咲とその夫

 定年退職後、「咲」と共に第二の人生を謳歌しながら、趣味のグラウンド・ゴルフに没頭。
 週末にちょこっと競馬も。
 

最後は泣かされる・・・「おせん」

2013-09-03 22:08:15 | レビュー
 「おせん」って、何のこと。食べ物の話なの・・・”おせん”に”キャラメル”ではないよ。

 残念、作家・池波正太郎さんに熱狂し、お気に入りの1冊となった短編小説の表題作「おせん」・・・である。カバー絵は中一弥さんが担当、活き活きとした筆遣いを味わうことができる。その中一弥さんは、今では御年102歳で現役とのこと。

 この13編からなっている「おせん」の小説、すべて女(女性というべきか)が主人公の短編時代小説。どの主人公も魅力的な女性像として描かれており、中には男にしたいくらいの烈婦も・・・。

 そして、どの1編を読み終えても、相変わらず池波小説の世界に引き込まれ爽快な気分になり、その描かれた時代背景を堪能すること請け合い。

 “おせん”は水茶屋で働いていた。

 「水茶屋というときこえはよいが、一種の娼家であり、このあたりのそれを『けころ』とよぶ」と、描かれている。

 その“おせん”に熱を上げた飾り職人の“弥四郎”、職人としての腕の方はなかなかのものらしい。“弥四郎”が小遣い稼ぎに現代でいえば「詐欺」をはたらいて、最後はお縄になり島送りとなった。

 その詐欺とは、何軒もの商家に武士を語って、文を投げ入れ・・・金の無心をする。貸してくれない場合は、それなりの覚悟もあると脅している。

 そのため、多くの商家が“二分”くらいで面倒になってもいけないと、指定された袋に入れて“店の外の中柱”に張り付けておく、すると朝までにはなくなっている。

 このようなことが、いつまでも続く訳もなく、“弥四郎”は捕縛され、それ以外の罪も露見し島送りの刑となった。

 一方、“おせん”に熱を入れるもう一人の男がいた。50歳になる大きな料亭の主人で“金蔵”という。その“金蔵”は、水茶屋に話をつけて、“おせん”を囲いものとするが、したたかな“おせん”は、“金蔵”がお金を持っているからと思って承諾する。

 ある日、“おせん”が妾宅にいたら、“弥四郎”の女房が老婆を連れてやって来る。つまり、島送りになったのは、“おせん”が原因であり、既に“弥四郎”とは離縁している。いい再婚先があるので、この老婆が邪魔になったので、ここに置いていく・・・と、身勝手な口上。

 売り言葉に買い言葉、つい、“おせん”が勝手にしろとわめいたばかりに、“弥四郎”の母親である老婆との暮らしがはじまる。老婆は、けなげにも家のまわりや家のなか、そして食事まで黙々と作るようになり、ぶっきらぼうにしていた“おせん”も、少しずつ口をきくようになる。

 妾宅だから、時折“金蔵”がやって来るが、その老婆をみて、可哀そうだからいつまでもここにおいてやれという・・。“おせん”は、下女としてその老婆と一緒に暮らす。懸命に“おせん”の世話をする老婆、そのうち老婆のしぐさに触れ、どことなく母親の面影をみるようになる。

 ある時、深川・富岡八幡の祭礼があった。この日は“金蔵”が来るからと、老婆に祭礼見物に行くよう小遣いを渡す・・・ところが、この日大事件が。祭りの見物客で賑わうなか、永代橋が川底に落ちてしまったのである。

 “金蔵”をほったらかしにして、老婆の姿を懸命に探しにでかける“おせん”・・・。その老婆が、以前から八幡様に“おせん”の身を案じて祈願をしている姿について、友人から聞かされており、“おせん”は、狂ったように老婆の姿を探す・・・。

 ついに見つからず、うなだれて家に帰ると、何とその老婆が立ちすくんでいた。涙をポロポロとこぼしながら、思わず“おっ母さん”と、叫ぶ。

 このくだりは、さすがに池波小説の最高の部分である。徐々に人の情にめざめた“おせん”という一人の人間が成長する姿が描写されている・・・いいね。

 それから、4年後。

 「『今夜は冷える。おれもいっぱい引っかけていくかな』
  小者も連れぬ一人きりの山口同心は気軽に、おでんの鍋の前へ腰をおろした。
  鍋の向こうに、二十五、六の女と七十に近い老婆の顔が笑っている」

 この部分で・・・その後、“おせん”と老婆がどうなっているのか、よく分かる。

 ちなみに、“弥四郎”を捕縛した山口同心によると、島流しにある“弥四郎”に二人の暮らしぶりを知らせると、真面目につとめるようになり、お上の方のお慈悲もあって、今年中には帰れそうだ・・・とのこと。

 「『弥四郎もあたくしも、おせんさんに救われまして・・・・』
  幸福が涙声となる。
  おせんは、とき芥子(からし)の壺を山口の前におきながら、
  『とんでもない。このおっ母さんに助けられたのは、私の方でございますよ、旦那』
  と、つつましくいった」

 と、この小説は終わる。凄く、いい文体

 さすがは、池波小説の極意、行間を読みとると日本人としての心の琴線に触れることができる。いいね。(夫)


(お気に入りの1冊・・・「おせん」)

にほんブログ村 シニア日記ブログ 団塊の世代へにほんブログ村

にほんブログ村 シニア日記ブログへにほんブログ村
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする