地方の三文小説家「東義久」の独白

東義久のブログです。

うちのお地蔵さんのお盆。

2014-08-24 07:29:23 | ひとりごとの部屋
 8月23日、地蔵盆。うちのお地蔵さんの守りをして来た。1年に一回、感謝の意味もこめてこの日にお祀りをする。
 地蔵盆というのは、毎年、8八月23日か24日に京都を中心に関西で行われるものである。その起源は、「難波鑑」と、いう上方随筆なるものに、江戸時代の初期には地蔵盆が行われていたと記されている。随分と昔から行われている行事なのである。
 ぼくは現在、宇治市に住んでいるが、実家は久御山。久御山の家にはお地蔵さんが二体祀られている。そのため、8月23日にはお地蔵さんの守りをするために戻るのだが、二体のお地蔵さんの前掛けを一年に一度新しく縫って、「奉納」という字を書き持って行く。
 先ずは、地蔵堂を掃除し、お地蔵さんの一年の汚れを洗い、持ってきた紅白の前掛けを一体ずつ新しいものに替える。それから、お供えの料理や花、提灯を飾りいざ本番だ。


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ブルージィー・パパのライヴ8月22日₍金)城陽市のダーチャで。

2014-08-22 23:41:04 | 音楽の部屋
ブルージィー・パパのライヴ8月22日₍金)城陽市のダーチャであった。
これはオーナーのメメさんの計らいで実現した。
今回は誰も知り合いを呼ばなかったので、いわゆるシークレットライヴのようなものでもあった。
あまり告知していなかったので、始め少なかったお客さんも徐々に増え、終わるころにはいっぱいに!
メメさんにはカホンで加わってもらい助けてもらいました。ありがとう。

ブルージーパパです。

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オープンチャック、イソベ会バンド、大谷バンドのライブに行って来た。

2014-08-17 21:41:10 | 音楽の部屋
8月17日、京都祇園のシュガーズでオープンチャック、イソベ会バンド、大谷バンドのライブがあるというので、元スケルトンズのジョージ風呂本と二人で行って来た。
今日はオープンチャックのひとっちゃんが交通事故に遭ってリハビリ中のため彼を励ますパーティーでもある。
オープンチャックの二郎さんの伸びのある高音の次は、車いすで会場に来ていた吉田ひとしくんが特別にオハコのルート66を歌い、大きな拍手をもらっていた。
次のバンドはイソベ会バンド。このバンドは京都・祇園での京料理なら円山公園の京料理いそべの社長のバンドで、彼は当時、スケルトンズの後のバンドである「鬼太郎」でドラムを叩き、ジョージ風呂本と一緒に活動をしていたのである。ジ・アンツのコジマくんも久しぶりに観に来ていた。
本当に楽しそうな演奏が終わると、最後は大谷バンドがブラスのある重厚な音で今日のライブを締めくくった。
それにしても、みんな確実に齢を取ったもんだ。
最後に、ひとっちゃん、苦しいけれどリハビリがんばってね!

オープンチャック。

ひとっちゃんのルート66.

ジョージ風呂本とこじまくんといそべ氏。

いそべ氏のドラム。

大谷バンド。
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ピラミッド型古墳の都塚古墳を見てきた。

2014-08-16 17:22:43 | ひとりごとの部屋
8月16日、奈良県の明日香村の都塚古墳を見てきた。
この古墳、墳丘を階段状にきずいたピラミッド型の方墳で、6世紀後半に造られたらしい。一辺が40メートルのピラミッド型古墳で、斜面川は7メートルの高さがある。
この墓は近所にある石舞台にまつられている蘇我馬子の父親の蘇我稲目で、仏教を日本にひろめた人物であるともいわれており535年に大臣となった。
聖徳太子のおじいさんでもある。

息子と行ってきたが暑さが厳しく、人気が高く4000人の見学人が訪れ、長い行列が出来ていた。10時に並んだが見られたのは11時半で、石棺が見られたのは1分ほど。
あ〜しんどかった!

やっと着いたと思ったらここからが大変。

4000人の見物人。

まだかなぁ!

発掘現場。

ようやく石棺です。

パンフレットをもらいました。
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随想やましろ8月分が京都新聞に掲載になりました。

2014-08-15 10:06:58 | 文学の部屋
2014年8月15日、京都新聞の山城版にぼくの原稿が掲載になりました。興味のある方はご一読を!



うちのお地蔵さん
                      東  義  久  

 地蔵盆の話をしたら、それはなんですか、と訊かれた。その方は東京出身だったようで、どうも地蔵盆というのに馴染みがないみたいで、ぼくは驚いた。そこで調べてみると、地蔵盆というのは、毎年、八月二十三日か二十四日に京都を中心に関西で行われるものであるということだ。
 その起源は、「難波鑑」と、いう上方随筆なるものに、江戸時代の初期には地蔵盆が行われていたと記されている。随分と昔から行われている行事なのである。
 ぼくは現在、宇治市に住んでいるが、実家は久御山。久御山の家にはお地蔵さんが二体祀られている。そのため、八月二十三日にはお地蔵さんの守りをするために戻るのだが、二体のお地蔵さんの前掛けを一年に一度新しく縫って、「奉納」という字を書き持って行く。
 先ずは、地蔵堂を掃除し、お地蔵さんの一年の汚れを洗い、持ってきた紅白の前掛けを一体ずつ新しいものに替える。それから、お供えの料理や花、提灯を飾りいざ本番だ。
 辺りはようやく陽が落ちて、提灯が明々と地蔵堂の位置を誇示する。
 やがて、頼んでおいたお寺の坊さんがお経をあげに。そのころになると、チラホラと村の人たちがお参りに来てくれる。
 お婆さんたちは、ぼくの親父はどうしている、元気か、と訊いてこられる。数年前までは親父も一緒にお地蔵さんの守りに来ていたが、最近は齢には勝てず来られなくなってしまった。そういうと、あんたのお父さんとは小学校の同級生やった、と昔を懐かしむようにいわれる。親父は来られなくなったが、親父もこのうちのお地蔵さんをこれまで守って来、またお地蔵さんに守られて来たのだ。
 この地蔵盆は地蔵信仰の側面と子どもの行事の側面、さらには盆の行事の側面も持つともいわれている。現在のように医療も発達してはいず、流行病や天変地異、飢饉などで命を落として行く子どもたちの親にとって、お地蔵さんは心の拠り所だったに違いない。二体のお地蔵さんを見ていると、毎年フッ、と思う。
 浴衣姿の子どもたちが小さな掌を合わせて一所けん命に拝んでいく。気持ちばかりのお下がりのお菓子をあげながら、ぼくの次の代まで引き継ぎたいものだと思う。
 今年ももう直ぐ地蔵盆がやって来る。
 

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ほんやら洞で中川五郎のライヴを観て来た。

2014-08-12 00:46:49 | 音楽の部屋
8月11日、午後7時から京都のほんやら洞で中川五郎のライヴを観て来た。
8月9日から23日まで15日間連続で全部で17回歌う夏のツアーが始まった。
京都ではおなじみのほんやら洞、ぼくは楽しみにしていたのだが、五郎ちゃんは笑顔で迎えてくれた。
午後7時、1.ミー・アンド・ホビー・マギーでライヴは始まった。自由というのは失うものが何も無いことさ、の歌詞が何度も胸に迫る。2曲目は、自由についての歌 3.受験生のブルースでは立派な大学入るより、ぼくは今を生きたい、とH大阪市長への痛烈なアンチテーゼ。
4.言葉 5.夕べ変な夢を見た/Last Night I Had The Strangest Dream 6.平和と愛と思いやり/What's So Funny About Peace, Love & Understanding 7. ライセンス・トゥ・キル 8. For A Life  9.ぼくの遺書 10.ビッグ・スカイ 11.トーキング烏山神社の椎の木ブルース 12.90センチ 
そして、ラストは勝利を我らに、.大きな壁が崩れる/We Shall Overcome まで13曲。
PA無しで65歳のフォークシンガーは2時間、歌い切った。
平和ということをいうのが、ダサくて恥ずかしいような時代に声高に叫ばねば、といった五郎ちゃんの言葉、そして、今年の1月に94歳で亡くなったピートシーガーの遺志を継いで歌い続けて行くという決意に痺れた夜だった。
中川五郎のライヴはPAが無いほうがいいかもしれないと思えた。幾つもの修羅場を超えて来たのだろう。
ちょうど、関テレのアンカーが取材に来ていた。放送は9月11日だそうである。
(文中の曲名は間違いがあると思われるので確かめてください)

五郎ちゃんと。

今夜のレパートリーの熟慮中。

始まりました。


乗ってます。
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精子馬場さんと冨樫春生さんのコラボで「京の走り坊さん」の朗読!細見美術館で。

2014-08-09 00:29:53 | 文学の部屋
ぼくの作品「京の走り坊さん」を精子馬場さんが、今度、京都の細見美術館で、朗読してくれるという。冨樫春生さんのピアノとのコラボだということだ。冨樫さんは松田聖子や鬼塚ちひろなどともかかわりのあるミュージシャンで、二人の手によりぼくの作品がどんなふうに走り出すか、楽しみである。
9月13日午後7時から岡崎の細見美術館に行かねば!

Beauty & Beast vol.3
2014年9月13日 19:00
京都市 Cafe Cube(細見美術館)

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映画「超高速!参勤交代」を観て来ました。

2014-08-07 21:54:07 | ひとりごとの部屋
8月7日、久御山イオンで本木克英監督、佐々木蔵之介の主演の「超高速!参勤交代」を観て来ました。
テレビの宣伝でおもしろそうだから、と思っていたが、それ以上だった。
湧き役も伊原剛志、寺脇康文、西村正彦、市川猿之助、六角精児、陣内孝則、石橋蓮司、それにフカキョンと豪華である。
福島の貧乏弱小藩が幕府の無理難題に挑むというストーリーなのだが、それは8日かかる道程を実質4日で成し遂げるというものであった。
最後に。主人公の蔵之介演じる殿様が将軍にいう、
「政(まつりごと)で、磐城(福島)の土を未来永劫汚してはならない」
と、いった意味の台詞が、今の日本の状況に合い過ぎて胸に迫った。
いい映画を観たという満足感が遺った。



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ジュリーのコンサート「3年想いよ」を観てきた!

2014-08-02 14:29:25 | 音楽の部屋
宇治市の文化センターで8月1日、ジュリーのコンサート「3年想いよ」を観て来ました。
我が青春のジュリーです。まだまだ最高のエンターテーメント、最高のパフォーマーです。ますます元気な本物のロッケンローラーです!南なんちゃらのようにアベちゃんと一緒にヘラヘラあの素晴らしい愛をもう一度などと得意気に歌ってたひととは違います!
ジュリー 毎年恒例の夏の全国ツアー(全37公演)で宇治に来ました。
今年は東日本大震災から丸3年、危なっかしい時代へメッセージと、いうことで( 中日スポーツ)、、新作アルバム「三年想いよ」を発売。同作の中から、脱原発のメッセージを盛り込んだ「一握り人の罪」や「櫻舗道」を披露したほか、2008年に発表した憲法9条が題材の「我が窮状」など全24曲を披露した。
さすが日本の音楽シーンのトップを走って来た沢田研二、厭きさせない舞台は最高!
男、沢田研二という生き方に感動でした。

ジュリーの舞台。

開演前、満席。

パンフレット。
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スパニッシュハーレムナイトの音源を見つけました!

2014-07-22 18:49:43 | 音楽の部屋
ユーチューブってすごいな、と思う。友人がスパニッシュハーレムナイトの音源がアップされているのを見つけて教えてくれた。
スパニッシュは72年の3月に結成した。それ以前はエイプリルダンサーズというのがバンド名だった。
この音源は「ジャムジャム80」と、なっている。
ムッシュが司会で、金子マリ、カルメンマキ、チャー、ルイズルイス加部、つのだヒロ、キャロルには矢沢永吉がベースで参加、センチメンタルシティーロマンス、ファニーカンパニー、内田裕也とクリエーションなどのそうそうたるメンバーのなかに、スパニッシュハーレムナイトが京都代表として出場している。
演奏曲目は「流転」。
今から35年ほど前の佐藤ノブ、なかなかかっこいいルックスである。京都では西部講堂やママリンゴで活躍し、後にカップスやレーニーウッドにも参加。いつか表舞台から姿を消したが、最近、彼はまた活動を始めた。
そんなノブのスパニッシュのころの音源、
興味のある方はユーチューブからさがしてほしい。
紅顔の美少年、ノブの若き姿を。

ノブが歌ってます。

若い!

ベースは入江くん。
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忙しかったけど、たくさんの仲間に会えて楽しい一日。

2014-07-13 23:09:36 | 友だち数珠つなぎ
7月13日、朝から少し雨。はっきりしない天候、それに暑い。
今日は、中国の友だちと食事をすることになっていたので、出掛ける。
河原町御池下がるにあるフレンチの店エスパスで彼女らと食事をした。おいしかった。
彼女らは竜安寺へ行くというので、ぼくはゼスト御池で、お友だちのバンド、ポコアポコのライヴがあるので見に行くことにした。
ゼスト御池は地下の商店街のため、エスパスからは濡れないで行ける。
現地に行くと、橋本のたっちゃんや有岡さんも来ており、まるで同窓会。京都フォークの重鎮たち、横田のお兄ちゃん、みのさん、チャーリー、森トシ、それに、北村のケンちゃんなども居て楽しかった。
終わってからたっちゃんはポコアポコと呑みに行きましたが、ぼくは誘惑に負けずチャーリーと一緒に帰りました。

エスパスにて。

ポコアポコ。

北村のケンちゃんと。

横田のお兄ちゃんとチャーリーと。

みのさんと。

みのさんとたっちゃんと。

チャーリーたちのバンド。
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久しぶりに関東に行って来ました。

2014-07-02 23:42:25 | ひとりごとの部屋
ここ数日、関東方面に行って来た。と、いうのも、我が家の二男は東京で勤めており、ぼくの車を持って行くとのことで、取りに帰ってきたのだ。埼玉に住んでいるため、埼玉まで彼が運転して持って行くことになった。彼の部屋や勤め先も見たことがなかったので一緒に行くことにした。
初めての遠距離ドライブのため緊張しただろうが、ナビを頼りに無事到着。それなりに部屋も片付いており安心。
ぼくらは、あとはおのぼりさん見物に出かけた。そのまま東京タワーが見たくなり東京プリンスホテルに電話をした。東京タワー側の部屋は空いてなかったがなんとか泊まれた。夜、食事に入ったホテルの天ぷらやさんでタワー側の部屋を取れなかったことを話していると、お世話係の矢野さんという女性が食事のデザートを東京タワーが見える場所に変えてくれたのだ。感激であった。なんでも茨木出身だということで、ぼくらに優しくなったのだろうか。
次の日は、朝から55周年のタワーに上った。
そのあと、浅草に行って、それから、霞が関に行き、勤め先を見、次に八丁堀の親戚の家に寄った。
その夜は、横浜に行くと決めていた。ニューグランドホテルに泊まりたいと思っていたので、電話をするとオッケーであった。
♫独り呑む酒 哀しくて 映るグラスは ブルースの色
 たとえばブルースなんて 聴きたい夜は 横浜ホンキートンクブルース
♫皮ジャンはおって ホロホロトロトロ バーボン片手に 千鳥足
 ニューグランドホテルの 灯りがにじむ 横浜ホンキートンクメン
のニューグランドである。
ナポリタンの発祥の地だとか、チャップリンやマカーサーが泊まったとかいわくつきのニューグランド、漸く泊まることができた。
最後の日は、中華街で粥を食べてから、元町へ行き、昔懐かしいフクゾーやKitamuraに寄った。
ハードスケジュールで足がフラフラで痛くなったが、けっこう楽しめた。


 
ミニお世話になったね、これからは息子をよろしく。

矢野さん、お世話になりました。


タケシの名前が入るという。

息子の勤務先の前で。

ニューグランドホテル。

流石横浜、外国人と!

赤い靴の少女。
中華街、御粥、石川町元町


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㍴Ttrueのライブおわる、ブルージー・パパがゲストでおじゃま。楽しかった!

2014-06-29 03:26:13 | 音楽の部屋
6月28日、大阪の高槻市の㍴Ttrueのライブが終わりました。
今回はボブ・ディランの曲を英語でされているボブ浅野さんのライブにブルージー・パパがゲスト出演。
雰囲気のある楽しいライブでした。たくさんの友人も駆けつけてくれ、アットホームな雰囲気に呑めないワインを呑んで、ただただ楽しい時間が流れて行きました。
2次会も凄く盛り上がりほんとにいい時が味わえました。
ありがとうね、ボブ浅野さま!
今日の曲目は、ボブ浅野に敬意を表し、ディランとバンドの曲を中心にしました。
.侫船チマン▲屮襦璽垢覆鵑涜膩いさH瓩靴澆魏罎手にさГ蝓遡斉のために〜ダ犬てる不思議ΔよくよするなよД蹈鵐亜Ε屮薀奪・ベール┘ーティスに捧げる歌スィート・ホーム・シカゴザ・ウエイト天国の扉
でした。

ブルージィー・パパですよー。

たっちゃん、名調子!

上野くんのギター。

ボブ浅野と有岡氏。

仲間たち。ありがとう!

ありがとね!

天国の扉を最後に、ボブ浅野とブルージィー・パパとで!
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ボブ浅野のライブにゲスト出演です!

2014-06-24 10:49:47 | 音楽の部屋
ボブ浅野のライブにゲスト出演です
ボブ浅野はボブディランのコピーで知られています。眼を閉じて聴いていればまるでディランそのもの、一見の価値ありです。そんな彼が♪ボブ浅野“風に吹かれて” Vol.17 at T-true、と題したライブを続けており、今回で17回目になります。そんなボブ浅野のライブに、今回、ブルージーパパがゲスト出演させてもらうことになりました。お近くの方はぜひのぞいてみてください。
ライブ会場 barTtrue  JR高槻駅歩いて3分(大阪府高槻市高槻待4−3サタリー第一ビルB1)
6月28日(土)
午後7時会場
午後7時半開演
チャージ1500円

ボブ浅野のポスターです。

ボブディランの申し子、ボブ浅野!

我がブルージーパパでございま〜す!
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京都新聞連載の「随想やましろ」6月分が掲載になりました。

2014-06-13 10:42:38 | 友だち数珠つなぎ
2014年6月13日、京都新聞連載中の「随想やましろ」が掲載になりました。今回は身近な夏祭りを書いてみました。興味のある方は読んでください。


2014年6月13日(金)

【京都新聞】
随想 やましろ


東 義久

天国への石段

 宇治では、初夏の訪れとともに、5月8日の宇治神社神事祭を始まりとした祭りの季節に入ります。なかでも6月5日の県祭は「あがたはん」と、呼ばれ、新茶の売り出しと重なりお茶屋さんも一年中でいちばん活気があふれます。子どもも大人も楽しみにしている夜店も七百余が出て、祭りを盛り上げ、8日の大幣神事、午後の宇治神社遷幸祭で、宇治の祭りの幕が閉じるのです。
 が、僕の住む辺りでは、そんなあがたはんが終わると、今度は7月10日に「こんぴらはん」と、呼ばれる祭りがあります。これは宇治市広野町の曹洞宗圓蔵院の金毘羅堂で、祈祷を行い、護摩木に願い事を書き焚き上げ、無病息災を願う祭りです。なんでも久御山にあったのが水害で圓蔵院に持ち込まれたともいわれていますが、真偽のほどはぼくには定かではありません。あがたはんに比べると夜店の数も百程度と規模は小さな祭り。が、ぼくらの幼いころには、こんぴら祭りの夜は不思議な空間が出現し、夜になるのが待ち遠しかったものです。それには訳がありました。
 今、圓蔵院の住所が広野町寺山と、なっていますが、その名残が住所からうかがえます。今では開発で山は削られ住宅が立ち並んで想像もつかないのですが、ぼくの子どものころには、寺の横には小高い山があって、天に続くと思われた石段があり、途中にはお稲荷さんが祀られていました。その石段が何段あったのかはぼくの記憶の外のこトですが、てっペんにあるこんぴらはんにお参りするためにその石段を駆け上がって行くのが醍醐味でもありました。辺りは夜の帳が落ち、子ども心に少しの恐怖心と闘いながら息を弾ませ上って行くと、すでにお参りをすませた友人が下りてくるのに出会ったりもし、みえもあって平気な顔であいさつを交わしたりしたものです。
 当時は夜店の照明は今のように電気ではなく、カーバイドランプで、そんなに明るくはなく、独特のアセチレンガスの臭いにジージーという音、そこに引かれるように飛び込んでくる蛾や夏の虫たち。それはまさに昭和の臭いがありました。大人になって子どものときに体験したことを改めて見直すと、押し並べてこんなにもチャチなものだったのか、と落胆することがありますが、祭りもその最たるものの一つでしょう。
 夜店も際限なくあったかのように思ったはずが、今見ると、そうでもなくて同じような店が並んでいます。大人になって感じるのは、子どものころのあの無邪気なうれしさではなく、どこかうらぶれたさびしさです。今年は、久しぶりにこんぴら祭りに行って、ぼくの心の裡にあるこんぴらはんの天国に続く石段を上ってみようかな、と思っています。(小説家)
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