シベリウス作曲ヴァイオリン協奏曲二短調。
この曲を聴くなら、ソナタ形式について知っておいたほうがいい。もちろん、音楽を聴くのに知識はいらない。ソナタ形式なんか知らなくたって、この曲を聴こうという気持ちさえあれば、あなたなりに、たくましく楽しむことはできるだろう。でも、知っているほうが、より多くの景色を発見できるし、より強いメッセージを受け取ることができる。ソナタ形式を知ることは、この曲を聴く喜びを、今よりずっと大きなものにしてくれるはずだ。
という信念のもと、私は前回に引き続きソナタ形式について語っている。
サンプルはキョンファ盤チャイコンの第1楽章である。では、本題に入ろう。
「ファッファ~、ミレファラミ~、ファミ~、」
で始まる8小節のメロディ。前回はこれをT1と定義した。
これは楽章中で何回繰り返されるだろうか。答えは以下のとおり。
提示部
01:10~03:00
ソロヴァイオリン (T1‐T1‐T1)
展開部
06:24~07:01
オケによる全員合奏 (T1‐T1)
07:50~08:30
ソロヴァイオリン (T1‐T1)
09:02~09:20
オケによる全員合奏 (T1)
再現部
12:48~13:48
フルートとソロヴァイオリン (T1‐T1)
このように、T1は、ソロヴァイオリンで7回、オケで3回、合計で10回繰り返される。
このうち提示部ではキョンファが独奏でT1を3回繰り返す。
1回目はオリジナルメロディで、2回目はそれを重音で加工してこってりと、3回目はそれを細かく刻んで軽やかに、という具合に、同じメロディがさまざまな手法で反復される。反復をどのように表現して自分をアピールするか、ソリストはそれを考え抜いた上でT1を奏でなければいけない。まさに腕の見せ所である。
しかし、ここでのT1の反復はもうひとつ重要な働きをしている。
その効果は続く展開部で現れる。
展開部ではオケがキョンファに代わってT1を演奏する。細工も加工もしていない、T1のオリジナルメロディを、オケ全員で合奏する。弦楽パートのユニゾンにトランペットのファンファーレを重ね、さらにティンパニを加えるという豪華な編成で、提示部を盛りそばに例えるならここは鴨せいろ並みのボリュームである。
「ファッファ~、ミレファラミ~、ファミ~」
パレードのように華やかにT1の冒頭部分が鳴らされると、あら不思議、続いて残りのメロディが、自然と、自動的に、聴き手頭の中に浮かんでくる・・・と、これは少々言い過ぎか。でも、少なくとも「最初のメロディに戻った」という感じを受けるはずである。つまり、聴き手はT1を覚えている。
これこそが、提示部の反復の効果、すなわちソナタ形式の効果である。
提示部において、聴き手はキョンファのヴァイオリンの音色を楽しみながら、知らず知らずのうちに3回のT1の反復を経験している。その経験の蓄積は、「ファッファ~」で始まる4小節を、次に続く4小節と切り離しがたいものにしている。やがて展開部に入り、オケが満を持して同じ音形で呼びかけると、聴き手は即座に反応し、T1のメロディ全体を連想する。
言うまでもないが、T1がこの曲の第1主題である。そして、第1主題を聴き手に覚えさせること、それがソナタ形式の目的である。
人はもともと、まとまった音の連なりをメロディとしてとらえる能力を持つ。しかし、音は生まれたそばから消えていく。メロディも然り。ただ一度だけ聴いても右から左へ通過するだけで記憶に残らない。人がメロディを記憶するためには、それを何度も繰り返し聴かなければならない。楽曲において、できるだけ効果的にメロディを反復すること。そして聴き手にメロディを覚えてもらうこと。それをとっかかりにして、最後まで飽きずに楽曲を聴き通してもらうこと。ヨーロッパの音楽家は長い時間をかけてその方法を追求し、たどり着いた結果がソナタ形式である。
ちなみにチャイコンでは、この後さらにもう一度オケがT1を繰り返す。これはいわばダメ押しである。T1の反復はすでに8回目。そのメロディは記憶にしっかりと根付いている。ここでは聴き手は演奏を聴くのではない。曲を追いかけるのではない。聴き手は「ファッファ~」の音を合図にして、自ずからT1を歌い出すのである。
ちょっと唐突だが、この感じは宇多田ヒカルの歌によく似ている。チャイコンの提示部から展開部へと至るプロセスを、宇多田ヒカルふうに歌うと次のようになる。
4回目のリピートで展開部に入った君
そんなの言わなくても「ファ」だけですぐ分かってあげる
唇から自然とこぼれおちるメロディ
そこにティンパニが入った瞬間が 一番幸せ
イ長調に転調しても
「ファ」に会うと全部ふっ飛んじゃうよ
メインテーマになかなか会えない my rainy days
でも「ファ」を聴けば自動的に sun will shine
イッツ オォ~トマ~ティィ~~ック ♪
・・・お、お分かりいただけるだろうか?
気になるメロディを追いかけているうちに、まるで恋に落ちるように、
曲の世界に引き込まれる瞬間が訪れる、ということを。
こうなればしめたもの。
あとは第1主題のもと、ソリストとオケと聴き手が一気にねんごろになって
残りの時間を共有していくのみ、である。 ( 第7回へ続く )
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この曲を聴くなら、ソナタ形式について知っておいたほうがいい。もちろん、音楽を聴くのに知識はいらない。ソナタ形式なんか知らなくたって、この曲を聴こうという気持ちさえあれば、あなたなりに、たくましく楽しむことはできるだろう。でも、知っているほうが、より多くの景色を発見できるし、より強いメッセージを受け取ることができる。ソナタ形式を知ることは、この曲を聴く喜びを、今よりずっと大きなものにしてくれるはずだ。
という信念のもと、私は前回に引き続きソナタ形式について語っている。
サンプルはキョンファ盤チャイコンの第1楽章である。では、本題に入ろう。
「ファッファ~、ミレファラミ~、ファミ~、」
で始まる8小節のメロディ。前回はこれをT1と定義した。
これは楽章中で何回繰り返されるだろうか。答えは以下のとおり。
提示部
01:10~03:00
ソロヴァイオリン (T1‐T1‐T1)
展開部
06:24~07:01
オケによる全員合奏 (T1‐T1)
07:50~08:30
ソロヴァイオリン (T1‐T1)
09:02~09:20
オケによる全員合奏 (T1)
再現部
12:48~13:48
フルートとソロヴァイオリン (T1‐T1)
このように、T1は、ソロヴァイオリンで7回、オケで3回、合計で10回繰り返される。
このうち提示部ではキョンファが独奏でT1を3回繰り返す。
1回目はオリジナルメロディで、2回目はそれを重音で加工してこってりと、3回目はそれを細かく刻んで軽やかに、という具合に、同じメロディがさまざまな手法で反復される。反復をどのように表現して自分をアピールするか、ソリストはそれを考え抜いた上でT1を奏でなければいけない。まさに腕の見せ所である。
しかし、ここでのT1の反復はもうひとつ重要な働きをしている。
その効果は続く展開部で現れる。
展開部ではオケがキョンファに代わってT1を演奏する。細工も加工もしていない、T1のオリジナルメロディを、オケ全員で合奏する。弦楽パートのユニゾンにトランペットのファンファーレを重ね、さらにティンパニを加えるという豪華な編成で、提示部を盛りそばに例えるならここは鴨せいろ並みのボリュームである。
「ファッファ~、ミレファラミ~、ファミ~」
パレードのように華やかにT1の冒頭部分が鳴らされると、あら不思議、続いて残りのメロディが、自然と、自動的に、聴き手頭の中に浮かんでくる・・・と、これは少々言い過ぎか。でも、少なくとも「最初のメロディに戻った」という感じを受けるはずである。つまり、聴き手はT1を覚えている。
これこそが、提示部の反復の効果、すなわちソナタ形式の効果である。
提示部において、聴き手はキョンファのヴァイオリンの音色を楽しみながら、知らず知らずのうちに3回のT1の反復を経験している。その経験の蓄積は、「ファッファ~」で始まる4小節を、次に続く4小節と切り離しがたいものにしている。やがて展開部に入り、オケが満を持して同じ音形で呼びかけると、聴き手は即座に反応し、T1のメロディ全体を連想する。
言うまでもないが、T1がこの曲の第1主題である。そして、第1主題を聴き手に覚えさせること、それがソナタ形式の目的である。
人はもともと、まとまった音の連なりをメロディとしてとらえる能力を持つ。しかし、音は生まれたそばから消えていく。メロディも然り。ただ一度だけ聴いても右から左へ通過するだけで記憶に残らない。人がメロディを記憶するためには、それを何度も繰り返し聴かなければならない。楽曲において、できるだけ効果的にメロディを反復すること。そして聴き手にメロディを覚えてもらうこと。それをとっかかりにして、最後まで飽きずに楽曲を聴き通してもらうこと。ヨーロッパの音楽家は長い時間をかけてその方法を追求し、たどり着いた結果がソナタ形式である。
ちなみにチャイコンでは、この後さらにもう一度オケがT1を繰り返す。これはいわばダメ押しである。T1の反復はすでに8回目。そのメロディは記憶にしっかりと根付いている。ここでは聴き手は演奏を聴くのではない。曲を追いかけるのではない。聴き手は「ファッファ~」の音を合図にして、自ずからT1を歌い出すのである。
ちょっと唐突だが、この感じは宇多田ヒカルの歌によく似ている。チャイコンの提示部から展開部へと至るプロセスを、宇多田ヒカルふうに歌うと次のようになる。
4回目のリピートで展開部に入った君
そんなの言わなくても「ファ」だけですぐ分かってあげる
唇から自然とこぼれおちるメロディ
そこにティンパニが入った瞬間が 一番幸せ
イ長調に転調しても
「ファ」に会うと全部ふっ飛んじゃうよ
メインテーマになかなか会えない my rainy days
でも「ファ」を聴けば自動的に sun will shine
イッツ オォ~トマ~ティィ~~ック ♪
・・・お、お分かりいただけるだろうか?
気になるメロディを追いかけているうちに、まるで恋に落ちるように、
曲の世界に引き込まれる瞬間が訪れる、ということを。
こうなればしめたもの。
あとは第1主題のもと、ソリストとオケと聴き手が一気にねんごろになって
残りの時間を共有していくのみ、である。 ( 第7回へ続く )
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