石ころ

もろもろの支配と権威との武装を解除し、キリストにあって凱旋し、彼らをその行列に加えて、さらしものとされたのである。

お手伝い

2006-09-30 09:45:24 | Weblog

昔の子供達は、みんな家の大切な労働力だった。学校に行く前に玄関先を掃いたり、朝食のお膳立てをしたり、学校から帰ったらお風呂に水を張ったり、田舎では草むしりや、御茶摘みを手伝ったり、結構遠くまでのお使いで、暑い道を重い荷物を持って歩かなければならなかったり、それは子供でも一人前にきちんとするべき事とされていて、手抜きは許されなかった。そんな中で自然に責任感が養われていった。

また、それは家族であれば当然なすべきことで、きちんとしたからと言って特別に誉められるわけでもなかった。時には嫌々することもあったけれど、そんな中で、家庭に自分の居場所を確立していたように思う。自分がこの家の中では重要であり、居ないと家族が困ることを日々の営みの中で知っていた。

確かに子供の働きが必要であって、子供の躾のためだけにさせているのではなかった。もし、そうなら子供はすぐに察してしまう。誰かのために必要とされいるから意味はある。自分のためだけと分かったら虚しいだろう。人は自分のためだけになんて生きられない。子供ならなおさらそうだ。親の喜ぶ顔を見ただけで、親のホッとした顔を見ただけで、「ああ、私が居たから良かったんだ」それが喜びであり、自信となった。

毎日、子供は親を喜ばせたいもの。大げさなほめ言葉が無くても、子供は自分が役立った時にはすぐに分かる。頼りにされていることが分かっている。子供だって頼りにされたい。助けてあげたい。
「良い成績を取って、将来あなたが苦労しないようになってくれるのが一番嬉しい。自分の夢を実現してね」
なんて言われたら、捨てられたような気がするだろう。今、親に喜んでほしいのに、今、この家庭で自分の必要を確かめたいのにと思うだろう。


神様は毎日の生活の中で、私たちを子として訓練してくださる。神様を喜ばせる様な良いものを私たちは持っていないけれど、神様は小さなことでも、喜んで受け入れ愛してくださるお方であると知った時から、私は安息することが出来た。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

美しい国

2006-09-29 14:05:06 | Weblog

濃淡の青空に、薄絹のような雲が、太く、細く流れるように・・縦に横に流したように・・、今日の空はため息をつくほどの美しさだった。この空の真ん中を歩いているみたい。山並みを見て、彼岸花やコスモスを見て、心うっとりと朝のウオーキングを楽しむ。

家に戻ってミニバイクでお買い物。大川沿いの国道を走る。目の前の鉄橋を電車が渡って行く。河原に広がるススキの穂並み、川面はきらきらと秋の日差しを受けて白く光っている。そして、やはり今日の空の美しさ。自然に視線は空に行く。

これも酔っぱらい運転?だって今は、自然の美しさに確かに酔っている。こんなにも美しい国。こんなに平和な国。

どうかいつまでもこのままでありますように。どうか、この国のリーダーに、知恵と忍耐と誠実が与えられて、何を守るべきかを導いてくださいますように。彼らが「美しい国を造る」などと思い上がることがありませんように。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

課題

2006-09-28 19:46:36 | Weblog

知らなければならないことがある。「見ざる、聞かざる、言わざる」と逃げていたけれど、もう、私はそれが出来なくなってきている。

勇気がないし、理解力もない、義務教育もろくに受けていないから学もない。究極の無い無い尽くしだから強いこともある。名誉も地位もないから守るものもない。失敗や嘲笑を恐れる必要がない。これが、神様が私に与えた何よりの賜物。


国や地域のことを祈るように導かれたけれど、祈るには、知りたくないと現実に目を背けて居る事もできない。たとえ泥沼のような現実を知ることになる予感があっても・・・。いろんな教会の現実も、いろんな信仰の現実にも。残された時間が無い人から「逃げないで」と言われた様な気がした。

今、テレビのニュースは聞きたくなかったと思うことばかり。連日、目を背けたくなるようなおぞましいことばかり。人の心の闇はますます深い。音を立てて壊れていく現実からも顔を背けないで。私にも多くの愛するものが此処には居るのだから。主は為すべき事の必要はすべて備えてくださるから、すべてをお委ねして、目を閉じないで、耳を閉じないで、口を閉じないで、祈ること。思うこと。叫ぶこと。
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

大凶?夫婦

2006-09-27 19:03:46 | Weblog

夫婦って本当に不思議と思う。私が体調を崩すと主人も具合が悪くなる。大したことはないけれど、何となく「しんどいなあ・・」と言うことになる。これでは困る。どちらかが元気でいなければ介護できる備えと成らない。

主人が調子を合わせているのかと思って、具合の悪いことをひた隠しにしていても、主人の方から「お前、何ともないか・・」なんて聞いてくるからつい「ちょっとなんか頭が痛いねん」と言ってしまうと、「俺も・・風邪気かなあ」と言うことになる。話はめちゃめちゃ良く合うけれど、「これは困るなあ・・」と言うのが今の心境。

お互いに家にいることが、もっともリラックスできて出かけるのが嫌い。「たまには旅行も・・」は言うばかりでちっとも腰を上げることはない。でも私も主人もそれで何の不満もないから実行には至らない。旅行番組を見て、「こんなに楽やのに、なんでわざわざ用もないのに遠くへ行かんならんのか。ご苦労さんやなあ・・ 」なんて言うくらいだからどうにもならない。

温泉も手近なところで済ませてしまう。晩までに戻ってご飯が食べられる位の手近な場所なら、やっとこ出かけることもあるけれど、だいたい二人とも外食が好きじゃない。子供が小さい頃はレストランにも行ったけれど、夫婦になったとたんに何処にも出かけなくなった。

どんなグルメ番組を見ていても、「食べに行きたいなあ」なんて事はお互い一度もない。めんどくさくて出かける位いなら食べたくない。私たちは「俺らみたいな人間ばかりなら、世の中不景気でどうしょうもなくなるやろうなぁ」と分かってはいる。

こんなに似た者同士になってしまったけれど、見合い結婚した私たちの性格はまことに不一致だった。占い(クリスチャンになった現在は無関心だけれど、救われる以前のこと)で相性は大凶だった。なのになぜ結婚したかといえば、結婚してから分かったことで後の祭りだった。

大凶らしく若い頃はよく喧嘩もしたけれど、私がイエス様に出会って、いつの間にか主人もイエス様を心から信じている。最も二人が一致を感じるのは共に祈る時。私たちに問題が起きてもすぐに「祈ろう」ということで一致する。信仰と子育てに夢中の間にいつの間にか私たちは同化してしまっていた。

今ではお互いが頼りであり、一緒に食べるものが何よりのご馳走であり、一緒にいる場所は天国の前味のように安息できる場所である。
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

今、生きているということ

2006-09-26 13:37:42 | Weblog

膵臓が悪いようだと言われて検査が続いていた。「膵臓」のことなどほとんど何も知らず、考えたこともなかった。ベットで医学書を読み、その予想される病名を悟った時、子供のためにでもなく、自分のためにでもなく、夫のためにでもなく、ただ、ただ、この世の普通の営みに涙が出た。

病院の屋上から見た朝靄の町、新聞配達や牛乳屋さんから始まる一日。生と死をその景色の中に見ていた。生はその中にあって動いている。死とはそこから永遠に取り去られるということ。私は死んで取り去られても、夜は明け人が動き出すことに何も変わりはない。

私はクリスチャンとして、イエス様に絶対の信頼を置いている。私は神様の元に帰り、子供達は、神様が召された私の分まで責任を持って下さるだろうと考えた。主人のことも・・・。そのことを信じて居るけれど、この家族の中から私が取り去られると言う実感がリアルに迫ってきた。

膵臓ガンなら余命7ヶ月、すでに経過している月日を差し引くと、残りの日々はどれくらいなのかと数えて、もう正月の料理を作ることはないのか・・などと、それらの過ぎた日々を惜しんだ。

主治医からERCP検査の説明をされた。カメラを飲んで膵臓の検査をすること。内臓に対する負担が大きく、傷を受けるので検査後三日間は、24時間の抗生物質の点滴を受ける必要があること。

説明を受けて、心から神様に願ったことは、「みこころに叶うなら、癒してください。検査を逃れさせてください。」ということだった。抗生物質に弱い私は、この検査を受けたら家に戻れなくなるのじゃないかと、残された時間が少ないなら私には貴重な時間である。もう一度肉じゃがを作ってあげたい。お寿司を巻いてあげたい。少しでも、普通の時間を共に過ごしたかった。


神様は助けを与えてくださって、かなり強引ではあったが、検査を断って退院することが出来た。退院してからの私は肥えきて、膵臓ガンを恐れるような症状は何もなくなった。

あの16年前の経験は、ともすれば「御国に行くのが一番・・」などと、後ろ向きな考え方をする事への、神様の「喝」だったのだと思う。今与えられている時間は、後日取り返しの付かない時間であったことに、気づくことになると教えてくださった。

誰も自分の終わりが何時なのか知らない。完全にこの世の営みから切り離され、取り去られることにはクリスチャンであっても同じこと、今をどのように過ごすのか、主は今、私に何を求めて居られるのだろう。


昨日、以前礼拝を共にしていたM氏が召されたことを聞いた。仲が良かった奥様の姿を思って心が痛んだ。イエス様もラザロの死に涙を流された。私たちの悲しみを知るイエス様が、ご遺族を慰めてくださいますように。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

ある日曜日

2006-09-24 16:17:51 | Weblog

今日は教会の礼拝はお休み。イエス様への礼拝は休むことはないけれど、今日はお家で、息子とゆっくり聖書を繰りながら、互いに気づいたことを話したり、祈ったりの楽しいひとときを過ごす。

そして、写真好きの彼を誘って、ウオーキングコースを撮りながら一周する。すべてはブログに写真を載せる方法を教わるため。青い空、白い雲、真っ赤な彼岸花、舞う赤とんぼにコスモスの花、写真の材料には事欠かないけれど、息子がくれたデジカメにまだ慣れていないので、この美しさを写せない・・・残念!

息子に帰寮時間を遅らせてもらって教えを請う。時計を見ながらあわただしくノートを取る。「お母さんにもう少し知識があれば・・」ぼやく息子の言葉は無視して、彼曰く「とりあえず一通りのことは教えた」ところで時間切れとなった。

今まで、何事にも私はなかなか動かなかった。友においしいお茶に誘われても、面倒くさくて断ってしまったし、クリスチャンの集まりも滅多に行かない。スポーツクラブの諸々に誘われた時も、生返事をしている内に誰も誘わなくなった。

なのに、今は遠くの教会に毎週通っている。昼食、夕食、息子の弁当など、準備だって大変で、電車に乗った時には「ああ、間に合って良かった」そんなことの繰り返しなのに、そのリズムを結構楽しんでもいる。

そしてこのブログ、なんだか少しずつ私が変わって行くみたいで、そんな自分がちょっとおもしろい。人は変わるものなんだと思う。それはまだ、私の中の数パーセントだけれど・・・。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

秋の味覚

2006-09-23 15:59:27 | Weblog

原付に乗って、ひとつ遠くのスーパーまで買い物に行く。日差しがちょっと強くても、もう風はひんやりと頬に心地よい。どこからともなく金木犀の香りも流れてきて、思わず深呼吸をする。

今は秋の交通安全、ついつい気持ちよく走ってしまうから要注意。原付制限速度は30キロそれはちょっと無理、怖くてそんな速度では走れない。後の車の苛立ちを考えたら、やはり邪魔にならない速度で走ってしまう。設定が無茶だと思う・・・

スーパーで、昨日と同じ場所に松茸があった。昨夜主人に話すと、一度は食べようと言っていたことを思い出して、なるべく大きくて綺麗なものを選んで手に取る。ちょっと香りをかいでみると、ラップの上から懐かしい松茸の香りがかすか・・・。どうせ薫り高い国産が出てきても、高くて買う気にならないのだからこだわらないことにする。

それにしても、北朝鮮産と書いてあるのが引っかかる。今、輸入していないはずと思うけど・・まあ、いいか。綺麗だし、形もいいし、大きさもご飯に炊くにはちょうどいい大振りがなのが2本、これだったら3合は炊ける。

結婚した当時は、新聞紙に包んだものを「ほら、秋の味覚」と言って、実に無造作に頂いたものだった。それは栗や柿を頂くのと同じような感覚だった。まさか、輸入したものしか食べられなくなるなんて、本当に世の中分からないもの。

この間見たテレビで、寅さんの昔の映画をやっていたが、寅さんが甥の松茸ご飯の松茸を取って食べてしまって、おいちゃんやおばちゃんを泣かせていたけれど、もう、あの頃は手に入らなくなっていたのだなあと思って見ていた。

むしろあの頃の方が飢餓感があったのかも知れない。私たちも毎年「ほら、秋の味覚」が来ないかな。なんて言い続けていたように思う。今ではすっかり縁がないことに慣れてしまって、北朝鮮産でも、中国産でも、カナダ産でもこだわらないで喜んでいる。それでも秋は秋。松茸ご飯は松茸ご飯。家族で食べれば秋の喜びもひとしお。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

アブラハムの強さ

2006-09-22 10:31:32 | Weblog

アブラハムは、息子イサクを捧げよとの神様の命令を受けて躊躇していない。彼が恐れたのは「神を知らない民」に対してであり、神様に対してではないことがわかる。
それでも、出発する前に薪を割る姿を思い浮かべると、そこに微塵も恐れがなかったかはわからない。不信仰を断ち切るように、木を割って薪にしていく姿を自分に重ねてしまう。

神様に命じられた事を行うには、自分を脇に置いて淡々と準備をすること。信仰を持って準備した薪を、イサクに負わせて山を登ること。語る言葉は信仰の告白であること。
「神ご自身が全焼のいけにえの羊を備えてくださる」

このことは、アブラハムの証のために神様が準備されたことだと思う。証は神様が私たちに準備してくださる。信仰もこのようにして、深みに導いていってくださる。アブラハムには弱さがあったけれど、神様はそのまま放っては置かれないで、訓練させ、成長させ強めてくださる。「父」として鍛えてくださるお方。でも、もし神様に信頼できなかったら、神様は私たちをどうすることも出来ないと思う。

私は息子達に、信仰を燃やす薪を負わせたいと切に願う。不信仰のくすぶる木を負わせませんようにと祈る。

この時、神様に信頼することを選び取ったことこそが、アブラハムの強さなのだと思う。それはイサクの祝福となり、今、私たちへも祝福は及んでいる。信仰も、捧げものも、証も、すべては神様が備えて下さる。また、私たちの大切なものを惜しんでも下さる。


「あなたの手を、その子に下してはならない。その子に何もしてはならない。今、わたしは、あなたが神を恐れることがよくわかった。あなたは、自分の子、自分のひとり子さえ惜しまないでわたしにささげた。」聖書
コメント (4)
この記事をはてなブックマークに追加

アブラハムの弱さ

2006-09-21 08:02:52 | Weblog

主に命じられて故郷を捨て、一筋に信仰に生きているアブラハムのウイークポイントは、美しい妻を持っている故、行く先々で「王は、美しいサラ欲しさに私を殺す」という恐れだった。彼は身を守るために、サラに自分のことを「兄です」と言わせて、王の厚意を受けている。

しかし、アブラハムの旅は、初めからすべてを主にお任せしての、信仰に拠る旅なのだから、そのことも神様に信頼して委ねるべきであろう。しかも、神様は幾度も親しく声を掛け、励まし、「祝福する」と約束して居られるのに、なぜ神様にお任せすることが出来なかったのだろう。

アブラハムは、そんなに特別な人ではなかったと思う。
「人の心の思い計ることは、初めから悪であるからだ。・・」創世記8:7

12章のエジプトでも同じ事をしている。実際妹でもあると言い訳をしているけれど、兄弟として住んでいるわけでない限り、この言葉は使えないと思う。美しいことは良いこと。でもそのことがアブラハムをつまずかせている。アブラハムは、ひとつの事、サラを神様にお任せすることが出来なかったのじゃないかと思う。

勇敢に、神様に向かってソドムのためにとりなしていたアブラハムが、次の瞬間嘘を言って身を守ろうとする。人は昔から揺れる信仰を生きているのだろう。

それでも、そのことでアブラハムは神様から叱責を受けてはいない。むしろ財を増やしている。神様は、王を脅してアブラハムを守って居られる、このことに私は驚く。すべては神様の主権に拠ることであり、働く者の正しさではないのだろう。

私たちもクリスチャンとして、イエス様のあがないの故に、神様の子として頂いているのだから、目先の成功や、自分の弱さに一喜一憂する者ではなく、神様に信頼して、大胆に勇敢にみこころを生きて行きたいと思った。


あなたを祝福する者をわたしは祝福し、あなたをのろう者をわたしはのろう。地上のすべての民族は、あなたによって祝福される。 聖書
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

年を取ると言うこと

2006-09-20 07:11:20 | Weblog

100歳の方が、90歳から1時間歩く事を始められたと敬老の日のテレビで見た。これは本当に驚きだった。何かを始めるのに、遅すぎる事はないと聖書にも書いてあるが、90歳になってから体を鍛えるなんて私は想像もしなかった。

主人は、「俺は100迄生きるなら、まだ30年近くあるのか」その言葉は嬉しいそうではなくちょっと不安げであった。長生きすると言うことは大変なこと。今ではあまりに長すぎて、余生なんてものじゃない。老後なんてものじゃない。30年も40年も何をする当てもなく生きるとしたら、それはむしろ辛いことだと思う。
人が生きるには目標が居る。日々為すべき事が無くて、ただ何十年も生きるとしたら終身刑のようでさえある。

本当は、どうしてもしなければならない子育てを終えて、縛られるものがなくなってからこそ、自分の人生を生きる事が出来る時期だろう。その時にひとりの個人として、生きる目標がなく空っぽになってしまっていては、この長寿時代を生きることは辛いと思う。

入院をしていた頃に、老人の生きる辛さも沢山見てきた。
動かない体の世話を家族に掛けることを恐れて、退院したくないけれど、病院からは退院を迫られている方。
下のお世話を遠慮して、帰宅する時には何も口せず、水さえ飲まない方。
お見舞いの方がほとんど来なかったおばあさんに、ある日お見舞いの人が来られたけれど、ちょうどベットを離れておられる間だったので、その見舞客はさっさと帰って仕舞われた。ベットに戻ってこられて、そのことを聞かれたおばあさんは嗚咽して泣いて居られた。

私はその時激しいショックを感じた。同室の見舞客がよけいにその方を寂しがらせていたのだろうと悔いた。どうしても、若い者の方が見舞客も多いし、長期の入院になると見舞客もだんだんなくなるだろう。年を取ると言うことの孤独を思った。

どんなに体を鍛えていても、動かなくなる時が来るだろう。助けてくれる人がなければどうにも成らない時が来るだろう。そして一人で死に向かって行く時が来るだろう。ひとり静かにその時に身を委ねて行くためには、「もう充分に生きた」というものがないと辛いだろうと思う。そして、死ぬことへの希望、救い主イエス様の元に帰るという望があるクリスチャンは幸いであると心から思う。


イエスは言われた。「わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。 聖書
コメント
この記事をはてなブックマークに追加