神は何を真実とされ、完全とされるのか。「聖書は一言一句神のことばである」というとき、それは何をもってそういうのかということを、しっかりととらえるべきです。

多くの牧師は、人間の作り上げた体系や解釈の中にみことばを当てはめていき、権威ある人に習ったようにしかみことばを読みません。その教団が重要とする聖句以外は目に入らず、同じ箇所からほぼ同じような解釈的、教訓的メッセージをするのです。なぜいのちのあるメッセージが出来ないのかは当然です。彼らは聖書を人間の色眼鏡で見ているからです。

 私は今日も、よみがえられたイエスさまがみことばを開いて、その中にイエスさまの事実を見せてくださると信じています。そう信じて聞く人にのみ、主は働いてくださるのです。メッセージは有識者の解説ではありません。開かれるみことばにのみ、生きて働く力があり、よみがえられた主が、その場で、聞く者、語る者の心を開いてくださってはじめて、書かれていることが分かるのです。

イエスさまがよみがえられたのは、私たちひとりひとりと共におられるためです。イエスさまのよみがえりを、自分と直接関係ないお話としてとらえるのか、それとも、自分が復活することの保証としての事実としてとらえるのかは全く別のことです。イエスさまの生涯のストーリーとして復活を何となく信じることと、自分自身の復活とイエスさまの復活を結びつけてとらえることとの間には大きな隔たりがあります。

 パウロはその点についてどう言っているでしょうか。
Ⅰコリント15:12~19
「ところで、キリストは死者の中から復活された、と宣べ伝えられているのなら、どうして、あなたがたの中に、死者の復活はない、と言っている人がいるのですか。」(Ⅰコリント15:12)
というパウロのことばを見ると「キリストはよみがえった」と宣べ伝えている人々の中に、「死者の復活はない」と言っている人々が居るわけです。

 これは今日も同じで、本当にすべてのクリスチャンのよみがえりや、自分の死後のいのちを信じていないけれども、なんとなくキリストはよみがえったと思っている人は多いのです。

 パウロは続けて言います。「もし、死者の復活がないのなら、キリストも復活されなかったでしょう。」(Ⅰコリント15:13)「もし、死者がよみがえらないのなら、キリストもよみがえらなかったでしょう。」(Ⅰコリント15:16)

 これらのことばを見ると、死者の復活とキリストの復活は分かちがたいひとつのこととして語られているのが分かります。キリストが復活されたということは、私たちも復活するのだと言うのです。まさにキリストはすべての信者をご自分と共によみがえらせるために死なれたのです。

 そして、「復活こそ宣教の実質である」とパウロは力説しています。これはどういうことでしょうか。キリストは、たかだか数十年の生涯の生き甲斐などの生き様のためではなく、私たちの存在そのものを永遠に勝ち取り、ご自分のいのちの中に取り込む為に、十字架にかかられたのです。キリストがもし死ぬためにだけ死なれたのだとしたら、その死は無意味です。キリストはよみがえるためにこそ死なれたのであり、そのよみがえりは罪人を義人としてよみがえらせるための死です。
つまり「イエスさまの復活は、私たちの復活である」という事実を受け入れていないから、その信仰は空っぽだということになるのです。

クリスチャンは「復活の領域」で、すべてのことを考えるべきです。自分自身のよみがえりを信じているクリスチャンでさえ、多くの場合、復活の領域でいのちの喜びを生きることをせずに、すでに十字架に釘づけられた古い自分にこだわってもがいていることが多いのです。それは、明らかにサタンの罠です。

「自分は駄目です。自分には無理です。こんな性格の弱さがあり、能力も充分ではありません」あるいは、
「自分はこんなにつらい悲しい思いをしてきた。こんなにがまんして、頑張ってきた」、人は自分がかわいくて仕方がないので、たいていこのような言い訳や思い出にくるまって生きています。

 しかし、それらは初めから分かり切ったことで、だからこそ、イエスさまはそれらを終わらせるために、わざわざ十字架に架かってくださったわけです。そこで、私たちのすべてはその時、イエスさまとともに死んだのです。復活は、新しい創造の始まりです。過去の私ではなく、これから作られる私が大切です。

 イエスさまはすべてのことが完了したのを知って、聖書が成就するために「わたしは渇く」と言われました。裁きの火に焼かれて渇ききってくださったのです。なぜジトジト、ジメジメするのでしょうか。
イエスさまは「完了した」と言われました。そこで「完了」です。なぜ、「いやまだです」「もう少し待ってください」と言うのでしょうか。

「もし私たちが、キリストにつぎ合わされて、キリストの死と同じようになっているのなら、必ずキリストの復活とも同じようになるからです。」(ローマ6:5)

「いつでもイエスの死をこの身に帯びていますが、それは、イエスのいのちが私たちの身において明らかに示されるためです。」(Ⅱコリント4:10)
 私たちはキリストの十字架とつなぎ合わされています。だから、すでに復活も事実なのです。
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「友」

2007-02-24 14:45:40 | Weblog

彼女は喪服を着て笑っていた。私も喪服を着て笑っていた。ふたりでいつものように笑い転げていた・・。

夢から覚めて、たまらない淋しさともう一度眠って夢に戻りたい思い・・。あれからもう5年も経ったのに・・いや、彼女との時間は私の中であの日から止まっている。

私たちはとりとめないおしゃべりの中でよく笑った。主人にうるさいと叱られるほど・・。互いの弱さや愚かさまで笑い飛ばした。おかずを分け合ったり、卵を一個貸して・・パン粉ある?ご飯一膳足りないからちょうだい、毎日行ったり来たりして、トントントントン廊下を歩いてくる彼女の足音を今も聞くことがある。
私が病気になったとき、土鍋に雑炊を炊いて来て食べさせてくれた。子供のことを互いに喜んだり心配したり、いっしょに子育てをして来た。

「癌かも・・」恐がりの彼女は、ちょっと体調が悪いとよくそんな心配をした。「癌ノイローゼ」と言って私はいつも笑い飛ばしていた。
でも、「この間から、背中の此処が痛い」その言葉を聞いたあの日は笑えなかった。とても不安になり、胸騒ぎがして「レントゲンを撮った方が良いよ。付いていってあげようか。レントゲンくらい痛くも痒くもないんだから診てもらった方が良いよ。」出来るだけ彼女を恐がらせないようにと思いつつ、すぐに診察するように熱心に勧めた。

 手術をして、彼女が退院してきた後も一緒に居た。体力を回復するためにと一緒にゆっくりと散歩をした。幾らも歩かないうちに座り込んでしまう姿が痛々しくて、どうしたらいいのか分からなかった。主人がさくらんぼの枝を折ってきて渡した時、ちょっと嬉しそうだった。彼女が再び入院したとき、介護を求められたけれど私には出来なかった・・。私は壊れそうな彼女に触れることが出来なかった。そして、ある日彼女は「もう来ないで・・」と言った。

 いのちは神様のもの、私には祈ることしかできない。彼女の訃報を聞いた時、駄々っ子のように、その事実を受け入れられなかった。出棺の時、お隣さんが慰めてくださっても振り払ってしまって、申し訳ないことをしたけれど私は慰められたくなかった。

みちのくの旅、「ツアーだけど一緒だったら行くよ。一緒に行きたい」そう誘われて行った彼女との最初で最後の旅。雪の最上川の船の中で一緒に笑っている写真が残った。私はあれからずっとひとり・・彼女の席は空いたまま・・私の中にはまだ涙が残ったまま。焼き餅焼きの彼女はこれで満足かなぁ。

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ほろ苦いよ、ふきのとう

2007-02-23 14:26:39 | Weblog

主人が畑から持ち帰った袋を開けると、ふきのとうの香りがいっぱいに広がった。大きくつぼみが膨らんで、天ぷらにするとおいしそう・・。
次は、椎茸がコロコロと出てきた。椎茸は椎茸の香り・・。今年は驚いたことに、冬中ぼつぼつだけど椎茸が芽を出し続けた。日に干しておいて煮物にも、汁物にもいれると美味しくて体にもよいから嬉しい。
そして春菊が沢山。これはお浸しやお汁に入れよう・・まずは丁寧にお掃除をして洗って・・。消毒もしていないのでいずれも安心な物ばかり、このことが何より感謝なこと。

近頃では、ふきのとうや蕗、よもぎなど野草を摘むときも、その場所をよく見ないと危ないことがある。産業廃棄物が埋められているらしい場所があり、薬を撒いてある場所や、汚水が流れ込んでいることもあるから。田舎だからって安心は出来ない。むしろ人目に付きにくい場所にとんでもない物が捨てられられていることもある。山仕事をしていた主人に教わった事実。

神様が備えて下さった素晴らしい自然をこんななに汚してしまった。子供や孫の受け継ぐべき自然をこんなに荒らしてしまって、この時代を生きた年寄りとしては本当に申し訳ないと思う。これは私たちがむさぼった結果だろうから・・。


「また、地のすべての獣、空のすべての鳥、地をはうすべてのもので、いのちの息のあるもののために、食物として、すべての緑の草を与える。」すると、そのようになった。そのようにして神はお造りになったすべてのものをご覧になった。見よ。それは非常によかった。こうして夕があり、朝があった。第六日。 (創世記1:30)
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閉店の町

2007-02-20 23:48:22 | Weblog

グローバル資本主義の恩恵をのほほんと受けてきた私。安いと、品物が豊富だと喜んでいた。気づいたとき、地域の疲弊は一面に広がっていた。代々この地に生きて来た親しい人々に忍び寄り、彼らに地域への絶望をもたらせていた。
「息子に言われて店をたたむことにしたの。もう此処は駄目」
大切な友からそう聞いたとき、鈍い私にも、今起こっていることの重大さがやっと分かった。

地域の産業が崩れてしまっていた。親から子へと受け継がれて来た家は担い手を失うだろう。次々と店も工場も閉められ、産業の継承は断念されてしまった。倒産ではない、ちゃんと計算して切り上げる。彼らの冷静さが逆に絶望の深さを思わせる。

どうしてこんなことに、何時からこんなになってしまったのだろう・・。それは、私の安く買いたい、色々選びたい、そんな欲も後押ししていたのだろうか・・。

初めて近くにスーパーが出来た時とても嬉しかった。開店の粗品を貰って、チラシの特売品を手に入れて、これからは何時も此処で安く、新鮮なものを買うことが出来るのだと幸せだった。あれが始まりだったのだろうか・・。

確かに、あれから魚屋がなくなり八百屋がなくなった。そして、呉服屋も洋品店もなくなった。鞄屋がなくなり家が次々と壊されて、町の商店街は駐車場のようになった。今に車もなくなるだろうと・・そんな言葉も聞いた。

今は、すべてをご存じのイエス様に祈る。時間は残った。彼女に与えられた豊かな時間が、イエス様あなたを知るために用いられますように。将来をあなたの御手にお委ねして、あなただけに期待して安息することが出来ますように。


あなたがお与えになると、彼らは集め、
あなたが御手を開かれると、
かれらは良いもので満ち足ります。(詩篇104:28)
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ホームシック

2007-02-20 15:29:03 | Weblog
イエスさま 右の手であなたのみ手を探っています
いつも・・いつも・・

人の与える すべての良きものをいただいていても
私のたましいは 迷子のように
違うよ これじゃないよ 此処じゃないんだと・・

イエスさま みことばを聞いても 聴いても・・
まだ いっぱいにはならない・・まだ・・まだ・・ 
御国に帰るまで 迷子のよう・・なのでしょうか
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日曜日はイエス様のお話を聞く 2007.2.18

2007-02-19 18:12:44 | Weblog

saltさんのメッセージ 「アリマタヤのヨセフ」  
十字架と復活の間にある埋葬の記事について、共に分かち合いましょう。
ルカ23:50~56、ヨハネ19:38~42、マタイ27:57~61、マルコ15:42~47

 埋葬についてしっかり確認することは、大切な意味があります。ひとつは、イエスさまには葬られる人としての肉体があったということです。もうひとつは、イエスさまは完全に絶命されたということです。私は、「人となって来たイエス・キリストを告白する霊」(Ⅰヨハネ4:3)が神からのものであると強調してきました。この埋葬の記事からも分かるように、イエスさまは、人として神に従い、人として苦しみを受け、人として罪を犯さず、人として罪を背負われ、人として死なれました。(Ⅰペテロ2:22~25)(Ⅱコリント5:21)

 イエスさまの亡骸を埋葬したのは、弟子たちではなく、アリマタヤのヨセフとニコデモのふたりでした。この時弟子たちは何をしていたのでしょうか。ご承知のようにユダヤ人を恐れて難く戸を閉ざして隠れていたのです。この事実をみことばから確認してみると、弟子がユダヤ人を恐れて身を潜めていたのは「週の初めの日の夕方」です。(ヨハネ20:19)

 アリマタヤのヨセフに関する事実を整理してみましょう。
この人はこれまでは「ユダヤ人を恐れて、弟子であることを隠して」いました。(ヨハネ19:38)
マタイは「彼もイエスの弟子になっていた」(マタイ27:57)と証言しています。
ヨセフの社会的地位についてですが、彼は「金持ち」(マタイ27:52)であり、サンヘドリンの議員(マルコ15:43)(ルカ23:50)でした。しかし彼はただの有力者ではありませんでした。

 それぞれの時代それぞれの国に、桁外れの金持ちや影響力のある議員はいたでしょう。しかし、福音にその名前と行為が記された金持ちも議員もいません。ただアリマタヤのヨセフの名前は今も世界中で語られています。彼がイエスさまの埋葬に関わったことは、4人の福音記者全員がそろって書きしるしたからです。

 ルカは、彼のことを「立派な正しい人」(ルカ23:50)と書いています。そして、「この人は、議員達の計画や行動には同意しなかった」こと、「神の国を待ち望んでいた」ことのふたつの事実を伝えています。ひとつは、具体的な行動についての記述であり、この世に対する態度に関することです。もうひとつは、心の問題であり、神さまに対するあり方や信仰に関することです。

 アリマタヤのヨセフには、議員という社会的な地位もありました。議員と言っても当選回数や貢献度によってランクがありますが、有力な議員でした。(マルコ15:43)ですから、当然周囲の尊敬もありました。経済的にも不自由のない豊かな生活がありました。身も心も傷ついた売春婦や、お金はあっても希望のない取税人や、収入の不安定な田舎の漁師とは違います。しかし、彼は人生にはもっと大切なことがあることを知っていました。人の前ではなく、神さまの前に自分が何者であり、どのような関係にあるのかということを大切に考えていました。

 彼は「有力な議員」であることよりも、「無力なイエスの弟子」であることを重んじたのです。議会全体が興奮してイエスさまに対する憎しみを燃やす中でただひとり異なる立場を取り、反対票を投じることは、その時は勿論、これから先も大きなリスクを負うでしょう。それでも、彼は反対の立場を固持しました。ヨセフの見方はいません。誰も助けてはくれません。イエスさまもそのまま十字架に架かられるだけです。ただ、みことばは永遠にヨセフを支持します。

 ルカは、ヨセフがこの時代、この瞬間に、ただひとり異なった意見を持っていたことを記録しました。「この人は、議員達の計画や行動には同意しなかった」(ルカ23:51)のです。何という素晴らしい信仰の証でしょうか。もし、このヨセフの行動がなければ、イエスさまの亡骸が、罪人達の共同墓地に捨てられるように葬られたり、あるいは、誰にも葬られないまま鳥や犬などの餌食になったりした可能性さえあります。

 アリマタヤのヨセフは、自分の墓をイエスさまに捧げました。弟子たちがユダヤ人を恐れて出来なかったことを彼はしました。弟子たちに出来なかったことを彼が出来た理由がいくつかあります。ひとつは、復活を見るまでの弟子たちにとって、大事なのは生きているイエスさまであり、それ以上にそのイエスさまに従う自分だったということです。弟子たちが理解していたキリストのみわざはあくまでも世直しであり、地上での救いであり、弟子として活躍する自分の生き甲斐でした。それに対して、ヨセフが待ち望んでいたものは神の国でした。この心の置き所の違いが行動の違いとなって現れています。

 もうひとつは、その人間的には困難な行動へと促す力はみことばであるということです。つまり、ヨセフが弟子たちよりも心やさしい人だったわけでも、勇気や根性があったわけでもないということです。

アリマタヤのヨセフと行動を共にしたのは、律法学者ニコデモでした。多くの人が絶対やろうとしないことを、時の有力者ふたりがやるわけです。たまたま同じことを思いついて道中出会ったと言うよりは、いずれかが連絡を取って申し合わせたと考えるのが普通です。当然ふたりは面識があったと考えるのが自然です。だとすれば、ヨセフはニコデモから聖書を学んだでしょうし、イエスさまのことについても語り合ったでしょう。

 ニコデモには、十字架を見たときに確実に思い出したであろうみことばが与えられていました。
「だれも天に上った者はいません。しかし天から下った者はいます。すなわち人の子です。モーセが荒野で蛇を上げたように、人の子もまた上げられなければなりません。それは、信じる者がみな、人の子にあって永遠のいのちを持つためです。」(ヨハネ3:13~15)

 モーセが掲げた青銅の蛇を仰ぎ見れば、蛇の毒からいのちが救われたという記事と、十字架を見上げれば、罪という毒から救われるという事実が、ニコデモの中で一つになったはずです。さらに、律法の中に「木につるされた死体を必ずその日のうちに埋葬しなければならない(申命記21:22~23)と記されていることをニコデモは知らないはずがないので、これらのみことばにつながる信仰が、ふたりを埋葬に奉仕へと向かわせたのです。

 そして、みことばに従ったことが、偉大な礼拝となり、さらにみことばを成就させることにつながっていきます。イザヤはこの時代からさかのぼること約750年前に「彼は富む者と共に葬られた」(イザヤ53:9)と語っています。
この点については、はっきり書かれているのではないので、若干想像で補っている部分もあるのですが、それほど無理なこじつけではないと思います。

 アリマタヤのヨセフとニコデモのふたりがイエスさまの埋葬をしたのは、安息日の備えの日、すなわち金曜日です。安息日は土曜日ですが、ユダヤの暦では金曜日の日没から始まります。
「この日は準備の日で、もう安息日が始まろうとしていた」(ルカ23:54)とルカは記しています。

 マルコは、アリマタヤのヨセフが、その切迫した時間の中で思い切って決断した事を記しています。
「すっかり夕方になった。その日は備えの日、すなわち安息日の前日であったので、アリマタヤのヨセフは、思い切ってピラトのところに行き、イエスのからだの下げ渡しを願った。ヨセフは有力な議員であり、みずからも神の国を待ち望んでいた人であった。」(マルコ15:42~43)

 イエスさまの十字架からわずか数時間後の決断でした。
「救いは神から人への恩寵であり、すべては恵み。そしてそれは完了しており、私たちはそれに何も付け加えることも、つけ足すこともできない。」
私のメッセージを要約すれば、いつもそういう内容です。

 しかし、ヨセフとニコデモの用意したものは、無駄なつけたしや不必要なお返しではありません。マリヤが注いだ香油と同じです。人が霊とまことを持ってイエスを礼拝する時、そこにはもう損得や利害の計算はなどありません。それぞれに出来る限りのことを淡々と行うだけなのです。もちろんふたりにも、恐れや迷いはありましたが、それを超える熱い思いが埋葬へと駆り立てたのです。周囲の視線や攻撃が全く気にならないほどに、イエスさまへの感謝にあふれているからです。イエスさまの人格に捕らえられているからです。

 このような行為を見るとき、何かを期待して投資的動機を含む献金や、この世での就職代わりのキリスト教業界への献身がいかに滑稽で無意味かが、はっきりわかります。
また、この埋葬に関わったのは、社会的地位においても、経済的な豊かさにおいても、比類なきものを備えたエリートふたりですが、仮に、ヨセフやニコデモに、パワー・フォー・リビングの冊子に「顔写真入りで証を書いてください」とお願いしたら何と答えるでしょう。当然答えはノーでしょう。彼らが「イエスを埋葬しょう」と決心したとき、あの冊子が紹介するような未来とは逆のものを背負う覚悟をしたからです。

 献金をすることが素晴らしいから献金をしようというのは間違っています。
 献身をすることが素晴らしいから献身をしようというのは間違っています。
 伝道をすることが素晴らしいから伝道をしようというのは間違っています。
 祈ることが素晴らしいから祈ろうというのは間違っています。
 みことばを学ぶことが素晴らしいからみことばを学ぼうというのは間違っています。

 イエスさまが素晴らしいから、そうしたい人は自分のしたいことをするのです。自ずとしてしまうのです。十字架の愛が分かってじっとしていられる人は居ません。黙っていられる人は居ません。祈りもせず、みことばに無関心でいられる人は、イエスさまと関係のない人です。

 イエスさまの素晴らしさを味わうことなく、定められた行為へ駆り立てられる人の日常は惨めです。そこにいのちや喜びなどあるわけがありません。
 私たちが見ているのは何ですか。このままだと駄目になる自分ですか。それとも将来の祝福された姿ですか。いずれも違います。私たちが見るべきは、ただイエスさまのみです。
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彼女の分

2007-02-17 17:49:31 | Weblog

老人車を押しながら彼女はいつものようにやってきた。次の瞬間、素早く誰の畑にでも入って行って、気に入った物を車に放り込んで去って行く。栗でも、柿でも、野菜でも、花でも・・。
「買って来たばかりの鉢植えが無くなったと思ってたら、彼女の庭で咲いていた」なんて苦笑いをしていた人がいた。

「あーあ、またやってる」
「ほんまに、しょうがないなあ」
見てみない振りをしながら、誰も言葉ほどには怒っていない。彼らは彼女の盗癖を知っている。現場も見ている。でも、彼女の不遇な事情も知っているから目くじらを立てる人も、訴える人も居ないようだ。

「老人会の旅行に行った時は、ほんまに困るでぇ。何か盗らへんか思うてこわい・・」
それでも彼らは彼女をのけ者にはしない。道で出会ったら気さくに話もする。そんな鷹揚さに私もやっと慣れてきた。

私は彼女を受け入れるのにかなり抵抗があった。けれども、老人の多い片田舎では、誰もが「彼女の分」を「お取り置き」しているみたい・・。罪は罪だけれど許されたら罪にならない。私はイエス様に、十字架で罪の代価を支払われ赦された者。同じなんだ彼女と。でも、彼女は、いっぱい許されていることを知らないのが悲しい。
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足のともしび 道のひかり ③

2007-02-16 18:48:52 | Weblog

 みことばに「アーメン」したとき、目の前の出来事や事情に関わらず、時間を経てみことばが現実となって行った。それは私の信仰には拠らず、まことに主の御真実、みことばの約束による。

1991.7.27
次男の進学を前に、すべてが足りないことばかりの中で、あきらめることなく進めたのは、祈りのうちに示されたみことばがあったからだった。

「もしあなたが信じるなら、あなたは神の栄光を見る」ヨハネ(11:40)


1992.4
次男の短期大学合格通知を受け取ったとき、私は神の御前にひれ伏した。

私はあなたのうわさを耳で聞いていました。しかし、今、この目であなたを見ました。(ヨブ42:5)

彼を初めて手元から送り出すときも、経済的なこと、学力、コミュニケーション、生活力、信仰すべてに不安がある中ででも、みことばに拠って進んだとき、すべての必要は備えられていた。教会も彼に相応しい家族的な教会が近くにあり、そのことで私は安心を得た。

「主の山に備えあり」(創世記22:14)


1997.10.20 
主人のことで、再びみことばの確信が与えられ夫婦の間に平安があった。

彼女は産みの苦しみをする前に産み、陣痛の起こる前に男の子を産み落とした。(イザヤ66:7)


1998.2
長男の結婚を前にして喜びと共に、主人の仕事が不安定で問題を抱えていた。そんな時の相談相手はみことば。

何も思い煩わないで、あらゆるばあいに、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。(ピリピ4:6.7)


1998.10
台風が直撃。山の木はすべてなぎ倒され、家は何度も煽られ激しく揺れた時、主に「この風をなぜ治めてくださらないのですか!」と叫んでいた。しかし、吹けば飛ぶような我が家は被害を受けず、主人の仕事が増える結果となった。

「どうしてそんなにこわがるのです。信仰がないのはどうしたことです。」(マルコ4:40)


2000年
叔父のお葬式。叔父を慕い泣く者はなく、病をおして礼拝を守った叔父は、家族に信仰を反対されていた。お葬式のメッセージは家族に寄っているようで、私は叔父が責められているように感じ悲しかった。自宅に戻って聖書を繰ったとき、このみことばによって主のお慰めを受けた。これで良いのだと。
  
また、ほめられたり、そしられたり、悪評を受けたり、好評を博したりすることによって、自分を神のしもべとして推薦しているのです。(Ⅱコリント6:8)


2005.5.15
Y教会を去る決心

もしあなたがたが、キリストとともに死んで、この世の幼稚な教えから離れたのなら、どうして、まだこの世の生き方をしているかのように、「すがるな。味わうな。さわるな。」というような定めに縛られるのですか。そのようなものはすべて、用いれば滅びるものについてであって、人間の戒めと教えによるものです。そのようなものは、人間の好き勝手な礼拝とか、謙遜とか、または、肉体の苦行などのゆえに賢いもののように見えますが、肉のほしいままな欲望に対しては、何のききめもないのです。こういうわけで、もしあなたがたが、キリストとともによみがえらされたのなら、上にあるものを求めなさい。そこにはキリストが、神の右に座を占めておられます。(コロサイ2:20~3:2)


2005.5
私は、いつも家に閉じこもって外出が嫌いだった。そんな私が遠方の教会に行くことを伝えたとき、親しい姉妹より頂いたみことば。

まことに、まことに、あなたに告げます。あなたは若かった時には、自分で帯を締めて、自分の歩きたい所を歩きました。しかし年をとると、あなたは自分の手を伸ばし、ほかの人があなたに帯をさせて、あなたの行きたくない所に連れて行きます。」(ヨハネ21:18)

また、あなたがたに、わたしの心にかなった牧者たちを与える。彼らは知識と分別をもってあなたがたを育てよう。(エレミヤ3:15)


2006.10.17
主人の事故、大木が足の甲の上に落ちてきた。周りの人々も震え病院に運び込まれたが、捻挫程度で包帯もなく歩いて帰って来た。ふたりで聖書を開いて感謝の祈りを捧げたみことば

まことに主は、あなたのために、御使いたちに命じて、すべての道で、あなたを守るようにされる。彼らは、その手で、あなたをささえ、あなたの足が石に打ち当たることのないようにする。(詩91:11.12)


私にとってみことばはすべて。事前に祈りの答えとして与えられ、そのみことばを支えに現実に挑んだことがあり、また、事後に与えられて、そこに働いてくださった主を覚えた時がある。また、みことばによりお叱りを受けて成長させて頂いた事がある。人を通して教えられたみことばもある。

今、聖書に書き込まれたメモを整理していて、私の霊に刻まれたみことばは、平和の中でではなく、人生の最も困難な中で与えられていたことを気づかせて下さった。困難は恐れるものではなく、主の恵みを味わう道であると。ハレルヤ!御名を崇めます

あなたのみことばは、私の足のともしび、私の道の光です。 詩篇(119:105)
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ジョウビタキのお宿

2007-02-15 13:57:10 | Weblog

「なんか居るね」「うん、確かにこの間から戸を開けたとたんに、バタバタと飛び立つなぁ」主人とそんな話をして、いつものヒヨドリが来たのかな、いや、まだ巣を作るにはいくらなんでも早いよと、話しては忘れて・・

そんな数日後、夜の戸締まりをした主人が「確かに居た」という。門灯の上に止まっているらしくて、尻尾の先が見えている。息子が週末に戻ってきて、写真に撮ってそれはジョウビタキの雌だと分かった。淡いオレンジ色で、まん丸い体にまん丸い目でこちらをじっと見ている。「軒先三寸借り受けまして・・」そんなふうに言っているように見えなくもない。

朝早くに出かけて、日が暮れると戻って来る。バイクや玄関先に糞を落とすのはちょっと困るけど・・まあいいか、可愛いから。でも、たぶんあまり長居は出来ないと思うよ。ヒヨドリが帰ってきたらきっと追い出されると思うから・・可哀想だけど・・
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足のともしび 道のひかり ②

2007-02-14 19:16:32 | Weblog

 みことばによってイエス様は、私のすべてを育んでくださっている。イエス様は本当に忍耐強い教師、デコボコな私を決して見捨てなさることはない。


1990.1.22
友人の伝道に戸惑っている時、このみことばによって、主ご自身が備えておられる救いであると知り、彼女の信仰のペースを受け入れ、自分の出来る範囲に望みを持って安息することができた。

「夜は寝て、朝は起き、そうこうしているうちに、種は芽を出して育ちます。どのようにしてか、人は知りません。地は人手によらず実をならせるもので、初めに苗、次に穂、次に穂の中に実がはいります。」(マルコ4:27.28)


1990.6.27
膵臓ガンの疑いで入院中、検査が次々と続きERCP検査となり、私はその検査の危険を知り(「抗生物質の24時間点滴を4日間」との説明を受けた)断って退院をした。私には残された時間が惜しく、それは私の選択だった。その時のみことば。

聞きなさい。「きょうか、あす、これこれの町に行き、そこに一年いて、商売をして、もうけよう。」と言う人たち。あなたがたには、あすのことはわからないのです。あなたがたのいのちは、いったいどのようなものですか。あなたがたは、しばらくの間現われて、それから消えてしまう霧にすぎません。むしろ、あなたがたはこう言うべきです。「主のみこころなら、私たちは生きていて、このことを、または、あのことをしよう。(ヤコブ4:13~15)


1990.11.24
次男の聴覚障害は祈りによって癒されると言われ、「癒しを望まないから・・本人にその気持ちがないから・・」などと言われたことがあった。しかし、主はみことばを教えて下さった。そして今、霊、魂を癒してくださり、障害は主を知る道具となった。

「私は知った。神のなさることはみな永遠に変わらないことを。それに何かをつけ加えることも、それから何かを取り去ることもできない。神がこのことをされたのだ。人は神を恐れなければならない。」(伝道の書3:14)


1991.7.18
子ども達の学費の準備に不安がある。お金の問題はいつも非常に現実的な悩みとなった。しかし、この時こそ生きて働かれる主を知るときであった。実際何一つ不自由することはなかった。

「あなたの先祖たちの知らなかったマナを、荒野であなたに食べさせられた。それは、あなたを苦しめ、あなたを試み、ついには、あなたをしあわせにするためであった。・・」(申命記8:16.17)


1991.8.16
私は祈り、断食、伝道、ひとり土足で主のおられる荒野に入っていったようだった。教会の真ん中で姉妹を責める証をしてしまった。それは数年後に事実となったけれど、その時には自分がとんでもない間違いを犯したと、一週間泣いて泣いて過ごした。長男がそんな私を守るように、ぴったりと側に居てくれたけれど、彼の信仰をつまずかせたのではないか、傷つけたのではないかと今も心が痛むことがある。

泣きながらも、悔やみながらも、私は主に「なぜですか、」などと言っていた。そんな私はこのみことばで正気に返った。そして、この時本当に主を畏れることを学んだ。「荒野にはイエス様がおられます。でも、サタンも居ます」そんな言葉も後で知った。

だれがわたしにささげたのか、わたしが報いなければならないほどに。天の下にあるものはみな、わたしのものだ。(ヨブ41:11)
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