無冠帝王の繰り言=外房御宿の網代湾を朝夕眺めるおぼろ男は、野次馬根性旺盛ですからいろいろと寝ぼけことを繰り返します。

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椿落つ 無冠帝こそわが墓碑銘  安藤 三佐夫

昔?の役場にうんざり!

2016-11-26 11:37:30 | エッセー
 地域に根ざす仕事をずうっとやって来ましたが、それはすべて都市でしたので、余生を送るためにこの町に移住して来て、うんざりしています。だが、仲間が増えて来ましたから依頼されて機関紙に執筆しました。ご笑覧ください。

御宿町の文化振興に思う
「昔は海水浴客で駅前のロペス通りは賑わいましたが、今はその1割程度しか来ません」観光業のみなさんは嘆いています。しかも若者は仕事がなく都会へ出て、老人だけが残り、高齢化率は千葉県内のトップだそうです。地場産業の支援と子供とシニアに優しい街づくりが大きな課題です。
私たちは、町の活性化を願い「観光ボランティアガイド講座」を立ち上げました。テキスト「御宿町の文学歴史散歩」を編集し、講座修了者24名が登録されました。この町が県内のどこにもひけをとらない住みよい街として全国からの観光客・移住者をお呼びするには、このような取り組みが大切なのですが、行政は旧態依然の対応で残念です。
週刊新潮の表紙を千回以上も描いた谷内六郎が愛した浜の風景、超ベストセラー『人生劇場』の作者尾崎士郎が住んだ妙音寺と当時の村の習俗、新しい女性の生き方を提唱した伊藤野枝が何度も逗留した上野屋旅館跡、慶長14年(1609)田尻浜に漂着したサンフランシスコ号を記念するメキシコ塔やマスト・キール材を使った茅葺の岩瀬家の貴重な梁。その隣にはアカデミー賞映画「大津波」(パールバック)にも出演した岩和田海女の躍動する素晴らしい写真が数10点も展示されニューヨークタイムズにも大きく紹介されました。「御宿」の魅力的な地名由来は最明寺に北条時頼伝承として伝えられれています。海を見下ろす御宿霊園に文豪鴎外父子の墓地があります。美しい網代湾の浜辺に詩人・画家の「加藤まさを月の沙漠」らくだ像と記念館があって観光バスが毎日立ち寄りますが、その人たちを受け入れるレストラン・生鮮食品店や駐車場が近くにはありません。町在住の国際的ヴァイオリニスト黒沼ユリ子さんが「日本・メキシコ友好の家―ポンセホール」をロペス通りに開館し、コンサートなどを催しているのですが町の支援は聞こえて来ません。
町民の思いを大事にする文化行政こそが町づくりの根幹でなければ未来はありません。今こそ文化と歴史の香り豊かな御宿町をさらに飛躍させるための方策を議会・観光協会・商工会・御宿ネットワークなどが核となって作り上げ実践しようではありませんか! 町に関係する私の編著書を掲載します。
☆安藤 三佐夫
※編著書 小説茉莉のルーツ幻想・少女は貝の笛を吹く(悠光堂)写真集海女の群像・海女の習俗(彩流社)
            意訳ドンロドリゴの日本見聞録(たにぐち書店)他

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