あんなこと、こんなこと

人生もそろそろ林住期にはいりはじめた昭和女ですが、まだまだ現役!

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老人力増殖中

2014-12-16 16:27:10 | Weblog
この間の日曜日に安土陶芸教室作品展の搬出をもって、今年一年のイベントはほぼ終了。フーッ

とくに今年の9月からは行事がずっと立て続けで気力も体力もホントよくもったと思う。実際のイベントは当日だけだけれど、忙しいのはその前の準備段階。とくに今年の秋は新しい企画が二つ入ったので、その準備が結構大変だった。当然一人でできるものではないから、いろいろな人に協力してもらい、私のできないことをいっぱいカバーしてもらった。

昔、3人の男の子の子育て中、思いっきり自分の仕事をしてみたいと悶々と思っていたけど、人間思い続けると実現するんだなぁ、と一人感慨にふける。もう少し若ければ、もっと体力も脳力もあったのに残念と思うこともあるけど、結婚生活も子育ても私にとっては必要な大切な経験だったし、今のこの年が私には仕事適齢期なんだとおもうことにする。

重いものが持てない、高いところのものをとるのができない、駐車場に入れば出るときいつも駐車券を探す、ここにあったはずのものが、なぜかない、買い物は必ず買い忘れがでて二度いかなければならない・・・・・できないことが日々増殖中でも不思議なことに、そうなるとそれを補ってくれる人が現れてくるんだから、なんてシ・ア・ワ・セ。

来年は何ができなくなるんだろう、そしてまた助けてくれるどんな人が現れてくれるんだろうか。タ・ノ・シ・ミ~

さぁ、今日もこれから忘年会
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It's all my fault

2014-06-28 22:22:15 | Weblog
梅雨の日本を抜け出し、トルコに行ってきました。
トルコを選んだのにはさして深い理由があるわけでもなく、費用も安いし、っていうくらいのかるい理由でした。

行く前に塩野七生「コンスタンティノープルの陥落」夢枕莫「シナン」を読んで下準備。なんとなくトルコの歴史がザックリわかり、トルコ人は世界一の親日国だと聞き、これまた気楽に出発。

しかしトルコは広い。イスタンブール、カッパドキア、パレッカム、エフィソスなど8日間で日本一周するくらいの広さを走破することになる。トルコの歴史の長さ、深さ、そして大自然の不可思議さなどを十分堪能した。

天候も体調も順調でいよいよ帰国というその時、事件が起こった。

出国手続きも済み、残りのトルコリラを使い切ってしまおうと、duty free へ。買い物を済ませ、あと40分ほどで搭乗というとき、何気にバッグの中を見た。・・・・・・・・・・・・・ナイッ!財布が・・・。エーッ、ウソでしょ。バッグをひっくり返し、手荷物を一個一個調べたけどナイあ~、スリにやられた、と思った。中にはカード2枚と現金少々。現金はいいとしてもカードが・・・。

まずはカードを止めなきゃと息子に電話して頼んでみる。「え~っ、よく探せばあるんじゃないの。」とのんびりした答え。「いいから、とにかくやってみて。」と私。

それから空港のインフォメーションデスクへ走る。ウッ、並んでる。(早くしてよ)と前の人にイラつきながらも順番を待ち「私、財布すられたんですぅ。どうしたらいいかしら。」と訴える。「僕じゃどうしようもないから、あそこのポリスに言ってみて。」と。またまた走ってポリスのところへ。説明すると、二、三質問されて、ここじゃなく、ポリスステーションへ行け、と言われた。でもぅ、時間がもうない・・・とそこへ息子から「カード止めておいたよ。」との電話。とりあえずホッとし、最悪のなかでは最高の結末と自分を納得させて飛行機に飛び乗った。

(まぁ、現金は仕方ないとして、カード止められたんだからいいや、こんなことになるなら、あの時迷ったキリムのマット買っとけばよかった)とか一人やや興奮状態、とそこへ。

「Madam,May I see your passport?」とCA二人が私の席へ。??????????パスポートを渡す時見ると、なんと彼女の手に私の財布が。「あ~ッ」と叫ぶ私に カードの名前と私の名前を確認するとにっこり微笑んで「Here you are.」しばしお礼を言うのも忘れて、どうして?どうして?どうやって見つかったの?と矢継ぎ早に聞いても彼女は肩をすくめて、私もわからないと一言。もう離陸寸前 財布は無事私のところに戻ってきました。カードも現金もそのままで。

結局どうやって財布が見つかったのかはわからないまま、いろいろ考えた。外国で、しかもそれもイスタンブールで(失礼!)財布を無くしたら、絶対出てこないと思い込んでた私、財布がないと分かった時点で、これはスラレタと思い込んでた私、でも・・・

Oh,it’s all my fault

どんな経由でこの財布が戻ってきたのか分からないけど、飛行機を降りるとき、トルコ航空の方にしっかりお礼を言った。ただそのCAは事情を知らなかったらしく「見つけたのはトルコ人?」と聞くので私は「Maybe」と言ってしまったが、「Definitely」と言えばよかったと今、後悔している。

トルコますます好きになりました。

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一歩踏み出す

2014-06-11 22:43:57 | Weblog
母の死の連絡をしたJさんより丁寧なお返事をいただき、そのなかに送別の句がありました。

安らかに花のころなる別れかな

これを読んだとき久しぶりに号泣して、しばらく涙が止まりませんでした。ああ、俳句でもこんなに人の感情を揺さぶることができるのだと初めて実感しました。

母が最後に目にした花は病院の窓からの満開の桜でした。葬儀も満開の桜のはなびらが散るなかでした。「願わくば花の下にて春死なん。その望月の如月のころ」西行

母の俳句が縁でJさんにお目にかかり、いろいろ母の話をしているうちになぜか私、俳句をやることを約束してしまいました。

実をいうと15年ほど前一時俳句にのめり込んでいた時期がありました。でもこの10年近く私の人生に抱えきれないほどのいろいろなことが起こりまったく俳句が作れなくなってしまっていました。またできるのだろうかと不安もあるけど、私のこと、あまり深く考えず、これも何かの縁と肩を押されて一歩ふみだしました。

そうなると、俳句の題材を求めて行動することが多くなり、気持ちがとっても前向きになっていることに気が付きました。これも母のおかげと今更ながら感謝しています。

で、ずうずうしく少しだけご披露させてください。お耳汚しですみません。

5月の俳句

帽子好きだった母の帽子があって
 亡き人の頭の形に夏帽子

家の前の森を見て
 万緑や生き物すべて子育て中

友人の来宮のギャラリーを訪れ
 釣り人の大きく弧を描く夏の海
 つぎつぎと入江現はる夏列車

日傘を見ると夢二の絵の女性を連想し
 日傘さし竹久夢二の女(ひと)となる







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拝啓

2014-04-15 16:27:05 | Weblog

  拝啓
 花から葉へと季節は移ろい行きますが、○○さまにおかれましてはご清祥のこととお喜び申し上げます。

 さてこの度、母、和子が去る四月七日九十一歳の天寿を全ういたしましたのでご連絡させていただく次第です。
生前○○様には俳句を通じて大変お世話になり、母はいつも感謝しておりました。母からよく○○様のお話は聞いており、花や虫、鳥などの名前をよくご存じで教えていただいたこと、また発句のさいにはいろいろアドバイスいただいたことなどよく嬉しそうに話しておりました。さらに吟行の際には歩行が不自由な母の介助をしてくださったことなど、お礼の申し上げようもありません。○○様と俳句のおかげで母は後半の人生を豊かに過ごせたと思っております。

 母は去年十一月に脱水症状で一時入院し、十二月に退院したときはもう歩けなくなってしまっていました。今年になってから要介護4になってしまいましたが、歩行できない以外は普通に生活していました。三月になって急に熱がでたり、さがったりを繰り返し、結局三月末に入院し、十日ほどで旅立ちました。私は最後の1年ほど母と同居し、介護の大変さも多少経験させてもらい、母から最後の教えを受けた気持ちです。

 葬儀は母が高齢だったということもあり、身内だけで済ませましたので、ご報告が遅れましたこと大変失礼いたしました。生前のご厚情に対し深く深くお礼申しあげます。また母をご存じの方がいらっしゃいましたら、○○さまから何かの機会にお知らせいただければ幸いに存じます。
 季節の変わり目ゆえ、くれぐれもご自愛くださいますようお願い申し上げます。
                                                     敬具
                                                    安西 小百合
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介護保険

2014-01-05 21:43:42 | Weblog
1ヶ月半の入院から戻ってきた母は要支援1から要介護4に進歩(?)していた。

歩行器を使って家の中なら自分で動けていたのに、歩くどころか立てなくなってしまっていた。認知症もそれなりに進み、会話は十分成り立つけど、話し終わったとたんにもう何を話していたかわからなくなっている。それでも施設に入所するのは嫌なのだ。

とりあえず母の受け入れ態勢を整えようと電動式の介護ベッド、車いす、トイレなどの手すりを頼んだ。もうこうなるとインテリアがどうのこうの言っていられなくなる。母はもちろんだけれど、介護する私も楽になれるようにしなければならない。

でも他の国は知らないけれど、日本の介護保険は充実していると思った。最新式のベッド、車椅子、トイレの補助手すりなど、すべてレンタルでそれも1割負担で済むのだから1ヶ月2000円にも満たない。こうやって介護保険のお金をどんどん使ってしまっては私たちやさらにその下の世代になったらお金がたりなくなるのは当然だと思う。でも、使えるというものを拒否する勇気も余裕もないし、正直ありがたいですw。

そんなこんなで年が明け、今年は介護と仕事の両立だと自分自身に喝を入れる。

そんな時昔ダイエット用に買って数か月使っただけで押入れにしまいっぱなしになっていた器械を思い出した。椅子に座って器械のペダルに両足を乗せてスイッチをいれると自然に回転し、足の運動になるというヤツだ。

ーそうだ、それ、母にやらせてみよう。ゆっくりやれば、90歳の母でも少しずつでも筋肉がついてくるかもしれない。

そしてもしかしたら・・・・・・・・あ、これは初夢でした。

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YOKOHAMA CRAFTMEN’S POWER IN2013

2013-10-18 08:36:59 | Weblog
今週水曜日から横浜島屋7階暮らしのステージでいずみの卒業生の展示会をやっている。

前回は2年半ほど前だったので、もう企画展は無理かなと思っていたところ、6月ごろお誘いいただいて急遽参加ということになった。私自身はまとめ役だからそんなに忙しいことはないんだけれど、何かと打ち合わせやら準備やらで落ち着かなかった。

火曜日台風接近の雨の中、搬入が始まった。15名+講師3名の計18名である。しかし思った混乱もなく結構スムースに展示は終了した。

展示終わってからそれぞれの作品を見てみると、以前より作品の完成度も上がったし、なかなか面白いのではないかと思った。1回目の時は家族の不幸があった直後で心ここにあらずという状況だったけど、今回はじっくりと鑑賞できた。

いずみの卒業生はもちろんこのほかにも大勢いるけれど、こうして彼らの作品を見ていると、自分が制作したわけではないのに、達成感がわいてくる。

現在の物づくり作家の厳しい状況の中、時々彼らを陶芸の道に引き込んでいいのか、と迷うこともあるのだけれど、こうして並んだ作品と彼らの上達ぶりをみると、単純に嬉しいし、私ってもしかしていい仕事してるんじゃない?って自画自賛したくなる。

あと5日間、一人でも多くの方に見ていただいて、できれば買っていただきたいものです。
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女のたしなみ

2013-08-03 08:14:34 | Weblog

友達が帰ったあと、テーブルの上にハンカチが置き忘れられているのに気が付いた。

アイロンがビシッとかけられた模様のいっさいない麻の紺のハンカチ。テーブルの上でその存在が光ってみえた。そして夏に麻の濃紺のハンカチをさりげなく使う彼女のオシャレ心に感動した。今はタオルのようなものや、アイロン不要のハンカチもたくさん出ているときにあえてアイロンをかけなければならないものを使う彼女の心意気。アイロンの筋がキッチリはいっているハンカチに夏の涼しさがみえた。

外出から帰って我が家のマンションのエレベーターに乗ったとき、フワーといい香りがした。前にのっていた人がつけていた香水の残り香だろう。それから時々その香りがするエレベータに乗り合わせる。あっ、彼女だなと思う。もし私が男性だったらきっとこれだけで惚れチマウ。実際に会ったことはないので、どんな人がしらないけれど、そのエレベーターに乗った日はなんだか得した気分になれる。

ハンカチといい、香りといいその何気なさにその人となりがあらわれるんだなぁ、これが大人の女性のたしなみや。私もマネしようっと。

後日談

友達にハンカチを返すとき、さんざん褒めちぎったら、後日同じハンカチをプレゼントしてくれた。
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Kさんへ

2013-06-11 06:01:05 | Weblog
Kさんへ

今朝はなんだか早く目覚めてしまい、この間からあなたにお礼の返事をしなければと思いながらノビノビになってしまった返事を書いています。

今の時間、あなたはもうきっとウオーキングをしているんでしょうね。

この間みんなで一緒に食事をしたときのあなた、とっても素敵でした。あなたのセンスのよさは相変わらずで、グレーのシンプルなロングのワンピースに手作りのアイヌ刺繍がしてある・・・なんていうんでしたっけ、ケープみたいなもの、あれは誰にもマネできないわ。

それからお土産のカードをありがとう。
残念ながらバーンロムサイの彼女の話を私は聞きに行けなかったけど、私が教えたらすぐ行動するあなたの実行力には脱帽です。彼女がどういう人生を辿ってタイのチェンマイでHIVに母子感染した子供たちの施設を立ち上げたのか、講演を聞きにいかなかった私にはわかりませんが、私たちと同世代の女性が地道に活躍している話は刺激になるし、憧れますね。

あなたとの付き合いも不思議な縁で、お互い近所に住んでいたときはほとんど付き合いもなかったのに、それぞれ引っ越して、私がギャラリーを立ち上げる時、Tさんの仲介であなたが手伝ってくれることになってからだから、かれこれ20年近くなりますね。

この20年決して平坦でなかった私の人生の節々にいつもあなたはそばにいてくれて、さりげない優しさをしめしてくれたことに、私は本当に感謝してます。この際あらためて「ありがとう。」

私が落ち込んでいた時、多分私の負担にならないようにと気を使って、「昨日の残り物よ。」と言って、届けてくれたよく煮込んだおでんの厚切り大根、それから「自分じゃ料理する気も起きないでしょ。」と言ってわざわざ我が家まで持って来てくれたお弁当、私の人生の中で忘れられない味です。

最近は私たちの話と言ったら、「長生きしたくないわね。」ということですよね。ちょっと不遜だけど、高齢者の人たちを見てついそんなふうに思ってしまいますよね。その考えは今も変わらないし、「死」が近づいたら抗うことなく受け入れるつもり。

あなたも知ってのとおり、母との同居が始まって2週間。私たちはまだまだお互い手さぐり状態だけど、少しずつ生活のペースをつかみ始めています。母も90歳になってあなたが会ったころの母とは違います。毎日なにもすることがなく、私から見ると退屈そのものに見えるけど本人はいたって楽しそうです。
我が家の猫の名前が何度聞いても覚えられず、「え~っと、何だっけ。(聞いたことは覚えているらしい)なんか粋な名前だったよね。(黒いので)黒奴(くろやっこ)だっけ?」には思わず爆笑。「小雪よ。」と私が教えると「あ、そうそう。名前、憶えないと仲良くなれないからね。小雪ちゃん、よろしくね。おばあちゃんと仲よくしようね。」と猫に話しかけ、5分も経たないうちに「名前、何だっけ。」となります。

まあ、長生きもそんなに悪くはないかも、と少し思ってきました。

で、肝心のコンサートお誘いの件ですが、今はなんともわからない状態です。そのころまでに夜、出かけられるように、母を慣れさせるつもりだけど・・・。ドタキャン覚悟で予約お願いします。そのほうが、私も目標できるし。

長くなっちゃったけど、それではまたね。

                                              小百合

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その時が来た

2013-05-31 14:19:45 | Weblog
ついに「その時」がやってきた。

母は今年90歳。その母との同居が始った。40年以上も別に暮らしていたのだから、もう大変
彼女は認知症ではないらしいのだけれど、年齢相応のボケははいっている。

そんな母が転居して来たのだから、私以上に母のほうが大変なはず・・・なのだけど・・・。

豪邸でもない我が家の間取りがわからず、迷ってしまうなんていうのはカワイイものから始って、一番大変なのは2,3分前に聞かれたことを聞き返されることウン十回。これが一番参ってしまう。老人特有のことなんだからと思いつつも5,6回目ころからはついつい声がトンガッテくる。

「もう、何百回も言ってるわよ。」(ホントは10回くらいだけど)
ーーあ~、私ってなんて意地悪なんだろう。ウン十回くらいどうってことないじゃない、繰り返し言ってあげればいいのに・・・

と自己嫌悪。

考えてみれば彼女はトイレだって自分でできるし、ご飯だって自分で食べられる。着替えだって時間はかかるけど、できるんだ。
そうだ、できないことじゃなくて、できることだけ見て、明るい介護、頑張ろう子育てとおんなじだ。
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お勧め本

2013-05-11 15:49:26 | Weblog
『一週間』 井上ひさし著

考えてみると井上ひさしの本をきちんと読んだことがなかった。
この『一週間』という本は最近の書評にあって、読んでみようかなと思い買った。

余談だか私は基本的に本は文庫本しか買わないと決めている。以前は新刊書が出ると大仰な宣伝文句につられてつい買ってしまったりしていたが、失敗もたびたび。そしてそのあと本棚のゴミとなる。その点文庫本はハードカバーでの評判を経て文庫になっているし、なにより値段が安くて小さいから失敗しても傷が浅い。

で本題にもどると、これは戦後ロシアで捕虜になった日本人の一週間の出来事を1日ごとに章立てにしているのだが、ふつうこの主題になったら、重苦しい内容になるに決まっている。ところが、この本は一大エンターテイメントになっていて、ユーモアの精神が底辺にながれているから決して重たくなく、むしろ痛快。それでいて批判精神もしっかり。

初めロシア人の名前になれないし、階級を表す言葉も読むのが面倒になって火曜日あたりで(月曜日から始まって、月、火が長い)挫折しそうになった。でももう少し、もう少しと思っているうちに今度は加速度がついて一気読みになった。

人間どんな困難な場面に陥っても、くじけない精神を保つにはユーモアが必要なのだ。正面からがっつり問題に取り組むのもいいだろうけど、ちょっと俯瞰してユーモアをもって対処する。これができたらいいなぁ、サイコーだな、人間として。そしてこの主人公がそんな人間なのだ。次から次へと起こる問題を必死に乗り越えていく。本人は大まじめなのだが、どこかおかしみがある。私の理想の男性かもしれない。

それにしても井上ひさしの共産党と戦後のロシアの知識がすごい!と思った。これだけの本を書くにはプロットを考えるだけでなく、どれだけ準備が必要なのだろうか、と思っていた。

・・・あとがきを読んで多少納得。井上ひさしの奥さんはかの私が敬愛する米原万理さんの妹さんだそう。若くして亡くなったロシア語の同時通訳者の米原万理さん、知的で、ユーモアのセンスあって、私は大フアンだった。

話はそれたが、お勧めの一冊である。
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