ジュリエットな日々

平凡ながら前向きに、
楽しみ上手に毎日を過ごしたいな・・・

いたたまれない

2006-06-23 14:50:59 | ひとりごと
父に成績知られたくない 犯行当日、保護者会 (共同通信) - goo ニュース

久しぶりのブログ。
この事件の事が、昨日から、心に重い。
こういう報道のされかた、問題の捉え方になるんだろうな、と思っていたとおり。

もちろん報道されたいくつかの事柄から、
受け止める側、それぞれの感じ方の範囲で、
これを身近な問題ととらえるか、文字通り対岸の火事と眺めるかなんだけど。
私もその範疇からは出ないのだけど。
少なくとも、対岸の火事とは思えない。

手に取るようにわかる気がするのです。
彼のおかれていた状況、彼の気持ち。
それだけに、かけがえのない命を失ってしまった、彼の3人の家族に対しても、
いいようのない悲しみで心が一杯になる。

この子の通う学校を、
息子もかつて中学受験した。

決してガリ勉学校ではない、
根底に仏教がある、おおらかでゆったりとした校風は、
6年間、人間を育てるという意味で、
環境もあわせて、非常に質の高い、魅力のある学校だった。
近ければ、ぜひにと思ったのだが、
やはり通うには遠くて、ご縁がなかったが、
友人知人の子ども、子どもたちの友人にも出身者が何人かいて、
私の感じているとおりの校風ではないかと思う。

学校が彼を追い詰めたわけではないと思う。
追い詰めたのは、
医学部にいくための成績というスタンスでしか彼を評価しない、
彼のまわりの大人たちでしょう。

誤解を恐れずにあえて言うと、

世の中の、この予備軍にいつでもなりうるお父さん、お母さん、
特にまわりに医師しかいないご家庭のご両親。
医師になることだけが人生の勝者じゃないはず。
問題をすりかえずに、わが事として、
わが子の心をちゃんとのぞいてあげて欲しい。
こうありたい自分と、こう見られたい自分と、現実の自分と。
自分の居場所がわからなくなってるだけなんだから。
成長期には誰にでも心の葛藤はある。
苦しむ時期があっても、いつか上手に乗り越えられるはずなのよ。
誰だって、そうやって大人になるんだから。

えらそうな、モノ言いだとは思うけど、
子育てしてきたものとして、
心から、なんとかならなかったのかと、残念で仕方ないんよね。
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車のない生活

2006-06-04 23:59:20 | 今日の出来事
最初に・・・
ブログにログインしてびっくりしたんだけど、
こんなにサボり続けて更新もしてないのに、
昨日のアクセス数、なんで3桁なの?
なんか、最近、検索にヒットしそうなコトバ使ったかしら?
あけてがっかりした方すみません。

今日はね、
やっと、新車が来ました。
しばらく車のない生活で、
不便だったけど、新発見いろいろあって、
やっと慣れた頃。

我が家は駅から遠いし、しかも高台にあるので、
車がないと、どこへ行くのも非常に時間がかかる。
バスで駅まで15分、朝夕は本数も多いから、仕事や学校に行くのは、
少し早く出れば大丈夫。
昼間の買い物は、時間さえあれば、運動を兼ねて散歩すればいい。
でも、車だと全部で1時間でまわれる用事が、
歩き、バス、電車だと、3時間かかる。
午前中が終わっちゃう。
まあ、考え方を変えれば、1時間で通り過ぎる光景やできごとを、
ゆっくり3時間かけて取り組める幸せってことなんだけど。

でもね、
慣れればなくても暮らせるか・・・なんて家族で話したのは嘘のように、
車が来た途端、ほっとした。
もう安心、やっぱり車便利よねえ、と、買い物に送迎に、ばんばん使いまくり。
さあ、また元の行動範囲に戻って、
ばんばん出かけるわよ〜
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好きな歌

2006-05-30 00:04:53 | ひとりごと
私の大好きなシャンソンに、
「サンジャンの私の恋人」という歌がある。
昔、金子由香里さんのアルバムに入っていた切ない歌。
聖人バプテスマのヨハネ(フランス語でサンジャン)のお祭りで出会った行きずりの美しい男への切ない恋の歌。
物語好きの私としては、情景が目に浮かんで、たまらない歌なんです。

もともとは、リュシエンヌ・ドリールという人の歌。
フランソワーズトリュフォー監督の映画「終電車」の挿入歌としても使われているそうです。
活躍した時期がちょうど第二次世界大戦前後だからか、
45歳で亡くなったせいか、
ピアフやイヴェットジローほどの知名度もなく、
ネットで調べても、あまり資料もない。
顔も見たことない人。
でも、声はいかにも古き良き時代のパリのシャンソン歌手。

そのリュシエンヌの歌で、もうひとつ好きな歌。
それが「ルナロッサ」意味は、赤い月。
こちらも切ない恋の歌なんだけど、
切羽つまった感じの「サンジャン・・・」よりも、
どこかのんびりおっとりしてて、
「教えて赤い月さん、あの人は私を愛してるの?」と呼びかけるところが、
何とも言えず可愛らしいメロデイーなんです。
これもときどきシャンソンを聴きにいくと、
巡り合うことがあるスタンダードな歌。

バラをいろいろネットで検索するうちに、
ある日、この「ルナロッサ」という名前のバラがあることを知りました。
花びらがフリルになった、小ぶりのスプレー咲きタイプ、フラワーアレンジによく使われるようです。
しかもこのバラは、日本の静岡で作られたバラだそう。
オレンジの、どこかコケテイッシュなバラ。
リュシエンヌ・ドリールは、もしかしたらこんなイメージの人だったのかもしれない。




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青いバラの誘い

2006-05-28 15:51:05 | ひとりごと

青いバラについて
なぜ青いバラが存在しないか・・・

花の神フローラがニンフの生まれ変わりである美しい花バラの花弁に、色を与えるとき、
死を暗示する不吉な色だからと青色だけは与えなかったから。
これはギリシャ神話のお話。
青いバラはさまざまな心象の象徴として、映画にも小説にも登場する。

英語では「不可能」「存在しない」という意味のブルーローズ。
青いバラを作ることは、園芸家たちの見果てぬ夢だったし、
より美しくと、
交配と改良が何百年にも渡って続けられた結果、
現代に至るバラの品種にも、
出せない色があるという事実は、実にロマンチックな話だ。

ブルーヘブン、ブルームーン、ブルーバユー、ブルーリボン。

ブルーと名づけられた美しいバラはたくさんあるけど、いずれも、
青みをおびている」というだけで、スキッとした空の青さではない。
それでもその「青み」をおびさせるために、それを作った園芸家たちはどれほどの年月と努力を捧げたのだろう。
そんな花たちの微妙な色合いですら、
青いバラ」の神秘に魅せられた人たちの思いの結晶のように感じられ、
それもまたたまらなく魅力的だ。

青いバラという神秘的などうしようもない存在は、園芸のみならず、
文学や美術など芸術の世界にも、さまざまに寄与してきた。
ありそうでありえない美しい存在は、想像力と憧れをかきたてる。

いつか青いバラに出会いたい・・・と。

ところが最近、どうしても青色が存在しなかったのは、
本当に、神様が青色だけを与えなかったということらしいと知った。
どれほど交配を重ねたところで、もともとバラの花弁には、
花の青色のもとである青色色素デルフィニジンそのものが存在しないため。もともとないものをどれほど組み替えたところで出てくるはずがない、
遺伝子レベルの話だってことが20世紀になってやっとわかったらしい。

そしてついにその遺伝子を組みかえることで、
青いバラ」が誕生してしまった。

昨年だったか話題になったニュースでそれを知ったとき、
私はとてもとても複雑な思いがした。
クリスマスのサンタさんの正体を無理矢理知らされた子どものような味気なさというか。

サントリーのホームページにその「青いバラ」の紹介と仕組みの説明と、写真があるので、みてください。 

http://www.suntory.co.jp/company/research/blue-rose/

実に明快。この紫っぽい青いバラ、どこにも神秘性を感じない、あっけらかんとした美しさ。ま、これはこれで快挙だとも思う。

私はこのページを何度も何度ものぞいてる。
気に入ったわけではなくて、なんなのだろう、
腑に落ちないって感情かな。

私の求めていた青いバラは、たぶんこれじゃなかったなって、
確認してるんです、きっと。

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バラが好きだけど

2006-05-26 19:49:01 | お花の写真
美しき5月のバラ、
花そのものはもちろん、
薔薇という漢字も、バラのようなという形容詞もたまらなく大好き。
どこか造り物めいた嘘くささ、冷たさを感じさせ、
甘やかで華やかで、気高くもあり、俗っぽくもある。

ずっと以前、実家の門から庭に通じるところに、
母がツルバラでアーチを作っていた。
この季節になると、それは見事な真っ赤なバラが咲き、
ところが花にみとれながらうっとりとそこをくぐろうものなら、
容赦なくちょうど顔の位置にぴしゃりと小枝の攻撃をみまう。
若き乙女だった私は、それで額を傷つけたことがあって、
家族から、丹下左膳か、月形半平太か(若いひとにはわからないでしょうね
なんて言われてさらに傷つき、
以後しばらくバラが大嫌いになった。

そのせいだったかどうか忘れたが、
いつのまにかバラのアーチはとりはらわれ、
今は味気もない中くらいの常緑樹が行儀よく並んでいる。
バラが大好きな母も年老いて、庭仕事への情熱も醒め、
芝生は父が手入れしているが、これからの季節、ときどき私が草むしりに行かないと大変なことになってしまう。
あーあ、私も腰が痛いのに・・・

うちの庭は小さすぎて、バラは植えられない。
鉢で育てることもできるから、毎年悩むんだけど、
バラへの思いが強すぎるせいか、
なかなか決心がつかない。
バラは手をかけるのよ・・・母の口癖。

今日は仕事が休みだし、バラの写真を撮りに行こうと思っていた。
この季節になると、ふらりと訪ねるバラ園があり、
今年はまだ一度も行ってない。
ただ、今、車がトラブルで(事故ではなく故障で)なんやかやあって、
足がないので、お天気が悪いとちょっと行けなくて、
断念した。

バラ園にも行けない、家にも植えてない。
美しいバラの写真は、

すなふきん-3さんのブログ

を見て楽しむことにします。
こちらは見事です。

仕方ないので、
我が家で咲きはじめたサフィニアと、花手毬の写真。
いずれも去年から冬を越して刈り込んで、
ひとまわり大きくなってまた花をつけました。
もう少し伸びたらまた刈り込んで、
もう一回楽しむ予定。













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ツツジの壁

2006-05-16 13:41:07 | お花の写真
ほんとにお久しぶりです。
例のごとく、決して無理せずマイペースを貫きとおすわがままなブログ更新で、
お恥ずかしい限り。
ひょっとして5月に入ってはじめて???

振り返れば、あっという間だけど、連休をはさんでいろんなことがありました。
親戚の法事、不幸、お出かけイベントづくしで、東京まで遊びに行き、大風邪を持って帰ってきた長男。そしてそれが見事にうつった私。
まったく腹立たしい。大学生になってから、勉強してるところなんか見たことがない。あんなに勉強して大学に入ったのは、このパラダイスを得るためだったわけ?
ぷんぷん、ごほごほっ

それはさておき、
この季節になると、少し遠くまで、
散歩の足がついつい向いてしまう場所がある。
それが、この写真の坂道、

ツツジの壁

写真ではちょっと、全景は無理なんですが、
長い坂道にそっての、切り立った斜面を利用して植えられたたくさんのツツジが、
いっせいに咲いて
ツツジの壁になるんです。
車で通るときは、
坂道の下から上へ走り抜けると、
ツツジのトンネルをくぐるみたいな感じ。

今の季節だけのスペシャルなフラワーロード
ひとつひとつも可愛いツツジです。









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ハナミズキ

2006-04-26 12:17:39 | お花の写真
昨日、シャクナゲを変換したら、
石楠花というきれいな漢字が出てきたので、
調子にのって、ハナミズキを変換したみたけど、
花水木とは出てこなかった。何故??

今年は花数が多く、色もきれいな我が家のハナミズキ。
桜が葉桜に変わって、
八重桜が終わりにかかるころ、
今度は赤白のハナミズキがあちらこちらで街路を彩ります。
新緑の明るい柔らかい緑に優しく映えて、
とってもきれい。
阪神間の日差しはもう初夏だけど、
今年はなんだかまだ肌寒い。
歩くにはいい季節です。
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その後

2006-04-19 16:54:03 | 今日の挑戦
我が家のチューリップちゃんのその後です

最初の一輪もなかなかでしたが、隣のピンクも・・・
チューリップとは思えない大胆な咲き方。

さて、よもやま話。
何気なく送った携帯メールが、感情の行き違いの原因になることって多々ありませんか?
昨夜遅く娘が家の電話で、珍しく長話をした後泣いてたみたいなので、
今朝、尋ねてみたところ、

自分ではそういうニュアンスでなかったつもりのメールが、
遠方に住む高校時代の親友に誤解を与え、知らない間に相手の感情が拡大されて、
他の友人をも巻き込んでトラブルになってしまってたという。
メールでやりとりしてるうちにラチがあかず、
結局直接電話してひとつひとつの誤解を解いたということ。
最初は「なんでそんなことで私がキレられなきゃいけないのよ!?」と、
感情的に逆切れして突っかかりモードだった娘は、
お互いの誤解が解けて、電話を切ったあとで、
東京で一人暮らす親友が、どんな気持ちで自分の心ないメールに傷ついてもんもんとしてたかを考えると、
自分の至らなさが申し訳なくて、情けなさで泣けたそうです。

なんだ、そんなことだったのか。
彼氏とでも喧嘩したのかしらと、読んでいたのに

メールは、短い言葉で用件を伝えることができる便利な手段。
口に出してはなかなか言えない気持ちや言葉も、
すっと送ることができて、メカ音痴の私のようなオバサンでも重宝してる。
でも人とのコミュニケーションには不適切ではないかと常々感じています。
送り手の一方的な言葉の羅列から、
表情やニュアンスまで汲み取ることは不可能よ。
受け取る側次第で、言葉のむこうに勝手な想像や解釈はいとも簡単につけられる。

結果、本当に気持ちまでが伝わってるのかどうかなんてわからない。
メールで喧嘩になった、とよく聞くけれど、
それはメールだからでしょう?という部分が大きいんじゃないのかな?
本当に大事なことだったら、
ちゃんと言葉のやりとりで確認しなくちゃ。
「話せばわかる」って昔から言うではないの。
相手の表情、言葉のニュアンス、わからないことは聞き返せる。
相手を怒らすんじゃないか、言い返されるのが面倒だし、、、
どうせ言ってもわからないからってあきらめるんなら、
元々その程度のことだよね。
メールを過信しないこと、そう自覚してるだけでも、
ずいぶん気のもちようが変わるように思うのだけど。
娘も少しは感じ入ったかしら?




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咲いた咲いた

2006-04-15 15:40:04 | お花の写真
今年は植えたのが遅かったから、
よそさまチューリップがどんどん咲いてるのを横目に、
やっと我が家も咲きはじめました。

植えたというよりも、球根を埋めただけ。
しかも、ホームセンターの前で球根てんこ盛りしてた中から、
適当に買って埋めてたので、
どんな花が咲くやら、咲いてのお楽しみと思ってたら、
フリルのついた派手めの花が咲きました

まだ数本、未開花のツボミが。
これはどうやらノーマルな雰囲気。

どの花みても可愛いな

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夢のお城

2006-04-14 01:08:02 | 今日の挑戦
ちょっとピントがあってないけど、
これはかの有名な宝塚「花の道」の桜。
お天気はもひとつながら、今満開、夢夢しさいっぱい。

そう、今日は友人に誘われて歌劇を観に行きました。
二時間半の別世界。
現実から完全に隔離されて、夢にうっとり、楽しかった〜♪
命の洗濯。
リフレッシュできました。
NEVER SAY GOODBYE 〜♪

↓は、桜に囲まれたその夢のお城の入り口



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