
(モーリタニア 砂漠で遊ぶ少年 “flickr”より By Melville B.)
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アフリカ北西部モーリタニアで、奴隷として16歳の少女と14歳の少年に無報酬の労働を強い、教育を受けさせなかった疑いで2人が逮捕された。AP通信が1日までに報じた。現在も数千人から数万人が奴隷状態にあるとされる同国で奴隷所有に関連する逮捕は初めて。人権団体などから国際的非難を受ける同国政府がようやく本格的な対策に乗り出した。2人は同国中部の男性(51)とその母親(85)。【11月1日 共同】
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モーリタニアで奴隷制が公に廃止されたのが1980年と最近のことで、かつ、その後も実態として存続してきたという指摘はときどき目にします。
その成り立ちや現状は、当然ながらそう簡単な話ではないようで、理解できないところが多々あります。
理解しえた範囲で極めてラフにみると、社会上層部を占めるムーア人(一般には、北アフリカ原住のベルベル人とアラブ人の混血と説明されます。)がいわゆるアフリカ系黒人を支配するシステムがあり、更に、そのようなムーア人社会の外に存在する黒人社会の中にも支配・被支配関係が存在しているようです。
フランス植民地になったとき宗主国フランスが奴隷制を廃止、また、独立時にも国民の平等を規定する憲法が制定され公的には奴隷制は存在しないことになってはいましたが、事実上は家庭内奴隷制は黙認されるかたちで続いていました。
公的には存在しないことになっているだけに、奴隷問題は社会的には一種の“タブー”となっていたようです。
しかし、70年代末からの旱魃により、奴隷状態にあった人々が難民として都市部へ移動、ゲットーを形成するかたちで問題は表面化してきます。
また、独立後の国民教育の成果もあって、奴隷の出自を持つ人々が社会的に進出し管理職にもつくようになり、経済的には中産階級を形成、政治的にも独自の政党を結成すようになってきました。
このような社会構造の変化のなかで、奴隷制についてもオープンに議論されるようになり、当時の軍事政権も土地所有権ともかかわるこの問題を重視し、1980年に改めて奴隷制廃止の法律が制定されました。
あわせて土地改革も進められ、かつての奴隷である貧困者の土地所有を可能にする取り組みもなされましたが、結局裕福なムーア人土地所有者の土地所有を増加させたとの指摘もあります。
2003年には人身売買を禁止する法律も制定されました。
2005年の無血クーデターで政権についた軍事政権は「正義と民主主義のための軍事評議会」を設置、民主化プロセスを進めているといわれます。また、モーリタニアに今なお奴隷制が存在していることを認めているそうです。
今年2007年8月、奴隷制度を本格的に取り締まる法律がモーリタニア議会を通過。
今回の逮捕はこのような流れの一環と思われます。
(以上、「天神茄子:フランス語の砂漠」http://d.hatena.ne.jp/temjinus/20050208 「アムネスティ・アップデート」http://blog.mag2.com/m/log/0000209623/108884052.html 等を参考にしました。)
奴隷、人種差別、カースト・・・“差別の意識”という社会にビルトインされた制度、あるいは社会の根幹に存在するシステムというのは、社会の変化に応じて次第に変化すると言えばそうだし、なかなか変わらないと言えばこれまたそうです。
私が子供の頃は“自由の国”アメリカでも公然と“white only”という表示が使用されていましたが、1964年の公民権法制定などもあって、そのような差別を公にすることは社会的生命を危うくするタブーとまでなりました。
しかし、もちろん実態・意識が根本から変化したものではないこと、今なお社会に根強い差別・対立が存在することは、社会の雰囲気を反映した小説や映画などのエンタテイメントを通じても充分に感じられます。
今年9月にもルイジアナ州で「白人の木」をきっかけとした大規模な黒人による抗議デモがあったと伝えられています。【9月21日 朝日】
5年後、10年後は今より改善していることを願って、“一歩ずつ”といったところでしょか。

(モーリタニアと言えば“サハラ砂漠”のイメージですが、一部海にも面していますのでビーチもあります。 そんなちょっと“意外な”一枚 “flickr”より “” By muesli )











