孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

戦乱が続くアフガニスタンを逃れ、パキスタンで難民生活していた「アフガンの少女」の逮捕

2016-10-29 22:44:12 | アフガン・パキスタン

(1985年6月号の米誌ナショナル・ジオグラフィックの表紙を飾った「アフガンの少女」、シャーバート・グーラーさん(当時12歳)【10月27日 NATIONAL GEOGRAPHIC】)

【「アフガンの少女」逮捕 難民送還を強化するパキスタン
1985年6月号の米誌ナショナル・ジオグラフィックの表紙を飾った有名な写真「アフガンの少女(Afghan Girl)」をご存じでしょうか?

“写真家スティーブ・マッカリー氏がシャーバート・グーラーさんを撮影したのは1984年12月のこと。場所はパキスタンの難民キャンプ、彼女は12歳だった。一度目にすれば忘れられない緑色の瞳の少女は、難民やこの地域の政情不安、社会不安の国際的な象徴となり、20世紀でもっとも有名な一般人とさえ言われるようになった。”【10月27日 NATIONAL GEOGRAPHIC】

“グーラーさんは、自分の写真が何百万人もの目に触れていたことなどまったく知らなかった。もちろん、それをきっかけにして多くの人が難民を助けるためのボランティアや寄付に参加していたこともだ。”【同上】

写真の被写体となった女性シャーバート・グーラーさんが、不正な身分証明書でパキスタンで生活していたとして、同国で逮捕されたことが報じられています。

*****写真「アフガンの少女」の女性、不正身分証で逮捕 パキスタン******
米誌ナショナル・ジオグラフィックの表紙を飾った有名な写真「アフガンの少女(Afghan Girl)」の被写体となった女性が26日、不正な身分証明書でパキスタンで生活していたとして、同国で逮捕された。
 
スティーブ・マッカリー氏が1984年にパキスタンの難民キャンプで撮影した当時12歳のシャーバート・グーラーさんの写真は、ナショナル・ジオグラフィック誌で最も有名な表紙写真となった。
 
パキスタン当局者によると、グーラーさんは2014年4月、ペシャワルでシャーバート・ビビと名乗り、パキスタンの身分証明書を申請した。パキスタン連邦捜査局は、情報登録当局の3人が、グーラーさんへの身分証明書の発行に関与している疑いがあるが、3人は不正発覚後行方をくらましているという。

パキスタンのコンピューター化された登録システムを巧に回避してグーラーさんと同様に身分証明書を取得したアフガニスタン難民は数千人規模に上るとされている。有罪となった場合、グーラーさんには最高で14年の禁錮刑が言い渡される。【10月26日 AFP】
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私は、「アフガンの少女」は全く知りませんでした。
1985年・・・・当時は、毎日終電で帰宅するような仕事とプライベートなことで頭はいっぱいで、新聞すらろくに読まないような日々だったようにも思います。

1979年にソ連軍がアフガニスタンに侵攻し、ソ連軍に支えられた政府軍とムジャーヒディーン(イスラム教の大義にのっとったジハードに参加する戦士 イスラム系民兵)との間で内戦が繰り広げられていた時期です。(現在のシリアのようなものでしょうか)ソ連軍は1989年に撤退完了、その後1996年にはタリバン政権が樹立されます。

****アフガンの少女」、逮捕の背景****
・・・・・「処罰は受けないだろうと言う専門家もいれば、7年から12年ほど収監されるかもしれないと言う者もいます」と(かつてナショナル ジオグラフィックの通訳を務め、グーラーさんとの交渉も行っていた)ユスフザイ氏は話す。

同氏によれば、現在、グーラーさんは警察によって拘束され、取り調べを受けている。政府が刑事告発するかどうかを判断するまで、拘留は最大14日続く可能性がある。(中略)
 
当局が難民送還を強化
1980年代のアフガニスタン紛争で、何百万人もの人々がアフガニスタンを出た。パキスタンに向かった人の数は250万人とも言われている。
 
しかし、難民は必ずしも歓迎されるわけではなく、差別や悪意を向けてくるパキスタンの住民や政治家もいる。
 
2014年、パキスタンは6万以上の身分証明書が外国の難民によって不正に取得されていると述べ、難民たちを送還する計画を発表した。国連によれば、35万人以上のアフガニスタンの難民がパキスタンを離れて祖国に向かっている。
 
ユスフザイ氏は、昨年だけで何千人ものアフガニスタン人が不正な書類を持っていた疑いで逮捕されていると話す。「世界的に知られるシャーバートがこういった事件に関わっていれば、話は大きくなります」
 
グーラーさんは、身分証明書を受け取るために担当者に450米ドルほどの賄賂を渡したとされている。
身分証明書があれば簡単に移動したり、ビジネスを行ったりできるため、近年は、身分証明書が好まれる傾向にある。
 
(「アフガンの少女」を撮影した写真家)マッカリー氏が2002年に所在を確かめてからも、グーラーさんはずっとペシャワルで暮らしていた。5人の子供がいたが、数年前、出産時に娘の1人を亡くし、夫もその頃に病気で亡くした。

「彼女の子供たちも助けを求めています。彼らも逮捕されることを恐れているのです」とユスフザイ氏。「グーラーさんはアフガニスタンに戻ることは望んでいません。村は安全でないからです」(後略)【10月27日 NATIONAL GEOGRAPHIC】
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アフガニスタンが彼女が生まれる前も、有名な写真が撮影された1984年も、彼女がパキスタンに身を潜めていた頃も、そして今現在も、ずっと紛争・内戦が続いています。

イギリスとロシアが覇権を争う「グレートゲーム」の舞台として、19世紀から20世紀初頭にはアフガニスタンとイギリスの間で三次にわたる「アフガン戦争」が戦われ、その後も、併合しようとするパキスタンへの抵抗、王制から共和制へ、軍事クーデター、ソ連侵攻、軍閥が争う内戦、タリバン支配、アメリカの軍事介入、内戦再発・・・・。

“不正な身分証明書”による彼女の逮捕は、彼女一人の問題ではなく、上記のような紛争・内戦が続くアフガニスタンの人々の苦難の歴史、難民生活を余儀なくされている現実のひとつとしてとらえるべきものでしょう。

難民が生きていくうえで“不正な身分証明書”を得ようとすることが、どれだけだけの犯罪行為とみなされるべきものなのか?パキスタンの実情を知りませんので何とも言えませんが、必要に迫られてのものだったのでは・・・とも思えます。パキスタンがそれほど難民に優しい国とは到底思えませんから。

心無い誹謗中傷も
彼女の逮捕については、その容姿の変化について“別人のような超絶劣化”とか“裏切られた気持ち”といった、無神経・失礼極まる、書いた人間の人間性を疑うような記事もあるようです。

****悲報】逮捕された「アフガンの少女(ナショジオ)」の現在の姿に世界が衝撃! 32年間で別人のように超絶劣化していた****
2016.10.27 トカナ
「アフガンの少女」――それは米誌『ナショナル・ジオグラフィック』で、もっとも有名な表紙写真だ。あなたもきっと、どこかで一度は目にしたことがあるだろう。

内面の純粋さと強い意志が滲み出たような鋭い眼差し、そしてボロボロのスカーフや褐色の肌とのコントラストが、見る人に強烈な印象を残し、難民の苦境を世界に訴えかけた。写真家のスティーブ・マッカリー氏が、1984年にパキスタンの難民キャンプで、シャーバート・グーラーさん(当時12歳)を撮影したものだ。(中略)

あの純粋な眼差しで世界の人々の心を動かした少女が、犯罪に手を染めていた――それだけでも十分に衝撃的な話だが、さらに驚くべきは現在の彼女の姿だった。

パキスタンのペシャワールで公判を待つシャーバートさんの姿を捉えた写真が公開されたが、そこにいる女性の顔に、もはや過去の面影はまったく感じられないばかりか、別人のような超絶劣化ぶり。あまりの変わりように、再び世界に戦慄が走っているのだ。

現在44歳になると思しきシャーバートさんだが、彼女の表情はやつれ、完全に輝きを失った瞳はどんよりと濁り、まるで死んだ魚のよう。世界中の人々の心を動かした純粋さは、見る影もなく消え去っている。

「アフガンの少女」は、いまや完全に「アフガンの違法おばさん」に成り下がってしまった。まるで久しぶりに再会した昔の恋人が、過去とは別人のように変わってしまい、美しい思い出が(悪い意味で)更新されてしまった時のような、裏切られた気持ちを抱く人々もネットユーザーにはいるようだ。
 
いったい、シャーバードさんはどんな32年を送ってきたのか? 彼女の衝撃的な変貌は、私たちにまた新たな“難民問題”を突きつけたと言えるのかもしれない。たとえ一卵性双生児でも、生きてきた環境が異なると顔がどんどんと違うものになるという報告もあるが、やはり彼女は想像もできないほど波乱万丈な半生を送ってきたのだろうか?【10月27日 トカナ http://tocana.jp/2016/10/post_11306_entry_2.html
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自身の知らないところで苦難のアフガニスタンの象徴とされ、今度は“「アフガンの違法おばさん」に成り下がってしまった”とか“裏切られた気持ちを抱く人々も”とか・・・あまりにも心無い書きようです。

タリバンとの和平交渉の話もあるものの、問われるパキスタンの責任
アフガニスタンの現況については、タリバンとの交渉も報じられています。

****アフガン政府、タリバーンと非公式協議 米も同席****
アフガニスタンの政府代表者と反政府武装勢力タリバーンの幹部が、中東カタールで非公式の協議を始めた。タリバーン幹部やアフガン外交筋が明らかにした。米政府代表者も同席したといい、停滞する和平交渉の再開を模索する動きとみられる。
 
会談したのは、タリバーン創設者だった故オマール最高幹部の親族とアフガン情報機関の中枢幹部ら。タリバーンが外交窓口を置くカタールで9月と10月上旬の2度、話し合い、協議の継続で合意したという。
 
また、10月中旬にはタリバーン幹部3人が隣国パキスタンの首都イスラマバードを訪問。パキスタン治安当局に、今回の協議を事後説明したとみられる。
 
2010年に始まった和平交渉は、タリバーン内の意見対立や周辺国の思惑でたびたび決裂してきた。昨年7月の直接協議は、オマール幹部の死亡情報が暴露されて中断した。昨年12月にパキスタンが協議を促したが、タリバーン側が拒絶。米軍が今年5月、後継の最高指導者マンスール幹部を空爆で殺害したことで、亀裂が深まった。
 
一方、タリバーンは今夏以降、ロシアやイラン、中国、中央アジア諸国と接触。代表団を頻繁に派遣している。タリバーン関係者は「今回の協議は米政府が働きかけた。タリバーンのロシア接近を食い止めたい思惑がある」と指摘する。【10月25日 朝日】
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ただ、“(交渉の場を提供した)アラブ首長国連邦の当局者は、協議はこれまでと同様、時間と金を無駄にしただけで、何の成果もなかったとしている。”【10月19日 産経】とも報じられており、あまり期待しないほうがいいようにも。

また、このブログでも再三取り上げているように、アフガニスタンの混乱はパキスタンの自己都合で長引いている面が多々あります。

タリバーン幹部3人パキスタン治安当局に今回の協議を事後説明・・・というように、タリバンを支援しているパキスタン国軍、ISI(三軍統合情報局)に混乱を終わらせる気があれば、とっくにタリバンの活動は停止しているのでは・・・とも思えます。

パキスタンがアフガニスタン難民を送還すると言うのであれば、まずはアフガニスタンでの戦乱を終わらせてからの話でしょう。

ケシ大豊作に見るアフガニスタンの混迷
アフガニスタンはヘロインなどの原料となるケシの世界最大の生産国ですが、そのケシ栽培が今年は大幅増産・大豊作だそうです。

もちろん、アフガニスタン政府は国際協力のもとで(実入りの良い)ケシ栽培から他作物への転換を進めていますが、“今年これまでに破壊処分にしたケシ栽培面積は355ヘクタールで、昨年通年の3760ヘクタールからは91%減となった”【10月27日 CNN】とも

ケシ増産の主因は国内各地での治安悪化で対策事業が予定通り実施出来なかったことにある(アフガン麻薬対策省の報道担当者)とのことで、アフガニスタンの混迷・アフガニスタン政府の機能不全を象徴する現象です。

****<アフガン>ケシ産出量4割増****
国連薬物犯罪事務所(UNODC)は23日、ヘロインなどの原料となるケシの世界最大の生産国であるアフガニスタンで、今年のケシ産出量が昨年より43%増の4800トンに達する見通しだと発表した。
 
ケシは旧支配勢力タリバンの重要な資金源とされる。アフガンはタリバンの攻勢などで治安が悪化。ケシの栽培面積は前年比10%増で、今年は病虫害が発生しなかったことから1ヘクタール当たりの収穫量も3割以上増加する見込みだという。
 
アフガン政府やUNODCは、住民にケシから別の作物への転換を支援するなど栽培面積の減少に努めているが、治安悪化などで対策が追いついていない。

アフガンでケシから生産されたヘロインはトルコからバルカン半島を北上するルートで欧州などに密輸される。近年はイランなどから海上ルートで東アフリカに持ち込まれるケースも出ている。【10月23日 毎日】
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