南無煩悩大菩薩

今日是好日也

目覚めよ人。

2012-03-23 | 愚禿の賛詩悟句樂帳。
(source/unknown)

こころもあらぬ秋鳥の
声にもれくるひとふしを 知るや君

深くも澄める朝潮の
底にかくるゝ真珠(しらたま)を 知るや君

あやめもしらぬやみの夜に
静にうごく星くづを 知るや君

まだ弾きも見ぬ乙女ごの
胸にひそめる琴の音を 知るや君

-島崎藤村「知るや君」-
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もとより独行の道

2011-11-15 | 愚禿の賛詩悟句樂帳。
(photo)

閑来事として 従容ならざるは無し  

睡り覚むれば東窓 日すでに紅なり  

萬物静観すれば 皆自得  

四時の佳興は 人と同じ  

道は通ず天地 有形の外  

思いは入る風雲 変態の中  

富貴にして淫せず 貧賤にして楽しむ  

男児此に到らば 是豪雄  

-吟詠「秋日偶成」-
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お前は・・。

2011-06-23 | 愚禿の賛詩悟句樂帳。
(original unknown)

祖母が言う

「お前はきりょうがわるいから、愛嬌だけでもよくなさい。お前は体が弱いから、心だけでもよくなさい。お前は嘘がうまいから、行いだけでもよくなさい。」
-太宰治「晩年」-
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敢える。

2011-06-21 | 愚禿の賛詩悟句樂帳。
(rashomon)

狭き門より入れ。

滅びにいたる門は大きく、その路は広く、これに入る者は多し。

生命にいたる門は狭く、その路は細く、これを見出すものは少なし。

-「新約聖書」マタイ伝-
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賀楽寿。

2011-06-07 | 愚禿の賛詩悟句樂帳。

忘却とは忘れ去ることなり。

忘れえずして忘却を ちかうこころの哀しさよ。 -菊田一夫-
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花を見て大地を思う

2011-06-04 | 愚禿の賛詩悟句樂帳。

大地に育まれた 種子は、

その時節が来ないと

芽を出さぬ、葉を出さぬ、枝を張らぬ、花を咲かせぬ、従って実を結ばぬ。

秩序を乱す事は大地のせぬところである。

大地はまた急がぬ。

春の次でなければ夏の来ぬことを知っている。

それで人間は、そこから物に序あることを学ぶ、

辛抱すべきことを教えられる。

また大地は詐(いつわ)らぬ、欺かぬ、またごまかされぬ。

大地は人間にとりて大教育者である。

大訓練師である。

人間は、これによりてみずからの完成をどれほど遂げたことであろうぞ。

-鈴木大拙-
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無題。

2011-06-03 | 愚禿の賛詩悟句樂帳。

悟るとは悟らで悟る悟り也、悟る悟りは夢の悟りぞ -古歌-

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生きる。

2011-05-26 | 愚禿の賛詩悟句樂帳。

生きるということは、生きたということではない。

また行きるだろうでもない。

生き得べしでも、生くべしでもない。

現にこうして生きているということである。

念々刻々に生きていることである。

それゆえ常住の創造である。-鈴木大拙-
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順応。

2011-05-13 | 愚禿の賛詩悟句樂帳。

わしのこころは、あなたのこころ、
あなたごころが、わたしのこころ。
わしになるのが、あなたのこころ。
-浅原才市-

牡丹の原産は中国で、千数百年前に日本に渡ってきたという。

たとえば、朝顔を外国へもっていって植えると、その年は日本の花が咲くけれども、次の年は花が小さくなったりして、その風土に合わせて移植当時とは趣を変えるという。

高山植物が平地に降りてきて、平地の植物になるのにも2〜3年か4.5年はかかるというが、もとは高山植物でも、それはもはや平地の植物だということになる。

元はどうであれ、拒絶反応さえおこさなければ、生き物は互いに溶け込む性質をもっているようだ。
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うすひき歌

2011-05-07 | 愚禿の賛詩悟句樂帳。

夢と思えば 浮世の中に うきもつらきもなきものを
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追うも自分、追われるも自分。

2011-04-28 | 愚禿の賛詩悟句樂帳。

窓外は紅輪半規を没す 表林尽くる処これ崦磁(えんじ) 

己に知る明日は今日に非ざることを 徒らに光陰を費やして更に 誰かを待つ 

–大田何畝-
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果報あり。

2011-02-16 | 愚禿の賛詩悟句樂帳。

春秋も、涼む夕べも、凩も、

取り置きできるものでなし

この身ひとつと 笑うてなんぼ

-無山人-
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もとは黙阿弥。

2010-12-18 | 愚禿の賛詩悟句樂帳。

せりふがかっこよろしいなぁ。


知らざぁいって聞かせやしょう

問われて名乗るもおこがましいが

危ねぇその身の境界も 最早四十年 人の定めはわずか五十年 六十余州に隠れのねぇ

髪も島田に由比ガ浜

西国を 廻って首尾も吉野山

今日ぞ命の明け方に 消ゆる間近き 星月夜

どうで終いは木の空と 覚悟はあらで 鴫立沢

・・・。

歌舞伎役者のつもりになって、言ってみたい言葉の宝庫が、黙阿弥作の弁天小僧が有名な白波五人男。

こう、なんちゅうか、落ち着いたハイソサエティな感じのラウンジか何ぞで、妙齢妙色のふるいつきたくなるような年増のいい女なんぞに、

「あのぉ せめてお名前だけでもお聞かせ願えませんか?」
などと、誘われて

「問われて名乗るもおこがましいが、知らざぁいって聞かせやしょう・・・。」

なんてやると、間違いなく嫌われるやろうけど。
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感を抱いて。

2010-08-28 | 愚禿の賛詩悟句樂帳。

羊腸の路は入る鳥声の間

車上の身は閑なれども心閑ならず

訪ねんと欲す 勤皇豪傑の跡

白雲埋め尽くす幾重の山



酒と旅をこよなく愛した、文豪大町桂月先生、幕末の志士脱藩の道にて詠んだ漢詩であります。

しかしこの風景は年々歳々同じにして歳々年々違った心持を私に与える。

歳々年々、身は閑なれども、心閑ならず

今年も再々、その感を抱くのであります。
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先人たるもの。

2010-08-20 | 愚禿の賛詩悟句樂帳。

あなたの子供は、あなたの子供ではない。

彼らは、人生の希望そのものの息子であり娘である。

彼らはあなたを通じてくるが、あなたからくるのではない。

彼らはあなたとともにいるが、あなたには属しない。

あなたは彼らに愛情を与えてもいいが、あなたの考えを与えてはいけない、なんとなれば、彼らは彼ら自身の考えを持っているからだ。

あなたは彼らのからだを家に入れてもいいが、彼らの心をあなたの家に入れてはいけない、なぜなら、彼らの心は、あなたが訪ねてみることもできない、夢の中でさえ訪ねてみることもできないあしたの家にすんでいるからだ。

あなたは彼らのようになろうとしてもいいが、彼らをあなたのようにしようとしてはいけない。なぜなら、  

人生はあともどりしなければ、昨日とともにためらいもしないからだ。

-カリール・ギブラン-


先人たるもの、そして隣人たるもの。
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