地方の三文小説家「東義久」の独白

東義久のブログです。

割烹竹島の床の最終日。

2014-09-29 11:18:55 | 友だち数珠つなぎ
9月28日の日曜日午後5時から、誠の店「割烹竹島」の床の最終日で友人たちが集まり盛り上がった。
木屋町御池上がるの竹島が再生出発をする、ということで、世話になったひとや友人たちを招待をし、床の最終日に感謝の宴を持った。
誠ちゃんが35年がんばって盛り立てて来た竹島、暫く休みます。そのため最後の宴、パーティーは大盛り上がり。
鴨川の床は歌舞音曲が禁止のため、2部は店の座敷に席を移して誠を中心にバンド演奏。
大騒ぎの夜でした。誠、お疲れ!

さて、始まりです。

今年の夏も行きます。

マミも元気に参加。

宵闇に宴もたけなわに!

2部は部屋で音楽会。

大将の誠と女将のまさみちゃん。
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「柘榴坂の仇討」を観て来ました。

2014-09-24 23:26:32 | ひとりごとの部屋
浅田次郎の原作の映画化である。
監督は若松節朗。
桜田門外の変で主君を守り切れなかった男と、身を隠して孤独に生きる男が13年の後、やがて出会うこと
になる。江戸から明治へと時は激しく動いて行くなかでの人間ドラマ。
桜田門外で井伊直弼が自分を狙って行列に立ちはだかる侍に、命がけでやっているのだから丁重に扱え、というのであるが、その言葉が布石になり、最後、主人公も敬愛した主人のその言葉を守るかのように・・・。、
武士の矜持、人間の矜持とは、と考えさせられた。
ただひたむきに生きろ。決して死ぬな。
時代は変わっても、決して人は変わらぬ。
魅力ある言葉が出てくる。
映画が終わってから、白黒映画を観たような、どこか懐かしくて気持ちが穏やかになる作品だと思えた。

中井貴一と阿部寛。

13年の後の邂逅。


 
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スローハンドのライブを見て来た。

2014-09-21 00:43:15 | 音楽の部屋
9月20日、たっちゃんから電話でライブを見に来て、との電話。
出場メンバーは、たっちゃんバンド、ポコアポコ、HBである。
特にポコアポコがぼくのオリジナルのブルースを初めて演奏する、ということなので、見に行くことにした。
ポコアポコの仕上がり、とても良かったし、立岡ひとみちゃんの迫力のボーカルよかった。

トップバッターはたっちゃんバンド。

ポコアポコです。ぼくの曲、演奏してくれました。

迫力のHBのたておとベースマン。
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石垣島からFB友だちがやって来た。

2014-09-20 09:17:11 | 友だち数珠つなぎ
9月18日、石垣島からFB友だちの田澤ちゃんがやって来た。
ジョージ風呂本氏と、これまたFB友だちのきん子さんと、きんこやで会うことになった。
お二人は何度か会われているがぼくは初めての対面。それでも何度もコメントしあっていたので、昔からの友人のようで不思議だ。京都、東京を訪ねて帰るということである。
いい旅でありますように!

待ち合わせはきんこや。

風呂本氏とぼくが待ってます。

田澤ちゃん登場です。

風呂本はんと田澤ちゃんです。

風呂本はんとぼくからの金平糖のおみやげ。
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よしだよしこさんのライヴを聴きに行って来た。

2014-09-14 23:53:24 | 音楽の部屋
大原のアピエによしだよしこさんのライヴを聴きに行って来た。
最近、とても気になるアーティスト。
ムーンリバーでライヴは始まった。辛いときはもうごめんだ、吹いて来た風、道と、風邪気味とのことであるが、ぼくのすきな声で淡々とつづき、ゲストのレイチェル・フェローが入り、デュエット。
いつもの年代物のマーチンは今修理中とかで、80年物のマーチンが、とてもいい音を出す。
女性のフォークソングの歌手はギターがあまりいただけないが、彼女は達者で聴いていて安心である。
中でも「1989年、魂のありか」と、いう歌がぼくの胸に妙に絡みついた。いい歌だと思った。
最後はアイルランド民謡のサリーガーデンの彼女なりの詩をつけた「月の庭」まで、飽きさせない彼女の歌は続いた。
アンコールで、「浮気の歌ですよ」と、言って歌ってくれたのが「ロングブラックヴェール」。バエズやバンドが歌っている歌であるが、女性の立場に置き換えた彼女の歌詞はなかなかおもしろくて、よかった。最後にこの曲をやってくれたハンサムよしこさんに嬉しくなった。
今、よしだよしこから目が離せない。
ぼくの好きな歌い手であり、ギターの弾き手、そして訳詞家を見つけてしまった。

出番待ちのよしこさん。

始まりました。

たたずまいがすてきです。

ⅭⅮ笑って唄って。

メガネもいいですね。

レイチェル フェローと。

記念撮影してもらいました。

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ひっとっちゃん、がんばってリハビリ中!

2014-09-14 23:16:05 | 友だち数珠つなぎ
オープンチャックの名ドラマー吉田均くんが交通事故に遭い、現在、リハビリに奮闘中。
毎日、午前と午後に特訓に特訓を重ねがんばっています。
苦しくても弱音をはかない男の子、ひっとちゃんです。
 


元気ですよー!

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細見美術館で「京の走り坊さん」朗読ライヴ!

2014-09-14 00:41:08 | 文学の部屋
2014年9月13日午後7時半から、京都市岡崎の細見美術館でBeauty&Beast3と題した、馬場精子さんの朗読と冨樫春生さんのピアノとのコラボによるライヴが行われた。
今回で3度目になるこのライヴ、今回は新見南吉の作品や冨樫さんのピアノソロに加え、ぼくの作品である「京の走り坊さん」が採り上げられるということなので、のぞいてきた。
この作品、絶版になって久しいが、いまだに根強いフアンがおられ、こうして朗読などをしてもらい作者としてはありがたいことである。
久しぶりに馬場精子さんの「京の走り坊さん」をじっくり聴き、また、物語を煽るように入る冨樫さんのピアノに、この作品を書いてよかった、と思えた夜でした。
ごくろうさんでした、来ていただいた皆さん、そして、馬場精子さん、冨樫春生さん、ありがとう。



ライヴ始まりました。

プログラムです。


記念撮影。
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ブログ閲覧者数30万人超え、ありがとう。

2014-09-08 20:39:18 | 友だち数珠つなぎ
「ぼくは東義久という地方の売れない小説書きです。
これまで10冊ほどの小説や絵本を出版しています。
ぼくの本の宣伝を中心に、これからブログを展開して行こうと、無謀にも考えた次第です。
なにぶん、ぼくはアナログ人間のためヨタヨタとした足取りになるかと思いますが、
そこは気長にお付き合い願います。
たまには、のぞいてみてください。」

と、いう書き出しで【地方の三文小説家「東義久」の独白】とのブログを始めたのは、2006年5月30日だった。それが2014年9月5日で、閲覧者数が30万人を超えました。
ちなみに、
2056386ブログ中1542位
でした。
いつもご愛読ありがとう。これからもよろしゅうに!


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「京都観光文化への招待」ミネルヴァ書房刊

2014-09-04 20:26:38 | 文学の部屋

片岡豊司さんという方がFBでぼくの本を紹介してくれています。
この本は「京都観光文化への招待」と、いう本で、ぼくはそのなかの「学生のまちの音楽空間と物語性ー60年代以降の京都B級音楽からの一考察」と、して加わっています。これは同志社大学の井口貢教授から誘われ、ミネルヴァ書房から出版されています。興味のある方はご一読ください。
片岡さんありがとう!


片岡 豊司

レアな1冊のご紹介
京都と東京のごく一部、局部的に人気のバンド「みずすまし」。何を隠そう僕らのバンドですが、レパートリーのほとんどが僕らの学生時代の京都のフォークバンドのレパートリーです。当時の(紫野高校時代)京都にはきら星のごとくスターたちがいて、彼らの演奏を食い入るように見ながらいくつものコンサートに通ったものでした。フォーククルセダース、ジローズ、カラーズ(「今はもう誰も」を作った佐竹俊郎さんのバンド後にウッディーウーと改名)・・ジローズ・カラーズは特に好きなバンドでした。今でも初代ジローズ歌を聴いたときの感動が忘れられない。杉田二郎、塩見大二郎、細見徹二郎?やったかな3人とも歌がうまくて・・それからザ・バニティー、マヨネーズもよかったな。ラジカルアイ(大阪)、ダボーズ(神戸)・・MFQのコピーをやっていた僕らはこの二つのバンドを神のように尊敬していた・・そして大御所谷村新司ひきいるロックキャンディーズ(神戸・大阪)・・その震えるような感動を、この歳になった今もみんなと共有したくて日夜がんばっているようなもんです。そんなわくわくドキドキしていた京都のその時代をしっかり書いている本がありました。「京都観光文化への招待」僕も知らないその頃の話もいっぱいあって・・・そうそう京都の有名人ということで水谷啓二君、佐藤宣彦君の「スパニッシュハーレムナイト」も出ています。京都出身の人は読んでみる価値あり。
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ピアニスト・富樫春生&朗読・馬場精子の細見美術館CAFE CUBEでのライブ

2014-08-31 02:20:04 | 友だち数珠つなぎ
ピアニスト・富樫春生&朗読・馬場精子のライヴが細見美術館CAFE CUBEである。
今回は、ぼくの童話作品「京の走り坊さん」も精子馬場さんが朗読してくれることになった。
おまけに、今回は三度目の冨樫春生さんとのピアノとのコラボだということだ。
冨樫さんは松田聖子や鬼塚ちひろなどともかかわりのあるミュージシャンで、
二人の手によりぼくの作品がどんなふうに走り出すか、楽しみである。
9月13日午後7時半から岡崎の細見美術館に行かねば!
京の走り坊さんが、きっとすばらしい走りっぷりを見せてくれることだろう。
「京の走り坊さん」の他にも冨樫・馬場のコラボによる素敵な世界をぜひお楽しみください。


ピアニスト・富樫春生&朗読・馬場精子

拙作「京の走り坊さん」

Beauty & Beast vol.3

2014年9月13日 19:30

京都府 京都市 Cafe Cube(細見美術館)
細見美術館は京都会館西側です
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うちのお地蔵さんのお盆。

2014-08-24 07:29:23 | ひとりごとの部屋
 8月23日、地蔵盆。うちのお地蔵さんの守りをして来た。1年に一回、感謝の意味もこめてこの日にお祀りをする。
 地蔵盆というのは、毎年、8八月23日か24日に京都を中心に関西で行われるものである。その起源は、「難波鑑」と、いう上方随筆なるものに、江戸時代の初期には地蔵盆が行われていたと記されている。随分と昔から行われている行事なのである。
 ぼくは現在、宇治市に住んでいるが、実家は久御山。久御山の家にはお地蔵さんが二体祀られている。そのため、8月23日にはお地蔵さんの守りをするために戻るのだが、二体のお地蔵さんの前掛けを一年に一度新しく縫って、「奉納」という字を書き持って行く。
 先ずは、地蔵堂を掃除し、お地蔵さんの一年の汚れを洗い、持ってきた紅白の前掛けを一体ずつ新しいものに替える。それから、お供えの料理や花、提灯を飾りいざ本番だ。


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ブルージィー・パパのライヴ8月22日₍金)城陽市のダーチャで。

2014-08-22 23:41:04 | 音楽の部屋
ブルージィー・パパのライヴ8月22日₍金)城陽市のダーチャであった。
これはオーナーのメメさんの計らいで実現した。
今回は誰も知り合いを呼ばなかったので、いわゆるシークレットライヴのようなものでもあった。
あまり告知していなかったので、始め少なかったお客さんも徐々に増え、終わるころにはいっぱいに!
メメさんにはカホンで加わってもらい助けてもらいました。ありがとう。

ブルージーパパです。

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オープンチャック、イソベ会バンド、大谷バンドのライブに行って来た。

2014-08-17 21:41:10 | 音楽の部屋
8月17日、京都祇園のシュガーズでオープンチャック、イソベ会バンド、大谷バンドのライブがあるというので、元スケルトンズのジョージ風呂本と二人で行って来た。
今日はオープンチャックのひとっちゃんが交通事故に遭ってリハビリ中のため彼を励ますパーティーでもある。
オープンチャックの二郎さんの伸びのある高音の次は、車いすで会場に来ていた吉田ひとしくんが特別にオハコのルート66を歌い、大きな拍手をもらっていた。
次のバンドはイソベ会バンド。このバンドは京都・祇園での京料理なら円山公園の京料理いそべの社長のバンドで、彼は当時、スケルトンズの後のバンドである「鬼太郎」でドラムを叩き、ジョージ風呂本と一緒に活動をしていたのである。ジ・アンツのコジマくんも久しぶりに観に来ていた。
本当に楽しそうな演奏が終わると、最後は大谷バンドがブラスのある重厚な音で今日のライブを締めくくった。
それにしても、みんな確実に齢を取ったもんだ。
最後に、ひとっちゃん、苦しいけれどリハビリがんばってね!

オープンチャック。

ひとっちゃんのルート66.

ジョージ風呂本とこじまくんといそべ氏。

いそべ氏のドラム。

大谷バンド。
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ピラミッド型古墳の都塚古墳を見てきた。

2014-08-16 17:22:43 | ひとりごとの部屋
8月16日、奈良県の明日香村の都塚古墳を見てきた。
この古墳、墳丘を階段状にきずいたピラミッド型の方墳で、6世紀後半に造られたらしい。一辺が40メートルのピラミッド型古墳で、斜面川は7メートルの高さがある。
この墓は近所にある石舞台にまつられている蘇我馬子の父親の蘇我稲目で、仏教を日本にひろめた人物であるともいわれており535年に大臣となった。
聖徳太子のおじいさんでもある。

息子と行ってきたが暑さが厳しく、人気が高く4000人の見学人が訪れ、長い行列が出来ていた。10時に並んだが見られたのは11時半で、石棺が見られたのは1分ほど。
あ〜しんどかった!

やっと着いたと思ったらここからが大変。

4000人の見物人。

まだかなぁ!

発掘現場。

ようやく石棺です。

パンフレットをもらいました。
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随想やましろ8月分が京都新聞に掲載になりました。

2014-08-15 10:06:58 | 文学の部屋
2014年8月15日、京都新聞の山城版にぼくの原稿が掲載になりました。興味のある方はご一読を!



うちのお地蔵さん
                      東  義  久  

 地蔵盆の話をしたら、それはなんですか、と訊かれた。その方は東京出身だったようで、どうも地蔵盆というのに馴染みがないみたいで、ぼくは驚いた。そこで調べてみると、地蔵盆というのは、毎年、八月二十三日か二十四日に京都を中心に関西で行われるものであるということだ。
 その起源は、「難波鑑」と、いう上方随筆なるものに、江戸時代の初期には地蔵盆が行われていたと記されている。随分と昔から行われている行事なのである。
 ぼくは現在、宇治市に住んでいるが、実家は久御山。久御山の家にはお地蔵さんが二体祀られている。そのため、八月二十三日にはお地蔵さんの守りをするために戻るのだが、二体のお地蔵さんの前掛けを一年に一度新しく縫って、「奉納」という字を書き持って行く。
 先ずは、地蔵堂を掃除し、お地蔵さんの一年の汚れを洗い、持ってきた紅白の前掛けを一体ずつ新しいものに替える。それから、お供えの料理や花、提灯を飾りいざ本番だ。
 辺りはようやく陽が落ちて、提灯が明々と地蔵堂の位置を誇示する。
 やがて、頼んでおいたお寺の坊さんがお経をあげに。そのころになると、チラホラと村の人たちがお参りに来てくれる。
 お婆さんたちは、ぼくの親父はどうしている、元気か、と訊いてこられる。数年前までは親父も一緒にお地蔵さんの守りに来ていたが、最近は齢には勝てず来られなくなってしまった。そういうと、あんたのお父さんとは小学校の同級生やった、と昔を懐かしむようにいわれる。親父は来られなくなったが、親父もこのうちのお地蔵さんをこれまで守って来、またお地蔵さんに守られて来たのだ。
 この地蔵盆は地蔵信仰の側面と子どもの行事の側面、さらには盆の行事の側面も持つともいわれている。現在のように医療も発達してはいず、流行病や天変地異、飢饉などで命を落として行く子どもたちの親にとって、お地蔵さんは心の拠り所だったに違いない。二体のお地蔵さんを見ていると、毎年フッ、と思う。
 浴衣姿の子どもたちが小さな掌を合わせて一所けん命に拝んでいく。気持ちばかりのお下がりのお菓子をあげながら、ぼくの次の代まで引き継ぎたいものだと思う。
 今年ももう直ぐ地蔵盆がやって来る。
 

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