あずまクラブ(越前の守)です。正しい心の探究をします。

”人間は夢とロマンを持つから動物とは決定的に違う”から始めます。正しい心の探究です。

『負け犬となるな』『強運を信じる』『人間の器』

2017-05-12 00:23:41 | 日記

理想国家日本の条件 さんより転載です。

『負け犬となるな』『強運を信じる』『人間の器』

2017-05-11 01:22:01 | オープニングメッセージ 幸福の科学高知 なかまのぶろぐよりhttp://blog.goo.ne.jp/rokochifukyosho/e/847204d560a13302a0ebdd5d852c2593
「負け犬となるな」

あなたは、負け犬というのを見たことがあるか。

二匹の犬がケンカをすると、
かみ合ったあとに勝負がつく。

負けた犬は、
しっぽを股の間にはさんで、
耳を垂れ、
キャインキャインと逃げていく。

そしてある時、勝ち犬と、
路上でバッタリと出合うと、
またしても、しっぽを股にはさんで、
目を伏せて、
助けて、と哀願するように道をよけていく。

なにも勝つことばかりが、人生ではない。
闘い続けることのみが、美学でもない。

負けの中にも、人生の真実があり、知恵もあるだろう。

しかし、負け犬というものは、
実際に受けた傷以上に、
心の傷が深く、痛みが長びくようだ。

肉体的痛み以上の損失に甘んじているのだ。

人生には全勝も全敗もないのだ。
必ず何勝何敗かになる。

心の中に、負け犬のいれずみを彫るのは、
よした方がよい。

棺桶のふたが閉じられる時に、
勝敗を数えても遅くはないのだ。


 

「強運を信じる」

自分は運が悪いと嘆いている人のところに、ヒョッコリと運がころがりこんでくることは、
めったにないことだ。

まれに運が巡ってきても、
グズグズして取り逃がしてしまうものだ。

まことに、運命の女神には前髪だけあって、
後髪がない、というのは至言だ。

待ちかまえていて、スッと前髪をつかまえてしまわないと、好運はスルリとすり抜けてしまうものだ。

いつも不幸感覚を抱きしめていると、
未来からやってくるものが、
すべて、悪魔の使者、
悪魔の贈り物に見えるのだ。

自分の過去が、
不幸の連続だったと言う人にも、
未来は開けまい。

いつかしら、不幸を愛し、
不幸と自分とが一体化しているからだ。

自分は強運だと信じなさい。

恵まれたことは素直に喜び、
厳しかった現実は、修行の糧だと考えなさい。

感謝する心が、
必ずや未来を切り拓くだろう。


「人間の器」

人間の器には天性のものがあるだろう。

しかし、天性の大器といえども、
しかるべき立場に置いてみないと、
その輝きはわからない。

しかも、その器ができる前には、
必ず修行の期間があるのだ。

幕末、維新の頃の大物について考えてみる。

勝海舟は、
その胆力と見識で鳴り響いている。

胆力は、剣の修行と座禅で練り上げたものだ。

見識は、蘭学修行に徹していたことや、
咸臨丸の艦長としてアメリカへ渡った経験がもとにある。

そして時代が、その人となりを選び出してきたのだ。

坂本竜馬も小さい頃は泣き虫だったという。

実家の事業経営の才覚、気風を受け継ぎ、
剣の修行で名をなしたことが、
彼を時代の申し子とした。

西郷隆盛も、
島流しで、精神力を練った時代があったのだ。

逆境に耐え、
人を恨まず、運命を呪わないことだ。

自助努力の精神と、寛容な心が、
人間の器を創ってゆくのだ。

オープニングメッセージ

 

☆゜*:.。. .。.:*☆゜

自分を許せないために、十年も二十年も苦しんでいる人はたくさんいます。


「人間関係で失敗した」「会社で失敗した」「事業で失敗した」「異性関係で失敗した」など、過去の失敗の経験はいろいろあるでしょう。

大勢の人が、さまざまな苦しみのなかで生きているわけであり、この世には、人間の数だけの苦しみと失敗、挫折があるのです。

残念ながら、全員が成功することはできません。ある人にとっての成功は、ほかの人にとっての失敗であることも多いからです。
そのときに、いつまでも苦しみつづけるのは愚かだと思います。

反省すべきことは反省し、今後はしないようにすることです。

詫びるべきことは詫び、認めるべき間違いは認めることです。

しかし、一定の期間を超えて長く苦しみつづけることは、愚の骨頂であると思わなければいけません。

法律の世界では、民法でも刑法でも、時効という制度があります。

その理由のなかには、「年数がたつと、債権・債務関係がよく分からなくなる」「証拠がよく分からなくなる」というような技術的なこともありますが、もう一つには、民事であろうと刑事であろうと、「人の記憶が薄れていく」「怒りが薄れていく」ということもあるのです。(中略)
法律にも、そういうものがあるならば、人間の心、自分自身の心においても、一定の時効があってよいと思います。

「この間題については、自分は充分に苦しんだ。もう三年もたったのだから、自分を許そう」というように思うことです。

経典『大悟の法』P115~118


☆゜*:.。. .。.:*☆゜

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