孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

インドネシア  宗教攻撃の標的となった華人・キリスト教徒のジャカルタ特別州知事、再選ならず

2017-04-22 23:15:59 | 東南アジア

(敗戦の弁を述べるアホック氏【4月20日 じゃかるた新聞】)

シャリア適用のアチェ州での“公開むち打ち刑”】
これまでもときおり取り上げてきたように、インドネシア・スマトラ島北部に位置するアチェ州は、比較的寛容と言われてきたインドネシアのイスラム教のなかにあっては、厳格なイスラムの教えが重視される地域です。

そのアチェ州は、長年の独立運動の鎮静化を目指すインドネシア政府との2001年の合意によって一定の自治権を認められ、シャリア(イスラム法)を導入しています。

そのシャリア、イスラムの教えに反した男女交際の当事者が、刑罰として“公開むち打ち刑”にされるというニュースをしばしば目にします。

日本や欧米的価値観からすると、その罪状も、また“公開むち打ち刑”ということも、違和感を感じるところが多々あり、ニュースにも取り上げられるのでしょう。

最近は特に頻繁に目にしますが、頻度が増えているのでしょうか?単なる偶然でしょうか?

“女性に近接し公開むち打ち刑、執行中に男性卒倒 インドネシア”【2月27日 AFP】
“イスラム法のむち打ち刑、初めて仏教徒に執行 インドネシア”【3月11日 AFP】
“インドネシアでむち打ち刑、配偶者以外と至近距離で時を過ごした罪で”【3月20日 AFP】

上記の“初めて仏教徒に執行”とか、下記記事の“同性愛行為をむち打ち刑の対象にする”“宗教を問わず外国人にも適用される”といったことからすると、シャリア適用の厳格化・範囲拡大が進行しているように見えます。

****同性愛にむち打ち条例 インドネシア・アチェ州 ****
インドネシア・スマトラ島のアチェ州議会は27日、イスラム法(シャリア)に基づいて、同性愛行為をむち打ち刑の対象にする条例を全会一致で可決した。同州内では、宗教を問わず外国人にも適用されるという。
 
アチェ州はインドネシアの中で最も早くイスラム教が普及したとされ、同国で唯一、シャリアの施行が認められている。一部地域では、女性がバイクの後部座席にまたがって乗ることは「シャリアに反する」と禁止する規則が導入されるなど、厳格化の兆しが出ている。
 
条例によると、同性愛行為が確認されれば公開の場で最高100回のむち打ちが科される可能性がある。むち打ちの代わりに、純金を納付する刑や禁錮刑が科されることもあり得るという。【2014年9月28日 日経】
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ただし、“以前はむち打ち刑の対象になるのはイスラム教徒の住人だけだったが、2015年にアチェ州法が見直され、シャリアに違反した非イスラム教徒は、国の法制度とシャリアのどちらの下で裁かれるかを選べるようになった。”【3月11日 AFP】ということで、非イスラム教徒にシャリアが強制されるという訳ではないようです。

“むち打ち刑”というのはどのくらいの痛さなのか?・・・といった、素朴な疑問を感じるところですが、“受刑後に治療が必要になるほど強くは打たない”ということで、肉体的苦痛よりも、公衆の面前で執行される精神的苦痛が重視されているようです。

****婚前のキスは「反イスラム」 大学生ら8人公開むち打ち****
インドネシア北西部バンダアチェで18日、イスラムの教えに反する男女交際をしたとして宗教裁判で有罪になった男女4人ずつが公開むち打ち刑に処され、市民約200人が見物に集まった。人格を無視した処罰には批判も出ている。
 
同国は人口の9割がイスラム教徒で大半は穏健派。だが、バンダアチェのあるアチェ州は同国で唯一、イスラム法に基づく刑罰が条例で2014年に定められ、宗教警察が結婚前の男女交際や女性の服装、同性愛を取り締まっている。
 
公開むち打ち刑について宗教警察関係者は「受刑後に治療が必要になるほど強くは打たない。恥ずかしいことをしたと認識させるのが狙い」と説明する。
 
この日の受刑者は19〜28歳の大学生ら。キスや性交渉をしているところを逮捕されたとされる。モスクの壇上で1人ずつ、押収した下着などの証拠品が示され、細長い竹のむちを各自20〜28回、背中に受けた。
 
受刑者の無職男性(21)は終了後、「相手女性とは元々結婚を決めていた。むちの痛みより、心の苦しみの方が大きい」と話した。【4月18日 朝日】
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宗教冒瀆罪に問われた華人ジャカルタ知事
アチェ州に限らず、インドネシア全体でみたとき、宗教間・宗派間の多様性を認めない“宗教的不寛容”が強まっているという話は、2016年11月13日ブログ“インドネシア 華人ジャカルタ知事の発言にイスラム強硬派が大規模抗議デモ 宗教的価値観の差”http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20161113でも取り上げました。

そのときも取り上げたように、宗教的不寛容拡大の端的に示す事例が、少数派の中華系キリスト教徒でもあるジャカルタ特別州知事バスキ・チャハヤ・プルナマ氏(通称アホック)が再選を目指す選挙運動中の発言がイスラムを侮辱したとして訴えられた事件です。

イスラム保守派による大規模な抗議デモも行われ、ジョコ大統領が収拾に動く一幕もありました。

アチェ州とは異なり、首都ジャカルタはこれまで宗教的には多様性が認められる寛容な地域とされてきました。

事件は、昨年9月、アホック氏が集会で「ユダヤ教徒とキリスト教徒を仲間としてはならない」とするイスラム教の聖典「コーラン」の一節(第5章第51節)に触れて、「コーランの一節に惑わされているから、あなたたちは私に投票できない」と述べた。これが「コーラン、イスラム教徒を侮辱した」としてイスラム保守派の強い批判と反発を招き、宗教冒瀆罪で訴追されたものです。

この問題は、単に宗教的な問題ではなく、アホック氏がジョコ大統領の盟友であることもあって、ジャカルタ特別州知事選挙の動向、更にはジョコ政権への揺さぶりを意識した政治的動きでもあることは、これまでも取り上げてきました。

宗教攻撃の標的となり、決選投票で敗北
そうした宗教的問題、政治的側面の両面から注目されていた知事選挙ですが、アホック氏は第1回投票では首位にたったものの過半数は得られず、決選投票では敗退する結果となりました。やはり、イスラム侮辱問題が大きく響いたようです。

****イスラム「侮辱」のジャカルタ知事、敗北 大統領の盟友****
インドネシアのジャカルタ特別州知事選の決選投票が19日あり、新顔で元教育文化相のアニス・バスウェダン氏(47)が各種調査の集計で当選確実となった。現職のバスキ・チャハヤ・プルナマ氏(50)を盟友とするジョコ大統領の政権運営にも影響が出る可能性が出てきた。
 
少数派の中華系キリスト教徒のバスキ氏は昨年9月にイスラム教を冒瀆(ぼうとく)する発言をしたとして公判中。国民の9割を占めるイスラム教徒の支持を失った形だ。選挙戦を通じてイスラム保守強硬派が発言力を強め、「穏健イスラム」という同国の評判も揺らいでいる。
 
選管の公式発表は5月上旬の見通し。一方で、信頼度が高いとされる複数の民間調査機関によるサンプル集計結果によると、得票率はイスラム教徒のアニス氏が55〜58%、バスキ氏は41〜45%で大差がつき、バスキ氏は記者会見を開いて敗北宣言した。知事選は3人が立候補。2月の1回目投票で過半数の得票者がおらず、上位のバスキ、アニス両氏による決選投票となった。新知事の任期は10月から5年間。
 
敗れたバスキ氏は、前知事だったジョコ氏が2014年10月に大統領に就任したことに伴い、副知事から選挙を経ずに昇格。街路の美化や汚職撲滅などに取り組んで支持は高かったが、イスラム教を侮辱したとも取れる内容の昨年9月の発言が「致命傷」となった。
 
イスラム強硬派は、数十万人規模の抗議集会を相次いで首都中心部で開催。バスキ氏は強硬派団体に宗教冒瀆罪で刑事告発された。選挙戦でも、非イスラム教徒を指導者に選ばないよう訴える声が反バスキ派から高まった。
 
アニス氏の当選はジョコ氏にとっても打撃だ。アニス氏を推したのは、14年の大統領選で接戦の末に敗れた、野党指導者プラボウォ氏。19年の次期大統領選をにらんで、アニス氏が中央政府に反発する動きを見せる可能性もある。

ジョコ氏は19日、「誰が勝っても、結果は受け入れねばならない」と述べた。【4月19日 朝日】
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宗教に選挙・政治が絡むことで、イスラム急進派の宗教攻撃が先鋭化したようです。

****ジャカルタ知事選 宗教か多様性か****
■イスラム急進派の宗教攻撃
現職知事として住宅不足問題、交通渋滞解消、洪水問題などで実績を残してきたアホック知事だが、選挙期間中の不用意な発言が「イスラム教徒を冒涜している」とイスラム急進派が噛みついたことで、圧倒的な優勢が一転した。

イスラム急進派によるインドネシアのそしてジャカルタ特別州の圧倒的多数を占めるイスラム教徒の宗教的琴線に訴える戦略が次第にアニス候補への支持を拡大する事態となった。

「宗教冒涜罪」容疑で裁判の被告となったアホック知事に対し、伝統的なイスラム教徒の衣装で政治活動が禁じられているイスラム教寺院「モスク」を中心に運動を展開したアニス候補。

インドネシアでも最も成熟し、民主主義を理解しているとされるジャカルタっ子も「イスラム教の教えでは非イスラムの指導者には従えない」「非イスラム支持者への攻撃は強要される」「アホック支持者の女性への暴行は許される」などという扇情的、独善的な急進派によると思われる言説が駆け巡り、自らの宗教意識を再認識した有権者がアニス候補に票を投じたといわれている。

事実、アホック知事支持を表明したイスラム教徒の葬儀が地域のモスクに拒否されるという憂慮すべき事態も発生した。

こうした事態を重視したジョコ・ウィドド大統領、ユスフ・カラ副大統領、そして首都の治安を守る治安組織のトップなどが相次いで「宗教を選挙の争点にするべきではない」「候補者の宗教、人種、出身地は選挙とは無関係」などと宗教の選挙争点化の火消しに躍起とならざるをえない事態を招いた。(後略)【4月21日 大塚智彦氏 Japna In-depth】
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裁判の方でも、アホック氏は“禁錮1年(執行猶予2年)”を求刑されています。

****イスラム教「侮辱」のジャカルタ知事に求刑1年****
イスラム教を侮辱した宗教冒涜罪で在宅起訴されたジャカルタ特別州のバスキ知事に対する論告求刑公判が20日、ジャカルタの裁判所であり、検察側は禁錮1年(執行猶予2年)を求刑した。
 
ロイター通信によると、バスキ氏への大規模抗議デモを行ってきたイスラム強硬派数百人は裁判所前で「求刑は十分でない」と批判した。バスキ氏は19日に投開票された知事選で敗北し、10月に知事を退任する。【4月20日 産経】
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選挙戦での傷を癒す両候補、ジョコ大統領
アホック、アニス両候補とも選挙後は、選挙戦を通じた宗教的緊張の高まり、社会の分断を収拾する方向での発言を行っています。

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大勢判明後に会見したアニス候補は「選挙期間は終わった、アホック候補とはお互いの違いを強調するのではなく、全州民とともに団結する時が来た」と両候補支持派の協力と和解を訴えた。

一方のアホック知事も「アニス候補当選おめでとう、選挙のことは忘れて同じジャカルタ州の住民として協力しよう。これも神の思し召しによる選択。私は残る半年の任期、課題に取り組みたい」と述べた。

両候補が同じように会見で「選挙期間から脱却して団結、協力を」と訴えた背景には、今回の選挙で示された両陣営の溝の深さ、選挙戦での傷を癒すことの重要性への認識、憂慮があった。【前出4月21日 大塚智彦氏 Japna In-depth】
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ジョコ大統領も同趣旨の発言で、国民統合を求めています。

****インドネシア大統領、国民の統合呼び掛け ジャカルタ決選投票で****
インドネシアのジャカルタ特別州で19日、知事選の決選投票が行われた。キリスト教徒の現職とイスラム教徒の候補の決選投票となり、宗教的な緊張が高まる中、インドネシアのジョコ大統領は国民の統合を呼び掛けた。

決選投票を巡っては、ジャカルタ・ポスト紙が今週、同国史上で「最も汚く、最も分極化して対立した」と表現したが、警察によると、19日午前、投票はスムーズに行われた。

ジョコ氏は、ジャカルタ中心部の投票所で投票した後に声明を発表。「政治的な違いは、私たちの統合を壊すべきではない。誰が選ばれようと、受け入れなければならない」と述べた。(後略)【4月19日 ロイター】
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政治的には大統領選の代理戦
政治的には、ジョコ大統領の与党が大統領の盟友アホック氏を支持。一方、2014年の大統領選でジョコ氏に敗れ、次回の大統領選に出馬する可能性もある元軍高官のプラボウォ・スビアント氏はアニス氏を支持しました。

****大統領選の代理戦争の様相****
19日夕方に記者会見したアニス候補の横にはグリンドラ党のプラボウォ党首の姿があり、アニス候補より雄弁に勝利宣言を行った。会場に詰めかけた支援者からは「いよー、プラボウォ次期大統領」との声がかかる一幕も。

プラボウォ党首は1998年に崩壊するまで実に32年間、独裁政権を維持したスハルト元大統領の元女婿で国軍出身のビジネスマン。現職のジョコ・ウィドド大統領とは前回の大統領選を争ったライバルでもある。

アホック知事はジョコ大統領が所属する与党「闘争民主党(PDIP)」の支持を受けており、今回の知事選は前回2014年の大統領選と同じ対立構図であり、さらに2019年の次回大統領選の前哨戦と早くから位置付けられていた。

プラボウォ党首は早い時期から次期大統領選への出馬を匂わせており、今回自らが支援したアニス候補が首都での知事選で勝利をおさめたことを追い風にして大統領選に向けた今後本格的な根回し、運動を展開することが予想される。

一方のジョコ大統領陣営は、PDIPの党首でもあるメガワティ前大統領を中心にジョコ大統領に今回涙を飲んだアホック知事を副大統領候補としてペアを組ませる道を模索することも十分考えられるという。

インドネシアでは過去に女性大統領は誕生しているが、非イスラム教徒の大統領はまだ就任したことがない。
アホック知事は非イスラム、中国系インドネシア人の「代表格」で、地方首長から国レベルの指導者を目指すことでインドネシアが掲げる「多様性の中の統一」「寛容と団結」のシンボルとして今後も台風の目であり続けるだろう。【前出4月21日 大塚智彦氏 Japna In-depth】
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“イスラム侮辱”の批判を浴びているアホック氏を副大統領候補とすることは、政治的には非常に大きなリスクを伴うように思えます。盟友であるジョコ大統領はともかく、メガワティ前大統領など党指導部が敢えてそんな危険なことをするでしょうか?

実現すれば“「多様性の中の統一」「寛容と団結」のシンボル”ともなりますが、どうでしょうか・・・?
実現して、高まる“宗教的不寛容”の歯止めとなることを期待しますが。

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