あずまクラブ(越前の守)です。正しい心の探究をします。

”人間は夢とロマンを持つから動物とは決定的に違う”から始めます。正しい心の探究です。

「二宮金次郎像の撤去」が示す、「本質に着目できない愚か者」の実態。

2012-01-29 00:04:25 | 日記
蘭月の勉強部屋 さんより転載です。

二宮金次郎の像、ご存知ですか。
薪を背負って本を読む少年の像です。

私を含め、若い世代はイマイチ、ピンとこない人も多いかもしれませんが。
特にご年配の方々の時代は、全国の学校に必ず二宮金次郎の像があったことでしょう。
また、その意味もしっかりと教わってきたのではないでしょうか。

しかし、この二宮金次郎の像を、あり得ない理由で撤去する動きがあるようです。

【二宮金次郎像:勤勉精神いまは昔、各地で撤去相次ぐ】

記事によれば、老朽化に伴い、どんどん二宮金次郎像の撤去が進んでいるとのこと。

>市教委の調べでは、かつて多くの市立小にあったはずの像も、37校のうち現在残るのは9校。銅像は戦時に供出され、残った石像も70年代のベビーブームに伴う校舎の建て替えで大半が撤去されたらしい。

滋賀県大津市では、もはや4分の3の小学校で、二宮金次郎像が撤去されているんですね。
この像の存在、そして二宮金次郎自体も、知らない子供の方が増えているということになります。

まぁ、老朽化した像は、客観的にみて危険なので、そのままにしておくことは問題です。
しかし、撤去というのは、私は個人的には賛同しかねますね。

だって、撤去される「理由」が、酷いんですもの。


>「戦時教育の名残という指摘や『歩いて本を読むのは危険』という保護者の声もあり


「歩いて本を読むと危険?」……眩暈がしますねぇ。


二宮金次郎像は、「歩いて本を読みなさい!」と教えるために造られた像なのか。違うでしょ。


二宮金次郎像が、危険行為を推奨するためにあるものだと、本気でそう思っているのでしょーか?
なんという短絡思考、なんというバカ。

歩きながら本を読むと危険。そんなことは、親や教育者が言うまでもなく、誰でも分かることなんです。
そんなアタリマエのことを象徴するために像が建てられるんだったら、日本国中、像だらけになってしまいます。

というか、子供が「二宮さんだって本を読みながら歩いてるじゃないか!」なんて屁理屈言ったら、そーゆー時こそ教育のチャンスなんですよ。

その瞬間を見逃さず、二宮金次郎像の本質を、意味を、大人が教えてやらなくてどうするのか。
「歩き読みは危険」などというガキ臭い理由で、道徳教育の「教材」を撤去してどうするのか。
今の大人どもは、子供に道徳の一つさえも教える能力がないのか。



恥ずかしいと思わないんでしょうかね。
……あぁ、本質を知らないから、恥ずかしいなんて発想にそもそも至らないのか。哀れですねぇ。
いや、哀れなだけならまだしも、迷惑極まりないので勘弁して頂きたいのですが。

「戦時教育の名残」に至っては、もう露骨にサヨク臭がします。
いいですか?

戦前だろうが戦中だろうが戦後だろうが、道徳観・倫理観は大切なんです。
戦中に道徳を教えてました、で、戦争に負けたから「道徳は良くない」とか、どこまでアホなんですか。


戦争に負けた=それまでの全てを否定せねばならない、ということではありません。
アメリカだってベトナムで負け、アルカイーダのテロも防げず、中東では失敗続きじゃないですか。中国だって何度、ボコボコにされてきましたか。ヨーロッパ諸国も。

世界を見渡してみれば、一度も負けなかった国を探す方が、難しいのです。
しかし、世界のどの国も、戦争に負けたからといって、自国を全否定したりはしません。

悪い所は直し、良い所は大事にする。たったそれだけのことを、どうして理解できないのか。
どうして「戦争に負けたから」といって、戦時、戦前の「良き文化」まで捨てる必要があるのか。



なんで、日本だけが「良い所」まで含めて全てを否定せねばならないのか。日本だけが、この点、異常なのです。

二宮金次郎像を撤去させる教育者、そして保護者。
この事案は、彼等が、いかに物事の本質を見られないアホなのか、ということの象徴です。


いや、そもそも「道徳教育=悪いこと」だというのでしょうか?

1904年から使用された、最初の国定教科書である「尋常小学修身書」では、「孝行・勤勉・学問・自営」を象徴する人物として、二宮金次郎は描かれています。
また、尋常小学校の唱歌には「柴刈り縄ない草鞋をつくり、親の手を助け弟を世話し、兄弟仲良く孝行つくす、手本は二宮金次郎」と歌われたそうです。

こういった精神こそ日本の根幹であり、故にこそ、日本の道徳観・倫理観は世界で賞賛されるのです。


東日本大震災で、日本の秩序や道徳観、倫理観に世界が驚嘆しました。
それも、日本の根幹に、世界に冠たる「道徳」があるからこそです。
二宮金次郎像は、その「道徳観」の一端を象徴する像なのです。

この「本質」を理解できない人間が、安易な「歩き読みは危険だ」「戦時教育の象徴だ」などと妄言を吐き、二宮金次郎像を撤去させるのです。
ツッコんで言えば、世界に誇るべき日本の道徳観・倫理観を貶め、失わせようとしている。

意図的なのか、無意識なのかは分かりません。人によるでしょう。
しかし、いずれにしても、それは日本人として間違った行いであると、私は断じます。

「像」を見るのではなく、「像の本質」を刮目して見よ。


サヨク脳の方々に、そう言ってやりたい気分です。
貴方達は、物事の上っ面しか見えていないと。
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キーワード
二宮金次郎像 尋常小学校 東日本大震災 国定教科書 1904年 アルカイーダ ヨーロッパ諸国
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