孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

タイ  新国王と軍政の関係、タクシン前首相支持勢力の動向など緊張も孕みつつ進む葬儀準備

2017-05-03 22:40:41 | 東南アジア

(建設が続くプミポン前国王の巨大火葬施設。奥はタイ王宮=バンコクの王宮前広場で2017年4月26日【4月27日 毎日】)

国王権限強化 「民主主義象徴」プレートが「国王への忠誠」へ
タイのプミポン前国王の葬儀は、10月26日に執り行われることが正式に発表されています。

****10月の前国王火葬、正式発表=タイ政府****
タイ政府は25日、昨年10月に死去したプミポン前国王の火葬を10月26日に執り行うと正式に発表した。一連の葬儀は同月25〜29日に営まれる。
 
前国王の遺体は、首都バンコクの王宮前広場に建設中の火葬場で荼毘(だび)に付される。政府報道官によると、火葬当日の26日は休日となる。【4月25日 時事】 
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今日、タイの王制・政治体制に関するニュースが2件報じられています。

1件目は、政府管轄下にあった王室関係機関を国王直轄とする新法が、内容を明らかにしないまま非公開審議で制定されたというもの。

****タイ国王の権限強化=王室機関を直轄に*****
昨年12月に即位したタイのワチラロンコン国王(64)の権限を強化する新法が、3日までに施行された。これまで政府などの管轄下にあった王室関係機関が国王の直轄下に置かれた。
 
国王直轄となったのは、王室事務局や国王秘書官長室、近衛局など王室の事務や警護を担当する5機関。

新法は4月20日の立法議会(暫定議会)で可決されたが、軍事政権の要請で審議は非公開で行われ、新法の内容についても「詳細は言えない」(立法議会議長)として公にされず、1日の官報でようやく公表された。
 
地元メディアによると、これらの機関が国王直轄となるのは「1932年の絶対王制終結以来初めて」という。【5月3日 時事】
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2件目は、「タイの民主主義誕生の象徴」とされていたプレートが、国王への忠誠を説く内容の別のプレートにすり替わっていたことに関する公開討論会が軍政の命令で中止となったという件。

*****軍政命令で討論会中止=消えた革命プレートめぐり―タイ****
タイで1932年の立憲革命を記念したプレートが消えた問題をめぐり、タイ外国特派員協会(FCCT)が3日に首都バンコクで開催する予定だった公開討論会が軍事政権当局の命令で中止に追い込まれた。
 
FCCTによると、地元警察がFCCTに送った書簡で、討論会は「国家安全保障にとって脅威」であり、「不実な個人により混乱を引き起こすのに利用される可能性がある」として取りやめるよう要求した。
 
立憲革命でタイは絶対王制から立憲君主制に移行。記念プレートはバンコクの革命ゆかりの場所に80年以上前に設置された。

民主派の間で「タイの民主主義誕生の象徴」と位置付けられてきたが、国王への忠誠を説く内容の別のプレートにすり替わっていたことが4月に発覚。消えたプレートは行方不明のままとなっている。【5月3日 時事】 
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内容を明らかにしないまま非公開審議が行われたとか、公開討論会を軍政当局が阻止したとかは、軍政の非公開性・強権的体質を示すもので、それはそれで問題ですが、今日はそのあたりの話はパスします。

今日取り上げたいのは、軍政が今後どのような統治システムを目指しているのか?という点です。

2件のニュースから受ける単純な印象としては、“国王直轄化”とか、“国王への忠誠”とか、従来の民主主義を一定に制約して、新国王の権限・権威を高めていこう、その国王の権威を軍部が利用する形で支配体制を強化しよう・・・という方向にも見えます。

確かに“大筋”としては、農民・貧困層からの支持を背景としたタクシン前首相の政治で揺らいだ、国王を頂点とする伝統的な支配体制の強化を軍部が目指していることは、常に指摘されるところでもあります。

新国王と軍政の間の“すきま風”】
ただ、“国王の権威を軍部が利用する形”と言ったとき問題となるのが、4月10日ブログ“タイ 新憲法公布で民政復帰に向けて踏み出すも、権力内部では対立が激化”http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20170410でも取り上げた、新国王と軍部の間には緊張関係があるのでは・・・という話です。

もともと新国王と軍部はそりが合わなかったこと、軍内部に軍政を主導する主流派と新国王に近い勢力とで権力闘争的な関係があること、新国王はタクシン前首相とは非常に近い関係にあったことなどから、新国王、その周辺の軍勢力、タクシン前首相が結びつく形で、軍政主流派との間で不穏な出来事も起こりうる・・・とも指摘されているとのことでした。

そのような新国王と軍政の間の“すきま風”について、以下のようにも。

****タイ新国王、軍政と「すきま風」 新憲法案に異例の修正要請 *****
2014年5月に起きたクーデターから軍事政権が続いているタイで、新たな恒久憲法が公布・施行された。昨年末に即位したワチラロンコン国王が新憲法案に署名した。
これにより、タイでは来年中にも総選挙が実施され、民政復帰に向けた動きが加速する。

一方で、現政権を担う軍は自らの基盤固めを着実なものとし、選挙後も実質的な支配を継続していく考えだ。これをめぐって新国王と軍政との間では、「すきま風」も聞かれるようになっている。

民主化が後退
(中略)2017年憲法は、民主化の後退がより鮮明となった。選挙で議員が選ばれるのは下院のみとなり、上院議員については軍が任命に関与できる仕組みだ。首相選出についても、近年の憲法で踏襲されてきた下院議員の要件が撤廃され、1980年代まで頻繁に続いた軍人ら非議員による首相就任が可能となった。

さらに注目されるのは、民政復帰後5年間を「移行期間」とし、実質的に軍の支配下で政権が運営されることだ。これにより、14年5月のクーデターから最低でも通算10年間は事実上の軍政が続くことが確実となった。(中略)
 
プラユット軍事政権は、いまなお60%を超える高い支持率を維持するが、1970年代や90年代にあった反軍運動の過去をひと時も忘れてはいない。民政復帰後の権力基盤確保に躍起なのもそのためだ。

具体策の一つを、政府機関への軍人の積極的な配置に見ることができる。内閣は35人の定員の4割近い13人を軍人と系列の警察官僚が占め、省庁への影響力を強めている。最大で19人(議長を含む)の王室を支える枢密院も、史上初めて軍出身者が過半を超え、永続的な政治への関与を確実とした。
 
もう一つが、今回施行された新憲法だ。軍政は当初、首相と上下両院の議長、陸海空軍と警察トップで構成する「改革と和解委員会」を内閣、国会、裁判所の三権の上部に置く構想を描いた。2015年8月に策定した第一次憲法草案に盛り込み、成立を目指す考えだった。

だが、立憲政治をないがしろにしかねないと国内外で強い批判が起こった結果、断念。草案の承認権を持つ国家改革評議会に働きかけ、一次案を自ら否決に導いたという経緯がある。代わって採られた措置が、憲法裁と独立機関に強い権限を持たせて間接的に支配する方法だ。

さらに、歴代憲法に盛り込まれてきた「本憲法に適用する条文がない場合は、国王を元首とする民主主義の統治慣習によって判断しなければならない」とする条文にも、軍の関与を組み込もうと画策した。

最終判断権を憲法裁長官らに持たせるとする規定を新たに設け、人事権を持つ軍が差配できる余地を拡大しようとしたのだった。
 
ところが、署名直前になってこの規定にワチラロンコン国王が待ったをかけた。立憲主義国家における憲法制定作業に国王が関与を求めることは極めて異例なことだ。国王はこのタブーに挑みながらも、軍の影響力拡大に歯止めを掛ける必要があると考えたとみられている。
 
こうして最終的に条文から削除されたのが軍関与の追加規定だった。同条文は憲法上の努力義務と読むのがタイの憲法学では通説であり、最終判断権そのものが意味をなさない。このほか、いくつかの条文でも修正が行われた。
 
新憲法の作成過程で起こった国王による異例の修正要請は、タイのメディアの間では「新国王と軍政の間で吹いたすきま風」と受け止められている。
 
偉大な父、プミポン前国王を継ぎ、山積する難題に立ち向かう新国王と、国王の軍隊として一糸乱れぬ存在のタイ王国軍。新憲法の作成過程で生じた思わぬ「すきま風」が凪(なぎ)に変わるのをタイの国民は静かに待っている。【4月14日 小堀晋一氏 Sankei Biz】
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「本憲法に適用する条文がない場合は・・・」という条項をめぐる修正については、上記のように軍政側が軍が差配できる余地を拡大しようとしたのを新国王側が阻止したという話なのか、もう少し踏み込んで、従来同様にあいまいな表現に据え置くことで新国王側が政治危機に介入する余地を取り戻したというように新国王側のイニシアチブを強調するのか、その解釈には若干のニュアンスの差もあります。

いずれにしても、国王要請による直前修正という事態は、新国王と軍政の間の「すきま風」を感じさせる一件でした。

そういう「すきま風」というか、前回ブログで指摘したような対立・緊張関係があるなかで、国王権限・権威を高めるようなことが軍政にとってどれだけのメリットがあるのか?・・・釈然としない部分もあります。

新国王と軍政の関係は、一部で指摘されているほどの緊張はなく、お互いに“ウイン・ウイン”の関係で利害調整がついている・・・のでしょうか?ワチラロンコン国王なら、それも十分ありうる・・・とは思えますが。

【「首相暗殺計」?】
一方、新国王とは関係が深いとされるタクシン前首相及びその支持者の動きについては、「首相暗殺計画」というショッキングな報道もなされています。

****タイ激震 首相暗殺計画発覚****
■首相暗殺計画発覚
タイのワチラロンコン新国王の下、政権基盤の安定と長期化をもくろむ軍政のトップであるプラユット首相の「暗殺計画」がこのほどタイで発覚、軍政への反発が一部国民の間では「暗殺まで計画していた」として軍政はこれを問題視し、捜査当局に徹底解明を指示した。

さらにその後の捜査の結果、暗殺計画に関わった人物がタクシン・チナワット元首相支持派であることから、タクシン元首相あるいはその妹のインラック・チナワット元首相など軍政と対立する勢力が関与した疑いも払しょくできないとして、捜査当局に慎重に政治的背景の調査を命じた。

タイ国家警察と国軍は3月18日、反軍政の運動家自宅から大量の武器弾薬を発見、これを押収した。警察が捜索したのはタイ中部パトゥンタニ県にあるウッティポン・コチャタマクン(コティー)氏の2階建ての自宅。

事前の情報提供に基づき自宅を家宅捜索した結果、スコープ付きのライフル銃、手榴弾、数千発の弾薬などが発見されこれを押収するとともに同氏の自宅にいた留守番役と称し「武器の存在を知らなかった」とする男性ら9人を武器の不法所持容疑で逮捕した。

警察はコティー氏がタクシン元首相を支持する赤シャツ組織の主要メンバーで「反軍政民主化組織」の指導者として活動、反軍政のラジオ局を運営するなどの活動歴を把握、これまでのインターネットへの書き込みなどから軍政に対する蜂起とプラユット首相の暗殺を準備していた疑いがあると指摘した。

その上で今回の暗殺計画の背後には軍政への批判を強めるタクシン元首相、さらにその妹のインラック元首相らの関与の可能性についてマスコミを通じて指摘した。

タクシン元首相は在職中(2001年〜2006年)の不正問題で有罪判決を受けて現在海外逃亡中。インラック元首相(2011年〜2014年首相在職)も人事問題への不当介入などで首相を解任され、係争中の裁判を抱えた上に公民権が停止されタイ国内に滞在している。

■タクシン元首相反論、複雑な権力構造
こうした軍政の動きに対しタクシン元首相は海外からネットへの書き込みで「プラユット首相ら軍政は自らの延命工作のために(暗殺事件を)でっちあげ、事件の背後に私がいると決めつけているだけだ」と軍政を厳しく批判した。

現在のタイの政治権力構造は、ワチラロンコン新国王と軍政の間で民政復帰のプロセスや国王の権限問題で「静かな対立状態」(地元紙記者)にあるとされ、早期の民政復帰実現を求めるタクシン派と時間をかけて民政復帰を進めたいとする軍政が対立関係にあるという。

問題はワチラロンコン国王とタクシン元首相が親しい関係にあり「反軍政で密かに連携を取っているのではないか」との情報があることで、軍政としても「絶対的存在」である国王の支持を取り付けながらも民政復帰に時間をかけることで軍政を「延命」させる道を模索している。

プラユット首相の軍政は民政復帰のプロセスの中で「軍部による政治介入を防ぐ法的な整備が必要でそれに時間がかかっている」と説明している。

しかし、「軍部による政治介入」つまりクーデターは現軍政が政権を掌握する際に用いた手段であり、タイではたびたび繰り返されてきたいわば軍による「伝家の宝刀」。

それを軍政自身が封じ込める法整備をしたところで「ほとんど意味がなく、軍はいつかまたクーデターで政治介入するだろう」というのが国民の共通理解となっており、軍政の思惑への理解はほとんど得られていないのが実態という。

■真相解明どこまで進む?
今回の「軍政トップの暗殺計画」については活動家の自宅から発見、押収された武器類が新品同様だったことから軍政による「でっちあげ」の可能性がタイの一部メディアからは指摘されていた。

しかし警察は「単に武器などの保管状態が良好だったのが(新品同様の)理由である。マスコミ注視の中で行った捜索であり、でっちあげは不可能」と疑惑を完全に否定している。

その一方で地元紙「ネーション」は4月10日、インラック元首相が中央行政裁判所に請求していた「在職当時の米質入制度に関する不正でインラック元首相に出されていた357億バーツの損害賠償命令の差し止め」が却下されたことを伝えた。インラック元首相の法廷闘争は厳しい局面を迎えつつある。

軍政が依然として北東部ウドンタニ県などの農村地帯での影響力が強いタクシン、インラック両元首相とその支持勢力を窮地に追い込みたいのは事実で、コティー氏自身は2014年5月に自宅から逃走しており、身柄拘束には至っていないこともあり、「暗殺計画」の真相解明はタイ国王を巻き込んで複雑化するタイの権力闘争の中でどこまで進むかタイ国民も注目している。【4月16日 大塚智彦氏 Japan In-depth】
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タクシン前首相を支持する勢力の中には、“有事”に備えて武器を蓄えている過激な勢力がある・・・というのは、以前から指摘されていた話です。

今回事件が、「首相暗殺計画」と言えるような具体的計画を持ったものなのか、上記のような過激勢力を摘発して「首相暗殺計画」があったと強引に判断したのか、はたまた「でっちあげ」なのか・・・上記記事だけでは判然としません。

前回ブログで紹介したように、新国王のタクシン前首相への恩赦を前提に、タクシン前首相がタイに“凱旋”するという、軍政側には容認できない事態も想定されており、そうした状況を背景にした“事件”のようにも思われます。

個人的な些末なことで恐縮ですが、7月末にタイ・バンコク経由でイランへの旅行を予定しています。
乗継時間が長いので、バンコク市内に久しぶりに出てみようか・・・とも考えています。

バンコクが混乱するにしても、その旅行時期は避けてほしい・・・というのは私の身勝手な希望です。
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