孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

シリア  化学兵器使用の“非人道性”批判強調が、内戦からの出口を遠ざける懸念

2017-04-30 23:12:06 | 中東情勢

(ヨルダン・アンマンのリハビリ施設で、いつ終わるとも分からない戦闘への絶望と、自分たちの将来への不安を抱えながら治療を続ける若くして障害を負ってしまった青年たち 【4月29日 鈴木雄介氏 THE PAGE】)

トランプ大統領:化学兵器使用に対し「アサド政権によるこのような憎むべき行為は受け入れられない」】
周知のように、アメリカ・トランプ大統領は、シリアのイドリブ地方で4月4日に起きた化学兵器を用いた空爆をアサド政権の仕業と断定して、4月6日、シリア中部ホムスのシュアイラート空軍基地をトマホーク巡航ミサイル59発で空爆しました。

マクマスター大統領補佐官(国家安全保障担当)を含む複数のアメリカ当局者は、アメリカは必要な場合にさらなる措置を講じる用意があると表明していましたが、その後は、北朝鮮問題と、それに関連した米中関係が大きな関心事となったこともあって、シリア情勢に関してはあまり大きな動きは報じられていません。

シリア空爆を決行したトランプ大統領ですが、もとよりアメリカ・トランプ政権にはシリア問題に関する基本的・総合的な戦略がない・・・ということも、かねてより指摘されています。

化学兵器に関してはシリア政府軍が使用したとの証拠が問題にもなっていましたが、フランスが、シリア政府の関与を裏付ける証拠を入手したと発表しています。

****化学兵器はシリア政権が使用、フランス政府が「証拠」入手****
シリアの反体制派が支配する地域で化学兵器が使われ89人が死亡した問題で、フランス外務省は26日、シリア政府の関与を裏付ける証拠を入手したと発表した。

エロー外相によると、現場から採集したサリンの標本を調べた結果、シリアの研究所で開発された典型的な手順で製造されていたことが判明。「この手順に政権の特徴が表れている」とエロー外相は述べ、それを根拠に、シリア政権が攻撃を行ったとの結論に至ったと説明した。

フランスの研究所には、シリアで過去に化学兵器が使われた現場から採集した標本が保管されているといい、今回の標本はこれと照合して調べた。

フランス外務省はツイッターでも、「サリンが使われたことに疑いはない。シリア政権の責任についても疑いはない」と発表した。

シリアでは2013年に首都ダマスカス郊外で化学兵器が使用され、活動家によれば1400人が死亡したとされる。シリア政府はこの後、化学兵器を廃棄したはずだった。

一方、シリア政府は今回の攻撃への関与を否定。化学兵器を使ったのはテロ組織だったとの見方を示し、シリア政府は化学兵器を持っていないと主張している。

シリア政権を支持するロシアのプーチン大統領は、シリアのアサド政権を陥れようとする「勢力」が攻撃を実行したと語っていた。【4月27日 CNN】
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トランプ大統領が基本的・総合的な戦略がないなかでシリア空爆を決断した背景としては、大統領本人は化学兵器の非人道性を強調しています。

「女性や幼い子供、かわいらしい小さな赤ちゃんまでが命を奪われたことは、あまりに恐ろしかった。彼らの死は人間に対する侮辱だ。アサド政権によるこのような憎むべき行為は受け入れられない」

犠牲になった子供の写真に非常に心を動かされたとか、3人の子供を持つ母親でもある娘のイバンカさんの働きかけがあったのではとも言われています。

トランプ大統領が犠牲者の悲惨さに強く心を動かされたのは事実でしょうが、それだけではなく、このまま何もしなければ、さんざん批判してきたオバマ前大統領と同じ立場になってしまう・・・という懸念もあったと思われます。

更には、ここで軍事行動を起こせば、多くの国際問題で「アメリカは必要な時は動く(あるいは、何をするかわからない)」という思いを相手国に与えることができ、“取引”を有利に運べる・・・という、ビジネスマンの判断もあったのかも。

問題は兵器の種類・性格ではなく、戦争そのもの
確かに化学兵器が悲惨な被害をもたらすということは間違いないところですが、化学兵器の“非人道性”という“特殊性”が強調されると、「じゃ、化学兵器ではなく、通常の爆弾で手足をもがれる犠牲者は?銃弾で撃ち抜かれる犠牲者は?」という疑問も感じます。(どんな死に方も同じとは言いません。アフリカの虐殺でよく使用される“なた”で切り刻まれるよりは、銃で撃ち殺される方を望みますが・・・)

“女性や幼い子供、かわいらしい小さな赤ちゃんまで”が毎日、爆弾や銃で死んでいます。

そうした個人的な印象・疑問に比較的近いものが、兵器の種類ではなく、戦争そのものの悲惨さを問題とすべきとする下記記事です。

****真の問題は化学兵器ではない****
アサド政権のサリン空爆に即座に反応したトランプ米大統領 しかし憎むべき相手は兵器ではなく殺戮行為そのものだ

バラク・オバマ前米大統領は12年に、シリアのバシャル・アサド政権による化学兵器の使用は「レッドライン(越えてはならない一線)」であり、それを越えたらアメリカの判断基準も変わると警告した。
 
1年後、シリア政府が市民に神経ガスのサリンを使用した証拠が出た。オバマは軍事介入に踏み切ることはなかったが、「世界のいかなる場所でも、化学兵器の使用は人間の尊厳に対する侮辱であり、人々の安全を脅かす」と非難した。
 
「人間の尊厳に対する侮辱」という点は、ドナルド・トランプ米大統領も賛成のようだ。4月上旬にシリアの反体制派支配地域でサリンを使ったと思われる空爆が起こると、トランプはシリア空軍基地へのミサイル攻撃を指示した。
 
しかし、化学兵器の使用に対して国際規範にのっとり断固とした措置を取るという「信条」は、戦略的に意味がなく、道徳的に短絡過ぎる。
 
戦略的には、アメリカは通常兵器と質的な違いがない兵器の監視に、時間と資源を費やさなければならない。そして道徳的には、アメリカは犠牲者よりも兵器の性質ばかりに目を向けるという姿勢にも取れる。
 
化学兵器は一般に考えられているほど、通常兵器と比較して効率的に人の命を奪えるわけではない。
 
化学兵器は第一次大戦で「殺戮を繰り広げた」とされているが、最大1700万人の戦死者のうち、化学兵器による死者は9万人ともいわれる。さらに十数万人が化学的な被害を受けたが、大半は回復した。
 
では、なぜ化学兵器が特に非難されたのだろうか。まず、当時は兵器として新しく、あまり理解されていなかったため、兵士は当然ながら恐怖を抱いた。さらに、非紳士的で騎士道に反する卑劣な手段と見なされていた。いずれも職業軍人にとっては受け入れ難い。
 
化学兵器のこうした「評判」が、厳しい規制につながったことは間違いない。一方で、第一次大戦における本当「大量破壊兵器」は、まず機関銃であり、次にインフルエンザたった。(中略)

さらに、フセインなど化学兵器を実際に使った人々が気付いたように、兵器としての扱いが難しい。理想的な気象条件という人間の力が及ばない要素に左右されるからだ。

被害映像のインパクト
実際、化学兵器は製造と安全な保管にコストがかかるが、特別に有用でもない。だからこそ、冷戦終結後に主要国はあっさりと全面的に禁止したのだ。
 
ただし、世界中で使用禁止を実行しても、道徳的にはあまり意味がない。使用を容認するべきだと言うのではない。むしろ兵器の種類に関係なく、民間人の殺戮そのものに、はるかに厳しく対処するべきだ。
 
今の米政府の「信条」は、化学兵器さえ使わなければ、独裁者が白国民をいくら殺害しても罰を受けないという意味になりかねない。汚くない紳士的な殺害行為なら、存分にジェノサイド(大量虐殺)をして構わないと言っているようなものだ。
 
紳士的な殺害行為などというものが本当に存在すると思う人は、戦争映画の見過ぎであり、道徳に鈍感なだけだ。ドワイト・アイゼンハワー元米大統領は、「私は戦争が嫌いだ。私は戦争を生き延びた兵士として、その残虐さと無益さと愚かさを知っている」と言った。 

戦争は常に野蛮で不快極まりないものだ。正義の戦いだとしても。
 
私は平和主義者ではない。アフガニスタンで従軍経験があり、武力行使が正しい場面もあると考えている。しかし、紳士的な殺害という代物は、人道的な戦争を支持していると市民に思わせるための滑稽な幻想にすぎない。爆弾であれ、銃弾であれ、なたであれ、人の命を奪う行為は殺害だ。
 
特定の兵器の使用を禁止することは、兵器を使う目的より兵器そのものに道徳的な重要性を与えてしまう。私たちは市民の大量殺戮に対し、殺害の手段に関係なく怒りを覚えるべきだ。
 
1ヵ月で数十人を毒ガスで殺したアサドが怪物なら、過去6年間に樽爆弾と通常の爆弾で50万人以上を殺戮したアサドもまた、怪物だ。人を殺した事実より殺害に使った兵器に怒りをぶつけるのは、あまりに近視眼的ではないか。
 
毒ガスを浴びて死んだシリアの子供たちの姿が、多くの人に衝撃を与えたのは無理もない。(中略)

もっとも、痛ましい写真や映像を見て外交政策を決めるなら、戦略の立案をCNNに、ツイッターに、丸投げするようなものだ。今回トランプは、アメリカの関心を引きたければ、カメラに向かって被害者だと主張すればいいという前例を作った。
 
世界の悲惨な歴史に比べたら、今回のシリアの写真はそこまでむごたらしくはない。アサドに道徳的な怒りが込み上げてきた人は、その余韻が残っているうちに、ネットで「ルワンダ虐殺」「スレブレニツアの大虐殺」「アウシュビッツ」を検索しよう・・・・有害な検索結果のブロック機能をオフにしてから。【5月2日号 Newsweek日本語版】
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【「アサド氏について考えを改めた」ことで、遠ざかる出口
3月で7年目に入ったシリア内戦では、すでに32万人が犠牲になっていると報告されています。
また、総人口2300万人のうち約4分の1の人々が難民となって、生活の場を奪われています。

どういう殺し方・死に方なら許されず、どいう殺し方・死に方なら仕方がない・・・という話ではなく、この戦争が続いていることこそが問題とすべき点であり、もし“人道”を考えるのであれば、一刻も早く戦争を終わらせることこそが、人道にかなうものと言えます。

アサド政権の存続よりはIS掃討が関心事で、シリア内戦終結のためにはアサド存続もやむなし・・・との判断に傾いていたようにも見えたトランプ大統領ですが、化学兵器、およびそれを使用したアサド政権を非人道的と非難することで、アメリカ・トランプ大統領の対応は、シリア内戦の終結を遅らせる、出口のないものにすることが懸念されます。

****シリア内戦でオバマ前政権と同じジレンマに陥るトランプ大統領 米露衝突は不可避なのか****
シリア内戦をめぐり、ドナルド・トランプ米大統領(70)が、前任者と同じジレンマに陥りつつある。
 
化学兵器を使ったシリア政府軍によるとみられる空爆を受け、トランプ政権は7日、懲罰的なシリア攻撃に踏み切った。2013年に政府軍の化学兵器使用疑惑が浮上した際、「レッドライン(越えてはならない一線)」を越えたとして攻撃姿勢を見せながら方針転換した前政権との違いを見せつけた格好だった。
 
これが世界的な驚きを呼んだのは、トランプ氏が就任前から、バッシャール・アサド大統領(51)やその政権の存在意義を肯定的に評価してきたからだ。

トランプ政権にとり、中東での最優先課題はシリアやイラクで活動する過激派組織「イスラム国」(IS)の掃討であり、シリアの体制転換(レジーム・チェンジ)ではなかった。
 
しかし、今回の化学兵器使用疑惑を受けてトランプ氏は、「アサド氏について考えを改めた」と発言。ティラーソン国務長官も先進7カ国(G7)外相会合が開かれた伊ルッカで11日、「アサド一族の支配は終焉(しゅうえん)に向かっている」「アサド氏が(シリア和平に向けた)未来の一部とならないことを望む」と述べ、態度を一気に硬化させた。
 
同日から訪露したティラーソン氏は、アサド政権を支えるロシアに、アサド氏を見限るよう求める考えも示した。トランプ政権側の一連の発言は、今後のシリア政策をアサド氏退陣を前提に進めるとの方針転換と受け取れる。
 
だが、それが実際にシリア安定につながるのか。実現性はあるのか。疑問は多い。
 
アサド政権と敵対する反体制派は分裂し、統治能力に欠ける。反体制派には、思想面でISなどに近いジハード(聖戦)主義勢力も多く、外部からの統制は困難だ。

アサド氏が属するイスラム教シーア派の一派とされるアラウィ派が、政権を失うことを恐れて残虐行為をエスカレートさせるとも予想される。

政権崩壊がシリア国家そのものの崩壊につながる可能性は高い。
 
一方でロシアがアサド政権支援を続けるのは、地中海沿岸の北西部ラタキアなどに有する軍事拠点を確保し、シリアを勢力圏として米欧に認めさせるためだ。ロシアにとってアサド政権の排除は大きなリスクであり、米国がそれを強行しようとすれば両大国の緊張が高まるのは必至だ。
 
市民を無差別に殺傷するアサド政権は許し難い。が、力でのアサド氏排除は、さらなる混沌の引き金となる−。バラク・オバマ前政権がシリアへの軍事行動を諦め、アサド氏の退陣を主張しながらも成果の出ない和平協議に固執せざるを得なかったのはこうした事情からだ。

11年に北大西洋条約機構(NATO)の枠組みでリビアへ軍事介入しカダフィ政権を崩壊させたものの、同国がその後、分裂状態となった苦い教訓もある。
 
トランプ氏が、シリア攻撃でオバマ氏と一線を画したのは確かだ。ただ、アサド政権退陣を追求する姿勢を強めることは結局、否定してきたオバマ氏の路線を踏襲し、打つ手のない袋小路に自身を追い込むことを意味する。【4月28日 産経】
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シリア政府軍が軍事的優位性を強めており、反体制派がバラバラになっている現在、力でアサド大統領を引きずり下ろすことは極めて困難な情勢です。実現できたとしても、長い戦争が必要でしょう。

内戦終結・シリアの安定のためには、悪魔とでもダンスを踊る覚悟も
仮に、アサド大統領を排除できたとして、それがシリアの安定をもたらすか・・・という点では、上記記事も指摘するようにはなはだ懐疑的にならざるを得ません。むしろ、そこで生まれるのは今以上の混乱でしょう。

そのあたりを予感させるような動きが、昨日も報じられています。

****ダマス近郊でのイスラム勢力同士の衝突****
先ほどご紹介したal qods al arabi net は28日ダマス近郊でイスラム勢力同士が衝突し、31名死亡し、数十名が負傷したと報じています。

記事の要点は次の通りですが、興味深いのはこれらの勢力のうちイスラム軍(jeish al islam )はサウディが支援し、旧ヌスラ戦線のシャム・ファタハ戦線と同盟を組んでいるal rahman 部隊はトルコとカタールが支援しているとしていることです(さすがにアルカイダ系の旧ヌスラ戦線をどこが支援しているかは書いていない?あるとすればどこでしょうかね?)。

このような噂は前にも聞いたことはありますが、このような形でかなり明確に書かれたという記憶はありません。

「シリア人権網によると、28日ダマス近郊の東ゴータで、イスラム勢力間で散発的な衝突があり、31名死亡し、数十名が負傷した、

衝突は28日朝、東ゴータで最有力のイスラム軍(サウディが支援)と、シャム・ファタハ戦線とalrahaman 部隊の連合体(後者はカタールとトルコが支援)の間で生じた由。

人権網によると、衝突はイスラム軍のkafarubatnaとarabeenに対する攻撃で始まったが、原因は不明の由。
死者31名のうち12名がイスラム軍で、19名が他方の連合体の死者で、79名が負傷した由。

イスラム軍は、声明でシャム・ファタハ戦線等が、道路を閉鎖したり、イスラム軍に攻撃しかけたりして、常に敵対的行動をしてきたと非難したが、他方はこれを否定している由。

このうちalrahaman 部隊は、東ゴータで2番目に強力な勢力で、kafarbatnaやzamalka 等を完全に支配している由」
http://www.alquds.co.uk/?p=711358【4月29日 「中東の窓」】
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アサド政権崩壊後のシリアでは、こうしたイスラム勢力の主導権争いが広範囲に起きることが推測されます。

こうした現状を踏まえ、内戦終結こそが最大の人道問題の解決策であると考えるなら、たとえ化学兵器を使用した相手であっても、とにもかくにも内戦終結のための交渉相手とし、必要ならその存続を一定に認めることが求められます。

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