デカルトが自分が育った伝統的な学問全体を疑い、疑いきれない命題として「疑っている(考えている)私が存在している」に到達、その基礎の上に新時代の学問体系を構築しようとした、という話は有名である。思考する私は「主観」と呼ばれ、それ以外のすべては「客観」と呼ばれる。すると、デカルトは、世界を「主観/客観」という2分法でとらえたことになる(「思惟/延長」という2分法も有名だが、いまそれは考えない)。
2元論は哲学者には不評で、多くの場合不十分な説明だとされる。デカルトの2分法はしばしば「主客分裂」などと言いあらわされる。分裂は「歓迎されない」という意味を含んでいるだろう。不満の内容を具体的にいうと;デカルトの主観はもっぱら認識にかかわる概念である(「認識主観」などといいかえられることが示すように)。しかし、知情意という言葉が示すように、人間はもっと多様な存在者である。すなわち、それはいろいろな感情をもつとともに、善悪の判断を行う。それらの要素がデカルトの主観から捨象されている。知るという行為が、それら他の要素と独立に理解されうるのならばそれでもよいが、必ずしもそうではないのではないか。実際的関心に導かれて「知る」が成立するのではないか。このような不満から、分裂を克服する思考法が追及されてきた。
主観は単なる認識主観ではなく,知情意を備えた私であるとしよう。その私と世界との関わり方はどうなるであろうか。いくつかの可能性の中で,それらは相互依存的であるであると考える道がある。私は世界によって私だし,世界は私によって世界である,と考える道である。人間を「世界内存在」(In-Der-Welt-Sein)として規定するハイデガーは,そのような道をとったようだ。
私は世界とは別物で世界と全面的に対面し,それを思考し認識する存在だというデカルト的人間観に対し,ハイデガーは,生まれた瞬間世界に投げ込まれ,その中で生き,自分と世界(の意味)を相互に構成していく存在としての人間,という見方を対置する。そのような世界内存在としての私の存在様式の分析を通して「存在そのもの」に至ろうとしたのが,未完に終わった「存在と時間」だ。
私の存在様式を分析し,いろいろなものが私にとって役立つものとして存在し,その役立ちネットワーク全体が世界だ,とハイデガーは考える。さらに,私の存在様式には本来的あり方と非本来的あり方がある,という(ことばの意味から,ハイデガーは前者を推奨しているのだろう)。非本来性への落ち込みが「頽落」だ。雑談や好奇心にまかせてニュースをみる,他人事として世間話をする,などがそれである。それでは,本来性にわれわれを導くのは何か。それは,死の可能性の自覚である,という。
(http://www.asahi-net.or.jp/~rt8s-ymtk/tetugaku/sonzaitojikan.html
http://www.geocities.jp/enten_eller1120/text/seinundzeit/seinundzeit-1.html)
親鸞の時代(源平争乱から鎌倉時代),多くの人々が死の可能性を現実的な可能性としてとらえていただろう。その意味では,多くの人々が「本来性」のなかにいた。しかし,本来性は問題がないわけではなかった。それどころか,本来的生は苦しさに満ちたもので,その苦悩からの解放が問題なのだった。親鸞の問題はそれだった。
ごく若い頃,存在と時間を読んで不思議に思ったこと
(1)なぜ人間存在(「現存在」)の分析から出発するのか。そこから,どうして「存在そのもの」に到達できると考えるのか。
(2)人間の対なものとしての世界と外的世界(物理的世界)とは異なるだろう。かりに主客分裂がなくなったとしても,2つの世界という2分法があらわれているのではないか。
この疑問は今もある。デカルト主義を克服するといいながら,「私」から出発するデカルトの思考圏で,少なくとも「存在と時間」のハイデガーは考えているように思えてならない。後期の「古代ギリシャのことば」の分析論はちがうだろうが。「ことば」の分析で存在そのものに至る,というアプローチがそこでハイデガーがとったものだとすれば,これにも私は懐疑的である。
(ここでの私のハイデガーの理解はかなり皮相的かもしれない。詳しくはhttp://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0916.htmlなどを読まれたい。ご批判を歓迎します)
2元論は哲学者には不評で、多くの場合不十分な説明だとされる。デカルトの2分法はしばしば「主客分裂」などと言いあらわされる。分裂は「歓迎されない」という意味を含んでいるだろう。不満の内容を具体的にいうと;デカルトの主観はもっぱら認識にかかわる概念である(「認識主観」などといいかえられることが示すように)。しかし、知情意という言葉が示すように、人間はもっと多様な存在者である。すなわち、それはいろいろな感情をもつとともに、善悪の判断を行う。それらの要素がデカルトの主観から捨象されている。知るという行為が、それら他の要素と独立に理解されうるのならばそれでもよいが、必ずしもそうではないのではないか。実際的関心に導かれて「知る」が成立するのではないか。このような不満から、分裂を克服する思考法が追及されてきた。
主観は単なる認識主観ではなく,知情意を備えた私であるとしよう。その私と世界との関わり方はどうなるであろうか。いくつかの可能性の中で,それらは相互依存的であるであると考える道がある。私は世界によって私だし,世界は私によって世界である,と考える道である。人間を「世界内存在」(In-Der-Welt-Sein)として規定するハイデガーは,そのような道をとったようだ。
私は世界とは別物で世界と全面的に対面し,それを思考し認識する存在だというデカルト的人間観に対し,ハイデガーは,生まれた瞬間世界に投げ込まれ,その中で生き,自分と世界(の意味)を相互に構成していく存在としての人間,という見方を対置する。そのような世界内存在としての私の存在様式の分析を通して「存在そのもの」に至ろうとしたのが,未完に終わった「存在と時間」だ。
私の存在様式を分析し,いろいろなものが私にとって役立つものとして存在し,その役立ちネットワーク全体が世界だ,とハイデガーは考える。さらに,私の存在様式には本来的あり方と非本来的あり方がある,という(ことばの意味から,ハイデガーは前者を推奨しているのだろう)。非本来性への落ち込みが「頽落」だ。雑談や好奇心にまかせてニュースをみる,他人事として世間話をする,などがそれである。それでは,本来性にわれわれを導くのは何か。それは,死の可能性の自覚である,という。
(http://www.asahi-net.or.jp/~rt8s-ymtk/tetugaku/sonzaitojikan.html
http://www.geocities.jp/enten_eller1120/text/seinundzeit/seinundzeit-1.html)
親鸞の時代(源平争乱から鎌倉時代),多くの人々が死の可能性を現実的な可能性としてとらえていただろう。その意味では,多くの人々が「本来性」のなかにいた。しかし,本来性は問題がないわけではなかった。それどころか,本来的生は苦しさに満ちたもので,その苦悩からの解放が問題なのだった。親鸞の問題はそれだった。
ごく若い頃,存在と時間を読んで不思議に思ったこと
(1)なぜ人間存在(「現存在」)の分析から出発するのか。そこから,どうして「存在そのもの」に到達できると考えるのか。
(2)人間の対なものとしての世界と外的世界(物理的世界)とは異なるだろう。かりに主客分裂がなくなったとしても,2つの世界という2分法があらわれているのではないか。
この疑問は今もある。デカルト主義を克服するといいながら,「私」から出発するデカルトの思考圏で,少なくとも「存在と時間」のハイデガーは考えているように思えてならない。後期の「古代ギリシャのことば」の分析論はちがうだろうが。「ことば」の分析で存在そのものに至る,というアプローチがそこでハイデガーがとったものだとすれば,これにも私は懐疑的である。
(ここでの私のハイデガーの理解はかなり皮相的かもしれない。詳しくはhttp://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0916.htmlなどを読まれたい。ご批判を歓迎します)










