あずまクラブ(越前の守)です。正しい心の探究をします。

”人間は夢とロマンを持つから動物とは決定的に違う”から始めます。正しい心の探究です。

九州大雨災害、天意と日本の決断。 2017-07-07

2017-07-08 00:05:50 | 日記

理想国家日本の条件 さんより転載です。

http://blog.goo.ne.jp/rokochifukyosho 幸福の科学高知 なかまのぶろぐ より

九州大雨災害、天意と日本の決断。 2017-07-07 

九州北部では、記録的豪雨によって、大災害となりました。

被災なさった方々のご心痛を思うと、1998年秋に、高知で集中豪雨を体験した私は、他人事ではいられません。

さてこの雨は、九州北部に停滞する梅雨前線に、湿った空気が大量に侵入したために起こっています。

梅雨前線とは、冷たく湿った性格を持つオホーツク気団と、高温多湿の小笠原気団という、

性格の違う気団(高気圧)がぶつかり合って、上昇気流が発生したものです。

この2つの気団が、どこで勢力が釣り合っているかで、梅雨前線の位置が決まりますので、

熱い夏の高気圧である小笠原気団が勢力を増し、完全に夏の気候になるまでは、

今回のような大雨災害が、いつ、どこで起こっても不思議ではないのです。

ただ今回、九州が着目されましたが、同日午前中には、島根県で同様の雨災害が起こっており、またその前日まで、新潟地域で、台風3号に影響された梅雨前線の活発化で、記録的な豪雨となっていました。

これらを総括すると、これらは日本海側の地域で、歴史的にはこれまで、集中的な豪雨を、

あまり経験したことのない地域だったと思います。

高知は年間降水量が3000㎜を超える、超雨大国ですので、河川堤防だけでなく、

駐車場や一般道路や歩道に至るまで、徹底的に水がはけるよう工夫されていますが、

その視点で見るならば、テレビ映像等を拝見しても、一時の集中豪雨を想定している町並みには、

とても思えないところがありました。

と言っても、高知で数㎝の積雪があれば、都市交通機能は、ほぼ壊滅状態になりますので、

やはり「有事を想定した国つくり」というのは大事なのだと思いました。

天気情報で雨雲レーダーの動きを見ても、「強い雨雲が、北西から侵入し続ける」という、

極めて珍しい雨雲の動きをしています。

これはその時点での梅雨前線の形態によるものでしょうが、通常雨をもたらす湿った空気というのは、

南風でありますから、被災なさった地域が、これまで対応なさっていなくても、致し方なしではあろうかと思います。

また今回も被災地に自衛隊が派遣され、被災地域での救助活動が始まっておりますが、

もう20数年前に、雲仙普賢岳噴火に伴う火砕流以降、毎年のように、九州に甚大な災害が起こり続けています。

昨年は、熊本を大震災が襲いました。

そのたびに、自衛隊は地元自治体の要請を受けて、数千人単位で九州の救援活動をなさっています。

九州で災害が続き始めたのが、北朝鮮で軍事的恫喝外交の始まりや、

元来先軍政治の中国人民共和国の経済的勃興の時期とが、奇妙に符号しているのが気になります。

天は、「日本の政府が責任を持って、九州など重要地域に、自衛隊派遣を言わないので、我ら神々がやるしかない」

と思っていらっしゃるのではないでしょうか?

九州に自衛隊が入れば、それは災害であろうが、防衛的な動機であろうが、そのようなものに関わりなく、

中朝から見れば、「九州に上陸は難しい」という陣形になります。

今回は島根や新潟など、九州に次いで侵入されやすい地域でも災害がありましたので、

恐らくこの地域にも、自衛隊派遣があったのではないかと推測します。

だとすれば、日本国政府が、浅薄な国内世論に臆することなく、日本と日本国民を護る強い意思を宣言し、

それを実際に目に見える形で意思を示さない限り、九州など、重要拠点での自然災害が続いてしまうのではと危惧します。

また、通常あまりない、「北西方向からの大量の湿った空気による大雨災害」からは、

「大陸(中朝)からの災禍を想定せよ!」という神意が込められているのでは…と想えてなりません。

本日は、東日本大震災直後に収録された日本の主催神天照大神のご神示『天照大神の御教えを伝える』と、

同時期に説かれた法話『逆境の中の希望』から、一部抜粋をご紹介いたします。

共に、厳しさを秘めた教えですが、神は慈悲なれど、甘くはないのが神なのです。

               (ばく)

昨今も、「電力供給の事情について、よく考えるように」ということで、北海道に猛吹雪が起き、大規模な停電が起きました。

あれは、「電力供給について、よく考えるように」との神示を与えたのですけれども、よく分かってはおらぬようでありますし、北陸のほうでも、竜巻を起こしまして、「冬にも台風は来る」ということもお見せはしたのですけれども、よくは分かっておらぬようです。

また、公共事業に対しても、批判的な意見が相次ぐようであるからして、高速道路のトンネルの崩落事故なども起きたようであるけれども、まだ、よく分かっておらぬ者もいるようであります。

小さな小さな象徴的な事件は起こしておるのだけれども、その意図するところは、分からないでいるようだね。

ですから、民主党政権に関しては、「『原子力事故が起きたから、原発を廃止する』とか、そういうことをしてほしくて、ああいうものが起きたわけではない」ということを、知ってもらわねばならないのです。

「民主党政権だから、ああいうことが起きたのだ」ということを、悟ってもらわねばならなかったわけですね。(中略)

以前、社会党の村山富市政権が成り立ったとき、阪神・淡路大震災が一九九五年に起きました。

あのときに、初めて正月に伊勢神宮に参拝しない総理がいたわけだけれども、そのあと慌てて参拝に来るというようなこともありました。

そうした、そもそも神を信じていないような人が国のトップに立ったときには、そういう事件が起きやすいのです。

特に、民主党政権のなかでは、二代目の菅直人が、無神論の傾向が極めて強い考え方を持っていました。彼は、かたちだけは四国の遍路のまねぐらいはしたかもしれないけれども、「実際上、そんなものを信じているような人ではない」と、私は思っておりますので、彼が首相の時期に、大きな天変地異が、象徴的に日本を襲ったわけです。(中略)

特に、われらが日本神道の神々においては、やはり、日本という固有の領土に関して権限を持っているために、天変地異や、さまざまな気象条件等によって、「天意」を象徴的に表すことがあります。

それに対して、地上界の人間が、まったく無知になっていることに関しては、「はなはだ遺憾に思う」と言わざるをえません。

あれから、幾つか警告は発しているけれども、結局のところ、反省はしていないし、「天罰だ」と言うような声が上がっても、それを「不謹慎だ」とたしなめる意見のほうがマスコミの常識のようにもなっているので、残念ながら、「この国には、反省が足りていない」と言わざるをえないと思います。

私は、「政治家、マスコミ、官僚、そして、もちろん国民すべてに、反省を求めたい」と思っております。
『天照大神の御教えを伝える』(幸福の科学出版)P28~34 

 https://www.irhpress.co.jp/products/detail.php?product_id=25

日本国民は、まだまだ、本当の意味でスピリチュアルに啓蒙されてはいません。

まだ、スピリチュアルなものを「際物だ」と思っているでしょうし、霊的なものを本心から信じてはおらず、個人的な趣味のレベルのものだと思っています。

「少なくとも、公のメディアで流すようなものではないし、新聞等、公の活字に出るようなものではない。お好きなら、各個人で勝手にどうぞ」という程度にしか見ておらず、公的なものだとは思っていないのです。

この点が、国営放送等で私の説法を流している国との違いです。

これを知らなくてはいけません。

それは、「事実がどうか。真実がどうか」ということではなくて、単なる考え方の問題なのです。

唯物論の国であれば、宗教的な説法は公のメディアでは流れないでしょう。単に、そういうことです。

「日本人の、このへんの考え方を変えさせていかなければ、この国自体は、まだまだ変わっていかないのだ」ということを知らなければいけません。

繰り返しになりますが、仏教国であり、「仏陀生誕の地」と言われる、ネパールやインドにおいて、私が堂々と「仏陀再誕」を宣言し、“I have now returned.”(我、ここに再誕す)と言って英語で説法を行ったところ、それが、そのまま国営放送等で国民向けに放映されたのです。

その観点から見れば、「この日本という国が、どれほど、宗教に対して無知で判断能力がなく、むしろ、事実上、迫害者になっているか」ということを知らなくてはいけないのです。

その結果、さまざまな天変地異を招いたり、場合によっては、他国からの侵略を招いたりすることになるのであれば、それには、かなり自業自得に近いものがあると思います。(中略)

少なくとも政治だけを見ても、ここ二、三年、私が政治に関して発言してきたことの多くは、そのとおり、現実として当たっていますし、マスコミ等も、結局、一年や二年遅れて、同じことを後追いで記事にし、載せているのですが、彼らには、それについての正直さがないと感じています。

マスコミ等には、「今、国師が現れて日本の国を導き、また、世界教師として、世界のあるべき姿を指し示しているのだ」ということを、きちんと伝える義務があるだろうと思います。

マスコミは“不幸産業”だけに浸っていてはいけないのです。
『逆境の中の希望』(幸福の科学出版)P49~52

 

記事全文は 

http://blog.goo.ne.jp/rokochifukyosho 幸福の科学高知 なかまのぶろぐ

 

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