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怒る富士

2017-02-24 09:52:52 | 演劇
おはようございます。

今日は昨日より寒く肌寒いです。

温かくしてお過ごしください。



2か月に一度市民劇場の会員で演劇を見に行っています。


昨日は会員だけではなく一般も見れる演劇を見に行きました。


それは前進座の「怒る富士」です。



江戸時代に本当にあった出来事なのですが、涙が出ました。


物語のあらすじは


五代将軍綱吉の世。宝永4(1707)年11月23日(旧暦)、富士が火を噴いた。山麓の村々は焼け砂に埋まり、田畑は壊滅したのである。幕府は急遽、関東郡代・伊奈半左衛門に被災地代官を命じた。だが、幕閣たちは醜い派閥抗争に明け暮れていた。
 
ある日、半左衛門の陣屋に深沢村の若者・佐太郎、こと ら4人が訪れた。彼らは命がけで村を出て来たのであった。「食する物は何もなく、鳥さえも去っていった・・・・・・」半左衛門は被災地に急行し農民を励ます。「お上は決して民を見捨てはしない―」と。
 
だが幕府の裁定は亡所というものであり、村々では飢えに倒れる者や故郷を捨てる者が相次ぐ。
将軍が代わり実権は柳沢吉保から間部越前守に移るが、誰一人として富士山麓に目を向けようとはしなかった。半左衛門は己の命を懸けて公儀に異を唱える決心をする。そして、その義心に心動かされた駿府代官は・・・・・・




富士山が何度か爆発し、多くの農民は生活ができなくなりました。


田畑を耕しても泥のような砂ではどうにもできません。


食料もなく多くの農民は飢えに苦しんでいたのです。



そこへ伊奈半左衛門が目にしたもの、それは多くの農民が飢餓に苦しみ続けている事実でした。


”何とかしたい、皆を助けたい”その一心で保身を投げうって幕府に直訴に行くのでした。





これは震災復興の為に行われた演劇です。


私の町も去年の熊本地震でかなり揺れました。


大きな被害はなかったものの一度大きな揺れを体験するとその恐ろしさは忘れることは出来ません。


私たちは常に災害と隣合わせです。決して昔の事だからと傍観するのではなく、もしかしたら自分の身


にも大災害が起こるかもしれない・・。


そのような気持ちは必要ではないかと感じます。


それからこの演劇を通して昔の日本人の気質もよくわかります。


苦しい時は助け合い、どんな小さな物ごとでも有難く感謝する気持ちです。





そしてこの伊奈半左衛門のような人が今の時代必要ではないかと書かれてありました。


自分の事だけ良かったら良いのではなく、他の人の事も思いやれる人でありたいと思います。







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