My violin & My life/ Life is a Bumpy road

スタートラインはいつもそこにある!
Life is Impermanent.

またムーミンになってる~

2010年01月31日 | 或る日或るとき
このところ毎日のように雪が降ります。
北国にすんでいると、まあそれが何か?って言うことですが。(笑)

雪が降るのは珍しいことではありませんが。
ただ雪かきした後の自分の体力の回復にちょっとした変化がありますね。^^;
疲労が次の日にきてしまう~
前の家に比べるとここはマンションの除雪がしっかりしているので少ししかすることはないので、「あのときにくらべればなんのその」と、「何もかもを楽しもう!」としておりますが。なんだかね。こんなことで疲れるなんて、体力がなくなったのかな。そうなのね?まあ回復しないわけではないのだからいいとしよう~~



昨日の雪は湿り気が多くて重かったデスネ。
アイスクリームを食べる時を思いながら雪かきしました。
巨人がアイスを食べてるときを想像。

2.3日前、イナカ道にてホワイトアウトに遭遇し、運転中前が全く見えなくなりました。
行きは通れた道が、用事を終えた帰るときには吹き溜まりになっていて新雪を漕ぎゆくこともあります。
冬はバッハをかけながら運転するのが好きですが最近は「単語耳」にはまっています。(笑)



たまった雪はダンプカーに載せて排泄場(河川のそばらしい)に持っていきます。
1月半ばの写真をドウゾ。北海道ではめずらしくもなんともないものですが。
  

雪国では地方単位の除雪の予算は膨大なものです。
予算を越えると、幹線道路を外れたところの道の除雪が後回しになっていました。





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「天翔る龍  」ほか

2010年01月30日 | 携帯から
天翔る龍 坂本龍馬伝 (単行本)
山村 竜也著
図書館の返却日が来てしまったので、大急ぎで読みました。^^;
今までの竜馬のイメージを洗いなおして人間坂本竜馬の真の姿を浮き彫りに、、、、という趣旨でその一生を追っています。わりと淡々と書いていて、読みやすかった。資料の検証をしながら客観的なので、物語リ風ではないのですけど、推理の楽しみがありました
それほど幕末の歴史に興味があるわけではなく通り一遍な予備知識しかないので、たくさんの人物名と、藩の名前がややこしく感じる私ですがそれなりに面白く読めましたよ。
あ、気がついたら著者の山村 竜也さん、今年始まったNHKの大河ドラマの時代考証した方なのですね。帯に書いてあったわ。(いまごろ気づく~遅)どうりで、目立つ所に陳列されてたのですね。なあとなく手にして借りましたー。
子供が小さい頃「おーい竜馬」というアニメを見ていたのですが、どうやらそのあたりから人間竜馬を描く、ヒーロー竜馬から人としての竜馬に注目した著作が出始めたとか。(アニメの内容はよく覚えてないんですけど)
さて、加尾さん、佐那さん、お龍さん、竜馬が思いを寄せたこの3人の女性が大変魅力的です。
私はお龍さんしか知りませんでしたが、他のお二人も芯の強い美貌の持ち主で、時代の先駆たらんおなご。最終的にお龍さんと結ばれたのは彼の行く道にマッチした人だったのでしょう。
大河ドラマは見ていないのですが、女性陣の配役を見たら、なかなか外見的イメージが合っていると思います。(異なるご意見の方もおられるとは思いますけどね。)
見ようかなー。でもすぐ見逃しちゃうのでネ。(実は初回から見逃しました。ので気分が乗らない。)
あ~ガリレオ先生が竜馬~ですもんね。

竜馬の手紙が残されているそうですが、女の人に出した手紙とか、お姉さんに出した手紙は、とても面白いですね。そういうところも魅力なんだろうな。興味無かったけど、すっかり関心がわいてきました。







徳川慶喜家の食卓 (単行本)
徳川 慶朝 (著)
幕末興味、ない~と書きましたが、私は徳川さんには興味がありました。^^;(えらく親しげ?)
若かりし時、司馬遼太郎の「最後の将軍」を読んでみた。その時この本での慶喜さんは、なのに、あまり印象にないの。どうしてかしら。
そのあと読んだ「皇女和宮」とか、「篤姫」などで少し出てくるので、いろんなイメージが交錯しています。
(司馬さんといえば代表作に「竜馬がゆく」がありますが当時はあまり興味がなかったデス。「この国のかたち」は面白かったです。最近になって読み返しています。」)

この、徳川さんの末裔に当たる方が書いた「徳川慶喜家の食卓」は面白かったです。これはもう以前にやはり、返却日が迫って半分読んだところで返してしまったのですが、(笑)
もう一度借りてこようっと。
半分読んだ限りでは、明治の徳川家のお食事は質素だった感有りです。(笑)でもちゃんとグルメなのですよね。
維新の激動、大政奉還、その後の暮らしは静かでそして自由だったようです。



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チェコちゃんを弾いてみる♪

2010年01月28日 | 或る日或るとき
思い立って、長い間眠らせてしまっていた楽器を弾いてみた。
チェコ製なのでそのまんま、チェコちゃん♪と呼ぶ。
4分の3で、トラ杢で、きゃしゃなバイオリンだ。
この楽器は息子が中1になるまでまで使ったもので、ほどなくフルサイズに替えた。そのあとしばらくして私がバイオリンを始めた時はこのチェコちゃんだった。

チェコちゃんの目覚めの音。音量は物足りないけれど、優しい音で、ああこういう音だったんだなと、懐かしい気持ちになった。
久しぶりに弾いてみると、やはり4分の3だわ、、、ネックの細さに戸惑う。4分の3としても、細いほうだと思う。
あれほど頑張って指を開いていたのが、この楽器ではすぐ届くけれど、指板の狭さもあってか1234の指が混雑して、少し弾きにくく感じた。
でもロマンスの重音が、比較的容易に出たのが嬉しいな。
それなりに満足~

息子が今私が弾いているフルサイズの楽器を新潟に連れて行きたいそうなので、
ならばまたチェコちゃんに戻ってみようかなと、そんな気持ちが起きたのがきっかけ。
もう一つの息子の楽器があるので、フルサイズの指の感覚はそちらでチェックできるから、これを弾くのもいいかもね。
レッスンに連れて行くのは、、、チェコちゃんにしようかな。
息子のは、、、少し気位が高くて、息子以外が弾くと、楽器に苦笑されるようで~~。^^; 音がきっちりはまらないと全く響いてくれないんだもん。でもめげずに音出しはしてあげますですよ。

チェコちゃんは私が少しいい加減でもまあまあと寛大な感じなのだ。
ということは、客観的にはそれほどの楽器じゃない…ということなのかもしれないけれど、
可愛い楽器なのだ。うんうん。

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 Butterfly & センター試験

2010年01月18日 | 或る日或るとき
「カエラの歌は微妙に音程のずれを感じるところがあるけれど、
お母さんどう思う?」と聞かれた。
うん確かに。のばすところ、♯がかかるところがあるかな。
あ、そこがかえってなかなか魅力的に感ずることがある。。

「うん。それが意図したものだったとしたらすごいよね。計算されてる~」
…のかどうかは謎だ。
            
     

17日はセンター試験1日目だった。
日にちがずれてはいるが、かつて2人の子供が受験した、今となっては懐かしいようなこの試験。(私が受けたわけではないので勝手に懐かしがっている。)
英語の聞き取りテストに使うicレコーダーの不具合は毎年なくならないのだろうなと、、
関連ニュースあれこれを垣間見、今となってはもはや傍観だけれども、試験に送り出すまでのヘンな緊張は思い出すことができる。
北海道のセンター試験はいつも吹雪く。昨年も電車視界不良で少し遅れたわ・・・・。

・・・という一抹の思いが募るこの日、今年娘は成人式に出た。(一般のスケジュールより遅かったが。)

その夜、娘は昨年の今頃聞いていた木村カエラの歌を久しぶりに聴いていた。この日からの一年を振り返ってしばし思いをめぐらせていたようだ。浪人中の閉塞感を思い起こすせいかこの歌ををずっと封印していたとのこと。
試験を受けに行く前の夜にもこれを聴いていたようだった。
もともと私立の一般試験を受けることにしていたから、
実際、センターは受けても受けなくてもよかった。
でも、この日を境に、出口の見えない暗闇から、娘はようやく手探りでドアを見つけてそこから飛び出していくこととなった。
            
       

「去年のことを思うと・・・今こうして学校に行けている自分は、
・・・しあわせなんだよね・・・。」
あのこはぽつんと私にそう言った。
そういうことを言葉にしたということは、自らそう思える日が来たということなのかと私は感慨深かった。。それが一過性であっても、喜ばしいかなその瞬間のあることだけでもね。
ひらひらと飛ぶButterflyでいるとよいとおもうのだけれど、突っ走って窓ガラスに当たってしまうような日々のわが娘。そこはなかなか変わらない。



木村カエラ Butterfly
http://www.youtube.com/watch?v=Kh3d3VsPhOs
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地味に弾き初め 

2010年01月11日 | 或る日或るとき
やっとバイオリンを触る気になりました。
レッスン納めの日から3週間近く、弾いていませんでした。

いきなり曲を弾きたいところですが、重音から始まるので、ここは敬遠。^^;
さりとてセブシックもする気になれず、小野アンナ教本のスケールから。
娘が帰省中ずっと鳴らしていたので良く響きました。
スケールを何度か弾いて気分も落ち着いたところで、ロマンス0p40を弾きました。まだ譜読み中なので、弓は楽譜通りにせずに、返して弾きました。
レッスンはまだ先になりそうですが、、、、

このところリビングではずっとベルリンフィルのドヴォルザーク9がかかっていたので、新世界一色でしたが、(笑)今日は何かと片づけをしながらハイフェッツのop40を聴いていたら、弾きたくなったのでした。
なんとなくですが・・・・やる気が出てきました。


            



            

年末年始は一体何があったかしら?と
思えるくらい、普通の日の今日このごろ。えーと、そうだそうだ、子供たちが帰って来たのよね。ソウイエバ。
今年は思い出に残る冬休みだったので、書きとめておきましょう。
(そう思ったは確かなのに、そのわりにはこの忘却をなんとしよう。)
「冬休み」なんて懐かしい言葉だ。うちの子供はもう大学生だから使うのかどうか。
忘れないための自分用の記録なので、いささか冗長。
お忙しい方々向きの文ではありませぬ。
ということをお断りしておきます。なんだか長いから。
          
               
             




年末。
23日
娘が帰省。
着いてすぐ大学オケデビュー初舞台(大げさか、、、)6月にのサマーコンサートのDVDを見る。
自分のバイオリンは置いてきたので私のバイオリンを弾く。
28日
息子帰省。
写真提供by息子^^;
今回は新潟からフェリーを利用。安いからという理由だが、
大時化で、船は縦にも横にもおお揺れで、吐いてしまったそうだ。やつれて帰ってきた。時間もかかり、しかも苫小牧港に着いてからの交通費が高かったので、航空機のほうがやはり楽。まあ、いい経験?

元旦
大晦日から降り続く雪を除雪。しかしまたどっと雪が積もる。

朝9時出発実家に行く。恒例。毎年お昼は母が用意してくれていたが、
子供たちが大きくなってからは調理は我々がすることとなる。
昔から、3が日の間は包丁を休めると言い、暮れに作り置いたごちそうを食し、
主婦も3が日は調理をしないのが習わしであったらしい。(いつ?)
しかし現代は違う。そうもいっていられない。
それでも、元旦くらいはと母は用意してくれたものだったが、高齢になりいつしか出来合いのオードブルがお目見え。そしてこのたびは全面的に私が用意した。もう、母は買い物に行くのも億劫になってしまったのだ。物忘れが加速し足腰も弱い。根気がない。ついに母も。私にもいつかは訪れること、なのだ。
大したものはつくれないのだけれど、年老いた両親には、手作りのものが体に優しいはずと思う。お重に詰めて持参した。

メインは若いもん中心で、お刺身とステーキ。しかし私たち高齢?グループも好みなのだ。とりもなおさずシンプルなお味。材料は30日に届け冷凍した。焼くだけ切るだけ。それだけでおなかが満たされることは確か。でも他に何か並んでいたほうが華やかだから。

夫は午前中は仕事であった・・・。


2日
大雪警報のため、義母のお見舞いに行く予定を中止。元旦はいつも疲れるので、冬の遠出はハードだけれど、そうもいっていられない。チャンスは限られているから。でも、天候が悪いのでは仕方がない。(昨年は夫に急な仕事が入り、息子と私だけでお見舞いに行った。娘は受験という理由で家から出たがらなかった。)
しかたがないので、ニューイヤーコンサートの録画をみんなで見ながら、間に合わなかった年賀状を書く事にした。
娘が、ウイーンフィルの、セカンドトップサイドの金髪青年に注目!ステキステキカッコイイ!!!と、 騒ぐ。

3日
義母のお見舞いに行く。
自家用車で家族4人が揃って行くのは久しぶり。義母は喜んで下さった。
義母がいるから私たちは優しくなれる。

70代頃の義母のダンスの発表会の写真が置いてあったので写メさせていただく。
その後4人は自由行動。
ヨ○バシ玄関に8時集合とする。何度も夫が場所と時間を確認。携帯で連絡を取り合うこととする。会えなかったら個別に帰るようにとの指令。
私は息子のお伴でパルコへ。
ヨ○バシが駐車場も含めてお正月は8時で閉まることを考えておらず、、、予定より早く集合することになったが、娘に電話すると、、、大丸の化粧品売り場でメークしてもらってる最中らしい・・・途中でやめてすぐ来るようにと父の指令。。
夕食は、ファミレスのロ○ヤルホストで。小さいころ、バイオリンの発表会の帰りに達より必ずそこで夕食。「懐かしい思い出のフアミレスにぜひ行きたい!いきたいっ!!」と、娘の強い希望。あのこは、、、そのようにして私たちを結びつけてくれる子なのだと思う。そして一番心配をかける存在!という意味でも。
さて自分たちが大きくなって、再び4人で車に乗ってどこかに行くことがこんなに楽しい事だったのかと、子供たちは再認識したようだった。それはきっと、離れてみてわかること…でもあり、なお且つ大人になった、ということか。

4日
夫は仕事。娘は高3の時のクラスメイトに会いに。息子は携帯電話を買いに。好きな機種が売り切れ。それもそうでしょう。。。。。いまごろ、なのだし。田舎だし在庫薄は大目に見ないとね。。3日にヨ○バシに行ったんだからそこで買ってほしかったけど。その日は服が中心で、まあ、いい買い物はできたので。

5日
息子が新潟に帰る日。午前中再び携帯を買いに。息子の携帯はボロボロで、充電器を差し込むところをセロハンテープで固定しないとうまくいかない。全く、そんなになった携帯見たことない!電話中突然通話不能になる。大急ぎで在庫のあるもので済ませた。新潟に帰っても、繁華街に出るには単線の電車で30分のらなきゃならないし、すぐにレポートの提出もあるため携帯なんて又きっと先送りになるから、ここで済ませたほうがよいのだ。チャンスは今しか…。

娘は6日出発の予定だったが、友達のうちに泊ることになり、息子と同じ日にお別れ。
時間も別々に、それぞれ駅まで車で送り届ける。
その後すぐに頼まれたた宅急便を荷造りして東京と新潟へ。
夕方、飛行機に乗る予定の息子から電話。日本海側の悪天候で飛べない可能性があるらしい。心配したけれど、夜、出発時間が遅れながらも無事新潟へ着いたとの連絡有。(おニュー携帯で(笑))
さて宅急便、、、うっかり東京と新潟への送り状を反対にしなかったか?と、突然の不安。開けたら自分のものじゃないものだった、、、、ありえる?かも。(うわ。)

6日。
眠い。
娘から電話。飛行機の搭乗が始まる直前。・・・。ある重大なヘルプ。探しものを頼まれた。とにかく飛行機には乗った彼女。。
一方息子は、新潟の自宅で午前中はぐったり寝ていたようだ。
がしかし、夕方には新幹線に乗ることとなる。むむむ。

7日・・・
眠い。洗濯してても眠い。干す時も眠い。眠い。
8日
子供たちに送った荷物はそれぞれ間違いなく無事届いた。安堵。
・・・・もうこのへんでやめます。
・・・。

                
このたびは久しぶりの家族団欒、尽きないアクシデントは毎度のことですが、
(書けばまたまた長くなる、というか、書くほどでもないしょうもないことや、とんでもないこと。^^;)
今年はとても楽しいお正月でした。

私たちを取り巻く様々な人たちがいてこその、この時間空間、
そこに、私たちの団欒が成立するのだと思っています。しみじみそう思います。

しかしながら、しばしのひとときを過ごした後、
またそれぞれの場所で、
それぞれの、生活を、自分自身で、突き進んでいかなければなりません。
それは子供たちのみならず夫と私も同じです。それぞれに。

そして、離れていても、家族です。
ここは自分自身のスタート地点なのです。



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2010☆迎春

2010年01月01日 | 或る日或るとき
あけましておめでとうございます


昨年はなかなか更新できませんでしたが
いつもお越しくださりありがとうございました。


一日一日をいとおしみつつ
暮らしていきます。


今年もよろしくお願いいたします。





「牛肉の八幡巻」を作ってみました。


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