地方の三文小説家「東義久」の独白

東義久のブログです。

昨日、大阪の阿倍野へ行って来た。

2014-12-14 07:05:54 | ひとりごとの部屋
12月13日、大阪の阿倍野へ行って来た。観たいものがあったからで、アベノハルカスへ行きたかったからではない。
ひとつは、「第6回高円殿下祈念根付けコンペティション」。これは、ぼくの思っていた骨董的な根付けではなくて、大阪芸大の学生が作った新しい者が多く並べられており、また観客も少なくゆっくり観られた。
昼食をハルカスの近くの串かつ屋ですまし、次は阿倍野の近鉄百貨店で開催されている「トーベ・ヤンソン生誕100年記念ムーミン展」に行った。これは根付け展とは違い、入場するのに30分待ちで中に入っても順にならんで観るという人気ぶりだった。トーベの原画150点以上が並び思っていた以上に小さな、そして近くで観る挿絵作品に驚かされた。
「崇拝するものを持たないほうが自由でいられる」と、いうトーベの言葉に心ひかれた。
ミーやスナフキンに会えたのはよかったのですが、強行軍に家に着いたころにはヘロヘロ。齢ですなぁ!


昼は串カツ。
ムーミン展は満員。
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京都新聞に連載中の「随想やましろ」が掲載になりました。

2014-12-12 11:21:05 | 文学の部屋
京都新聞に連載中の「随想やましろ」が掲載になりました。
12月12日の京都新聞山城版に、「姉さん女房」と、題して父のことを書いてみました。
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次回本の出版に向けての打ち合わせ。

2014-12-11 01:13:11 | 文学の部屋
12月9日は、午前中、大阪の天満橋のキャッスルホテルに行って来ました。
今回は、次の本が久しぶりに出るので、澪標の出版社の松村信人社長と会って打ち合わせをするためです。
澪標はぼくと故高林陽一監督の原作と脚本を出してもらった出版社で、これまで書き溜めた童話を一冊にするということになっています。うまく話が進めばいいのですが・・・その折りは、みなさんもぜひ買ってください。
今のところ、「童話屋でござる〜13の薬瓶」と、いうタイトルで話は進んでいます。
どうなりますやら、ご期待よろしく。

打ち合わせ場所。

松村氏。
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レアな音源をもらった。

2014-12-01 23:10:38 | 音楽の部屋
今年の7月に天国へ旅立った松田幹夫、彼はその昔、村八分というバンドのリードギターであった。
一人目のリードギターであった山口富士夫も亡くなり、もちろんチャー坊も亡くなって村八分も伝説のバンドになってしまった。
彼は晩年、一人で活動していたが、ぼくは彼の生ギター一本で歌うブルースが好きであった。
今から5年ほど前、宇治の萬福寺で彼は歌った。話は聞いていたが都合がつかず行けなかった。
その音源が残されていて、こてっちゃんからもらったのである。
曲は、ロックミーベイビー、それと日本語のブルースっぽい曲が3曲、そして、しめはエルモアジェームスのダストマイブルームだ。
最後のほうはチューニングを変えてスライド奏法である。
30分ほど、多分ヤマハのフォークギターで楽しませてもらった。
バイバイ、ミッキー!

萬福寺での演奏の写真。

ミッキーの音源。

届けてもらいありがとう。
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父の満中陰が終わる。

2014-11-30 02:44:37 | ひとりごとの部屋
父が10月10日に亡くなり、昨日、満中陰法要を済ませた。うちの家は浄土宗である。母は10年ほど前に亡くなったので、経験済みのはずが判らないことばかり。初七日からはじまり御詠歌を詠むのだが、これが覚えていない。幸い区長さんが唱えにきてくれたのだが、御詠歌は難しい。
満中陰の日、父は浄土に旅だったのだという。その日、笠餅といって、これも母のときのことを覚えてないのだが、お餅を人形に切って並べ体に悪い部分がある人に持って帰ってもらう儀式である。
父は母より3歳下であったが、死ぬ前にそのことを訊くと年上の女房はしっかりしてなんでもしてくれたからよかった、と嬉しそうにいっていたのが印象に残っている。
親父は大人しい静かな人であったが、最後、死んだ日は台風19号の日、なんだか親父にやられたような気がしてしょうがない。
忌明けも終わり、父は母と再会しているのだろうか。
久しぶりに息子たちも東京、滋賀から戻って爺ちゃんの満中陰法要に参列し、想い出を語っていた。


法要が始まる。


傘餅。




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舞妓の茶に行って来ました。

2014-11-26 00:30:41 | 友だち数珠つなぎ
25日、京田辺市の舞妓の茶本店に行って来ました。今回は父が亡くなってお供養の品を買い求めるという目的もあったのですが、久しぶりに奥さんと喋ることも楽しみでした。と、いうのもぼくは舞妓の茶のカプセル入りの抹茶が気に入っていて、20年ほど前から本店によくお邪魔させてもらっていたのですが、その都度過分な気遣いをしてもらっていたからです。
最近は仕事の関係で日本のあちこちへ社長であるご主人と出かけられていることをFBで知っていたので、ぼくらもこの夏に泊まった横浜のニューグランドホテルの話で盛り上がりました。しばらくして偶然、娘さんも来られ話はますます盛り上がりました。そして、またまたお土産ももらい、帰ってきました。
ありがとさんでした。

囲炉裏でおもてなしの本店です。

奥さんとうちの会い方さんでーす。
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ブルージィー・パパ、今年最後?のコンサートは呉竹文化センター。

2014-11-25 00:17:34 | 音楽の部屋
11月24日、ぼくらのバンド、ブルージィー・パパ、今年最後?のコンサートが京都丹波橋の呉竹文化センターであった。
いつもはライヴハウスなどが中心で活動しているので、ホールでは久しぶり。今回は、伏見のレミューズカフェが協賛してくれ、アマチュアのミュージシャンが出場。お客さんも結構、入ってもらっていて、それなりにのれて楽しかった。
楽屋では、みのさんや、おつるさんと、これもノリノリで楽しく過ごせた。
終わってから、お好み焼き屋さんで反省会。
来年もよろしゅうに!

いざ、ブルージィー・パパですよー。

ぼくでーす。

たっちゃんのハープが泣いてまーす!

たくちゃんが歌ってます。

上野くんです。

メンバー全員で記念撮影。

楽屋でミノハンとのりのり。

お好み焼き屋で反省会。二人とも反省無し!
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同人誌「さんじゅうまい」を35年振りに発刊。

2014-11-18 23:26:26 | 文学の部屋
今から35年ほど前、それはぼくが小説らしきものを書き始めたころのこと。
ぼくは、京都の或る同人誌に所属していた。
そこでなぜか不思議に気が合った3人、ぼくと、猪飼丈士、伊佐四四信。
3人で同人誌を発行しようではないかと意気統合した。原稿用紙400字詰め30枚
あれば何でも書ける。だから「さんじゅうまい」と、いう同人誌名は猪飼が考えた。ぼくはいちばん若かったため、猪飼からいわれ表紙デザインをしたらしいのだが、そのことをまったく覚えてはいない。が、猪飼はぼくのデザイインした表紙画を持って35年ぶりに現れた。なにか忘れ物をしたようで、気になって仕方がない。3人で今更ながら同人誌を出そうではないかということだった。
6か月の間に作品を仕上げ、11月に発行することを決め、ぼくらは判れた。暫くして猪飼から写真の葉書が送付されてきた。その葉書には、「砂山の 錆びたナイフに 春の雨」と、書かれていた。
そして11月、「さんじゅうまい」はひとり20部ずつ出来た。
さて、ナイフは錆びているかどうか、楽しみである。

ぼくのデザインが35年ぶりに生き返った。

猪飼さんからの葉書。左から、猪飼、伊佐、ぼく。

目次。
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ステンドグラスの発表会があったので観てきた。

2014-11-18 00:43:37 | 友だち数珠つなぎ
11月14日、京都文化博物館で友人のステンドグラスの展覧会があったのでのぞいてきた。
村田さんの作品はすてきだった。
同じ会場でクラシックの演奏と歌もあって、ステンドグラスが雰囲気のある空間を作り上げる舞台装置にマッチしてとてもいい感じに思った。


村田さんの作品。

会場。

クラッシクの演奏。
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ぼくの創作民話「こうの巣山のヨジババ」民話劇団さくらにより上演。

2014-11-18 00:07:14 | 文学の部屋
11月16日、第17回城陽作業所まつりでぼくの創作民話が上演されたので観てきた。
最近、ぼくの童話が紙芝居や朗読で取りあげられることが多いが、芝居は初めて。そして民話劇団さくらでは、この演目の上演は二回目。
今回は劇団の黒田尚子さんの脚色で、ぼくの暗い話をコミック調に仕上げている。
それはそれでおもしろかった。

熱のこもった演技!


黒田さんと座長の並川理子さん。
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卒論の取材を受けたのでお手伝いです。

2014-11-17 23:43:01 | 音楽の部屋
同志社の学生さんが卒論で京都の70年代からのB級文化について書くので、話を聞かせて欲しいということで、14日、京都で会った。
これは、2012年にミネルヴァ書房から出た「京都・観光文化への招待」のなかに「学生のまちの音楽空間と物語性〜60年代以降の京都B級音楽からの一考察」と、題した小論を掲載し講義もしたのだが、それに興味を持ってくれた学生さんである。
ある程度のことをしゃべり、そのあと当時の雰囲気が少しだけ遺るほんやら洞に行き、甲斐さんとも少し話した。
さて、いい卒論を書いて欲しい。がんばれ学生!

話を聞く。

甲斐さん。
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友人の北岡幸男くんが所属する旦椋会の作品展があったのでのぞいてきた。

2014-11-02 00:03:31 | 友だち数珠つなぎ
10月30日、旦椋会の恒例の作品展が宇治市のギャラリー大久保で開かれているので覗いてきた。この作品展は今回で第29回を数える。
北岡幸男くんの今回の作品は、彼が日常で収穫する野菜を題材にした画と、岡山の登り窯に通って焼いた焼き物たち。
今回も彼の創作意欲に触発されるものがあった。

自作の前で。

彼の焼き物たち。

会場。

おなじみになった彼の作った野菜の作品。
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拾得に 「よしだよしこ」 現る!

2014-10-26 17:16:33 | 音楽の部屋
10月25日、京都のライブハウス拾得によしだよしこが登場。
この時季、京都の夜は少し寒い。
ライブの始まる午後7時、拾得の入り口の黒い幕がおろされると、よしだよしこの世界が始まった。
彼女の声に温もりを感じ、こころがほぐされる。
忘れないということ、でスタートした彼女の時間に違和感なく溶け込んで行った。
笑って、唄って、と繰り返しのリフが心地よい。
彼女の弾くダルシマーにのって、トンネルって溜め息なんだろう、という歌詞はぼくの気持ちにしっかりとからみついてくる。
ギター一台で織りなすよしこの世界、ほんとに心地よい。
魂のありかっていう歌、自然でいい。いい歌なんだろうな、と改めて思った。
ぼくの席から譜面台が邪魔をして顔が見えないことに気づき、譜面台を移動してくれたハンサムよしこさん、帰路、京都の路地を少し心を開いて歩いていた。
次のライブが楽しみだ。







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ノブの京都での2回目のライブがモダンタイムスであった。

2014-10-26 10:23:24 | 音楽の部屋
10月24日、佐藤宜彦、ノブの京都での2回目のライブがモダンタイムスであった。
今回は、前回の3人のメンバーに加え、ドラムとシンセが加わったバンド編成。
36度5分で始まったステージは1部がオリジナル中心で進み、9曲を歌い切った。
ノブが同志社の出身ということもあり、当時の学友たちが大勢来ていて、彼の人柄がしのばれる。
2部は、1部よりもロックっぽく始まったが、途中ゲストでスパニッシュ・ハーレム・ナイト時代のメンバーの水谷けいじが参加、懐かしいイッツ・トー・レートやマスカレード、ジョージア・オン・マイ・マインド、果てはゴールデンカップス時代の長い髪の少女や好きさ好きさ好きさなども演奏し、客席を盛り上げていた。
2部はアンコールを含め16曲をノリノリのうちに終えた。
バンド編成のノブのステージ、昔のメンバーも見られ、結構、楽しめたライブであった。
ノブお疲れ!

ノブのライブの後、ちょっとだけ酒を呑みたくなり、八文字屋に寄った。甲斐さんとアドちゃんが迎えてくれた。アドちゃんの最終の日だったようで、少し寂しかった。


ノブですよー。

今回は5人編成。

水谷けいじを加えて。

帰りに寄った甲斐さんとこ。

アドちゃんです。

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京都新聞連載中の「随想やましろ」の10月分が掲載になりました。

2014-10-19 17:17:38 | 文学の部屋
京都新聞連載中の「随想やましろ」の10月分が掲載になりました。興味のあるかたは読んでください。
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